「夜の魚」二部 外灘 1

2005年07月20日

「夜の魚 外灘」 vol.1

 
       一 外灘(バンド)
 
 
 
 
■ 対岸に背の高い塔がみえている。
 手前の低い森は次第に暗くなってきて、塔とその背後に直立している幾つもの高層ビルに灯りが点き始めた。
 全部にではない。未完成のものも随分あるからだ。
 低い日が翳った。雲が流れ、すこし風が吹いてきた。茶褐色の黄浦江はところどころ斑に色を変えている。
 埠頭のこちら側を眺めると、灰色に曇った旧租界地帯の建物が並んでいる。建物の高さはそれほどでもない。柱に飾りがあり、照明を浴びるとそれが複雑な影をつくっている。その隙間に赤や紫のネオンが増え始めた。
 私は船のデッキに立っていた。思ったよりも船体は小さく、混雑している印象はなかった。貨客船なのだろう、忙しくコンテナが積み込まれている。
 
 私は上海から日本に戻るところだった。
 空路ではなく、海を選ぼうと思ったのだ。
「海華号」は一万三千トン、上海と長崎を結んでいる。船は週の始め、その夕刻に上海の国際フェリーターミナルを出航し、二泊三日で長崎に着く。神戸や大阪、横浜にゆく航路もあるというが、長崎がふさわしく思える。
 対岸の背の高い塔にスポットが当たり始めた。
 ミラーボールのようなガラスで囲まれた球状のものが同じ太さで繋がっていて、その先は突然細くなっている。先端は赤と白で分けられ、突端からはテレビの電波が出ているのだという。
 東方明珠広播電視塔だ。
 四百六十メートル、東洋一の高さらしい。離れて眺めると、旧いサイエンスフィクションにでてくる挿し絵のようにも思える。
 私はすこし疲れていた。ここは何処なのだろうと考えていた。
 若い女がふたりデッキに立っている。片方は金色の髪をしている。原色の、恐らくはポリエステルの上着を着ていた。早口で何事かを話している。
 船が微かに揺れ始めた。手すりに振動が伝わり、その後甲板に広がった。
 重油の排気は、すっかり黒くなった空に隠れている。耳の傍で低い大きな音がした。出航の時間になったのだろう。
 私は階段を降り、船室に戻ろうとした。テープのドラの音が船内に流れている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.2

 
       二 上海大厦
 
 
 
 
■ 船の中では日本円しか使えなかった。
 私は緑色の缶ビールを買い、特等船室に入った。
 躯の深いところに、なにもしたくない気分が残っていて、それは昨夜吸ったアヘンのせいだと思われた。
 始めは吐き気を伴うが、そのまま夢のように流されてゆき、こうしているだけでそれで良いのだという気分になる。
 昨夜、宿泊先の上海大厦(シャンハイ・ダーシア)、別名ブロードウェイマンションの一室で始めて試みたのだ。
「こうしないと匂いがこもるのよ」
 十四階の部屋の窓を葉子は無理に開けた。
 湿った風が入り込み、レースのカーテンが揺れる。
 革張りの古いトランクから、葉子は道具を一式取り出した。机の上に並べる。
 煙燈(イエントン)と呼ばれる細長いアルコールランプのようなものに火をつける。下には油壷がついていて胡麻油が入っている。どうして胡麻油を使うのか私は不思議に思った。
 
 葉子は、煙槍(イエンチャン)という長いキセルを取り出した。先端のスプーンのような雁首をタオルで拭いている。それから白いプラスチックの容器の蓋を廻して外し、膏薬のように湿ったアヘンを指ですくった。
「これが煙膏(イエンカオ)っていうの」
 アヘンを焔であぶり、粘度を持たせたものだ。雁首にこすりつける。
「本当に吸うつもりなの」
 葉子は私に尋ねた。眉をしかめている。
 私はそれには答えず、煙槍を受け取ると口にくわえた。
 煙燈の焔の上にそっとかざす。ジジッと樹脂が焦げるような音がして、湿った煙膏は白い煙をあげはじめた。
 煙膏は紫と茶色の斑になっている。次第にそれは混ざりあい、腐る前の果物のような匂いが漂ってくる。
 私は二口か三口吸い、椅子から立ち上がって窓の傍に立った。すこし胃がむかむかするようだ。躯は軽くも重くもない。
 
 窓からは外白渡橋、旧名ガーデンブリッジが間近にみえる。
 バンドには無数の灯りがついていて、黄浦公園にはまだ大勢の人影があった。
 
 
 

2005年07月21日

「夜の魚 外灘」 vol.3

 
        三 江菫(ワン・ヤン)
 
 
 
 
■ ぬるくなったビールを飲みながら、私は硬いベットに横になった。
 私が入った特等船室には小さな窓があり、暫くすると外はただ黒い海になった。
 時折外に出て簡単な食事を持ち帰り、部屋の中で食べた。持ち込んだ本を読もうとしたが数行追うだけで続かなかった。
 二日目になり天候が崩れた。揺れが大きくなる。玄海に入ったのだ。
 その夜、私は眠れなかった。
 二等船室に降りてゆくと、夜の暗がりの中で空気がぬるくなった。これが人いきれだと気付くのに時間がかかる。すえたような甘い匂いはタラップにまであがってきて、傷ついたアルミニュウムの窓枠で遮られた。
 
 毛布を被った二人連れが船の揺れに合わせて蠢いている。
 微かに声のようなものも聞こえるが、何と言っているのかわからない。暗がりに眼が慣れると、船室のあちらこちらにそうした塊があることに気付いた。離れて眠っているのは、ザックを抱えた日本人の若い男と女のようだ。彼等は眠れるのだろうか。
 私は上海の自由市場の雑踏を思い出していた。あそこに空がなく、そのまま眠りにつくことがあったなら、このような生身の人間の匂いがするのだろう。
 私は手すりにつかまり、引き返すことにした。デッキへ続く階段のドアを開ける。すると、原色の上着を着た女が背中を向けて階段にしゃがみ込んでいるのがみえた。
 人を呼ぼうかと思ったが廻りには誰もいない。
 二度声をかけると女はふりむいた。船酔いなのか青い顔をしている。
 私は傍に立っていた。暫くすると彼女は手すりにつかまって躯を起こした。髪を直しながら、あなたは日本人かと聞く。そうだと答えると、日本人がどうして船に乗っているのかと尋ねた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.4

 
 
 
 
 名前を江菫(ワン・ヤン)という。年は二十歳になったばかりだそうだ。
 私は煙草を取り出して彼女の前に出した。江菫は細い指で一本を抜き取り、すこし眺めては唇にくわえた。私は火を貸す。
 リノリュウムの階段に腰掛け、私たちは煙草を吸った。
「一度日本にいってみたいとおもっていたの」
 昼間は電子部品の工場で働き、週末になると、旧租界地にあるバーで働いているのだという。
「十八の時に姉を頼って上海にでてきたの。バーで働いていることは姉には内緒。でも、姉さんだってひとのことは言えないわ」
 私は二本目の煙草を吸うべきか迷っていた。近くには灰皿がない。
 蛍光灯の下で眺めると彼女は瞼に黒くシャドーを塗っている。赤く塗られた唇は比較的大きく、横顔と首筋は細かくて白い。
 
 一ヶ月ほど滞在した上海の街で、私は彼女のような若い娘をたくさんみかけた。ほとんど仕事だけの生活だったが、食堂でも時折入るファーストフードでも、短いスカートを履いた若い娘が大股で歩いている印象が残っている。
 
〈上海姉〉
 誰だかがそんなことを言っていた。
 上海の街は女が目立っている。モダンガールという言葉は死語になっているが、くっきりした顔立ちの瞳の大きなモデルが今の上海では好まれた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.5

 
 
 
 
 私は幾つかのポスターをつくった。
 浦東新区の高層ビルの一画に事務所があり、そこで新しい製品の広告を台湾製のパソコンを使って、一日に幾つもでっちあげていた。
 車から電気製品、口紅に上海市浦東新区工作委員会の宣伝物まで、そこではありとあらゆるものが宣伝の対象になっていた。
 私が口にする言葉を二人の助手が中国語に直してゆくのである。彼等は日本に留学していたこともあり、言葉の点で問題はなかった。ただ、そうした曖昧な言い方はここでは通じないと何度も指摘された。
 
 浦東の建築現場には沢山の労働者がいた。その数は五十万人とも言われる。
 工事は夜を徹して行われることも多く、付近にはバラックのような飯場が点在していた。時折、軍の車両が巡回に廻っている。公安警察では追いつかないのだ。
 工夫の中には周辺の農村からでてきてそのまま戻ることのできない男達も随分いるようだった。彼等は現場の傍にある資材置き場で夜を過ごしている。雨の日にはビニールのシートを被って路上で寝ていた。
 私は往復の車の中でよく眠った。上海の渋滞は運転手がエンジンを止める程で、そうするとエアコンが効かない。
 
「ねえ、日本ではどの部屋にもテレビがあるんでしょ」
 江菫が言った。
「そうでもないさ」
 私はどうすべきか迷っていることに気付いた。デッキの外は雨になったようだ。低い音が耳の傍で続いていて、それは床下から伝わる。鋼鉄の下は深い海だ。
 ここはどのへんなんだろう。日本に近づいている。
 
 
 

2005年07月26日

「夜の魚 外灘」 vol.6

 
       四 長崎
 
 
 
 
■ 昨夜、江菫は私の船室の狭い椅子にぐったり座り、それからカバーのかかったままのベットに横になった。
 額には脂汗が滲んで寝苦しそうだった。
 江菫はオレンジ色の短いスカートを履いていた。太い太股にストッキングがびっしりと纏いついている。暫くそれを眺め、私は船室の外の廊下で煙草を吸った。
 
 いつかもこんなことがあった。
 梅雨の切れ間の日曜の深夜、私はバス停で倒れた葉子を拾った。今にして思えば薄い恋だったのだろうか。事件に巻き込まれ、初めて人を殺すことになる。緊縛された葉子を後ろに乗せ、古い単車で真冬の横浜港に飛び込むハメになった。上海にゆくことになったのも、きっかけは葉子だ。
 事件は片づいたようにも思えるが、落ち着いたという気分がしない。
 葉子の父にも何度か会った。だが、互いに本当のことを話しているという確信は持てなかった。今は努めて仕事のことだけだ、という距離を胸の中で意識しあっているように思えた。
 
 江菫がすこし唸って寝返りを打った。脚が開かれている。私はバスタオルをその尻にかけた。
 この上海娘、上海小姐は何をしに日本にゆくのだろう。
 彼女に連れはなく、出航の際デッキで話していたのはその場で知り合った女だったという。不安だったのだろう。
 次第に空が薄くなってきて夜が明けた。長崎港についたのは午前九時近かった。五島列島の脇を通るとき、海の色が変わった。
 この季節、長崎は雨が多い。台風にはまだ早いが、梅雨時の風も南から吹いてくる。
 桟橋で江菫と別れた。
「じゃあ」
 と、手を振ると彼女は日本式に頭を下げた。
 私は荷物を持ち、通りに出ようとした。
 昇り坂になっている船着き場から大通りに向かうとき、なんだかすこし眩暈がした。持っている鞄が重く、一度に汗がでた。
 車輪のついたスーツケースを脇に置き、その上に腰掛けようとする。
 今頃吐き気がしてきた。
 私は、自分のプラスチックのスーツケースの上に胃の中のものを吐いた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.7

 
       五 ザボン
 
 
 
 
■ 中華街の傍のホテルにタクシーをつけた。
 オレンジ色のスカートが近づいてきて、ハンカチで始末をしてくれたのだ。
 私は、船酔いと過労から熱がでたようだった。
 江菫は私をタクシーに乗せ、身振り手振りでホテルを捜した。荷物を持って私を促す。廊下を髪の妙に黒々としたホテルマンがついてくる。眉も濃い。
 ホテルマンから部屋の鍵を受け取り、決まり切った説明を受けると、私はベットに横になった。べっとりと汗をかいている。
 江菫は私の上着と靴下を脱がせた。その辺りまでは覚えがある。
 
「アスピリン」
 と、江菫は言う。
 中国の標準語がすこしは通じるところを捜すと、長崎ではリトル・チャイナになる。露店のある通りを抜けると、ほんの十軒程が密集しながら別枠をつくっている。江菫は薬を捜してくると言った。
 不思議に警戒する気持ちが起きなかった。
 江菫に紙幣を何枚か渡し、暫くの間私は眠ることにした。カーテンを閉めて貰ったが、細い光が入って眩しい。
 どれくらい過ぎたのだろう。江菫が私の肩をゆすった。頭の奥が鈍く痛む。唸りながら起きると、江菫は何か赤い紙に包まれたものを出す。飲めというのだ。赤い紙には薄茶色の粉が入っていて、薬ではあるようだ。
 
「熱がさがるよ」
 江菫は真剣な顔をしている。私は飲むことにした。口を開くと、江菫は赤い紙を私の唇にあててゆっくり傾ける。
 古くなった蟹の脳味噌のような味がした。
「これも」
 江菫は、こんどは白い紙の中から錠剤を取り出した。指でつまんで私に含ませる。
「ネタ方がいいよ」
「ああ」
「昨日、ネテないんだから疲れたんだよ」
 そればかりでもないだろう。私は湿った枕に頭をつけ、眼を閉じた。
 次第に曖昧になってゆく。断続的にいくつも夢を視る。夢がとぎれたところで闇に入った。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.8

 
 
 
 
■ 眼が覚めると、空気が新しくなっている。頭痛はとれたようだ。
 私は丸一日眠っていたらしい。時計をみると午前九時をすこし廻ったところだった。ツインの片方のベットには江菫が背中を向けて丸まっていた。毛布をかけず、カバーの上に直接寝ている。
 私はシャワーを浴びることにした。歯を磨いたが吐き気はなかった。
 
 小便がたくさん出て、それはみたこともない色をしている。
 江菫を促し、身支度をさせた。彼女は自分の鞄を浴室に持ってゆき、そこで着替えた。若い娘だから案外時間はかからない。
 ホテルを出ると、日差しがきつかった。長崎の街の空気はどこかのんびりしている。車輪のついたスーツケースを引きずって、私たちはアーケードのある長い商店街を歩いていった。
「あ、フライドチキンだわ」
 江菫が指さす。どこにでもあるファーストフードの店だ。
「人民公園の傍にあるでしょ、並ばないと入れないのよ」
 入ることにした。私はコーヒーを頼む。
 江菫は鶏の脚を瞬く間に三つ食べた。
「同じ味がするね」
 上海にこの店のチェーンが初めて出店したのは八九年だと言われる。
 本店の売り上げは、二百席で月に約三十万元(六百万円)。上海の労働者の表むきの平均月収が四百~五百元(八千円~一万円)だとされる中で、この数字は驚異的なものだと言われていた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.9

 
 
 
 
■ 西風の成功を黙って眺めている上海人ではない。
 人民公園の脇には中国資本の店が並ぶことになった。そこでは炒飯がセットで出されている。
 もともと南京路にあったレストランが「鶏」の名前をつけ、西洋資本に対抗し成功を収めていた。今では北京にまで支店を拡大しているという。
 私はそんなことを思い出していた。
 
 上海に渡ってすぐの頃、葉子とともに街をすこし歩いた。
 中国には標準語として北京語が使われているが、その読みは共通でも、その発音が上海では全く異なる。たとえば「私」のことを北京語では「ウオ」と発音するが、上海では「アラ」。「あなた」は「ニー」に対して「ノン」といった按配だ。
 まして上海人はプライドが独特に高く、北京のことを「バッツ」と軽視する。「田舎者」という意味だ。上海以外の土地を、上海人はすべて田舎だと信じ込んでいた。それに対抗するには金の力を誇示する以外にはない。私は、些かうんざりした気分が甦ってくるのを感じた。
 
「熱が下がってよかったね」
 江菫が笑っている。
「昨日はどこで薬を買ったんだ」
「チャイナタウン、小さいのね。何軒か廻ると店のひとが教えてくれたの。奥の薬屋さん」
「あれは漢方薬なのかな」
「ミミズと食用鼠の睾丸を干して混ぜたもの」
 そんなことでいちいち驚かなくなっている。
 
 
 

2005年07月29日

「夜の魚 外灘」 vol.10

 
       六 眼鏡橋
 
 
 
 
■ アーケードの中を歩いていたら洋服屋があった。
 私は自分の上着が汗でくしゃくしゃになっていることに気付いた。暫く洗濯もしていない。
 店に入ると安売をしている。黒いポロシャツと薄い青の混じったコードレーンの上下を買った。コードレーンなんか港町でないと着る気がしない。古くなった綿の上着は捨てて貰う。
「お客さん、東京からですか」
「いや、上海」
 
 縮れた髪を脇に垂らした妙齢の店員がきく。港町の女はどこか似ている。明るくて忘れっぽく、胸元が海に向かって開かれている。
 その店は女ものも売っていて、店員に頼み江菫にスカートを一枚見立てて貰うことにした。店員は不思議そうな顔でちらりとみる。
「世話になったんだよ」
「そうなんですか、かわいいひとですね」
 江菫にはすこしだけ長めのスカートが選ばれた。紺色である。派手なヒールとは合わないが、仕方ないだろうと思った。
「シェシェノン」
 江菫が礼を言う。笑顔を眺めていると、なんだか年を取った気分だ。
 店を出て眼鏡橋まで歩いた。この辺で別れることにした。
 これからどこにゆくんだ、と江菫に尋ねると、神戸の方に知り合いがいると言った。ひっかかるものがあったが黙っていた。
 私は自分の事務所のアドレスを渡し、じゃあ、と手を振って歩き出した。
 すこしたって振り返ると、江菫の立っていた眼鏡橋の周りには誰もいなくなっていた。路面電車に乗り、繁華街にあるバスターミナルまで出た。空港までバスでゆき、私はそのまま東京に戻ることにした。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.11

 
 
 
 
■ カーキー色の戦闘服を着た兵士がトラックの荷台に並んでいる。
 私は車を運転していて、その背後についている。彼らは鉄兜の下から私の方を注視していた。
 戦闘が始まる。
 丸い砲塔の戦車と六輪の装甲車が轟音と共にアスファルトを削り、そのまま民家を押し潰す。ところどころ火の手があがっている。兵士が市民に焼かれ鉄柱に吊されているようだ。
 匂いがする。
 ここは何処なのか。背後にはみたこともない高層ビルがスポットを浴びていくつも並んでいる。ホストを守れという声が聞こえる。
 
 知ったことではない。
 そう呟くと目の前が反転し別のものになった。白い布が横切る。
 ズボンに煙草の灰を落とした。慌てて眺めていると、パーサーがおしぼりを持ってきて笑った。
 私は狭い国内線のシートの上で短い夢のようなものを反芻していた。昨夜、熱にうなされながら視たものの断片のようだった。
「ぼんやりしていては駄目ですよ」
 その通りなので黙っていた。膝のところに小さな穴が開いた。買ったばかりなのに。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.12

 
 
 
 
■ 長崎から百分ほどで羽田につく。
 エスカレーターを幾つか降り、モノレールで都心に戻ることにした。
 制服を脱いだパーサーが膝を曲げ、吊革につかまっている。遠くまでのフライトだったのだろう。塗った白粉は斑になり、残ったプライドだけでヒールを履いているようにみえた。
 
 途中、運河沿いに建っている高層ビルの中にある駅で私は降りた。ここから車を拾い、まずは事務所にゆくべきかをすこし考えた。
 昨年、私は五年間勤めていた小さな広告代理店を辞めた。きっかけは葉子と会い、事件に巻き込まれたことである。横浜港でグロックというプラスチック製の精密な拳銃で肩口を撃たれ、暫く警察病院に入院していた。
 上海にゆくすこし前、港の傍に小さな事務所を借りた。ワンルームでしかないが、一応コーヒーは飲めることになっている。
 折り畳みの簡易ベットも入れた。必要な機械、中古のコピーと二十一インチのナナオ、すこし古い十七インチを入れると机は一杯になった。
 バイトの事務員を雇う余裕などない。おそらく郵便受けはダイレクトメールで溢れていることだろう。
 すこし考え、一階にあるスタンドでコーヒーを飲んだ。時計を眺め、晃子に電話することにした。社にいるだろう。
 通信社の受付にしては愛想が良い。会議中だというが、粘って呼び出して貰った。その時は気付かなかったが、私は自分の国に戻ってホッとしていたのだ。
 暫くして晃子が電話に出る。
「よお、今帰ったんだ。飯でもくおうか」
 
「あなた、何寝ぼけたこと言ってんの」
「え」
「奥山さんが撃たれて重傷なのよ。彼の相棒は死んだわ」
「なんだって」
「今晩七時、関内にきて。車でくるのよ」
 電話が切れた
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3198

 
       紅色
       新聞兵。
 
 
 
 
■ 何故かは知らぬが、最近、文革と朝鮮戦争の本を眺めている。
「李 振盛(リー・チェンション)」という写真家の記録を集めた同書は、文化大革命の様相をあますところなく伝え、その数枚を眺めただけで胸が重くなってくる(発行:ファイドン株式会社)。
「Red-Color News Soldier」
 というのは、1966年、李氏ら造反派グループが活動を始めた際に腕に巻いていた腕章を英訳したものである。
 
 
 
■ 土砂降りだったということもあり、上海の印象は、映画「ブレードランナー」そのままに近かった。
 中国にしばらくいると、人生観が変わるよ。
 と誰だかに言われたが、確かにその通りかも知れない。
 水を得た魚のようになる人間もいれば、その後日本社会との微妙な相違に苦しむひともいる。
 この辺りは、かなり相対化して眺めなければならないのだが、私は歴史家ではなくまた経営者でもないので、感じたものをかたちにしてゆけばいいのだと思っている。
 ほぼ10年前に書いた「夜の魚 外灘」は、上海がこれから急速に進展してゆこうとする直前の作品である。
 荒唐無稽な話になってゆくところもあるが、何、その都市自体がそういう場所であるという感触を確かめた部分もあった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.13

 
       七 粉
 
 
 
 
■ 私は自分の部屋に戻ることにした。
 一ヶ月閉め切った部屋は薄い黴の匂いがした。
 台所に立ち、蛇口を捻って暫く水を出す。
 浄水器に切り替え、お湯を沸かすことにした。冷蔵庫の上に置いたコーヒーの缶を開ける。鼻を近づけるとなんだかいけるようだ。
 ぼんやりとお湯の沸くのを待っていた。
 
 奥山の顔はよく覚えている。
 危なげない運転をする男で、背はそれ程高くもないが、がっしりした腰つきをしていた。
 彼は厚生省所属の麻薬取締捜査官だった。全国に五つあるというブロックの、関東甲信越を管轄する分室に所属していた。場所が何処なのかは知らない。
 昨年、私は葉子とともに真冬の横浜港に飛び込んだ。
 フィリピン共産党CPPの武装集団NPAが、武器調達資金獲得のため日本に覚醒剤を密輸していたのだ。ルートの元締めが北沢という男で、彼は冷酷なテロリストだった。葉子が拉致され、誘いに乗った私は本牧の突堤にでかけた。
 神奈川県警と合同の捜査だったらしい。ありったけの車両が配置されたようだ。普段、第三京浜を縄張りとしている交通機動隊のGTRまでみかけた時は些か驚いた。GTRで追うつもりだったのだろうか。
 
 松葉杖をつけるようになると、大桟橋近くの水上警察の四階で、私は何度か事情聴取を受けた。囮にしておきながら参考人ということらしい。奥山も同席した。
 奥山は煙草を吸わなかった。煙草は麻薬と同じ人類の敵だと考えているようだった。その彼が撃たれたのだという。
 私は北沢のことを思った。奴は夜の海を傷ついた鮫のように泳ぎ、逃げ切った。北沢は薄い唇をしていた。奥山の狙撃には北沢が絡んでいるに違いない。どんなかたちであれ、許すような男ではないのだ。
 エアコンのスイッチを入れ、すこし窓を開けた。
 溜まった郵便のほとんどを屑籠に入れ、コーヒーを飲みながらテープの巻き切った留守番電話を再生してみた。これといったものは入っていない。ぬるい風呂に入り、下着を取り替え、夕方近く私は部屋を出た。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.14

 
 
 
 
■ 車のバッテリーがあがっていた。
 私は通りまで歩き、タクシーを拾い、千円で電気を借りることにした。
 サンクのトランクからブースターケーブルを取り出して繋ぐ。
「小さいねえこれ、どこの軽なんだい」
 運転手がそういう。
「フランスの軽だよ」
 エンジンがかかった。暖まるまでタペットがうるさい。
「じゃあ、気をつけて」
 ワイシャツのボタンをふたつ外した運転手が忠告する。そのとおりなんだろうと私も思った。
 
 私はサンクのエンジンをふかし、セカンドレンジのまま目黒通りを第三京浜に向かうことにした。
 第三京浜はそう込んでもいなかった。僅かな時間で大分違う。
 九○キロで内側の車線を走った。ドアの脇から風が入る。ゴムが取れかかっているのだろう。この時間、空はまだ明るい。
 国道に出ると混雑してきた。スモールを点けながら関内に急いだ。一本角を曲がった路地に車を駐めた。
 関内の駅、階段を降りたところに晃子が立っていた。隣に吉川もいる。
「また会ったな」
 吉川はすこし太っていた。珍しく綿のパンツを履いている。
「なんであんたがいるんだよ」
 私はすこし呆れた声で聞いた。
「馬鹿いえ、護衛じゃねえか」
「いいから、車どこに置いたの」
 晃子が促して歩くことにした。晃子は前よりもすこし細くなったようだ。金をかけ節制しているのだろう。
 サンクを前にして吉川は、どこに乗れってんだ、と毒づく。
「わたしが運転するわ」
 晃子がさっさと乗り込み、吉川が後部座席に横になった。
 晃子はハンドルの左についたウィンカーを間違えることもなく、勢いよく加速した。ライトを点け始めた車の流れを自在に泳いでいる。吉川は狭い後部座席でなにやら唸っている。
 警察病院にゆくのかと思ったが、そうではなかった。大通りを何度か曲がり細い路地に入ってゆく。黄金町だ。灰色の低い建物が並んでいる。四階建ての古いビルがあり、その前で止まる。
「ここよ」
 と、晃子は言った。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.15

 
       八 偽装
 
 
 
 
■ 厚いコンクリの手すりのある階段を昇ると灰色の鉄製のドアがある。
 晃子がブザーを鳴らした。覗き窓が開けられ、チェーンの外れる音がする。ドアが開いた。制服を着た婦人警官と看護婦、それから看護士のような若い男が中にいた。
 二十畳ぐらいの部屋だ。奥にもうひとつ部屋がある。
 遮光カーテンが閉められ、部屋の脇にベットがあった。奥山が寝ている。廻りにはいくつもの医療器具が並んでいて、太い電源コードが何本も床を這っていた。
「気分はどうかしら」
 晃子が奥山に尋ねる。
 彼は肘を使いベットの上に起きようとした。右肘から肩にかけて三角巾が厚く巻かれている。看護婦が手を貸す。五十歳くらいだろうか、婦長クラスなのだろう、看護婦は表情をみせなかった。
 奥山は眼鏡を外していた。顔色は古くなった土に似て、もともと色白の肌に唇だけが紫色に目立っている。死線をさまようとこのような表情になるのだろうか。彼の眼はすこしのあいだ遠くをみつめ、それから脇の棚に置いた眼鏡を手に取った。
「まあまあですね」
 私は黙っていた。吉川も後ろにいる。
 
「奥山さんはね、右肺をライフルで撃たれたの。車が爆破されて、先に乗ろうとした同僚は死んだわ。すこし遅れた奥山さんは助かったのだけど後ろから狙撃され、十時間近くかかった手術で一命をとりとめたの」
 晃子が低い声で言う。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.16

 
 
 
 
■「ホローポイントだったらしいぜ」
 吉川が口を挟んだ。私がふりむくと吉川は続けた。
「フルメタルジャケットというのが完全に包装された銃弾だ。先を包んでいる合金を剥がし、鉛を露出させる。そうしてガーバーナイフでその先端を一定部分平らにし、さらに十文字に溝をつける」
 吉川は説明する。
「狙撃物にぶつかると銃弾の先端にある柔らかい鉛は口を開く。醜い薔薇の花のようにな。内部組織を完全に破壊し、体内にとどまる」
 晃子が補足した。
「あまりに残虐なので、国際条約で使用が禁止されているものなの。すこし前まで大型の動物を殺すためだけに使われていたわ」
 奥山は黙っている。何かを噛みしめているようでもある。私は舌が渇いてゆくのに気付いた。喉を鳴らそうとするが旨くはゆかなかった。
「麻取としてはこれで終わりです。片一方の肺が潰れたんですから」
 奥山が口を開いた。
 
「でもね、奴、爆破されて形のなくなったあいつ。あいつはまだ二十五だったんですよ。こないだ結婚したばかりだった。麻取にきてまだ一年経たなかった。奴の肉片がわたしの頬に張り付いていたんです」
 奥山の右手が震えている。
 上着の下、麻のシャツの背中の処を、冷たい汗が一本伝わるのが私にははっきりとわかった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.17

 
 
 
 
■ 看護婦が会話を制止した。奥山が横になる。
 制服を着た婦人警官はドアの前に立っている。その奥にはもうひとつ部屋がある。婦警は百七十センチ程あるだろうか。横を向いた腰のあたりが硬そうだ。普通、婦警は拳銃を持たないが、バックルにニューナンブを装着し、肩の脇から吊っていた。婦警ではないのかも知れない。
「奥山さんは死んだことになっているの。そう発表されたわ。勿論身分は隠されていたけど」
 晃子が説明する。それでこのビルに移送されたのだろう。
「車が爆破されたのは外資定期船埠頭の入り口だった。長いこと開発に躍起になっていただろう、例の臨海副都心のすこし先にある埠頭だ。奥山と若い相棒は、中国からの覚醒剤ルートを追っていた」
 吉川が言う。
「巧妙な仕掛けだった。イグニッションを廻しエンジンをかける回数をカウントする。一定の回数になると起爆するセンサーが付いていたんだ。勿論、プラスチック爆弾だ。相棒は腰から上がなくなっていたらしいぜ」
「素人じゃないわ」
 晃子がのめり込むように言った。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.18

 
 
 
 
■ 私はこのふたりが随分詳しく知っていることに気付いた。
 いぶかしい気分をどうあらわすか考えていると、背の高い婦警が私に近づいてきた。奥の部屋に入れと私を促す。私は吉川と晃子の顔を一瞬眺め、戸惑いながら婦警に従うことにした。
 部屋にはスチールの机があり、古い端末が一台乗っている。端末に電源が入っていて、どこかに繋がっているらしい。画面には緑色のプロンプトが出ている。その脇にビジネス・ホンがあって保留のランプが点滅していた。
「二番です」
 婦警はそう言ってドアを閉めた。私はそっと受話器を取り上げた。
「突然で失礼ですが」
 私の名が呼ばれた。初老の男の声だ。
「わたしは麻薬に関係する所轄官庁の者です。今は名乗れません。唐突ですが、あなたに協力して貰いたい」
 低いが、意志のある声が聞こえる。頭だけで渡ってきたキャリアには出せない種類の声だ。キャリアと付き合いがある訳でもないのだが、そう思えた。何度か修羅場をくぐった者だけが持つ不思議な迫力が声にはあった。
 私は黙っていた。男は続ける。
 
「昨年の横浜港での事件はほんの一端だったんです。今も中国や香港から、大量の覚醒剤や大麻が日本に流れてきています。それに伴い、多くの武器も持ち込まれています。拳銃だけではない。今回奥山狙撃に使われたライフルはスナイパーが使う特殊なものでした。プラスチック爆弾は主に米軍が使っているものです。多国籍なんですね」
「それがどうしたっていうんですか」
 私は男に尋ねた。
「どうもしません。この一年の間に日本はとっても物騒な国になった。様々なツケが廻ってきたんでしょう」
「警察は何をしているんですかね」
 
「皮肉はともかく、あなたは彼の顔を間近でみている」
「え」
「北沢と呼ばれる男ですよ。彼の顔を知っているのはあなたと葉子さんだけだ」
 
 

2005年07月30日

「夜の魚 外灘」 vol.19

 
 
 
 
■ 昨年の事件の後、私は水上警察の四階にある取り調べ室で、数十人の写真をみせられていた。この中に北沢がいるかどうか、特定することが目的である。終いには端末のある部屋に招かれ、本庁のコンピューターから送られてくる画像データーを確認することになった。画面の下半分に氏名や所属、前科の有無などが記載されていて、担当官は「失礼」と言ってからその部分を紙で隠し、セロテープでとめ、私にはみえないようにしていた。
 まる一日付き合ったが北沢の顔は残っていない。
「公安は持ってないらしいな」
 そんなことを担当官が話していたことを覚えている。
 私は電話の男に言った。
「北沢が絡んでいる訳ですね」
「そう、奴は今上海にいるという情報が入っている。あなたもこの頃むこうに渡っているらしいし、葉子さんもそうですね」
「葉子のことも調べたのですか」
「北沢は彼女に接近をはかるだろう」
 私は、この男はさすがにプロだと思った。ひとの気持の微妙な部分を巧くついてくる。それも、こちらが自発的に動くように仕向ける。
「私はただの広告屋にすぎない」
 私は反論をしてみた。電話口で男が薄く笑う気配がする。暫くの間があり、初老の男は言う。
 
「しかし、あなたは横浜港に飛び込んだではないですか」
「警察に協力をしたつもりはないんだ」
「まあ、後日再度連絡をします。ぜひ協力をして戴きたい。では」
 二秒たって電話は切れた。指先でフックを押したのだろう、音がしなかった。
 私は正面にある端末の画面をみつめた。どう考えるべきか、すこし時間が必要なのかも知れない。キー・ボードのエンターキーを押し、プロンプトをひとつ増やす。ドアを開け、奥山のいる部屋に戻った。
 晃子と吉川が私をみる。私は奥山のベットの傍に寄った。彼の左手を握る。
「頼みます」
 奥山が言う。右手で、私に一枚のメモを渡そうとする。
 私は胸の中に奇妙な感情が沸いてくるのがわかった。メモを受け取る。
「生きていてよかった。今度酒を飲もう」
 そう言って彼の傍を離れた。入り口の方に歩き、ドアを開け外に出た。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.20

 
       九 サニー
 
 
 
 
■ 歩道で煙草を一本吸った。
 水銀灯の下で奥山の渡したメモを眺めた。電話番号が書いてある。ここに掛けろということか。私はメモをたたみ、胸のポケットに仕舞った。
 晃子と吉川がビルから出てくる。
「ハメただろ」
 私は晃子に言った。
「ま、そういうこと」
「説明してくれんだろうな」
 晃子はすこし笑う。サンクの鍵をじゃらつかせる。
「ドライブでもしましょうか、これで」
 指さしてドアを開け、エンジンをかける。吉川が後ろに乗り込み、私も晃子の脇に座った。シートをもっと前に出せと吉川がうるさい。
「でぶなのよ」
 晃子が言う。
「これでも三キロ痩せたんだ」
 吉川は言い訳をしている。
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.21

 
 
 
 
■ 晃子は高速神奈川三号狩場線に入った。
 道は比較的空いていて、晃子は時折百二十程を出した。三人乗っているとこの辺りが限界なのだろう。
 ミシュランの細いタイヤはコーナーの度に捻れ、路面からのノイズを遠慮なく室内にまき散らした。路面のワダチを越えると、メーターのあたりからミシミシと軋む音がする。ストロークの長いサスペンションは、二度ほど揺れて車体を収める。フランス車の乗り心地はなんだか不思議なものだ。頼りないくせに芯がある。
 
 晃子は横須賀の方角に曲がった。通称ドブ板通りの路地にサンクを駐め、〈北北西〉と書かれたネオンの店に入ろうとする。
「汚ねえ店だな」
 吉川がひとことを挟む。
「あら、いやなら帰ってもいいのよ」
 私たちはドアの中に入った。ほの暗い店の中にはカウンターとスツールだけがあって、酒の瓶が背後の棚に幾列も並んでいる。
 カウンターの真ん中に私たちは座った。
 ひび割れた壁に、額に入ったケーリー・グラントの写真があった。彼は真剣に走っている。その隣にはモノクロの裕次郎が酒場のカウンターの中にいる写真があった。痩せていて若い。
「俺は待ってるぜ、だな」
 吉川が説明する。飾ってある写真はそれだけだった。
「わたしはジン・リッキー。ふたりは、そうねギムレットでも貰おうかしら」
 晃子が蝶ネクタイをしたバーテンに注文する。
 煙草を一本吸っていると、グラスが目の前に置かれる。コースターに書かれた文字を読むと、〈YOKOHAMA〉とある。もともと馬車道に店があったらしい。グラスに口をつけた。甘くもない。
 私は晃子に尋ねることにした。
「随分くわしいじゃないか。何があったんだ」
「ええ」
 晃子は話し始める。
 
 
 

2005年07月31日

「夜の魚 外灘」 vol.22

 
 
 
 
■ 事件の後、暫くのあいだ奥山は晃子の身辺を護衛していた。
 携帯電話を一台持たせ、その短縮番号が奥山直通になっていたという。
「勿論、捜査の必要からそうしていたのよ。北沢やその仲間から、接触があるかも知れないじゃない」
 それはそうだ。しかし晃子は肝心なことを省いている。
「それだけじゃないだろう」
 私は尋ねてみた。
 
 晃子が黙る。私は吉川の顔をみた。持ち上げた彼のグラスが暫く止まった。吉川は残った酒を頭を後ろに傾け、一度に飲んだ。
「苦い酒だな」
 吉川が口にする。彼はもう一杯をバーテンに頼んだ。
「まあ、気持ちの面ではね、それ以上じゃないわ」
 晃子がぽつりと言う。なるほど、と思った。 晃子は奥山に好意を持ったのだ。
 吉川は三杯目を飲んでいる。私も続けて貰うことにした。
「奥山とは十年来のつきあいだ。大学の後輩にあたる。だが、奴は途中でやめ、別の大学の薬学部に入り直した。なんで麻取になったのか、そう言えば聞いたこともなかったな」 吉川が話し始めた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.23

 
 
 
 
■ 奥山が狙撃されたのは一ヶ月ほど前のことだった。
 臨海副都心に乱立する高層ビルの工事現場で、中国ルートの覚醒剤が取引されているという情報をつかんだ。夜になると外資埠頭から小型の船が入り、外国人の乗った車が閉鎖された現場に入ってゆくのをみた者がいるという。奥山は晃子に連絡をした。なにか接触のようなものはないか、ということである。
 
「なんだか奇妙な気分がしたことを覚えているわ」
「出来過ぎているということだな、今時そういった目立つやり方で粉を入れる奴はいない」
 吉川が補足した。
 奥山は埠頭に張り込んだが、結局小型の船らしきものは入ってこなかった。朝になり、二十五歳の相棒を車において奥山が小便に立った。相棒がエンジンをかけようとすると爆発が起こった。
「駆け寄った奥山が背後から撃たれたんだ」
 張り込んでいた車はずっと見張られていたらしい。狙撃地点は七十メートル程離れたところにある四階建て倉庫の二階からだった。吸い殻とハンバーガーの包み紙が残っていたという。
「麻取も舐められたものさ、わざわざそんなものを残してゆく。だいたい、車に爆薬を仕掛けられても気付かなかったんだからな」
 
「罠か」
 私は吸っていた煙草を灰皿に捻った。
「罠だ」
 
 吉川が繰り返す。これは復讐だろう。誰の、と言えば北沢に決まっている。私は奥山の震える右手を思い出していた。
「手術はかなり難しかった。右肺が完全に潰れていたんだからな。これくらいの穴が開いていたんだとよ」
 吉川は右手の拳を握ってみせる。指は太い。
 私は胸のポケットに仕舞ったメモのことを思った。奥山が渡した奴だ。
 私は三杯、吉川は五杯、ギムレットばかりを飲んだ。奥山が好きなのかどうかは知らない。晃子はジン・リッキーを半分だけ口にし、氷の溶けるままにしている。
 店を出るとき足下がよろけた。吉川は入り口のドアにぶつかった。
 
 古いルノー・サンクで横須賀横浜道路を上る。横浜新道から第三京浜に入ろうとする。時計をみると午前一時を廻っている。夜の雲がいくつにも流れ、その後ろから細い月が時折みえては隠れた。
 私は何も考えなかった。
 晃子は黙ってハンドルを触っている。すこし窓を開け、ラジオをつけた。アルト・サックスの音がする。
 細くて明るい。ソニー・クリスだろう。「サニー」と私は口の中で言ってみた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.24

 
       十 梅雨寒
 
 
 
 
■ 薄い風邪が躯に入り込み、なかなか抜けなかった。
 翌々日、私はのろのろと自分の部屋を片づけ、下北沢の晃子のマンションに車をとりにいくことにした。あの夜、晃子は私だけを降ろし、吉川とともに坂を降りていったのだ。
 ぽつぽつ雨の降る午後、学生ばかりが歩く街を抜け、私は駐車場に歩いた。近頃、空き地に時間制の駐車場ができている。車は晃子のマンションから五十メートル程離れたところにあった。
 私は傘を持たなかった。頭がすこし濡れた。
 フェンダーの裏に、磁石で張り付いたキー・ボックスがある筈だ。晃子にそこに鍵を入れておくよう言った覚えがある。
 捜したが、四隅にはない。右手が泥で真っ黒になった。
 
 これだから女ってのは、と煙草を取り出し呆れることにした。
 一本を吸っていると雨が本格的になった。躯をかがめ、真剣に捜すことにした。リアのバンパーの下、マフラーが出ている鉄板の折り返しにキー・ボックスはあった。なんのつもりか、と一人で腹を立てていると、ボディと磁石の間に紙が挟んである。
「バチよ」
 と、女文字で書いてあった。
 なんのバチなのか心あたりはない。
 しかし、そう言われるとそうなのかという気分も浮かんでくる。ファンを廻し、車の中で頭を乾かした。また風邪をひくんだ。
 私は世田谷の細い道を、代々木上原の坂道にむかってのろのろ進んだ。
 表参道の終点で信号を待っていると、通りに向かい並んでお茶を飲ませる店がある。若者やそうでもない者が脚を組み、信号待ちをしている車の列を眺めている。彼らは楽しいのだろうか、よくわからない。
 私は自分の事務所に寄ることにした。同じ港区でも山手線の外側は雰囲気が全く異なる。事務所のあるマンションは古いアパートを取り壊して建てられたもので、ほとんどがワンルームである。築二年と聞いているが三分の一程が空いたままだった。
 裏手の駐車場にサンクを駐め、私は事務所に入った。溜まった郵便を整理して過ごすことにした。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.25

 
 
 
 
■ 午前二時を廻った。
 私はハード・ディスクにMOからデーターを移していた。
 その夜、私はとある容器メーカーのコピーを考えていた。プラスチック容器専門の会社である。その会社は、一リットルのペットボトルから、ポンプ式の様々な容器まで、およそ生活に関与するプラスチック製の容器ならそのほとんどを製造していた。上海にゆく前から、何か適当なものがあったら社内用のポスターに幾つかを考えてみてくれ、と担当者に言われていたのだ。
 素案の文面を幾つもベタ打ちし、手持ちの写真と組み合わせてイメージを作る。片一方の機械は懸命にデーターを移している。光磁気ディスクの回転音はかなり耳に触るものだ。
 
 私は上海の東方明珠広播電視塔の夜景を使うことにした。
 電視塔は高さ四百六十数メートル、二十一世紀にむけ中国開放政策の拠点となる浦東新区総合開発地域のシンボルである。
 旧租界地帯に並ぶ一九二○年代の建築物に照明があたっている。向こうに電視塔がみえている。当時の短い狂乱と今の時代とが奇妙にシンクロしているようにも思われる。
 通りには沢山の人が歩いていたが、写真には映らない。シャッターを開放して撮ってみたのだ。ピントも甘くあまり出来が良いものとは言えないが、どこか泥臭い近未来の都市の風景がそこにはあるように私には思えた。
 写真を加工するソフトで、画面の一番手前に一本のペットボトルを置いてみる。透明なボトルで、三分の二程水が入っている。これは昔スタジオで撮ったものだ。ボトルの中で水が僅かに波打っている。
 重ねてみると、光の具合が背後の写真と異なっていた。ボトルだけが浮いてしまっている。ボトルだけのデーターを取り出し、触っていたら機械が突然ハングした。メモリが不足したようだ。仕方なくリセットする。フォントを登録しすぎたのか、立ち上がるのに時間がかかる。
 私は煙草を吸うことにした。今日二箱目を開けた。
 実撮影しなければ無理なのかも知れない。どの場所で撮るべきか、私はぼんやりと記憶を辿った。
 電話が鳴る。ファクスかと思うと、そうではなかった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.26

 
 
 
 
■ 聞き覚えのある声と言葉だ。上海語である。
「よお、どうしたんだ。こんな時間に」
「今ね、オオサカのホテルにいるの。コウベの知り合いはみつからなかった」
 江菫の声だ。そんなことだろう、と私は思った。
 もともと、神戸・三宮界隈の南京街には、中国人をはじめとする外国人が沢山住みついていた。裏通りは「ドロボー横町」などの名称がつき、怪しげな日本語を話す外国人が夜になると露店を開いていた。南京街は神戸のカスバと呼ばれ、小高い丘の上に立つと、波止場に停泊する香港からの貨物船が何時もみえていたのだという。
 経済成長とともに地下街ができ、「タウン」などと呼ばれる。波止場はポートピアと名前を変えた。路地が消え、街全体からいかがわしい部分が急速に消え失せる。その事情はどの港町も同じだ。
 
 いかがわしさのない国際都市なんてのは、パンツを二枚履いた若い女のようだ。清潔そうにみえるが奧が臭い。
「明後日ね、トウキョウにゆくわ。よかったら電話してもいいかしら」
「君のビザは短期か」
「え、そう」
 留守番電話に吹き込む方法を教え、私は電話を切った。
 江菫がくるのか。困りもしないが、それで良いという訳でもない。
 江菫は来日の目的をはっきり言わなかった。おそらく、短期滞在ビザで働くつもりでいるのだろう。
 短期ビザは、最長百八十日までの滞在を許可している。現在の日本には、常時二万五千人余の英国領香港籍を含む中国系の人々が短期滞在していると言われる。その全てが観光であるとも思えないが、この数字を多いとみるかは微妙なところだ。
 働くつもりなら吉川に聞いてみるか。
 考えが流れ始め、私は奥山がベットの上で渡したメモのことを思い出した。メモにある番号は、おそらく女だろうと思った。
 ようやく立ち上がった画面を消し、もう一台の電源も落とすと、私は事務所を出ることにした。明日、連絡をしてみるつもりになっている。
 
 
 

2005年08月01日

「夜の魚 外灘」 vol.27

 
       十一 冴
 
 
 
 
■ 昼過ぎに起きた。
 前に勤めていた事務所をやめてから、ほとんど根無し草のようになっている。決まった時間に起きなくても誰も咎める者はいない。
 とは言うものの、だ。
 私は幾ばくかの後ろめたさを感じながらコーヒーを沸かした。シャワーを浴び髭を剃る。綿のパンツに半袖のシャツを着た。
 習慣的にパソコンの電源を入れ、壁紙をクレーの絵に変えた。「この星は謙遜を知っている」というクレー晩年の作である。実物の色合いをみたことがないので微妙なところがわからない。もっと鮮やかな蒼色に黒で線が描かれているのかも知れない。
 
 ハンガーにかかっている上着の胸ポケットから紙片を取り出す。奥山が渡したものだ。その局番は、高速湾岸線を降りて暫くいった辺り、千葉県との境のもののようだった。
 平日のこの時間ではいないかも知れないな。
 私は相手が女であることを決めてかかっている。
 五回ベルが鳴って、留守番電話が返事をした。やはり女性の声だ。自らの名前は名乗らない。都会暮らしが長いのだろう。
 私は暫く戸惑ってから名乗った。奥山から電話するよう言われたことを告げ、自室と事務所の電話番号を教えた。宜しかったら掛けてきてください、と電話を切る。
 二時間ほどぼんやりした。事務所にゆく気もしない。薄いコーヒーを何杯も飲み、仕事用の雑誌をぱらぱらと捲った。
 思いついた言葉をパソコンに入れてゆく。簡単なメモのようだ。断片的な言葉のかけらのようなものが、ある時一本の線になる。時間を置いて意味が変わることもあるし、当初面白いと思われたものが色褪せることもある。
 窓を開けると空は曇っていた。隣の部屋のひとが乾燥機を廻している。東京はまだ梅雨が明けていなかった。
 電話が鳴った。一度短く鳴ってはすぐに切れた。
 五分程経ち、もう一度ベルが鳴る。受話器を掴み、私は名乗る。
 
「電話が入っていたものですから。奥山さんがどうかしたのですか」
 明晰な声だ。
「彼は撃たれました」
 電話の奥で息を飲む気配がする。
「それで、容態は」
「死にはしないが良い訳でもない。私は奥山さんにあなたに連絡をするよう頼まれました。失礼ですがあなたの名前は」
 一瞬の間が空いた。どれくらいの間だったのだろう。私は左耳が痛くなっていることに気付いた。
「葵です」
「え」
「今晩七時、芝浦のシーメンズ・バーにきてください」
 そう言うと電話が切れた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.28

 
 
 
 
■ 夕方になり私は部屋を出た。JRの駅までゆっくり歩き、雑居ビルの中にあるグリルでハンバーグを食べた。昔ながらの味と言われても、昔を知らないのだから仕方がない。ガラス越しにパーティ帰りの若い女たちが横断歩道を渡ってゆくのがみえた。新館ができてから、この辺りは車が駐められない。
 
 タクシーを拾い、産業道路まで出た。すこしゆっくり流してもらう。島へゆく桟橋のある辺りで見当をつけタクシーを降りた。
 桟橋の切符を売る中年の女性に尋ねる。
 眼鏡をかけたその女性は、すこし待つように言うと奥の事務所に引っ込んだ。私は煙草を我慢しながら立っていた。ものを尋ねるときには紳士的でなければならない。
 暫くするとその女性は手に一枚のコピーを持って出てくる。
「このビルの地下だといいますよ」
 私は礼を言い、頭を下げた。振り向いて笑うべきかと考えたが、それはやりすぎだと思った。
 ビルは歩いて五分程のところにあった。
 ステンレスの看板に「シーメンズ・バー」と書いてあり、階段には模造大理石が張ってある。六本木の空気が今程濁っていない頃、つまり私が懐をそれ程気にせず飲みに出かけることができるようになった二十代の終わり、ようやく流行り始めた店の造りなのだろう。
 
 中に入るとその通りだ。ダクトが壁を這い、四隅には発泡スチロールに色を吹き付け映画のセットのようにみせた内装が目立っている。
 私はカウンターに座った。ほとんど客はいない。
 髪を伸ばした若い男が注文をきく。
 私は安いスコッチを頼むことにした。後は水だ。
 時計を眺める。七時を十五分廻っている。
 有線なのだろうか、ジュシア・レッドマンの曲が流れている。
「待ちましたか」
 背中で声がする。
 振り向くと、白い生成のワンピースを着た女が立っている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.29

 
 
 
 
■ スツールを引き、彼女は横に座った。
「後ろから眺めていたんです」
 名を冴という。彼女がそう言う。
「あなたのことはみたことがあります。冬の頃、倉庫の鍵を取りに奥山さんとスタンドにきたでしょう」
 芝浦のスタンドに勤めていた女性だ。あの時は髪を後ろに束ねていた。短い色のついたスカートを履き、タイアの空気圧を屈んで確認していた。
 彼女は中国残留二世だと聞いたことがある。私はぶしつけに尋ねることにした。
「奥山さんとはどういう関係なのですか」
「わたしは唯の連絡員です。彼のような仕事の場合、情報を仕入れるルートを幾つも持っているものでしょう」
「残留二世なのですか」
「はい、わたしの生まれは中国本土です」
 そこで彼女は言い淀んだ。私たちは酒を飲むことにした。
 
「あなたは天安門事件って知ってますか」
「ええ、八九年の今頃でしたね」
「日本にも正確には伝わってはいないようですね。わたしはあの時、広場にいたのです。わたしの夫もそこにいました。わたしは上海に逃げてそれから日本にきたのです」
 私は冴と名乗る女の横顔をみた。二重だが細長い瞳の傍に薄いシミのようなものがある。化粧は濃くはない。
 彼女はカンパリを飲んでいた。青いラベルのロッソを指さし、ソーダで割ってくれと若いバーテンに頼んでいた。
 二の腕が白い。
「奥山さんは、どうしてあなたに連絡を取るように言ったのですか」
 私は彼女に聞いた。彼女は笑う。
 
 ほとんど色のない唇が開かれ、それからこちらを向いた。
 背中が震える程の色気がそこにはあった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.30

 
       一二 驟雨
 
 
 
■「あなたは何人もの人が死んでゆく姿を傍でみたことがありますか」
 彼女が私に尋ねた。
 どう答えるべきか私は迷った。
「年齢相応のものしか、私にはないです」
 私はそう答えた。彼女は背の高い赤いグラスを持ち、一口を飲む。
「信用できそうなひとだから、話すことにします」
 私は黙っていた。
 
 冴の母親は元々日本人だった。太平洋戦争が終わり、そのまま大陸に取り残された。祖父は中国東北部の開拓民であり、満州国の日本語学校の教師として東北部のとある都市に赴任していた。比較的裕福な暮らしだったという。
 戦況は悪化する。情報を得て蘇州へと南下する。その途上、冴の母親は売りに出される。足手まといとなる子供を捨てて、祖母と祖父は夜の河を渡ろうとする。金を出せば向こう岸に連れていってやるというのだ。
 小さな村の河沿いの丘で、逃げようとする日本人の乗った船に迫撃砲が当たる。人民解放軍のものか蒋介石の傘下か、今となっては定かではない。
 冴の母はその村で中国人として育った。
 中国人である養祖母は、トウモロコシの団子を実の子とわけへだてなく冴の母に与えた。冴の母は自らが日本人であることを忘れ、娘となった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.31

 
 
 
 
■「〈大災害〉って聞いたことありますか」
 冴が私に言った。私は知らないと答える。
「わたしが生まれるすこし前、祖母のいる村は大飢饉に襲われたんです。中国本土全体で二千万とも三千万とも言われる農民が餓死しました。原因は毛主席の夢想的な〈大躍進〉政策と、それに反対する者を〈右傾的偏向反対〉として一斉に排除したことです」
「大躍進、ですか」
「そうです。その頃中国は鉄を作るために労働力を強制的に集中させました。その結果、農村の生産力は極端に低下します。さらに、当時の地方幹部の特権の横行や官僚主義によって、食料が公平に分配されなかったことが飢餓を拡大させてゆきます。その時養祖母が死にました」
「いつのことですか」
「一九五九年から六一年にかけてのことです。当時の中国は六億六千万程の人口がありましたが、その三パーセントが飢餓によって死んだのです」
 冴と名乗る彼女は淡々と話した。
「わたしは六十七年に生まれました。文革で北京から下放してきた父と母が知り合い、恋に落ちたのです。母は農場で働いていました。わたしが生まれてから、母が日本人であることが判明します。わたしだけが北京に引き取られ、父の実家で育ちます。父の実家は幹部党員だったのです」
 私には事情がよく飲み込めなかった。
 
「〈葵〉っていう名前は文革時代の名残です」
 彼女はこちらを向いてすこし笑った。
「毛主席、紅太陽の方をいつも向いている向日葵という意味です。幹部党員や知識階層が自らの子どもにそのような名前をつけることはほとんどありませんでした。それだけ忠誠を示す必要があったんです」
「それでお母さんはどうしているんですか」
 冴は薄く笑い、グラスを口につけ赤い酒を飲んだ。私は自分が無神経であったことに気付いた。
「気にしないで。母の顔は覚えていないのだから」
 私たちは店を出て外を歩くことにした。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.32

 
 
 
 
■ どこをどう歩いたのかよく覚えていない。
 オレンジ色に光る東京タワーが大きくみえるところまでゆくと雨になった。
「悪いけど、送ってくださらない」
 私たちは傘を持たなかった。冴の髪が濡れ、生成のワンピースが貼りついている。タクシーを拾う。冴を連れ、私は自分の部屋の前まで戻った。濡れた髪だけでもと促すのだが、彼女は私の部屋に入ろうとはしない。仕方なく私は駐車場からサンクを引っぱり出した。
 酔いは醒めたつもりだった。天現寺まで廻り首都高速に乗った。
 レインボー・ブリッジを渡り、臨海副都心の辺りに出た。そこで前が詰まる。周囲にはいくつもの建築共同体の看板があり、組み上げられた鉄骨に小さな灯りが点いている。奥山が撃たれたのはこの奥の埠頭なのだと思った。
「上海の浦東に暫くいたんだ」
 私は冴に話しかけてみた。
 
「わたしはダスカの裏手で働いていたわ。野鶏(ヤーチー)って知ってるかしら」
 野鶏は上海の夜の女だ。路上に立ち客を曳く。
 上海の西蔵南路にある〈大世界〉は一九一七年に黄楚九によって作られた。ダスカと呼ばれている。長いこと上海の裏の世界を象徴する一種の魔窟になっていた。売春、アヘン、賭博、ありとあらゆるものが見せ物とされ、金さえあればどのような快楽も求め売ることができた。解放後、何度か名前は変わり今では健全な見せ物小屋になっている。子ども連れでゆくところになったのだという。
 その裏手を何本かゆくと入り組んだ路地に迷い込む。決して一人で入ってはいけないと、上海に滞在している間、葉子にも広告の二人の助手にも注意されていたことを私は思い出した。冴はそこにいたのか。
「知ってるよ」
「そう」
 湾岸を公園のある辺りで降りた。
 左に曲がり、何処までゆくのかを尋ねた。
 
「ううん、わたしを買ってよ」
 冴が言った。
 雨は小降りになってきている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.33

 
       十三 仇夜
 
 
 
 
■ 駅前の通りをすこし離れたところにホテルが何軒かあった。
「三万円、前金でね」
 部屋に入って冴はそう言う。
 私は財布から紙幣を取り出して彼女に渡した。彼女は黒いバックにそれを仕舞い、浴室のドアを開けて準備をした。お湯を貼る音がする。
「ぬるめがいいのかしら」
「ああ」
 私はビールを飲んでいた。冷えすぎていて旨くない。
「入って」
 彼女が促すに従い、私は下着を脱いだ。彼女は裸でどこも隠そうとはしていない。髪を上で縛っている。いつ塗ったのか、口紅を直していた。
 私は浴槽に一度つかり、それから椅子に座った。タオルにボディソープをつけ、彼女は私の躯中を念入りに洗った。時には指先も使う。泡立てるようにして爪を立てる。
 
「上海風呂にはいきましたか」
「いや、ゆかなかったよ」
「店を選ばないとね、日本人はすこしびっくりするかも知れないわね」
 衛生面の事を言っているのだろう。指が前に廻った。お湯がかけられ、唇が近づいた。暫くそうしていると膝をついた背中が逆さまにみえた。背中は丸くなり、ふたつに割れた尻の間にお湯が流れている。
 歯ブラシを渡され、もう一度浴槽に入った。冴は一度外に出てコップに水を入れて持ってくる。
「むこうでね」
 バスタオルを二枚使い、立っている私の躯から水気を取っている。
 短い浴衣のようなものを羽織り私はベットに横になった。
 冴と名乗る彼女と寝る必然性はどこにもない。私はインタビューをし、送るように言われ、自分を買うよう頼まれた。断ることもできるのだが、かといってそれが紳士であるとも思えない。〈紳士〉などという言葉が頭に浮かぶのが不思議だった。
 煙草を吸いながら待っていた。冴は躯を洗っているようだ。有線のチャンネルを廻すと、香港の流行歌が流れた。暫くそれを聴き、ジャズのピアノに替えた。浴室のドアが開き、冴が出てくる。
「灯り、消すわね」
 暗がりになった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.34 

 
 
 
 
■ 触れるべきなのかどうか、俄にはわからない。
 冴が尻を向け、横にすわった。枕元のスイッチを廻し僅かに灯りをつける。
 
「買ったおんなのことを考えても仕方ないわ」
 それはそうだ。冴が横になっている私の足元に顔を寄せた。膝頭から始まって踵に遊び、足の指先がぬるくなった。それが上にあがる。細かな舌だ。
 私は冴の腰のあたりに手を置いた。
 どれくらい経ったのだろう、あらかじめ緩いものに入ってゆく。途中で一度細くなり、その上には僅かな空洞とざらついた感触がある。
 冴はほとんど声を出さなかった。醒めている訳でもない。しかし、沸いてくるものの密度に薄い空白があるような気がした。
 細い腰は奥の方に弾力があり、ふたつに折れて開かれる。
 
「いいの、そのまま」
 耳元ではっきりした声を聞いた。私は彼女の足首を掴み、深いところを探ろうとした。
 躯を離すと一度に汗が出た。
 
 冴が腰を屈め、奥からのものを始末している。
 私は上海で女を買わなかった。歩いているだけで声をかけられることもあるのだが、迂闊に乗ると公安が控えている。あらかじめ繋がっている場合もあるという。どれくらいの罪になるのか、日本人の場合、他の事情も絡むのだと聞いた。
「野鶏(ヤーチー)か」
「そう、わたしは野鶏なの。満足して貰えたかしら」
「久しぶりなんだろう」
「あら、わかるの」
 冴が笑って起きあがった。黒いバックから小銭入れを出し、硬貨を冷蔵庫に入れてゆく。新しいビールを抜きグラスに注いだ。
「北京から上海に逃げてね、一度地下に潜ったの。売れるものは女しかないわ。日本にくる旅費もね」
「うん」
「なんだかおかしいわね、こんな話をして。でも、あなたってどことなく裏街道の匂いがするのよ。寝てみてはっきりしたわ」
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.35

 
       十四 民主少一点
         (ミンヂューシアオイーデイエン)
 
 
 
■ ビールを飲みながら冴は話し始めた。
 一九八九年六月四日、いわゆる天安門「血の日曜日」当時、冴は彼女の夫とともに広場に座り込んでいた。彼女は中央美術学院に籍があり、夫は北京大学の研究生だった。夫は「北京・大学自治連合会」に関与していて、学生の総リーダー、ウルカイシが五月末に罷免されるまで共に指導的立場にあった。
 
「六月四日にあそこでどんなことがあったかは、説明しなくてもわかるでしょ。わたしは軍の戦車が学生のテントに突っ込むのをみたし、子どもが撃たれ、顔の全部が無くなるのもすぐ隣でみていたわ。その子の母親は軍警の銃剣で胸を刺された」
「どうにか逃げた後、広場は封鎖されたわ。死体を集めガソリンをかけて焼くのよ。ヘリが来て死体とその粉を運び、広場は清掃されたの」
 どれくらいの人間が殺されたのか、はっきりした数字は出ていない。七千とも、失踪者を含めるとその数倍とも言われる。
「その後ね、密告が奨励されたの、文革の時のように。わたしは家を捨てて逃げ回ったわ」
 私は冴に尋ねてみた。
「家族はどうなったんだ」
「どうかしら。一本頂戴」
 冴は煙草を抜き取り火を点けた。
「まあ、彼がわたしを売ったのよ」
 唇をまるめ、ゆっくり煙を吐き出している。彼、というのは夫のことだろう。表情は読めなかった。
 私は冴の股に手を置き、横になるように促した。
「上海は面白い街よ、いくつもの地下組織があるの。民主の残党とアヘンや大麻にかかわる黒社会も」
 私は黙って煙草を吸っていた。冴の背中を指で撫でる。
 
「わたしは叫ぶのをやめたの。無駄だもの。第一泣き方を忘れたわ」
「忘れるものかな」
「ええ」
 天安門事件の後、北京中央テレビは繰り返し密告用の電話を流した。文革当時のそれに比べれば、密告数は微々たるものだと言われている。しかし、学生や市民の首班であった者の多くは軍警に逮捕され、密かに処刑された。香港や台湾に逃れた者もいたという。
 冴の夫は知識人であったのだろう。研究生というのは大学院に学ぶ者を意味する。逮捕され、尋問を受ける中で若い妻の居所を話してしまったとしても不思議ではない。
「血債血還(シユエヂヤイシユエフアン)」
 冴が口にする。〈血で購え〉という意味か。
 躯の向きを変え、冴が首に手を廻してくる。
「時間はあるわ」
 私は、冴の醒めた水のような声がどこから出てくるのかわかったような気がした。
 
 
 

2005年08月02日

「夜の魚 外灘」 vol.36

 
       十五 夏日
 
 
 
 
■ 十日程過ぎた。
 江菫が東京に来ている。
 吉川を騙して呼び出し、暫く安全に働けるような店を紹介させたのだ。
「うちの社も上海にはビルがある。友好のためには仕方ないな」
 何をするにも大義名分が必要な世代である。
 新橋と銀座の境、小さなバーに江菫は働くことになった。
 一度顔を出してみたが「野郎ども地獄へゆけ」といった案配のママが、ひらひらした服でだみ声を出していた。私は意味なく怒られた。
 引退間近の役員などが主な客層で、彼等がポケットマネーで飲みにきているようだった。
 白金にある木造のアパートに江菫は住むことになった。だみ声のママが家主で、扇風機しかないという。家賃は天引きされる。
 吉川は毎晩顔をみせているようだった。護衛のつもりなのだろう。
「晃子さんには言うなよ」
 と私を脅すが、晃子には喋った。
「どいつもこいつも」
 晃子は貫禄が出てきている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.37

 
 
 
 
■ 途中、上海の葉子から電話がきた。
 近い内にまた上海にゆかねばならない。党の偉いさんを相手に、プレゼンテーションをするのだという。なるべくモダンな方向で組み立てるよう注文された。
 仕事をしている時の葉子は勤めて冷静だった。控えめでソツがなく、発音の綺麗な英語で私の通訳をしてくれた。
 上海での私の生活は、ほとんど事務所と宿泊先である上海大厦、ブロードウェイマンションを往復するだけだった。時折街へ出ることもあったが、本当の路地や下町を歩く訳ではない。
 
 電話口の葉子の声に翳があった。
「親父さんは元気か」
 と尋ねると、僅かに言い淀む。
「もちろん、元気よ」
 と、葉子は明るく答えた。
 その時に気付くべきだったのかも知れない。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.38

 
 
 
 
■ 関東で梅雨が明けたというニュースが流れていた。
 私は自分の部屋でビールを飲んでいた。電話が鳴る。男の声だ。
 
「冴さん、中国名葵さんが襲われました。千葉県H市の病院に入っています。数人に暴行され大量の覚醒剤を打たれている」
 声に覚えがあった。横浜の黄金町、奥山が隠れていた部屋で私はこの男の電話を受けた。彼は私に協力を求めた。
「いつですか」
「昨夜です。彼女は勤め先の店が終わり、部屋に戻るところを拉致された。臨海公園があるでしょう、あそこの植え込みに倒れているのを今朝発見されたんです」
「どんな様子なんですか」
「かなり悪い。覚醒剤と言っても粗悪品を使っているらしく、時々心臓がとまったりしています」
「わかった、これからゆく」
「いや、結構です。病院の廻りは網を張っていますから、あなたに今来て貰うと困る」
 男の声は事務的だった。
「それはそうと、葉子さんのお父さんの車が爆破されたことをあなたは知っていますか」
 私の酔いは醒めた。
「あなたの所属はどこなんだ。警察か厚生省か、それとも公安なのか」
「最後のところに近いですね。明日の午後、迎えを廻します」
 電話が切れた。
 
 
 

2005年08月03日

「夜の魚 外灘」 vol.39

 
 
 
 
■ 上海の葉子に電話をした。
 想像される居場所全部にかけたが不在だった。晃子に連絡をする。まだ帰っていないようだ。留守番電話に簡単に吹き込んでおく。
 私は氷を取り出し酒を飲むことにした。あまり味がしない。
 ベットに横になり、眠りがくるのを待った。
 午後になり、電話が鳴った。迎えにきたという。
 交差点のところまで歩いてゆくと男が立っている。みるからに役人という格好で、半袖のワイシャツに地味なネクタイを締めている。三十すこしというところか。
 路肩に駐めてあった国産の小型車に乗った。
「禁煙じゃないんだろう」
 私は煙草を吸った。灰皿の辺りには細かな機械がいくつもついてる。ボリュームは絞ってあるが、時折女の声で指示が入っている。
「これ、デジタルなんだって」
「そうです」
「高いのかな」
「さあ、ボーナスくらいでは買えないでしょうね」
 
 車は首都高速を慎重に走り、レインボー・ブリッジにかかった。対岸に奇妙なかたちをしたビルが幾つもみえてくる。臨海副都心だ。
「香港返還を当て込んだのにね」
 私は男に話しかけてみた。私は雄弁になっていることに気付いている。
 一九九七年の香港の中国本土返還を前に、世界のどの都市が国際金融市場の指導的立場を握るのか、国家的規模で大問題とみなされていた時代があった。国有地は次々に民営化され、売りに出された。空前の土地騰貴ブームが始まり、架空の好況が花火のように打ち上げられ消えた。さなかにあるときはそれが永遠に続くものだと思われる。
 私は昔「遠花火」というコピーを書いたことを思い出した。あれは何の商品だったか。 
 これから夏が始まろうというのに気持は重い。
 鏡を多用した建築中のビルの横を通るとき、車の影が一瞬映る。
 白い布のようなものがそれに続いて、私は冴のことを思った。
 インターを左に逸れH市に入った。低い階層の病院の棟が近づく。車はその裏手へ廻り、守衛が鉄の柵を開けるのを待った。
「こちらです」
 ドアが開かれ、私は搬入口から病院の廊下に続く階段を昇った。
 匂いがする。記憶にある病院の匂いとはすこし違っている。リノリュウムの廊下はワックスをかけたのだろう、部分的に光り、外からの太陽光をところどころ反射して鈍い。
 何度か廊下を曲がり、人気のない一角に近づく。突き当たったところに灰白色のドアがありその前で立ち止まった。
 私は同行してきた男の顔をみた。彼はうなづく。
 ドアを開け、中に入った。
 
 
 

2005年08月04日

「夜の魚 外灘」 vol.40

 
        十六 遠花火
 
 
 
 
■ 冴はまだ死んでいなかった。
 酸素マスクで顔は隠れている。ホースが壁のノズルに繋がり、その脇には幾つもの医療器具があった。電源が入り微かにうなっている。
 ベットの横にある棚の上に、片づけ忘れたガーゼが一枚丸まっていた。ガーゼには茶色の染みが広がっている。
 
 私にはさっきから漂っている匂いの正体がわかったような気がした。
 それは古くなった血の匂いだ。
 体液や壊れた漿液に混ざって、行き場を遮られた人間の思いが流れずにとどまっている。上海から長崎へ向かう船の中、夜の二等船室で嗅いだ匂いにも似ていた。船室のむせるような人いきれの中には、微かな血の匂いが混ざっていた。
 
 私はベットの傍に寄った。冴の顔を覗き込んだ。透けるような肌色に眉毛が薄い。ベットの脇に不透明なビニール袋がぶら下がっている。半分ほど液体が入っている。カテーテルが膀胱に差し込まれているのだろう。
 私は十日ほど前の夜のことを思い出した。
 あの夜私は冴に会い、話をきくことになった。自分を買ってくれと言われ、そのまま買う。冴は天安門事件の後上海に逃れ、野鶏になった。できないんだからいいの、と彼女は言った。避妊の必要はないと言う。
 細い骨の廻りをしなやかな筋肉がくるんでいるような躯だった。十分に湿っているところと、乾いているところとが交互にあった。同じ夜、二度目に入ったとき、冴は「アイヤー」と耳元で何度か繰り返した。
 やりきれない気分が背中から昇ってきて両腕がだるくなった。
 ドアが開き、男が合図する。
「電話が入っています」
 私は廊下に出て携帯電話を受け取った。
「いや、どうも。どうにか命は取り留めたようです」
 初老の男の声だ。
「ふざけるな」
 私は腹が立っていた。言葉がみつからない。
「担当に説明をさせます。また後で」
 プツリと電話が切れた。私は左手の携帯電話を暫く眺めていた。アンテナを右手の掌で叩き収納すると、同行してきた男に返した。
「担当って誰だよ」
「こちらへどうぞ」
 廊下をうんざりする程歩かされ、地下の狭い部屋に私は案内された。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.41

 
 
 
 
■ そこは病院の倉庫として使われていたような部屋だった。
 壁際に幾つもの箱がある。薬の空き箱なのか、開封されていないものも混ざっている。
 スチールの机の前に黒縁の眼鏡をした四十代の男がいた。
「真壁です。名刺はかんべんしてください」
 男は厚生省のものだと言った。いわば本庁にあたる。初老の男とは声が異なっている。おそらくは部下にあたるのだろう。

「奥山君には残念なことをした。彼は神奈川でも優秀な捜査官だったのに」
 私は真壁という男の口元を眺めていた。本当に残念だと思っている訳でもない。
「直属の部下でもないでしょう」
「皮肉を言わないでください。確かに麻薬捜査官は厚生省直属ではない。各麻薬取締官事務所で採用され勤務する。彼等は危険な業務に身体を張って立ち向かい、その存在すら一般には認知されない」
 私は黙っていた。一般論を聞いていても仕方ない。気配が伝わったのか、真壁は話題を変えてきた。
「情報提供者、我々はSと呼んでいますが、Sは通常覚醒剤の仲買人を転ばせてつくることが多いのです。しかし彼女の場合には違っていたようだ」
「どういう意味です」
「いや、奥山君はSを使うことが嫌いだったようだ。危険な目に逢うことも多いからね。どうして冴さんをSにしていたのか」
 私は苛だたしい気分を押さえることができなくなった。
 
「いいかげんにしてくれ、そんなことを愚痴りにここまで私を呼んだのか。用がなければ帰るぜ」
 私は振り向いてドアを開けようとした。
「待ってください」
 真壁が呼び止める。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.42

 
 
 
 
■「これをみて貰いたい」
 真壁がスチールの机の引き出しから、一束になった書類を取り出した。そのうちの一枚を手に取り、私の傍に近づいて渡す。
 私はそれを眺めた。そこには何人かの氏名と肩書きが並んでいた。
「議員のリストです。地方レベルのものは割愛してある。後ろに書いてあるのは所属している政党名です。もっとも、離合集散しますから明日はどうなっているかわかりませんがね」
 真壁の眼鏡に蛍光灯が映っている。表情が読めない。
「対中貿易に異常な程積極的な人物ばかりです。政党を問わない。ご存じのように我が国でも大規模な国際金融都市計画がありましたが、現在暗礁に乗り上げています。中国も国力を挙げ、幾つもの経済特別区政策を進めているがその前途はそう簡単なものではない」
 私は頷いた。私の傍から真壁が離れ、椅子に座った。
「こちらへどうぞ」
 私に椅子を勧める。私は折り畳みのパイプ椅子を引き寄せ、その上に座った。
 
「経済レベルで連携しているうちはいいのです。問題はそうした巨額の金が動くところには必ず裏の世界が付随し、時としてそれが表に出てくることです」
「覚醒剤のルートがあるんだな」
「そうです。それも、いまだかって経験したことのない規模のものが予想されます。ご存じかどうか、こうした覚醒剤には薬紋と言われる人間でいうところの指紋のようなものがあります。薬物指紋といいますが、このところ中国からのものと思われるものが急速に浮上してきた。今回冴さんから検出されたものもそうでした」
「台湾じゃないのか」
「ええ、日本に運び込まれる覚醒剤は、一九八○年前後まで韓国製のものが主流でした。我々と韓国側の努力によってそれらはほとんど撲滅されています。近年、中南米や香港・台湾からのものが目立ってきていたのですが、今回のものはそれとは明白に薬紋が異なっている。さらに、台湾ルートの中にも同じ薬紋のあるものが増えつつあるのです」
「それがどういう意味を持つんだ」
 私は真壁に尋ねた。
 
「おそらく、中国本土で大量のメサンフェタミンが製造されている。場所は特定できませんが、それが直接ないしは香港・台湾に流れ、日本に流出してきているのだと推測されます」
 梅雨の残りか、地下室の空気は湿っていた。
 私は両腕のだるさを感じながら何か別のことを思い出そうとしていた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.43

 
 
 
 
■「こんなもので失礼ですが」
 車で私を迎えにきた三十程の男が背後に立った。自動販売機で買ったのだろう、缶のお茶を持っている。
 私はそれを受け取り、プルトップを開け一口飲んだ。
「ウーロン茶の密輸ならいいんですけどね」
 真壁も一口を飲んで顔をしかめている。不味いのだ。
「まあ、それはわかった。しかしどうして閣僚が絡んでくるんだ」
「ええ、簡単に言えば圧力がかかるのです。我々は役人ですから、バッジからの横やりで捜査そのものが潰れることは何度もあります」
「あなたは麻取ではないはずだが」
「そうです、昨年の横浜港の事件が旨く行っていれば、ここにある議員の何人かは逮捕することができた。けれども、名前の入ったフロッピーだけではいかんともし難い」
 真壁は巧妙に話をそらせている。私は背後に何か別の機関があるのではないかと思った。
「公安か、また別口かだな」
 私は思いついたことを言ってみた。電話の男は公安に近いのだと言っていた。真壁は指先で眼鏡を直す。
「そうです。一般に公安とは、公安警察官と公安調査官とに分かれている。彼等もまた犬猿の仲だ。しかし、ここまで大規模で複雑な様相を呈しているとそんな縄張り意識だけではどうにもならない」
「内部事情を聞いても仕方ないな」
 真壁は唇を歪めた。笑っているつもりらしい。
 
「ところで、今の中国では賄賂が全盛だそうですね。〈走後門〉というのですか、病院ひとつ入るにも給料の二ヶ月分の保証金が必要だそうで、こういうのを〈向銭看(シアンチエンカン)〉と言うんですか」
「ああ」
「腐敗はうつるんですよ。バブルの後始末を覚醒剤のアガリで行おうとする者がいても不思議ではない。勿論、合法的な金に替えてゆく訳ですけれどもね」
 真壁はそこまでを言うと、一枚の写真を出した。
 ボンネットの吹っ飛んだベンツの新型だ。背後には割れたガラスが散乱している。場所はモダンなビルの入り口のようだった。
「葉子さんの父親のものです。幸い命は助かったようだ。運転手は死にましたけどね。これも同じ日のことだ」
「プラスチック爆弾か」
「そうです、品質に優れた米軍のものだと鑑定されました。上海ではこうした爆破事件がこのところ何度も起きている」
 私は暫く考えていた。六十を過ぎた葉子の父親のことを思った。何度か会い食事をしたが、仕事以外のことはほとんど話さなかった。
「近々、上海に渡るんですよね」
 真壁が断定する。調べがついているのだろう。
「それで、どうしろっていうんだ」
「今の段階ではわかりません。今日のところはこれでお引き取り願います」
 真壁が書類を片づける。勝手なものだと思った。
 私は立ち上がり、部屋を出ようとした。ドアを開けると地下の廊下から湿った空気が入る。
 
「それはそうと、冴さんの陰部にはアルファベットでKと読める痕跡がありました。ナイフで抉られているようです」
 事務的な真壁の声を後ろに私はドアを閉めた。廊下を歩く。すでに匂いには慣れていた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.44

 
       十七 そこにある黒
 
 
 
 
■ 外に出ると湿気がひどかった。
 一度に汗が出る。私はそのまま歩いた。病院の裏手の路地を自動販売機が並んでいる一角まで歩き、そこで立ち止まった。
 側溝がある。コンクリの蓋がしてあり、隙間から黒い水がみえている。
 病練からの廃液が流れているのだろう。首をかしげるとギラリと水が光った。
 背後から車が追ってきた。私を迎えに来た男が車から降り、私を呼び止めた。
「送ります」
 彼も汗をかいていた。私は車に乗ることにした。幾つかの角を曲がり、高速に乗ろうとする。
「あなたも麻取なんですか」
 私は男に聞いた。
「いえ、わたしは水上警察の警邏です。あなたのことは、昨年署内でおみかけしました」
 エアコンの温度を操作しながら男が言う。
「神奈川県警がどうして出張るんだろう」
「本庁から連絡があって、わたしが行くよう指示されています」
「いつもは水色のシャツを着ているんだね」
「時々、自転車にも乗りますよ」
 男は慎重に車を運転していた。時折、かなりの速度差で脇を抜かれる。その度に彼の中で何かが沸き、静まるのが私にはわかった。
 赤坂の交差点近くで降ろしてもらう。
 男は私に携帯電話を持ってゆくように言った。
「そのように言われているんです」
「いや、いらない」
 彼は人を撃ったことがあるだろうか。撃たれたことも。
 私は夕方に近い赤坂の街を通りの方向に歩いた。背の高いホテルの一番上に昇り、黒ビールを頼んでぼんやりした。駅近くの食堂で夕食をとり、地下鉄で自分の部屋に戻った。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.45

 
 
 
 
■ ドアのところに紙袋がぶら下がっていた。洗濯屋がきたのだ。
 私はズボンを脱ぎ、ハンガーにかけた。するすると落ちる。
 ソファに横になり、小さく躯をまるめた。
 暫くして起きあがり、冷蔵庫から氷を取り出して酒をつくった。
 レモンなどというものはない。ライムは坂下のスーパーに売っている。
 ジンを炭酸で割り、泡立つのを眺めていた。
 
 芝浦のバーで冴が飲んでいたのは、赤いビターだった。白い肌によく合っていた。塗り直した口紅の色のようでもある。
 酔いが廻ってゆく。躯が重くなる。
 しかし、それでもまだ足りないかのように私には思えている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.46

 
       十八 蝋人形
 
 
 
 
■ 私は上海にゆくことにした。
 葉子とは連絡がとれていない。
 私は数日を忙しく過ごした。コピーをいくつかと付随する資料をまとめ、担当者と打ち合わせを繰り返した。
 結局、上海にある電視塔の写真は使わなかった。砂紋がはっきり写る砂漠の写真を借り、横書きで文章を置いてゆく。余白を大きく取り、ボディコピーと商品である容器の写真を幾つか並べた。
〈水をくるむもの〉という言葉を途中に混ぜる。そうしたシリーズで続けようという下心だ。どうなるかはわからない。とりあえずは無難なものから始めることにする。
 
 週末の夕方、私は晃子と吉川に会うことになった。芝のタワーの傍にあるボーリング場、そこのロビーで落ち合うことにした。
 グラウンドがあり、ガソリンスタンドがあり、プラタナスの街路樹があった。エンジンをかけたままのタクシーが並んでいる。運転手が仮眠をとっている。ボーリング場の階段に立っていると、バックを持った中年の男や若い女が入ってゆく。靴と自前の玉を持参しているのだろう。そうした情熱はどこからくるのか、人事ながら不思議に思った。
 
 吉川が汗をかきながら歩いてきた。麻の上下を着ている。とりあえず誉めると、イタリアで買ったものだと自慢する。太る前だったらしい。
 タクシーで晃子が着いた。せっかくだからタワーにゆこうと言う。私たちは坂を裏手から昇り、タワーの足元に建っている古いビルの通用口から中に入った。
 並んだ土産物屋の奥に、コーヒースタンドがあった。私たちはカウンターに肘をついてコーヒーを頼んだ。私と吉川はケチャップの沢山ついたホットドックを食べた。
 観光バスのガイドが隣に立っている。店の人間と話しながら煙草を吸っている。定期的に来ているのだろう。蓮っ葉な雰囲気が良かった。制服の腰を振り、向こうに歩いていった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.47

 
 
 
 
■ 私たちは黴臭い階段を昇り、二階のゲームセンターに入った。十代の少年達で混んでいる。射撃の腕前を吉川と競う。画面に現れる一般人を撃つと減点である。吉川は出てくるもの全てを撃つ。旨いのだが死亡率も高い。
 晃子は車をドライブするゲームに座っていた。忙しくアクセルとブレーキを踏んでいる。真剣だ。ヒールの踵が折れるのではないかと思われた。
 蝋人形館の中で写真を撮った。晃子が使い捨てのカメラを買ったのだ。私も吉川も口をあけ、後ろに並んだ光沢のある人形と同じポーズをとった。晃子はモンローの真似をしている。その前に口紅を直している。若いカップルがなにかを言いたそうに私たちを眺めている。
 
 その上にある展望台に昇った。
 黒くなりかかった空にオレンジ色の雲が斑になっている。海の方角から細い月が昇ってきて、配下にある無数のビルには全て灯りが点いていた。
 テーブルに座り、ビールを頼んだ。
「土産物を買ったのか」
 吉川が言う。
「絵葉書とキーホルダーは買った。小さな電球の点くタワーの模型がほしいんだ」
「田舎もんだ」
「ベットの傍でちかちか点滅してるのって泣けるじゃないか」
「吉川さんは、娘の写真を置いてあるのよ」
 吉川の別れた妻は、晃子にそっくりだという。娘がひとり神奈川にいるらしい。二十歳近くになっているだろうか。
 廻りが暗くなってきた。子ども連れや年寄りが消え、残るのは背中にバックを背負った若い男女だけになった。
 
「タワーって、年増の厚化粧みたいだわね」
 私たちはタワーを降りた。車を拾い、霞町の小さなバーに入った。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.48

 
 
 
 
■ 我々は二杯か三杯の酒を飲み、明白に酔うでもなくお互いの話を聞いていた。
 私はほとんどの場合聞き役に廻った。もっとも時には質問をすることもあった。興味があるというよりも、そこに居るのだということをわかってもらいたかったのだろう。
 吉川が上海の歴史について話した。
 上海は、第一回の中国共産党大会が開かれた場所であり、文革も発端は上海だった。中国近代の縮図のような都市だとも言った。
 晃子は「大災害」の原因となった「大躍進政策」について説明した。何処で調べてくるのか、話の流れが明晰であり私にもよくわかった。
 
 毛沢東は夢想的な性格をしていた。
 五七年、旧ソ連でスプートニクという人工衛星が打ち上げられる。東西冷戦構造盛りの頃だ。アメリカは蒼くなる。
 毛は「今だ」と思う。しかしスターリン批判と同時に対米平和共存を目指すフルシチョフに冷たくあしらわれ、激高する。結果、毛は独自の世界革命路線を進める決意を抱く。十五年以内に鉄鋼その他の工業製品生産量で、中国が英国を追い越すという目標が掲げられた。
 五十八年までに九八パーセントの農家が人民公社に組織される。
 人民公社とはパリ・コミューンをモデルにした地域住民の自治組織である。二千戸という大規模な農家が結集され、農業・商業・教育から民兵までを組み込んだ集団農場が全国に二万六千以上つくられた。
 生産計画の倍増や繰り上げが日常的に行われ、農家は生産物のほとんどを納入した。反面、全国から五千万ともいわれる労働力が鉄鋼生産のために動員された。「土法高炉」という極めて小さな製鉄用炉が全国に設置され、鉄の増産が目論まれた。結果として経済のボトルネックが露呈してゆく。
 
「本当のことが伝わらないと、みんな妄想を信じるようになるのよ」
 晃子がそう言った。どの国も同じだ。
 人口構成比のグラフをみると、少なくとも二千万人が餓死したことがわかる。公式には記録されていないが、人食が公然と行われていたとも言う。
 私は冴の話を思い出していた。私はウィスキーをそのまま嘗めていた。ものを思う時、氷の入らない酒の方が良い。
 霞町のビルの下にあるこの店は、若い客がほとんどいなかった。
 酒の味は何処でも似たようなものだ。そう言えば昔ほど酒を飲みに出かけなくなっていることに気付いた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.49

 
       十九 ジェット式
 
 
 
 
■「おまえいつから上海にゆくんだ」
 ブランデーを嘗めている吉川が私に尋ねた。
「明後日くらいかな」
 思いつき、私は吉川に尋ねてみた。
「文化大革命ってなんだったんだ」
 こんな質問を自分がすること自体不思議だった。吉川は曖昧な頬をみせた。唇のあたりがすこし動き、言葉を捜している。
「そうだな、子どもを使った権力闘争か。すこし違うな」
 
 一九六六年から七六年までの一○年間、中華人民共和国は未曾有の大混乱にみまわれた。「動乱の十年」といわれる「プロレタリア文化大革命」である。
 文革は毛沢東時代の特徴をもっとも顕著に示している事件だった。というよりも、長期にわたる政治過程そのものである。
「魂をゆさぶる真の革命、世紀の大実験、とか言われたもんだ。おれもわくわくしたんだけどな」
 吉川はノンセクトの過激派学生だった。六七年、わが国の首相によるアジア諸国訪問が企図される。それを阻止するため、多くの学生が羽田周辺に集結し機動隊と衝突した。いわゆる「羽田闘争」である。そのさなか、京大の学生が機動隊の車に轢かれ死亡する。
 吉川は都内の高校生で逃げ遅れたところを逮捕された。その時始めて、葉子の父に助けて貰ったのだという。
 当時、毛沢東は「大躍進」政策の完全な失敗によって実権も権威も失いかけていた。国内では「調整政策」を推進する劉少奇が政治的論争と経済を分離し、国内の風紀の乱れを「四清」運動などによって浄化しようとしていた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.50

 
 
 
 
■ 毛は実権を奪還しようとする。
 六五年秋、姚文元(ヤオ・ウエンユアン)による「海端免官を評す」が上海の新聞に掲載され、それが文革ののろしとなった。
「社会主義の中でも階級は存在する、ってのがその頃の毛思想だった。〈連続革命・継続革命論〉っていってな」
「走資派、っていうのよね」
「そうだ、指導部が変質して資本主義化する。それを倒さねばならないというのが文革の大義名分だった」
 〈まず破壊せよ、建設はそこから生まれる(破字当頭、立在其中)〉という毛の言葉がそれを端的に示している。
 指導部に規制されない個人的な命令系統が企図される。
 紅衛兵が組織された。
 彼等は批判力のない十代の少年・少女だった。どうにでも解釈される毛主席語録を暗記・記憶し、自分たちが革命の前衛であると、旧来の指導者や知識人を糾弾し、文化財を破壊した。ナチス以来の大規模な焚書も行われる。
 文革派の拠点である上海では六七年一月、「造反派」による「武闘」が成功する。ここで中心的働きをしたのが毛沢東の妻、江青(チァン・チン)ら「文革四人組」であった。 
 毛沢東の復権は成功する。
 全国に暴力と無政府主義的混乱がひろがった。公式に発表されただけでも、三万四千八百人が殺害され、八十万近い人々が迫害を受けたとされている。
 文革は七六年九月、毛沢東の死亡によって唐突に終わる。
 四人組が捕えられ裁判にかけられた。
 この期間に中国が失ったものは、今日でも正確に計測することのできない種類と規模のものだったと言われている。党への信頼の崩壊、文化財の損失、さらに人的資源の枯渇、崩壊寸前に至った経済的混乱など、その影響は今日でも続いていると指摘されている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.51

 
 
 
 
■「日本が一番影響をうけたんだ」
 吉川が言う。
「当時の一部野党議員が訪中すると、語録の一節を書いた黒板を毎日胸にぶらさげて忠誠ぶりを示したりした」
「三角帽子を被らされて、反省のポーズを取らされている写真をみたことがあるわ」
 
 ジェット式というのだ。
 当時、中国各地にシェルターがつくられ経済の軍事化がすすんだ。
 世界各国の武装闘争を煽る動きがみられ、日本にもその資金が入ってくる。
「おれも語録は持っていたよ。つきあっていた女がくれたんだ。林彪が序文を書いていた」
 吉川は丸いグラスを揺らしている。太い指でグラスの脚はみえない。
 昨年の横浜港での事件には、フィリピン共産党の新人民軍NPAが絡んでいた。NPAは毛沢東思想を至上とし、武装組織CPPを有している。トカレフが搬入され、武器資金獲得の名目で覚醒剤が密輸される。
 慰安婦問題をめぐるボランティア団体に彼等は接近し、その元締めが北沢だったのだ。
 緊縛されたまま、葉子は冬の横浜港に落下した。
 
 酸素マスクをした冴の顔が浮かぶ。
 粗悪な覚醒剤を打たれ、H市の病院に入っている。
 黒くて深い海の底に、冴の躯が沈んでゆくような錯覚を私は覚えた。
 
 
○「夜の魚 外灘」A-了