「緑色の坂の道」vol.7035

 
    にほどり。
 
 
 
■ 自分のためだけに時間を使える時というのは案外に短いものだ。
 片手間に、半ば意識しながら捜していって繋いでいく。焦る気持も生まれるけれども、例えば今手持ちのレンズで撮れないものは、新型を買ってもほぼ一緒である。
 眺めているのは自分だからである。
 

「緑色の坂の道」vol.7034

 
    青く霧 2.
 
 
 
■ 結局、音楽用のUSBケーブルを買った。
 とりあえずという、普及型のものである。
 どの程度音が違うのかといえば、多少幅が広くなったような気がする。高い音に角があって、もしかして失敗したかとも思ったが、電流を流して一晩放っておいたら気にならない程度には収まった。
 エイジングとかいう世界のお話である。
 

「緑色の坂の道」vol.7033

 
    青く霧。
 
 
 
■ 年末の銀座辺りで夜の中頃、ジャガーのオープンと並んだ。
 Rの付いてない素のもので、色はグリーンだっただろう、洗ってやれば。
 男が二人乗っていて、幌は年式相応に痛んでいた。
 仕上げるのにかなりかかるだろうな、と思いながら、そのまま潰してしまうのも良いのかも知れないとも考えた。他人のものではあるけれども。
 最近、峠を走るということが全くなくなって、その日も人の使いというか送迎のようなものでこんなところへ来ている。
 地下駐車場に洗車するところがあるから、昭和のコンクリのヒビ割れを確かめても良さそうだが、履いているのが珍しくウールのパンツである。これで腰を屈めたくはない。
 

「緑色の坂の道」vol.7032  

 
    ほどほど 2.
 
 
 
■ 水を差すのはたいていは妙齢である。
 または、現実にそれに似た姿を眺めた時かもしれない。
 ヘルメットを被ってタイツのようなものに身を包み、40を超える速度で車道を懸命に走っているレーサーごっこの30代や40代の彼を見かけると、場違いだなと思う。
 信号を無視したり、こちらを威嚇するかのような道路上の四民平等の示唆というのも、普段相当ストレスがあるからだろうと、かなり好意的に解釈をしなければならない。
 あっさりと、風景に溶け込むかのように、しかもそこに居ることはできないものか。
 

「緑色の坂の道」vol.7031

 
    ほどほど。
 
 
 
■ あるとき、自転車について書かれたサイトを読んでいた。
 非常に参考になる黄昏具合で、適度な価格の質の高い部品を組み合わせ、改造し、遠出や散歩などをされている。
 写真も文章も上手く、読み込んでいくと元は雑誌の編集さんであったらしい。
 もしかするとあの雑誌かなと、いささかマニア受けする乗り物関係のそれを思い浮かべていた。
 

「緑色の坂の道」vol.7030

 
    郷愁の。
 
 
 
■ 郷愁のショールしかとかきあわせ(万太郎)
 
 花柳小説ということになると、万太郎のことが思い出される。
 緑坂には何度か書いているが「三の酉」という短編は、やはり名作だった。
 お時間のあるかたは、検索欄に「蛸と芝居は血を荒らす」と入れてみてください。
 花街といえば半ば煌びやかな世界のようにも思えるのだけれども、実際は湿ったどぶ板だったり、月のものが酸化した布団だったりもする。