緑坂 6

2010年01月07日

「緑色の坂の道」vol.4633

 
     鞄がない。
 
 
 
■ 秋の頃だったろうか。取材用にNetBookと呼ばれるPCを入れた。
 そこらに売られているそれである。
 OSは大分枯れた定番のものを選んだ。
 メモリの量からいくと、最新のものでもまだ重いからである。
 
 
 
■ 不要なソフトは削り、レジストリあたりをチューニングする。
 こうした厄介は、MS-DOSの頃からなのだが、それに比べれば簡単なものだろう。
 サポートの30代だろう男性と話していると、ちょっと昔話が出たりした。
 それもNTくらいからだが。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4634

 
     鞄がない 2.
 
 
 
■ 携帯もそうだが、NetBookというのは半分は見栄である。
 人前で触ることを前提にしている。
 クーダラナイとは思うのだが、ところが世の中の半分というのは半ば見た目で成り立っているようなところもある。
 ファミレス辺りにいくと、PCを開いている男女がいたりして、タバコを吸いながら何杯もおかわりをしていた。
 野菜ジュースというところが寂しい。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4635

 
     鞄がない 3.
 
 
 
■ 主な用途は、出先でのデジタル一眼からのバックアップである。
 今まで使っていたPCのバッテリーが弱くなったので代替した。
 後は出先での接続だろうか。
 
 
 
■ NetBookを入れる鞄に、適当なものがなかった。
 絹の風呂敷で包み、放り投げておくのが一番いいのかという気もするが、風呂敷を折りたたむのがメンドウである。
 ほとんど車の中で使うので、なんでもいいという感じもある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4636

 
     12月終わりの水。
 
 
 
■ このところ、ちょっと踏み込む感じだったので、リッターが5程度である。
 ロングだと10くらいなので、まあこの排気量にすれば適当だった。
 スタンドを替え、トランクに入れてあるモチュールを0.1足し、空気圧をみてもらう。
 場所によって、あるいはスタンドマンによって、冷えているか暖まっているかで0.2くらいはすぐに変る。
 ハンドリングも、乗り心地もかなり違うのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4637

 
     生クリーム。
 
 
 
■ ベントレーの丸目とスロープですれ違う。
 乗っているのは、車雑誌の名物編集長である。
 髪を染められているのか、それでいいのか、スタイルのようなものがあって、何時も細身のパンツ姿だった。
 軽く会釈を交わす。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4638

 
     上から下まで。
 
 
 
■ ぴかぴかというのは、どうも野暮である。
 靴でいうなら、底を一回くらいは張り替えて履いているような感じが望ましい。
 買ったばかりの黒いシャツを水に通し、少し馴染んだところでセータの下に着るなど。。
 どうせ襟しか見えないのだが。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4639

 
     寝癖の立て方。
 
 
 
■ センスというのはおそらくはタイミングだと思う。
 あるいは、泣かず飛ばずの数年間の蓄積だろうか。
 否応なく自分を外から眺めざるを得ない。
 なんて顔してんだろうなあ。
 二日酔いだよなあ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4640

 
     恋に落ちたら。
 
 
 
■ 冬にはブルー・ノートがよく似合う。
 ちょっとクグモッタような。
 外には雪が積もり、暖房費をどうしようと悩む。
 マンホールから蒸気が立ち上り、クロワッサンがヤンキーズのグローブ程もあるのだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4641

 
     アルピーヌ、サンク5.
 
 
 
■ いつだったか、程度のいいサンクがあって、結構こころ動いた。
 ターボのついた、脇にラインの入った奴である。
 天井はすこしばかり下がっていたが、90年代のIBMのサブ・ノートみたいな安手のプラスチックの内装が気分なのである。
 
 
 
■ これが現役だった頃、脇にスリットの入ったタイトを履いて青山4辺りに降り立っていた妙齢は今はどうしているだろう。
 引退したり、乗る車が違っているのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4642

 
     バカラ。
 
 
 
■ 緑坂の古くからの読者諸兄には「バカラ」という固有名詞が何度か出てくるのに気づかれているだろう。
 例えば12月の真っ暗な真夜中に、ハロゲンの灯りの下で眺めるグラスは綺麗である。
 持つと重く、それでいて繊細で、実を言えば実用品の範疇には入らない。
 
 
 
■ その書体がまた、いかにもロマンチックなのだが、結構あざといところもあって、先日出てきたそれは赤字の浮き彫りだった。
 いわゆるフォントの力である。
 どうしてこういう話になるかというと、サンクにはバカラという革シートのバンプラみたいな車種があったのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4643

 
     割れたバカラ。
 
 
 
■ バカラはあっという間に割れる。
 グラスどうしが隣り合っただけでもである。
 HOYAやササキもそうなのだが、そのレベルというか按配が違っていて、空冷911のタペット調整みたいなもんだろうか。
 
 
 
■ 金もない時分、生意気にもバカラを買った。
 背伸びをしたかったのである。
 案の定、割れて、私は東京タワーを眺めていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4644

 
     おかゆ。
 
 
 
■ 横浜で飲んだ。
 義理があったのである。
 山下公園の傍で泊まった。
 昔はとても入れなかったバーなどで適宜飲む。
 ジンが冷えていない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4645

 
     おかゆ 2.
 
 
 
■ とある新聞社の若い男が一緒だった。
 学生時代から就職のために積み重ねてきたのだと話していた。
 年収、これだけなんですよ。同世代より。
 じゃここは奢りたまえ。
 そこにある一番高いモルト、冷で一合頂戴。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4646

 
     黄金町。
 
 
 
■ 私鉄沿線のガード下あたりは、今でも素晴らしいものがある。
 東京で言えば、鶯谷界隈の裏道だろうか。
 翻訳最中の日本語みたいな台詞で誘われるのだが、カシミアのコートだと多分なくなる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4647

 
     座り込んで水を眺める。
 
 
 
■ 多分まだ30代なのだろう。
 40少しいったところか。
 コンビニの家庭からそれは固くお断りしますの傍で、男が膝を抱えている。
 ここは明るい。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4648

 
     座り込んで水を眺める 2.
 
 
 
■ 近くには水があった。
 流れているのかはしらない。
 駐留軍の跡地に立った公団やマンションが、白い蛍光灯を点けている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4649

 
     冬の水。
 
 
 
■ 私はマフラーを巻き返した。
 若い記者は、35までにIT系に転職したいという。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4650

 
     In the Heat of the Night.
 
 
 
■ 邦題「夜の大捜査線」
 シドニー・ポワチエが主人公だったと記憶している。
 いわゆる公民権運動を背景としたあれこれ、と書くといかにもなのだが、ラスト・シーンでディーゼルの機関車が南部の田園地帯を走っていく。
 そこに被さるのがレイ・チャールズ歌う主題歌で、当時10代だった私は名画座で心震えた。
 例えば今、霞ヶ関界隈に打ち合わせにいくとして、飯倉あたりでそれを聴くのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4651

 
     In the Heat of the Night 2.
 
 
 
■ 映画の主題は、半ば差別である。
 人種のそれは薄まったようだが、例えば今立っているスタンスで出口も入り口も違ってくる。
 例えば3年。
 単に調節弁に過ぎない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4652

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「緑色の坂の道」vol.4653

 
     戻る。
 
 
■ 半月の頃だった。
 階段を降りてすこし歩き、地下の辺りで車に近づく。
 車でも単車でもそうなのだが、佇まいのようなものがある。
 どこか神経に触ったりいびつに感じたりすると、実際調子が悪いものである。
 ドアを開け、エンジンをかけた。ちょっと長めのクランキングである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4654

 
     カラダ年齢。
 
 
 
■ どういう仕組みなっているのか知らないが、上に乗るとそういうものを表示する体重計がある。
 いい迷惑である。
 酒を多めに嘗めるとプラスで、とんかつを控えるとそれが下がる。
 私はと言えば、実際のそれよりは下なのだが、そうなると細かな数字が気になって困る。
 競ったりして、バカジャナイダロウカ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4655

 
     ひとり半月。
 
 
 
■ 坂道をゆるゆる走ってデフが暖まるのを待った。
 天現寺から乗る。
 ETCの割引が終わったので、そう混んではいなかった。
 ギアをいくつか落とし、ちょっと廻す。
 緩めてはまた踏み、それからブレーキを暖める。外気は3度。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4656

 
     6000で3分。
 
 
 
■ 低いギア。
 カーボンを落としているのである。
 ダッシュ近くに置いたカー・ロケが忙しく点滅し、覆面がぴったりついてくる。
 最近のお勤めの方々はヘルも制服も着用されていず、あるいは窓が黒かったりもするから一見判別がつかない。加えて彼らの運転はうまい。
 
 
 
■ 東京湾を横切る橋の上で、国産の大排気量セダンは抜いていった。
 どうしてハザードをつけるのだろう。
 
 

2010年01月08日

「緑色の坂の道」vol.4657

 
     椿が風に揺れるたび。
 
 
 
■ 左に下っていくコーナーで踏む。
 ちょっと尻が流れて、浅い修正を入れる。
 直線で減速し、追いすがってきた青いケルビンのホンダを先に出した。
 夜景が綺麗だというパーキングに入る。
 ここは東京界隈の、青春や中年期を車や単車に賭けた連中が集まるところである。
 マフラーを替えたMのクーペが1台。
 マーチの12SRとビッツの速いのが2台。
 それからニットの帽子を被った方の乗ったV8、M3が入ってきた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4658

 
     コスタリカ砂糖抜き。
 
 
 
■ 灰皿の傍でニット帽子の方と声を交わす。
 私より年上だろうか。団塊手前という按配である。
 天井カーボンじゃないですか。
 ええ、分かります(ここは語尾があがる)。
 
 
 
■ オイルの話。タイアの話。
 何処で踏めるか踏めないか。
 ちょっと前のM5もいいですよね。
 あれ程度いいのがないよね。いや、ヨツメのM3。レストアしたいですねえ。
 あ、M1のエンジンぶった切った奴ですね。
 そそ。
 
 
 
■ などなど。
 いい歳したオヤジ2人が世間様には通じない話をしている。
 名も知らぬ初対面である。
 その方は、お先に。また。
 と言いながら綺麗に右折し、ちょっとリアを鳴らした。
 MTなのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4659

 
     白い道で。
 
 
 
■ アフリカ系アメリカ人が、クローム・ホイルの隼に乗っていた。
 トイレでひとつ置いて並んだからである。
 彼はFATで、恐らくはyokosuka辺りからだろう。
 親指を立てると、彼もそうした。
 遠ざかる三京は、凍結防止の白い粉が舞っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4660

 
     歴史あるモーテル。
 
 
 
■ 昔いくらだったか。
 MG-Bに乗っていたかつては若いものが、そこの回数券を持っていて、彼は自宅だったのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4661

 
     オロロンバイ。
 
 
 
■ 梅原猛さんの「日本の深層:縄文・蝦夷文化を探る」(集英社文庫)を読んだ。
 昭和58年、元は別の出版社から出されたものである。
 ある意味で問題作とされているのだが、その感じは分からないでもない。
 いくつかとても文学的な表現があって、梅原さんが詩人だと評されるのはもっともだと思える。
 太宰の「津軽」、または梅原さん青春放浪期に読んだ坂口安吾などについて触れられた部分は、思わずにやりとしてしまう。
 二言目には「公務」という単語が出てくるところも、すこし感じがある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4662

 
     あなたが口笛吹いてるように。
 
 
 
■ 梅原さんの著作で成程と思ったのは、柳田さんの「遠野物語」についての指摘である。柳田さんは半ば転向したのだと。そうでなければあの当時、向こう側に行ってしまう。学問そのものも続けられないと。
 つまりは天皇制に関わることである。
 その辺りは、半ばそうであったのかも知れない。
 
 
 
■ 個人的にはオクターブ高い言説というのは最後のところで躯にあわない。
 芸術一般も商業作品それ自体も、またその評価も、時の流れや政治や経済情勢に左右されるものではあるけれども、紅旗征戎吾が事にアラズという気分も、肩の辺りからひゅうと差し込むのである。
 
 

2010年01月10日

「緑色の坂の道」vol.4663

 
     背伸びをすれば海峡は。
 
 
 
■ 遅い打ち合わせを終え、霞町辺りを下っていた。
 私は、それが男であっても余所様を乗せている時はそれ程飛ばさない。
 前にテールの電球が切れたkawasakiのシングルが走っていて、音ばかりだなと思う。
 ギアを2つ落とし、悪いけど抜かせてもらった。
 そのときはひとりだったのである。
 
 
 
■ この辺り、ちょっと潜ったところにバーがあった。
 それはいつもあるのだが、そこへ通うことが少しお洒落に思えていた時分もあって、単に若かったからである。
 うどんの旨い店もあって、今は専門家を何人も使う先生となっている先輩筋の方とご一緒したことを覚えている。
 北ちゃん、俺ボルボかなあ。
 春菊のせながらその方はそう言われた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4664

 
     雨に霞んでる。
 
 
 
■ 外苑西を、小林旭を聴きながら走る。
 この作詞は誰だったか。
 現役の頃は、結構あざとくて馴染まなかったのだが、あれから10数年を過ぎると、確かに昭和だったのだなと思う。
 上村一夫さんに「関東平野」という半ば自伝的な作品があるのだが、どうもその絵柄を思い出す。
 魚屋の好色な娘と厄介な仲になって、それではいけないと初心に戻ろうとするところなど、かたちを変え誰しもが通る道である。
 
 

2010年01月11日

「緑色の坂の道」vol.4665

 
     北帰行。
 
 
 
■ 小林旭といえば何故だかは分からないが、北や海峡である。
 ご出身も育ちも実は違うのだけれども、一度そういったイメージが付いてしまうと全てがそのようになっていく。
 さすらい。北帰行。
 後者はいわゆる寮歌なのだけれども、ここに溢れる落剥したロマンチズムというのは、乱暴に言えば大正期特有。エリート意識の裏返しのようなところもあって、そう書くと身も蓋もない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4666

 
     人生が恐山。
 
 
 
■ 梅原さんの前掲書「日本の深層」を捲ると、1頁目が地図になっている。
 下北半島の真ん中の辺りに三角が記してあって、ここが恐山である。
 いつだったか足抜けをした女郎衆のひとりが、そこから私に葉書を書くと言っていた。 
 
 
 
■ 歴史を辿っていくと、例えば幕末の会津藩士がその辺りに流されたりする。
 懲罰的な意味合いがあったことは明白だが、では今日、その敵役だった山縣翁の庭だった処では連日結婚式が行われている。
 民主主義だからである。
 半島から持ってきた石塔の手前で記念写真を撮るのだが、これもまた、ひとつの底流なのだと思うところもある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4667

 
     三日月。
 
 
 
■ ひとりなのかな。
 
 

2010年01月12日

「緑色の坂の道」vol.4668

 
     恋よりも。
 
 
 
■ 緑坂はこどもに有害である。
 ねえママ、遊女ってなに。
 厄介ってなんで。
 あんなおじさんになってはいけません。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4669

 
     沖の鰤。
 
 
 
■ ちょっと置いておくとすぐに黒くなる。
 あるとき、白木のカウンターの芸妓さんの経営されるあるところでそれを出された。
 もたもたしていて叱られる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4670

 
     Eタイプ。
 
 
 
■ ジャズのジャケットに、ジャガーのヘッド・ライトを使ったものがあって、それは六発のEタイプだった。
 夏場は乗れそうにない口の小さい奴だったけれども、その上でドナルド・バードが腕を組んでいる。
 彼は黒人だ。
 
「緑色の坂の道」vol 850 94/05/15
 
 

「緑色の坂の道」vol.4671

 
     一月の夜の雲。
 
 
 
■ 月をさがした。
 白い雲が流れている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4672

 
     繋がった気になる。
 
 
 
■ 例えばネットである。
 紅生姜、大盛りなう。
 な、わけないでしょう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4673

 
     白い象に似た山々。
 
 
 
■ 映画評というのは、なかなか難しい。
 単独で読めないものが多いからである。
 個人的には、田中小実昌さんと阿佐田哲也さんのそれが按配で、棚から落ちてくるとぱらぱらと捲っている。
 どちらの方も、自他共に認めるはぐれ月だからである。
 
 
 
■ はぐれたフリをすることは案外簡単で、例えば組織に長くいた人など、ちょっと崩した形をしたくなる。
 それが、もちこたえられないのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4674

 
     殺し屋。
 
 
 
■ ヘミングウェイのその作品は、飯を喰う場面から始まる。
 少し下卑た言葉使いは、例えば昭和30年代の日活映画のようなものである。
 手元にあったのは岩波で、谷口陸男さんが訳されていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4675

 
     1750.
 
 
 
■ 昔、中華街の近くのガス・スタンドに、赤いアルファが停まっていた。
 従業員の持ち物である。
 赤とは言っても、やや朱が入ったそれで、ボディの状態はアベレージ。
 薄くヤレているところがいい味だったと記憶している。
 
 
 
■ 港町のとっぽさというのは独特である。
 いきつけの店がいくつかあるのだが、華僑の女店主はにこりと笑い、年に一度くらい声をかけてくる。
 私は、比較的礼儀正しく食べて戻る。
 
 

2010年01月13日

「緑色の坂の道」vol.4676

 
     密偵。
 
 
 
■ よせばいいのに。
 一杯目を嘗め始めた。
 廻りはPCのモニターだらけである。一台の接続が悪く、本体脇を開け配線をチェックしたりしている。
 カメラ用のブロアを吹いて大変なことになり、考えてみるとこんなことばかり20年近く続けていることになる。
 
 
 
■ ポジ・フィルムの楽しみは、現像までの時間である。
 今回、かつての定番と呼ばれるプロビアを使った。
 ベルビアは、その50はいいのだが、100辺りだと色彩が強調されすぎ、長く眺めていると飽きるような気が個人的にはしている。
 50をスポットでややアンダー気味に撮ると、時々全くの加工なしで作品となることもあるが、それだとて今の時代、作品だから許される贅沢だった。
 
 

2010年01月14日

「緑色の坂の道」vol.4677

 
     密偵 2.
 
 
 
■ フィルムそれ自体は、スタッフには触らせない。
 スキャニングも自分で行う。
 今となっては非効率的そのものなのだが、何故だろうデジタルで濡れたような夜を撮ることは難しく、修正に長い時間と手間隙がかかっている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4678

 
     密偵 3.
 
 
 
■ 色というのは時代とともにあるものである。
 ここで西行の歌などを引用すると、教養ありげに見えるのかも知れない。
 ま、やめとく。
 これからダスターを絞って、吹き飛んだ埃を拭いてやるのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4679

 
     朝花夕捨。
 
 
 
■ 南の街に、E28のアルピナ、B10 3.5 の程度のいいものがあるという。
 フロントが逆スラストした丸目4灯。ちょっと濃い目のアルピナ・ブルーである。
 現実的な値段なので、かなり心動くのだった。
 
 
 
■ 何を隠そう、とある車の雑誌社に所属されている方とは年賀のやり取りをしている。別に自慢することでもない。
 別冊というかなんというか、ちょっと古いアルピナの特集があって、何時だったか古本屋で求めた。男たちの楽しみというのは、昼間や家庭の厄介がひと段落した後、そうしたものをぱらぱら捲ることである。
 捲っていて、おおとか、うむとか考え込んだりしているのだが、ま、無駄なのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4680

 
     朝花夕捨 2.
 
 
 
■「朝花夕捨」というのは魯迅の作品である。
 日本と中国、または半島というのは、近いが故にとても波のある、ある意味で屈折した歴史とその感情を共にしてきた。
 甘粕大尉という歴史上の人物がいるのだが、幸徳秋水の一家を絞殺した後、なんのせいか満州映画の実質的責任者となった。
 満映というのは、少しはみ出た自由主義的傾向の監督を多く使った。
 内田さんなどがその代表だろうか。
 
 
 
■ ここで拙作「夜の魚 外灘」の話に流れてもいいのだが、さておく。
 上海には何度も行った。
 古い友人が、リニアモーターから見える高層マンションに現地法人を持ってもいる。
 遊びにこいよと誘われたのが、果たしていない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4681

 
     朝花夕捨 3.
 
 
 
■ 上海のタクシーは、半ばいい値である。
 高速を飛ばしていると、途中にぼこりと穴が空いている。
 誰しもロレックスの金無垢をはめていて、その横では小銭をせびる躯の不自由な人が誰かに手を引かれて近寄ってくる。
 
 
 
■ 人生観変るよね。
 と、ある方は言った。
 そうですね、と答えながら、この国も同じではないかと思うところもある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4682

 
     朝花夕捨 4.
 
 
 
■ 話を戻す。
 E28 のアルピナB10は3.5リッターである。
 80年代後半。5MTで実測が242。0-100が、7。
 SOHCにしては結構速く、当時のM5とほぼ同じスペックであった。
 首都高では霧笛じゃね無敵。と当時のテスターの方が書かれている。
 程度にもよるが、それから20数年経った今も、十分に速い。
 
 
 
■ 知的な屈折。
 というものがもしあるのだとすれば、こういったセダンをベースにして、5年から10年のスパンで維持しながら仕上げていくという楽しみもあるのかと思う。
 最近の若いひとたちは矢絣のデカールの意味も知らないので、その辺りはオリジナルでも構わない。
 年間の維持費は、50-100を下らないだろう。
 誰が誉めてくれる訳でもなく、男たちは愚かだとおもう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4683

 
     冷えた月。
 
 
 
■ 古いつきあいの彼が躯をこわした。
 理由はといえば、感受性を埋めるための日常からである。
 長い廊下を渡って、ジャージとコーヒーを届ける。
 おふくろさん、どうしてる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4684

 
     冷えた月 2.
 
 
 
■ ぼけ、泣くんじゃねえよ。
 だってさ。
 と、奴は甘える。
 いつもは喧嘩ばかりしてんだよ。
 でも、手紙がきて、心配だって。
 下手糞な字なんだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4685

 
     冷えた月 3.
 
 
 
■ 無糖の缶コーヒーを手に持ち、背後には少し老いた守衛の姿がある。
 私は頭を下げ、車に戻る。
 
 

2010年01月15日

「緑色の坂の道」vol.4686

 
     出羽三山。
 
 
 
■ 月山の麓の都市に古い友人が棲んでいる。
 一時同級だった彼女で、角度によっては猿だったが、なに私も角度によっては河童であった。
 渋谷辺りで遊び、いたたまれない夜など、どちらからともなく長い電話をしていたこともある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4687

 
     出羽三山 2.
 
 
 
■ 縄文の火炎土器というのは美しい。
 弥生式の抑制された美とはやや違う、管理されていない美意識と生活がそこにある。
 蝦夷との境目が、越後や相津(会津)の辺りで、確かに北へ向かうと、不思議な自意識と生活と、そうして山々があるのである。
 それは、例えば紀伊の山中で立ち止まっていた頃、背中の辺りを撫ぜていく、見知らぬ女の指先に似ていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4688

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「緑色の坂の道」vol.4689

 
     冬木立。
 
 
 
■ 近頃、外食の回数が減っている。
 一品200円代からという居酒屋に先日入ったのだが、5分もしないうちに出てきてしまった。やめようぜと。この突き出しはないだろうと。
 基本的に、食材と手間のかけかたなのである。
 これは酒も同じで、最近流行っているというハイボールは簡単に言えばキックがない。 
 

「緑色の坂の道」vol.4690

 
     冬木立 2.
 
 
 
■ 緑坂と言うのは93年の春から始まっている。
 93と言えば、バブル経済が崩壊し、そうは言うけれどもまだその余韻が濃厚に漂っていた頃合であった。
 文壇はまだ成立していて、いくつかの賞などは相当の権威を保っていた。
 広告の世界なども同じである。
 
 
 
■ それから先のこと。
 を、分析するのは他の誰かにまかせよう。
 マーケティングもその他も仕事の一部なのだが、真面目にそれを書くのは座敷が違っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4691

 
     冬木立 3.
 
 
 
■ あるところに庭があって、そこに雑木を植える。
 またはプランターのようなものでトマトなどを育てる。
 昔、お世話になった西の都に御住まいの方に、蝋梅の苗を買っていった。
 埼玉の辺りに植木専門の店があるのである。
 おまえ、馬鹿じゃないのか、と言いながらその方は庭にそれを移していた。
 私はと言えば、その後祇園に連れて行ってもらい、怖ろしいものをたくさん眺めて戻った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4692

 
     冬木立 4.
 
 
 
■ 例えば友禅というのは、半島からきた方々が水に関しての作業をされていた。
 雑誌「太陽」に写真とともに紹介されている。
 川の中に入って何度も晒す作業は、想像するだに辛い仕事で、都、もしくは文化というのはそうした階層性を内包している。
 
 
 
■ 作るもの食べるもの。
 というものの中にも、不思議な階層性というのはあるような気がする。食べ物について書かれた本で上品なものは少ないが、吉田健一さんのそれは数少ない例外であった。
 配偶者の卒業証書を額縁に飾っている居酒屋で、料理そのものが旨かったことはまずない。
 
 

2010年01月16日

「緑色の坂の道」vol.4693

 
     老齢は難破船のようだ。
 
 
 
■ ドゴールの言葉だという。
 ジョン・ルカーチの「THE DUEL」(邦題:ヒトラー対チャーチル)という本をぱらぱら捲っていた(共同通信社発行:95年:秋津信訳)。
 1940年のわずか80日間に限定してこの二人を対比させた歴史書であるが、単なる歴史物の範疇を超え、いくつか示唆に富む箇所があり読み応えがあった。とりわけ、人物像への深みを伴った直感的な評価である。
 その文学的表現から英国人であろうかと思ったが、ルカーチはブタペストの人。
 ヨーロッパの最良の伝統主義の守護人として、ルカーチはチャーチルを位置づけている。
 一方、ヒトラーは革命家であると。
「ヒトラーは絶望を背負った男だった。だが、同時にそれまでにない、冒険と科学の新しい世界の予言者だった。チャーチルは、伝統的で時代遅れの世界の価値を守る役割を担った。進歩を叫ぶより、西洋文明を守る立場をとった」(前掲:328頁)
 
 
 
■ 末尾の言葉が印象的である。
「二十世紀も半ばに近づき、近代が終わろうとする頃、世界の命運をかけた対決で、偉大な政治家が偉大な革命家に勝利を収めたのは、当時も今も勇気づけられることだ。第二次大戦中、著作家が演説家に、世界主義者が人種主義者に、愛国者が国家主義者に勝った。この戦争は何百万もの人にとっては大きな災厄だったが、その結果、世界はそれ以上にひどい災厄を免れたのである」(前掲:329頁)
 
 

2010年01月18日

「緑色の坂の道」vol.4694

 
     冬の胡瓜。
 
 
 
■ 西湘バイパスにあるパーキング。
 古いFRのセダンが流れ込んできて、その左トランクは潰れていた。
 キリマンだったかを自動販売機が入れているあいだ、私はその車を眺めていた。
 
 
 
■ 彼はフロントをジャッキ・アップしている。
 カップを持ち傍に近づき、どうしたの、と尋ねると、ドリフトに失敗して曲がったんですよと言う。
 ちらりとこちらの車を見て、愚か者のOBだと認識したらしい。
 今、箱根どう。
 凍ってますね。
 前髪だけ染めた彼は、長い顔と顎をしていた。
 女なんてさ、と太平洋は黒く静かだった。
 
 

2010年01月19日

「緑色の坂の道」vol.4697

 
     I'M A FOOL TO WANT YOU.
 
 
 
■ 薄い頭痛がしている。
 午後から冷え込んで、薬は効かなかった。
 チェット・ベーカーの危なげな声を聴いている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4698

 
     I'M A FOOL TO WANT YOU 2.
 
 
 
■ 一月になって、どうも果てしない気分のとき。
 チェット・ベーカーのラスト近いアルバムを流すとする。
 若い頃、相当な色男だったチェットは、中年壮年になるとその風貌を変容させていった。
 見るに耐えないという声もあって、私も若い頃はそう思った。
 いい気なものじゃないか、と。
 
 
 
■ こちらがいい齢になってみると、人生はそういうものでもなさそうなのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4699

 
     同期の桜。
 
 
 
■ 例えば「戦艦大和ノ最後」を書いた吉田満さんは、半ば慟哭するようにこの軍歌を歌ったという。
 一座が白けてしまうこともあったと、高校と日銀時代同期だった方が記されている(「谷間の叫び」『追悼吉田満』石原卓)。
 愚かなことなのだけれども、チェットのラストアルバムを流していてそんなことを思い出した。
 薄い頭痛が残る。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4700

 
     老齢は難破船のようだ 2.
 
 
 
■ 緑坂4693 の続きである。
 勘のいい読者なら、ここから論がいくつもの方向に流れることが予測されるだろう。
 例えばITの世界によく見られるテクノロジー万能論であったり、半ば超人思想であったり、新自由主義とその反動だったり。
 辿っていけば歴史の中に見事な手本があるのだが、緑坂はあからさまに書くことを嫌う。
 
 
 
■ チャーチルはハバナ産の葉巻を最後まで吸わなかった。
 ヒトラーが探索した、酒や女性問題というものもない。
 首相になった時が65歳である。対するヒトラーは50と少し。
 戦争が終わると、英国民はチャーチルを下野させる。
 役割は終わったのだと、残酷なバランスを取るのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4701

 
     勧進日誌。
 
 
 
■ 何時だったか「都市大阪と非人」(山川出版社:塚田孝著)という本を捲っていた。
 人に非ずと書いて非人なのである。中世から近代にかけての身分制度というのは、並大抵でないところがあって、それを一定部分で覆したのがいわゆる学歴社会だという学会での主張もあった。
 出自を問わないわけである。
 
 
 
■ 実際はそうもいかないのが実相なのだが、ひとつレッテルを貼られると、ある意味それでいいことになる。
 元何々という肩書きで渡ろうとする。
 広義のシノギではあるけれども、ブランディングというのはそう簡単なものではないようだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4702

 
     交わらない。
 
 
 
■ 少し離れたところに高層マンションが建っていて、買うのも借りるのも随分だという。
 坂道を昇り降りしている時、その前で必ず詰まる。信号があるのだ。
 青いLEDがあって門柱があり、その横にB3くらいまでの駐車場がある。
 妙齢の影が植え込みに消えていく。
 隙間ある細い脚である。
 
 
 
■ 制服を着た私と同年齢か、もしかすると年下の男性が、光る棒を持って誘導していた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4703

 
     牛丼ネット。
 
 
 
■ 男にとって、牛丼と立ち食い蕎麦はひとつの通過儀礼である。
 どうかっ込んでいくのか。じゃあね、と小銭を置き、ごちそうさんと日本語が旨く通じない中の人に声をかけるのか。
 卵追加。
 低く、しかれども失礼にあたらない声色で発生することができるだろうか。

 
 

2010年01月21日

「緑色の坂の道」vol.4704

 
     天神坂。
 
 
 
■ ネットというのはただのインフラである。
 使い方を教授するのが、いわゆるエバンジェリストという方々だった。
 壇の上に立ち、スクリーンに画像を映し、僕はね私はねと、気楽な格好をする。
 
 
 
■ 911でもAMGでもMのそれでも何でもいいのだが、例えば足元である。
 信号で並び、ちらりと横を眺める。
 どういうタイヤを履いているか。ブレーキのキャリパーだけ色が塗ってあるものか。ダストはどうなっているか。
 もっと言えば、フロントに飛石の痕跡があるかどうか、マフラーの色は端末でどうなっているか。
 
 
 
■ つまりは無駄金のようなもので、給料の大半をそこに注ぎ込んでいるのだなと思えるそれと、余ったからそうしているという方と、それに憧れている方々の違いではないかと私には思える。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4705

 
     行合坂。
 
 
 
■ 革底の靴をはいて一日いた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4706

 
     庭の水。
 
 
 
■ 冬の夕暮れである。
 水銀灯を反射して、枝の先に水がある。
 揺れないことなどあるものか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4707

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2010年01月22日

「緑色の坂の道」vol.4708

 
     色気なき時代。
 
 
 
■ とある車雑誌が休刊するという。
 80年代半ばに創刊され、ポストモダンの流れに乗って一時どの美容院にも置いてあった。地方へ行けば行くほどである。
 車そのものというよりも、それによる生活スタイルの提案、周辺を扱う記事が得意で、半ば強引な文化論のようなものに特徴があった。
 私はと言えば、新刊で買うことも古本で捜すことも滅多になかった。
 しゃらくさいのが苦手なのと、今の時代、ちょっと読めたものではなかったからである。
 
 
 
■ おそらく、ブランディングにしくじったのだと思われる。
 こう書くと語弊があるが、作り手に色気がないからかも知れない。
 こうした大人になってみたい。
 と、若造や中年に思わせる、気配や覚悟のようなものが希薄になっていったような感じもある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4709

 
     色気なき時代 2.
 
 
 
■ 男の場合、色気というのは背伸びである。
 痩せ我慢のことである。
 もう少し言えば、怖いよオカーチャーンと内心叫びながら、なにがしかのものに突っ込んでいこうとする姿勢のことではなかろうか。
 と書くと、いかにもで、それもまた困ったものなのだが。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4710

 
     腐りかけのシャマル。
 
 
 
■ 始めから腐りかけている車というのがあって、一時のマセラティなどもそうだと言われる。
 端正なスタイルをしているのだが、ボルトやパッキンの材質が工業製品以前で、よく分解しないものだという話を聞いた。
 維持そのものが厄介なお姐さん数人分くらいだと言われ、例えばそれでスーパー銭湯辺りに乗り付けるのは至難のワザである。
 タオルをエコバックに入れ、降り立った時に似合うかどうか。
 こちらの心根が問われるのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4711

 
     素のバン。
 
 
 
■ 天神坂の辺りで、紺色のマセラティが地下のパーキングから出てきた。
 乗られているのは、すこし髪のほつれた妙齢本格派である。
 ピンで留めている。
 
 
 
■ ほとんど堅気ではないのだが、それがどうしたという気配がある。
 スッド辺りもそうだったが、この辺りの伊車というのは、雨の後丁寧に拭いてやらねばならない。トランクやボンネット、またはドアの周囲をである。
 本格派がそうされているとはとても思えないが、それをさせている背後に少し興味があった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4712

 
     ゆっくり女にモテるには。
 
 
 
■ あるバーでそんなことを聞かれる。
 坂の上にある、シガーの管理のいいところである。
 
 
 
■ 彼がホンキなので、んん、そうだなあ。
 軽くしてから口説こうと私は言った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4713

 
     素のバン 2.
 
 
 
■ V6かV8が床下に潜り込んでいるバンが好きである。
 荷台の床の塗装が剥がれかかっていて、半分仕事車のような扱いをされていて、けれども合理的に走る。
 
 
 
■ 一点豪華主義や物に精神性を持たせることも悪くはない。
 それが趣味や文化だと分かっていて、声高に何事かを言わなければである。
 表現の半分にはそういうところがあって、我が国の風土に馴染むものではあるけれども。
 
 

2010年01月25日

「緑色の坂の道」vol.4714

 
     無頼めぐって。
 
 
 
■ デザインや写真やコピーなどの世界は一見派手に見える。
 ハレとケの世界だからだ。
 人前に出るときはどうするか。
 なるべく隠れてどうもすいません。
 
 
 
■ 安吾に「マケラレマセン勝つまでは」という作品がある。
 アドルム中毒の前後、あれこれあった時代のものだ。終戦直後のなんでもありの時代に、ほとんど自爆にも似た姿勢で突っ込んでいく。
 安吾は母親、おふくろのことをオッカサマと呼んだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4715

 
     無頼めぐって 2.
 
 
 
■「クラクラ日記」という、安吾の奥様、三千代さんの作品がある。
 20代終わりか30代初めの頃、文庫になったそれを始めて読んだ。
 棚のどの辺りにあるのかが分からない。誠に申し訳ないのだが、仔細は省かせていただく。松岡さんの「千夜千冊」を参照の程。
 
 
 
■ ある種、母性なのだとおもう。
 母性というのは複雑なもので、あるときは息子を殺し、あるときは抱え込む。
 例えば「日本共産党ナントカ」を書かれたダンディでさっぱりしたある方は、奥様がやはり銀座で店を経営されていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4716

 
     無頼めぐって 3.
 
 
 
■ 女性というのは理屈には惚れない。
 今の時代、様々ではあるのだが、おおかた男の気風や志や、いたしかたなさの隙間に入る。幸か不幸かそういう対象が見つからないとすると、教祖様に憧れたりして、これもまた腰廻りが定まらない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4717

 
     無頼めぐって 4.
 
 
 
■「クラクラ日記」は名作である。
 大きな子供を抱えたような、一方で地に足をつけたしたたかさが控えめな文章の背後から滲んでくる。
 小津監督の作品でも、通俗化された母性のようなものが陰画で見え隠れするのだが、さておき。
 
 
 
■ 途方に暮れた中年もしくは壮年諸氏。
 敵は心で思っていても理解してくれない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4718

 
     あいかた。
 
 
 
■「敵」というのは、大変お世話になった大手新聞社の方が使われた台詞である。
 ま、本質的には理解しあえない性別同士があれこれするにはドウシタラヨカロ。
 どうもしないのであって、私は奥様に和菓子をバラで買って送った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4719

 
     ひばり。
 
 
 
■ 酒を嘗め始めた。
 この時間にわたしはナニをしているのダロウ。
 と、部分的にカタカナで書いてみる。
 棚から出てきたCDが、美空ひばりさんのオムニバスで、一曲目が「港町十三番地」である。これも昭和の名曲のひとつである。
 
 
 
■ いつだったか、友人と忘年会のようなことをした。
 奴が指定してきたのはその街のいわゆる場末で、ピンク映画館から少し上にあがったところだった。私はカシミアのコートに指先が切れている山用の手袋をしていた。
 なんとなくM6を持っていたからである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4720

 
     かもめ。
 
 
 
■ 港町には「かもめ」と名の付く町名や坂道がある。
 書店があって、自転車があり、その隣には明るいナショナルやなにがなくても東芝の看板のかかった店がガラス戸を閉めている。
 
 
 
■ あいつの趣味らしいや。
 と思いながら、汚い暖簾をくぐり中に入った。
 電柱とピンク映画館だけはM6で一枚撮った。
 ジー、とシャッターが鳴り、勿論三脚など立てていない。
 人生はポジの無駄なのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4721

 
     二度目の奥さん。
 
 
 
■ 会が終わり狭い階段を降りると、どこかで見知った方々が数人おられる。
 さっきトイレを譲ったり譲られた方は、大手町に本社がある行政系金融スジの方である。
 あらまあどうも。こちらこそご無沙汰しておりまして。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4722

 
     布団について。
 
 
 
■ 二度であろうが三度であろうが、奥様は奥様である。
 段々よくなる場合もあるが、そうではないのではなかろうか、という場合もあって、例えばお披露目の時にあまりぺたぺたされていると、一抹の不安がこころをよぎる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4723

 
     五度目の奥様。
 
 
 
■ なんでいちいち籍いれんだよ。
 と、独り言が発声されたことがあって、その後同席していた妙齢半分に叱られる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4724

 
     青鷺。
 
 
 
■ 〆切が詰まっていること。
 やるべきことが多いので、この時間まで起きていた。
 どの辺りで線を引くか、そのバランスが難しい。
 
 
 
■ いつだったか友人と赤坂界隈を歩いていて、堀の辺りに青い鳥をみつける。
 青鷺ですよ。
 彼は即答した。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4725

 
     青鷺の羽。
 
 
 
■ ライカのR8のファインダーは、やや青みがかって見えるという。
 それを欠点だと指摘する方もいるが、そこまでは断定できず、薄い色のサングラスをかけていると思えばいいだろうか。
 R8の場合、露出優先のやり方で撮るのだが、適度というかかなり重いことが良い方向に働き、夜などでもそうブレを心配しなくて済む。
 ISO100を入れていた場合である。
 
 
 
■ 一体に、ライカのレンズというのは柔らかい。
 それが味なのだと言われればその通りなのだが、例えばデジタル化をはかったり、印刷物に転用した場合、途中でいくつものプロセスが入るものだから、これもまた厄介である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4726

 
     媒体と文体。
 
 
 
■ 発表する媒体によって、例えば句読点の打ち方や改行の位置などは大幅に変る。
 写真も、デザインも同じである。
 例えば岩波写真文庫という一連の書籍と言っていいか、そういうものがあったが、名取さんが編集を勤められた。
 写真史を少しかじられた方なら、土門さんや木村さん、そして「FRONT」という雑誌の名を聞いたことがあるだろう。「カメラ毎日」の名物編集長などなど。
 
 
 
■ 仔細は緑坂に書かないけれども、表現と言うのは畢竟歴史的産物なのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4727

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2010年01月26日

「緑色の坂の道」vol.4728

 
     マイルスの鼻水。
 
 
 
■ 確か80年代初めだと思うが、マイルス・ディビスが日本に来て吹いた。
 ジャケットは格好いいのだが、音は。
 若かった私は長いことお蔵にしていた。
 ほとんど鼻水を垂らしながら吹いているマイルス。へろへろである。
 
 
 
■ で、どうだったかと言えば、昨今その良さも分かるような気がするのである。
 
 

2010年01月27日

「緑色の坂の道」vol.4729

 
     美人の末端。
 
 
 
■ あるとき、カードを更新した。
 期限が切れていたのである。
 彼女はテキパキと告げるべきことを告げている。
 そのようにテキストに書いてある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4730

 
     美人の末端 2.
 
 
 
■ 私はその化粧気のない顔を眺めていた。
 カメラがその上にあって、誰かがそれをいつか眺めるのだろう。
 彼女にはソバカスがあり、面長である。
 肌理についてはわからない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4731

 
     美人の末端 3.
 
 
 
■ 30になろうかという頃、彼女達はぴったりしたスーツを着ていた。
 一方で、下北沢や上原あたりには、真っ黒な服を着て芝居や芸術を志している不思議な横顔の彼女達もいた。半分は自然食である。
 
 
 
■ そうは言ったとして。
 あまり本質は変らないような気もしている。
 
 

2010年01月31日

「緑色の坂の道」vol.4732

 
     汚れ役。
 
 
 
■ 男の世界。
 と、振りかぶると野暮なのだが、長い人生、何時までも二枚目または三枚目は続けられない。
 どこかでそこから降りる場面がある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4733

 
     まだ通用すると思っている。
 
 
 
■ あるとき、妙齢中ほどから粉をかけられた。
 直接ではなく、三角飛びというか男の知人を介してである。
 男のずるさ、だらしなさ。
 というのは勿論ある。
 それを超えると薄く透けるのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4734

 
     女のパクパク。
 
 
 
■ という立て看板が、渋谷だったか新宿だったのか外れに立っていた。
 珍しかった頃合である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4735

 
     男のヒンニョー。
 
 
 
■ 山口瞳さんと吉行さんの対談である。
 山口、ヒンニョーと言って席を立つ。
 というト書きがあった。
 豆腐も割れねえや、と吉行さんの随筆にイラストを付けられていたのは山藤さんである。
 
 

2010年02月01日

「緑色の坂の道」vol.4736

 
     2月の初恋。
 
 
 
■ 低い雲である。
 昨日まで暖かかったのに、今日はマフラーをしている。
 誰かが手袋を落とした。
 
 

2010年02月04日

「緑色の坂の道」vol.4737

 
     2月はじめの月。
 
 
 
■ 雪が溶けると、雲間に月がある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4738

 
     夜の浜辺に。
 
 
 
■ 誰もいない。
 と歌ったのは美空ひばりさんである。
 ふらりと聴くと、ほとんどマリア・カラスの歌声にも似ていた。
 または名も知らぬファドの音色である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4739

 
     東京に雪が降った夜。
 
 
 
■ 私は、壊れかけたソファの上で寝そべりながら資料を読んでいた。
 雪は綿布団を壊したように散らばる。
 隠してくれればいいのに。
 おかっぱの女の子の声がする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4740

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2010年02月05日

「緑色の坂の道」vol.4741

 
     冷たい皮の上。
 
 
 
■ 登り坂で、ちょっと深く踏むとESPのランプが点く。
 凍っている訳でもない。
 タイアを替えてから2年ほどは経ったのか。今年の後半には交換しなければならず、あれこれ物入りな時期である。
 オイルにしても、そろそろではあるのだが、冬場は特に純正のものでそう問題はないような感じもしていた。どうせ3000で交換だし、神経を使うのは夏なのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4742

 
     冷たい皮の上で。
 
 
 
■ 首都高速をゆっくりと廻り、なにかを確かめていた。
 愚かさや、抑えようとしている気配だと思っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4743

 
     夜に笑う男。
 
 
 
■ 薄く笑ったような表情の得意な作家がいた。
 若い頃は、さぞかしだったろう、というような風情である。
 父や母や、そうしたものとはやく別れる。
 追うのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4744

 
     思うようにならない馬。
 
 
 
■ 手さぐりで肉のようなものを捜す。
 もういいだろうか。
 と、思うと月がある。
 
 

2010年02月10日

「緑色の坂の道」vol.4745

 
     夜の犬。
 
 
 
■ 歯を剥きだした犬がこちらを向いた。
 おまえなにやってる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4746

 
     夜の犬 2.
 
 
 
■ 俺はおまえだ。
 犬はいう。
 それも見物だが。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4747

 
     夜の犬 3.
 
 
 
■ あの方は写真に著作権などないって言ってたよな。
 ある方が言われる。
 そう広告の方なの。名刺、忘れてきたんだよ。
 
 
 
■ ここ数年、私は薄く笑うようになっている。
 多分その方も辞された後、本を何冊か書かれるのだろう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4748

 
     夜の犬 4.
 
 
 
■ 犬は餌のあるところにしかいない。
 
 

2010年02月13日

「緑色の坂の道」vol.4749

 
     弁当を隠して食う。
 
 
 
■ 谷啓さんが、長いことそうだったと青島さんの本で読んだことがある。
 こういう感性は私は好きで、なんとなく信用が置ける。
 
 
 
■ 話は変るが、今どこにいるとか、なにしているとかを告白することが流行っているという。自己申告であるから本当かどうか分からない。
 それを証明するためにわざわざ画像まで貼り付ける場合もあって、おつかれさまだと言いたい。
 ちょっとした店で、ちょっと高めの漬物などを買ったりしても、黙って食べてればいいんじゃないかという気がしている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4750

 
     いい形だねぇ。
 
 
 
■ という台詞が「駅前旅館」という映画にあった。
 形は「なり」と読む。
 森重さん、伴淳さん、フランキーさんという男優陣。
 着物姿の仇っぽい姐さんがたは扇さんなどである。1956.
 原作は獅子文六さん。
 
 
 
■ 舞台は高度成長期直前の上野。
 森重さん扮する旅館の番頭は技に生きている男である。話術と流れ。
 産まれたのは女中部屋。父親の顔は知らない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4751

 
     江ノ島の芸者。
 
 
 
■ 森重さん扮する番頭は、かつて江ノ島で半被を着ていた。
 旅館にいた芸者と訳ありの仲になる。
 耳たぶの形を覚えていると。
 彼女はその後出世して長野の紡績工場の社長に身請けされる。
 女工の寮長となって、上野の旅館で再開を果たす。
 
 
 
■ と、粗筋を書いても致し方ない。
 見物は昭和30年代初めの上野の風情と、姐さん方の粋な着物姿である。
 森重さんがしゅしゅっと兵児帯を締めると、女中のひとりが「いい形だねぇ」と口にした。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4752

 
     水晶。
 
 
 
■「駅前旅館」のラスト・シーンは、甲府の閣への畦道である。
「夫婦善哉」でコンビを組んだ扇さんが、森繁さんの後を追いかける。
 出来すぎなのだけれども大衆映画としてはそれが正しく、その後本作は駅前シリーズとして半ばご当地映画となっていく。
 
 
 
■ ここで思い出すのは、つげ義春さんの確か「池袋百人会」(うろ覚えなので、そこは流れで)という作品である。
 当時の徹底した貧乏と、浮き草のような勧誘員と、前髪を伸ばしたインテリの入り婿に見事に騙されていく半グレ妙齢本格派の姿がユーモアと、適度な色気を保って描かれていた。
 つげさんの作品、そのラストは「駅前旅館」を下敷きにしていたのかも知れないと、個人的には思っている。
 
 

2010年02月16日

「緑色の坂の道」vol.4753

 
     某月某日。
 
 
 
■ 億劫というかなんというか。
 いたしかたなく酒を嘗め始めた。
 外は寒い。
 
 
 
■「赤とんぼ騒動」という吉行さんの随筆を捲っていると、酒場で柴田錬三朗さんに意見されるところが出てくる。
「飲む打つ買うのどれかをやめろ」
 とのご高説に、では打つのを止めましょう、と吉行さんは答える。
 吉行さん30代初めの辺りでありましょうか。昭和30年代初頭。
 お元気というか、そういう時代だった訳である。
 
 

2010年02月17日

「緑色の坂の道」vol.4754

 
     なんのせいか。
 
 
 
■ 雑務というか〆切というか。
 流儀や神経の遣いかたが通じない世界のようなものがあって、またかとうんざりする。
 しかしまあ、世の中そんなものだと言えば言えるので、事務処理なのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4755

 
     飲む打つ買う。
 
 
 
■ ええ、なんのことやら分からない方もおられると思うが、そこは流れで。
 先日、競艇帰りの男達の列を眺めていた。
 なんともいえず、独特である。
 漂う、と言っても大袈裟ではない不思議な歩き方と風情である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4756

 
     賭博師たち。
 
 
 
■ という漫画がバロン吉本さんにあった。
 代表作は多分「柔侠伝」シリーズになるのだろうが、そこから少し外れた作品群も捨てがたい。
 毛筆で描かれた独特の線は、漫画や劇画というよりも、ほぼ絵師の流れなのだろうなという気がする。
 
 
 
■ 鳥打帽を被ってオートレース場にいく。
 例えば上野駅の中には開催日が記された看板があって、そのまま地下に降りると不味くて決して安くはない飯屋が並んでいた。
 冬時分、青色の電車を待っていると、大体コンビーフの看板が目に付くのである。
 
 

2010年02月25日

「緑色の坂の道」vol.4757

 
     賭博師たち 2.
 
 
 
■ ホテルの前にタクシーが並んでいる。
 車線を潰してしまうので、坂を昇る時に気をつかう。
 昨日遅く、黄色のそれが1台だけだった。
 大きくドアを開け、咥えタバコの運転手が降りてくる。
 彼はミラーを見ていず、私はその横を離れて通り過ぎた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4758

 
     賭博師たち 3.
 
 
 
■ なんでしくじったかの風情は分かる。
 分かっても仕方ないところもある。
 いつもより念入りに歯を磨き、化粧台を拭いて灯りを消そうとする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4759

 
     車は持ち主に似てくる。
 
 
 
■ というコピーが80年代終わりにあった。
 BSの高級ブランドのタイヤの広告で、モデルはショーン・コネリーである。
 
 
 
■ 恐らくは英国の納屋のようなところで、コネリーがダーク・スーツを着て車の屋根を撫でている。車はといえば、それも濃い色のディノだった。
 向こう側にはモーガンのフェンダーがあったような気もする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4760

 
     車は持ち主に似てくる 2.
 
 
 
■ 若造だった私は、そのタイアを買った。
 グリップもそこそこ、雨にもやや強く、音も煩くはなかったと記憶している。
 ただ減りが結構な按配で、一年も経つとフロントから滑った。
 FFのセダンに雨の足立区上空の首都高で、軽く置いていかれたのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4761

 
     車は持ち主に似てくる 3.
 
 
 
■ 車に限らず、それが鞄でもスーツでも。
 あるいはそのへんに転がっているPCでも無料ブログやサービスでも。
 いずれ使っている男や女そのものに近づいてくるような気がしている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4762

 
     ナイト・アンド・ディ。
 
 
 
■ トミー・ドーシーの頃のシナトラは甘い。
 にやけたイタリア男そのものである。
 前髪に白髪が2本あったことを認めた数日後、私はそれを一日かけていた。
 そのときにしか出ない声というものもあるのだと思う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4763

 
     車は持ち主に似てくる 4.
 
 
 
■ ディノというのは、車に詳しい方ならお分かりだろう。
 246である。
 ほとんどコレクターズ・アイテムなのだが、なんのせいか、近くの駐車場にそれが停まっていて、私はカメラを持たないことを僅かに後悔した。
 かといって、撮っている姿はいかにも子供じみてもいるのだが。
 色や仕様を記すとあれこれあるのでやめておく。
 
 
 
■ 持ち主は年配の方である。
 話したことはないけれども、いい車ですね、と、その燃料ポンプとキャブの音を聞いてみたいと思うのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4764

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2010年03月15日

「緑色の坂の道」vol.4765

 
     強い西の風。
 
 
 
■ 夜半、風が吹いた。
 久しぶりにひとりである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4766

 
     強い西の風 2.
 
 
 
■ 別に何をしていたという訳でもない。
 忙しいのは年度末だったからで、半ば終わったようなところもあり、続くところもある。
 普通に昼間の厄介をこなし、日常を送り、スタッフが入れ替わった。
 
 
 
■ そういえばイリジウムのプラグを替え、特殊な溶剤でエンジンを洗ってもらう。
 その後のオイル交換は純正指定のものである。
 確かに廻るようになって、軽く踏むとすぐに5000とかである。
 いい気になって低いギアを選んでいると、先日はリッターが5であった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4767

     HINE.
 
 
 
■ というブランデーがある。
 先日、いつもの如く坂の上のバーにいって漠然としていた。
 会合や飲む機会というのはままあるけれども、その後なんとなく一人になりたくなる。
 
 
 
■ ハイネというのは、シガー用のコニャックだという。
 これ、フランス製だな。
 バイロン、ハイネからきているんだろうね。
 などと、薄く切ってもらったカビのチーズを嘗めていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4768

 
     桃の枝。
 
 
 
■ を持って歩く男がいる。
 背はそう高くもなく、髪は短く、カーフのブルゾンの質がいい。
 
 

2010年03月18日

「緑色の坂の道」vol.4769

 
     三月。
 
 
 
■ 風のあとは雨である。
 薄い。
 私は万年筆を洗っていた。
 青がひろがる。
 
 

2010年03月23日

「緑色の坂の道」vol.4770

 
     Inspiration.
 
 
 
■ どこへいったとか、何を食べたとか、そうしたことはどうでもいい。
 窓を開け、外を眺めていた。
 ここは河原の駐車場である。
 池波さん原作のテレビ時代劇で使われていた曲をくりかえし聴く。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4771

 
     ジプシーに会いにいった。
 
 
 
■ ロマの歴史、と書くといかにも大仰だが、外側にいる男や女達でなければ分からないことというのは確かにあるような気がしている。
 今手元に、坂の上のホテルでもらってきたパンフレットがあって、そこには「日本之旅」と書いてある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4772

 
     TOKYO TWILIGHT.
 
 
 
■ ヘリコプターで東京と横浜界隈をCruisingするコースがあるのだという。
 ヘリは多分ベルだろうか、4枚ブレートの新型である。
 空ではなく、バスで眺める東京夜景は成人6500日元と記されていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4773

 
     サクラ咲きはじめ。
 
 
 
■ 薄い雨が降る。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4774

 
     愉快的一天旅遊。
 
 
 
■ 何時だったか深夜の湾岸で、アストンのオープンと並んだ。
 敬意を表して抜いたりはしない。
 先が空くと、幌を被せた薄い色のアストンは決められた速度の1.8くらいまで出す。
 私はといえば、彼が疲れた頃、そっと後ろにつく。
 本牧の先までそうやって遊んでいた。
 ちょっとだけS2000が絡んできて、暫くして離脱した。
 愚かなことだと気づいたのだ。
 
 

2010年03月24日

「緑色の坂の道」vol.4775

 
     雨のダークラム。
 
 
 
■ 車も妙齢も、数年を経てようやく躯に馴染んでくるという。
 緑坂の古い読者なら、私が周期的に首都高速やら西湘バイパスやら、なんのせいかうろついていることをご存知だろう。
 男同士で、またはひとりで。
 頭を冷やすには、200キロほどの旅が最も適している。
 
 
 
■ アストンと遊んだ時、決められた速度の1.6くらいでタイアが細かく振動した。
 路面のせいか、と疑ったのだが、後でガスを入れる時にチェックしてもらうと、左右で空気圧が異なっていた。
 たまにスタンドを替えないと、こういうことになる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4776

 
     雨のダークラム 二杯。
 
 
 
■ 速度というのはほぼ眼なのだが、このところ疲れると霞む。
 かすみかな。
 と、洒落ている場合でもないので、眼鏡を替えるか、路肩によせ目薬をさす。
 もう若くはないのよ、あなた。
 と、言われたのは事件屋稼業の深町丈太郎だったが、考えてみるとあの元配偶者の女医さんもほぼ丈太郎と同期で、アップにすれば人生は無常だと思うのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4777

 
     雲とダークラム。
 
 
 
■ 鎮痛剤を齧りながら、酒を嘗めるというのは矛盾である。
 写真家を名乗りながら、年に数枚も撮らず、TVにだけ出ているというのも不思議なもので、ま、世の中というのはそういうものだった。
 
 
 
■「月山」を書いた長塚さんは50を過ぎるまで、ほぼ放浪の旅をしていた。
 芥川賞を取った「月山」自体、そのとき勤めていた印刷工場へ向かう山手線を何周もしながら、チラシの裏側に綴られていたものだという。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4778

 
     枯れたアストン。
 
 
 
■ 丸子橋の辺りで信号を待っていた。
 あいだには川があって、むこうとこちらでは僅かだけれども文化が違うのだという。
 私が知っているのは、牛丼や立ち食い饂飩の味付けである。
 新橋にいくと、また濃いのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4779

 
     枯れたアストン 2.
 
 
 
■ マスコミ試写会の招待状が届く。
 昨年は多忙と更年期にて、いただいたものを無駄にしてごめんなさい。
 最近、ぷらぷら電車やバスにも乗っておりますので寝癖立てていきます。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4780

 
     枯れたアストン 3.
 
 
 
■ 坂道を薄いメタリック・グリーンのアストンが加速していく。
 ジャガー(ジャギュアと書く場合もある)と同じプラット・フォームのそれである。
 適度にやれ、使い込まれた風情が案外で、多分このアストンの助手席には犬は乗せない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4781

 
     枯れたアストン 4.
 
 
 
■ 年賀の話である。
 大手電気メーカーに勤める彼のそれに、レンジ・ローバーの姿があった。
 ライトの四角いそれである。
 綺麗に着飾った娘さんの晴着と、背の高い息子さんの間に挟まっている。
 なんだよあいつ。車好きなんだな。
 
 
 
■ エアサスのレンジはちょっとばかりメンテが大変だった。
 燃費もEcoの車の数分の一である。
 けれども、例えばゴルフのコースを一回節制すれば月で元がとれるトモイウ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4782

 
     枯れたアストン 5.
 
 
 
■ レンジの後部座席でも、3人ではややきつい。
 メルセデスでもジャガーでも、真ん中の席というのは座れば座れるという程度の仕上がりで、それならばVWの小型のミニバンの方がかなりしっかり造ってある。
 
 
 
■ ま、それはいいのだが、いいかげん部長辺りになってくると、部下が数10名からである。
 奴は確か卒業してすぐに結婚したのだが、いつぞや御挨拶をさせていただいた奥様も、自然に年齢を重ねられた安定さと、それに伴う色香があった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4783

 
     枯れたアストン 6.
 
 
 
■ 恐らく、アストンのベストはDB4だと個人的には思っている。
 これはほとんどクラシックの部類である。
 DB5。いわゆるボンド・カーになっていくとやや軽味が消える。
 この辺り、曰く言いがたいところで、だからどうしたということもないのだが。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4784

 
     雨を踊りながら。
 
 
 
■ グラム数100円という茄子漬を買った。
 化学調味料の入っていない味だろうと思う。
 昨日、200グラム買っていった奥様が、また午前中に来たんですよ。
 毎日取り替えるのだろう、頭に載せる白い折畳みの彼が言う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4785

 
     さくらいろ。
 
 
 
■ 近場の和菓子屋でなにものかを買う。
 塩に漬けられた桜の花弁が練りこまれている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4786

 
     March.
 
 
 
■ 何年か前、この時分に旅をした。
 いたたまれなかったからである。
 
 
 
■ そのときに見た空というのは今でも覚えている。
 峠ですれ違った単車の彼や、エストレアの彼女のメットもである。
 
 

2010年03月26日

「緑色の坂の道」vol.4787

 
     天一号作戦。
 
 
 
■ 眼化に、ライトアップされた桜の枝が色づいている。
 まだ三部咲きというところだが、この命も短い。
 昭和20年の3月26日というのはいわゆる天一号作戦が発動された日で、4月に入るとこれが菊水作戦に集約されていく。
 どうしてまた花の時期に。
 と思うのは後世からの感慨だが、どちらにしても繰り返し美化しようとする気配が顔を覗かせるのは、どうしたものなのかとおもう。
 
 

2010年03月29日

「緑色の坂の道」vol.4788

 
     ヒルズ。
 
 
 
■ 休日のそこは997とケイマンが7台くらいいる。
 私は1000円のシャープ・ペンシルを買いに来ていたところで、何かいいカード入れはないか迷う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4789

 
     贅沢は。
 
 
 
■ 敵だ。
 と、書いたのは「パーマネントはやめませう」の国策である。
 そのポスターに「素」を加え「贅沢は素敵だ」と看過したのは大正生まれの先達であった。
 夢二も安吾も、辿っていけばロクデモナイ人生を送っていたのであって、ルパンの隣には焼鳥屋があった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4790

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2010年03月30日

「緑色の坂の道」vol.4791

 
     花冷え。
 
 
 
■ 雲が流れる。
 ところどころ白いものがあって、それが花だと気づくに時間がかかった。
 私は海岸線を走っている。
 高圧電線の向こうに何本もの煙突と水銀灯のモジュールがある。
 雲よりも一層白い煙が、ほぼ水平に膨らもうとして、外は風が強いのだろう。
 
 
 
■ 確か赤門を出た友人がこの辺りに家を買った。もうすこし内陸部である。
 当時、政治家の秘書になろうか、と言っていた彼である。
 結局本社へは戻らなかったのだろうか。その辺りの事情は知らない。
 
 
 
■ 速いマツダが車間をつめてきて、黄色の信号でタイアを鳴かせた。
 あなたの前の車は、型は古いけれども、ブレーキが利くのです。
 ちょっと離れていましょう。
 あるいはお先へ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4792

 
     花冷え 2.
 
 
 
■ 夜のコンビナートというのは、独特の美しさがある。
 私も昔何度か撮影したが、今車を停め、トランクからハスキーを取り出す元気はなかった。
 花は咲いているというのに外は雨なのだ。
 外気は5度。
 いい気になって羽織ってきた春用のブルゾンではどうにもならない。
 シートにヒーターを入れていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4793

 
     花冷え 3.
 
 
 
■ 剃り込みを入れた10代の彼が、すれちがうときに挨拶をする。
 私が一歩横にそれたからだ。
 彼はメーカー製トレーニングウェア姿で、兄貴分とおぼしき背の高い彼とおそろいである。
 背の高い彼には眉毛がない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4794

 
     花冷え 4.
 
 
 
■ この街で生まれ、この街でちょっと粋がり。
 恋して卒業し、どうしてこんな高いんだというような新生児用のチャイルドシートを買う。
 昭和の昔から、ずっと繰り返されてきたことである。
 真夜中に路肩でライトを消すと、とても春には耐えられない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4795

 
     鳥雲に入る。
 
 
 
■ 鬼平犯科帳のエンディングには、ジプシーキングスのやや抑えた曲が組み合わされている。赤や青、彩度の高い絵作りで、江戸の四季と暮らしをコラージュしていた。
 実際は京都の嵯峨野周辺や寺で撮影しているのだが、松竹関係者による、テレビ媒体としては最良の仕事のひとつだと個人的には思っていた。
 俳優や女優さんの背が高いのがたまに疵。
 これは広重の構図だな、とにやりとしてしまうものもいくつかあって、例えばスタッフが桜の枝を抱え、レンズの手前で四苦八苦されていたに違いない。
 そういえば大映の時代劇も、その構図や色彩が端的で綺麗だった。
 あの美意識というのも、映画というメディア・媒体が全盛期だったからなしえたことなのか。
 作家の村松さんが何処かで書かれていたことを思い出す。
 
 
 
■ 私は、壊れたかけたソファの上に横になり、空と桜を眺めていた。
 今日は暖かくなる。
 雲ひとつない淡い水色で、風の芯にまだ冷たさが残る。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4796

 
     青べか物語。
 
 
 
■ 海ほたるへ抜ける時、繰り返しそれを聴いていた。
 飽きれば、何故かは知らないがジャンゴである。
 文化というのはその外縁から眺めると輪郭がはっきりすると言われるが、そう難しい話ではなくて、日に日に移る樹木の緑にこころせくのである。
 
 
 
■ 私は法定速度で走っていた。
 一時湾岸の走り屋たちが、このトンネルで速度を競ったこともあったが、逃げ場のないここでそうするのは子供じみているなと、ひとのことは言えない私はおもう。
 トンネル天井についた、排ガスを逃がすファンが煩い。
 
 

2010年04月01日

「緑色の坂の道」vol.4797

 
     それは覚悟の前である。
 
 
 
■ かぶき者という言葉がある。
 由井正雪の乱が終わった頃、江戸幕府はかぶき者の取締りを行った。
 かぶく、というのは傾くという意味があって、要はおもしろい格好をして体制に反抗してみせたりする中下級武士やそれに倣う町人の姿を包括する。
 このあたり、調べていくととても面白いものも透けてくるのだが、緑坂でもあるし、仔細は省く。
 
 
 
■ 男伊達という言葉はそこら辺から生まれた。
 ひところ、男前という言い方が一部で流行ったこともあって、男装の麗人が歳くったような方にぼそりと言うと喜ばれる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4798

 
     伊達も浮気も命のうちよ。
 
 
 
■ コウ、ふんぞるべいか。
 わんざくれ。
 などなど、独特の言葉使いをした「奴」という彼らもいて、まあまあ大層威勢がよかった。
 男伊達の連中のことを「六法」と呼んだ。
 歌舞伎の花道へ揺れながら歩く様は、彼らの風俗を模したものだとされる。
 
 

2010年04月06日

「緑色の坂の道」vol.4799

 
     恋に恋して。
 
 
 
■ 雨である。
 ライトアップされた桜にもすこし飽きてきた。
 ダークラムをちびちび嘗める。
 車のタイアを、次はどれにしようかとカタログを捲る。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4800

 
     さのかたは実になりにしを今さらに
 
 
 
■ 春雨降りて花咲かめやも
 
 万葉集1933あたりから。
 さのかたに、とは人妻である。
 ちょっと色気のあるようなないような。
 退くのであれば歌など詠まねばいいのに、というのは今の声。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4801

 
     花に雨から。
 
 
 
■ いつだったか横浜の外れで、車屋に入る。
 ついでだからとリフトアップしてもらい、ブッシュなどを確認する。
 このところ、冷えているとリアの辺りから時々音がして、それが気になっていたのだった。
 ブッシュは問題なし。ブーツからの若干のオイルの滲み。
 アンダーカバーの擦り傷。
 案の定ベルトの辺りに細かい皹割れがあって、3年保てばいいのだと知れる。
 
 
 
■ 車屋の兄さんは、難しい顔をして解説をする。
 彼の額は、若干剃り込みが入っている。
 私は、フンフンイヤハヤと伺っている。
 
 

2010年04月09日

「緑色の坂の道」vol.4802

 
     雨の高架下。
 
 
■ 40代半ばを過ぎてから、もういいや、と思うようになった。
 例えば本牧で、または根岸の界隈で、公安じゃね、港湾職員が昼夜を採る食堂に入るとする。
 私も潜り込んで、おばちゃんこれ、と注文するわけである。
 
 
 
■ 桜がきれいだね。
 うん、花見いったかね。
 いや、まだなんだけどさ。
 
 
 
■ 平日の午後辺り、そのようにしてカツカレーなどを食する。
 成程。と、胸ポケットに入れた80円のメモ帳に走り書きして、それが仕事の柱になることもある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4803

 
     祇園の根付。
 
 
 
■ USBのメモリに、元舞妓つうかなんつうかだった方からいただいたそれを付けている。
 ちゃら、と鳴るのだが、小さな鈴が点いていて、枕の下に水も流るる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4804

 
     残花三昧。
 
 
 
■ 男でも妙齢でも。
 いい齢になると、枯れ方を意識することになる。
 私は今、うなぎパイをつまんでいるが、これがなぜ「夜のお菓子」なのだろう。
 わからないということはそのコピーは名作なのである。
 
 
 
■ 昭和の頃合、いわゆるナイト・キャップというものがあって、団地であれアパートであれ、相方はひらひらしたものを着て、それでいこうかという流れだったらしい。
 
 

2010年04月13日

「緑色の坂の道」vol.4805

 
     春を経て。
 
 
 
■ というのは西行の歌である。
 一体に、するすると春はすぎる。
 窓の外を、薄く白いものが横切っていく。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4806

 
     花弁。
 
 
 
■ に不思議な美意識を感じるのは、この国のひとだけだろうか。
 インパールで戦ったある下士官の手記を読んでいると、彼の国の桜は花弁が6枚だったという。
 桜見たさに命を半ば賭けるのも。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4807

 
     どくろ杯。
 
 
 
■ 緑坂の古くからの読者なら、この題名で何度か書いていることをご存知だろう。
 金子光晴という詩人は、どうにも仕方のないところもあるのだが、それは私生活その他の上でである。
 作品それ自体、いい気になっていた大正期の半ばお坊ちゃまが、頭を殴りつけられるような体験を幾度も経て、滴り落ちる脂汗が結晶のように固まったものだという風に私には思えている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4808

 
     モトデについて。
 
 
 
■ 元手という表現は、吉行さんがよく使われた。
 せんだって書棚というかなんというかが崩れ落ち、懐かしいエロ本と共に「面白半分対談」の初版が出てくる。
 まずは80年代初期の画像付きのものを眺めてから、夜半ぬるい風呂に入って一気に読み返した。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4809

 
     じゃ、参っちゃうじゃないですか。
 
 
 
■ 装丁は和田誠さんである。
 版元は講談社。
 
 
 
■ 殿山泰司さんとの巻をすこし引用させていただく(「面白半分対談」講談社:189頁)。
 
(ゴシック)アレの周期と欝病の周期
吉行:糖尿のあんばいは、いかがですか。
殿山:ええ、まあ、いま酒をやめているもんですからね。あっちの方はだんだんダメですけれどもね。
吉行:これはまあ、しょうがないですよね(略)
(註)ここから吉行さん祖父を例をもってきて話を継ぐ。

吉行:ぼくはこの前にお会いしてから、非常なる欝にとりつかれましてね。
殿山:ええ。
吉行:そっちの波はどうですか、殿山さんは。
殿山:そういうの、ないですね。人間がずうずうしいせいか知らないけど。欝病ってどうなるんですか。
吉行:気が滅入るんですよ。
殿山:それが何日も持続するわけですか。
吉行:持続するんです。
殿山:じゃ、参っちゃうじゃないですか。
吉行:そう、参っちゃうんですよ(笑)以下略
 
 

「緑色の坂の道」vol.4810

 
     微妙さについて。
 
 
 
■ 殿山さんと吉行さんのこの辺りのかけあい。
 ここで笑えるかどうか。
 わからないひとにはどう説明してもわからないものであるけれども。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4811

     再びモトデについて。
 
 
 
■ モトデというのは何かというと、男の場合、ムゴーイ目にあうかどうかのお話である。
 今日はできるぞと意気込んでいったとたん、始まったりとか。
 あるいは、コネその他で楽勝と思っていたら、梯子外されたりとか。
 あくまで男の場合であるが、大体において自分が悪いのであって、あんた見る目ないのねで終わるのである。
  

「緑色の坂の道」vol.4812

 
     女のモトデ。
 
 
 
■ 基本的に、わたしはじぇんじぇんわるくない。
 というのが、ものごころついた辺りからの妙齢のあれこれである。
 いいなあ。
 と思うのだが、それを口にしてはいけません。
 相方は5年(20年でも可)前の何月何日を覚えているのだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4813

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2010年04月20日

「緑色の坂の道」vol.4814

 
     ざらつく。
 
 
 
■ 旧日本軍の「誉」エンジンについて書かれた本を捲っていた。
 前に一度開き、そのままにしておいたものである。
 壊れかけたソファの上に横になり、それを眺めていると、次第にうんざりした気分に陥るのが分かる。
 レース用のエンジンで、戦争を遂行しようとした。
 日本刀のように精緻で美的なものに陸海軍とも国運を賭けた。
 
 
 
■ こういった、半ば精神主義のようなものがどうも苦手である。
 飛燕でB29に馬乗りになったとか、もう駄目だと思ったとたん海面で背面宙返りをした隼戦闘隊長であるとか。
 どうせ死ぬなら、ブラフ・シューペリアで意味なく転んだロレンスのように、その後の物語があってもいいだろうとは思うのだが、半分は似たようなことをやっているのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4815

 
     ざらつく 2.
 
 
 
■ 一体に、デザイナも写真家も、細かな技が得意である。
 どうでもいいようなことにこだわる。
 使っているソフトのバージョンであったり、48手であったり、あれこれなのだが、残念なことにそこで完結してしまうことがほとんどで、ちょっと向こう側にはいけないことも多い。
 向こう側とはなにか。
 と言えば、これが兄さん、面白いものでしてね。
 
 
 
■ 私はやや嫌になったので、階段を降りて暫く歩き、車の傍にいく。
 エンジンをかけ、暖気のあいだ毛羽たきで埃を払う。
 向こう側にはアストンが一台入っていて、隣は初期型の500Eである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4816

 
     水が流れなくなって久しい。
 
 
 
■ きみはそこにいるだけだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4817

 
     ドリフト。
 
 
 
■ あるとき、首都高の何号線かでハイブリットの後についた。
 ルーフのランプを消した個人タクシーである。
 ひとつ前のトヨタであるから、恐らくは20万キロ近く。
 速いのである。
 
 
 
■ 彼はほとんどブレーキを踏まなかった。
 彼。
 だろうとは思う。
 時々左右に振れながら、細いEcoのタイヤでコーナーを抜けていく。
 クリッピング・ポイントの取り方が泣かせる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4818

 
     HEAT BREAKER.
 
 
 
■ 私はツェッペリンを聴いていた。
 寒かったのである。
 
 
 
■ ね、どうしてとばすの。
 ちょっと黙っててくれ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4819

 
     HEAT BREAKER 2.
 
 
 
■ 10代でも20代でもなんでもいいのだが、ものには順序というものがある。
 ストーンズのHEAT BREAKERは、カセットで何度も聴いた。
 こういった感傷に浸れるのも、ちょっといいところのお坊ちゃんだからだということも、あとになって知れる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4820

 
     HEAT BREAKER 3.
 
 
 
■ 多分、首都高環状あたりでは、例のハイブリットには適わないだろう。
 911のGT2がいたのだけれども、ツィンカムを積んだサニーのセダン辺りに煽られていた。遠征してきたのである。
 
 
 
■ Ecoのタイアで、少し濡れた北の丸トンネル辺りを、すっ飛んでいく度胸は今の私にはない。あそこはギャップがあって、ギアをひとつふたつ落としてからトンネルの状態を見極める。
 右も左も、逃げ場というものは汚れたタイルで、そういえば東京とはそういう場所だった。
 
 

2010年05月13日

「緑色の坂の道」vol.4821

 
     確かめるよう夜を走る。
 
 
 
■ いい歳をして、馬鹿じゃナイダロウカとは思うのだが。
 だってそうやって生きてきたのだから仕方がない。
 妙齢の腹に永遠を見たつもりになったのは、フランスの詩人だったろうか。
 アブサンという酒があるが、最近やや解禁されたという。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4822

 
     ザクを斬る。
 
 
 
■ 緑坂では、滅多なことでリンクを張らない。
 時事に関することも、今どんな仕事をしているかということも省いている。
 何故かといえば、後から読み返せないからである。
 
 
 
■ いわゆるガンダムの世代というのがあったとする。
 一番働き盛りで、日々すれすれという按配。
 ある車に関するサイトを覗いていたら、そういった人達なのだなと思い至った。
 ところが趣味があうのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4823

 
     確かめるよう夜を走る 2.
 
 
 
■ あるとき、酒が欲しくなった。
 手元には何本かあるのだが、それではなく、昔から嘗めていたそれである。
 それだけのために車を出すのはEcoではないのだが、鍵束を確かめ、小型車に乗った。
 
 
 
■ 深夜2時のスーパー。
 男達が制服を着ている。
 カメラに映っているものだから、言葉遣いが丁寧すぎた。
 私より10も若いのかも知れない。
 ありがとう。
 と、聞こえるよう口にした。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4824

 
     見知ったおんな。
 
 
 
■ 何時だったか、北陸というかなんというかの界隈でモーテルに入った。
 ナビで出てきたホテルだから、大丈夫だろうと思ったのである。
 浴室に銀色のマットが置いてあり、すこしだけ萎んでいる。
 ガラス張りでもある。
 
 
 
■ そこで佇んでいても仕方ないので、お湯を入れとっとと風呂に入った。
 浴室には防水型のテレビがあり、触っているとモザイクのそれが出てくる。
 有線だから、早送りができない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4825

 
     見知ったおんな 2.
 
 
 
■ リンス・イン・シャンプーで頭を洗い、歯を磨きながら眺めていた。
 やや美人ともいえるが、レフ板と角度の故である。
 本格派になると大体腹の辺りに飾りを置く。
 
 
 
■ こんなところでナニをしているんだろうな。
 と、一瞬感慨にふけるのが旅の醍醐味だが、そういえば彼女はどうしているのだろう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4826

 
     電池の切れた道具など。
 
 
 
■ 友人の話である。
 電池で色々する玩具というかなんというかがあり、それを買ったという。
 どういうものかという按配。
 
 
 
■ 寒かったのでコタツに入り、それを動かしていたという。
 カタカタ音がするんですよ。
 生きているのが嫌になりますよねえ。
 そういうことってありませんでしたか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4827

 
     水色の寝巻。
 
 
 
■ ベットに横になると、そのまま眠ってしまった。
 寝不足の後の300キロだったから、きつかったのである。
 さっき食べたラーメンと餃子は、頭にタオルを巻いているにも関わらずいささか酷いもので、これなら都心のホテルの方がマシなような気もした。
 
 
 
■ 硬いバスタオルの奥を捲ると、寝巻きが二種類ある。
 多分、私はこちらだろうと水色を選んだあたりで記憶がない。
 
 

2010年05月17日

「緑色の坂の道」vol.4828

 
     ハンドレッドマイル。
 
 
 
■ 先日、1日で1200キロばかりを走った。
 初めてのことなのだが、どうにかいける。
 空いた高速ではクルーズコントロールを使い、右足を休ませた。
 指先で速度を加減するのだが、慣れてくるとほぼそれだけでも問題はない。
 後で計算するとリッター12キロ。
 サンルーフを開けていたものだから、顔が眼鏡の形にまだらになる。
 
 
 
■ トランクの中に、ステアリング・ダンパーの新しいものを入れていた。
 長距離でどうもふらつくな、と思っていたからである。
 車検対応と書かれたスタンドでリフトし、元走り屋だったような兄貴分に作業してもらう。ついでにブレーキ・オイルも替えた。
 できるかなあ。
 いや、17ミリふたつだけだから。
 そうこうしていると、ドリフト仕様のツインターボなどが集まってきて、ああでもないこうでもないとやっている。
 終わると、兄貴分は誇らしげだった。
 タイヤ、コンチっすか。
 ええ。少ないですね。
 
 
 
■ 3年保つというATE社のブレーキ・オイルは、実に真っ黒だった。
 1年に1回はやらないと、この辺り厳しいのかもしれない。
 ゲージより0.1ほど少ないのはご愛嬌。
 向かいにコンビニがあったので、私はペットボトルを10本買い、ありがとうと兄貴分に渡した。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4829

 
     ハンドレッドマイル 2.
 
 
 
■ ハンドレッドマイル、というのはPPMの歌である。
 これがまた暗くてですね。
 カーペンターズの後に聴いていると、ミニバンに煽られてもまあいいかなという感じである。
 お父さんのプライドを乗せ、国産3.5リッターのミニバンは飛ばす。
 地元ナンバーの軽が、ほぼ全開に近い速度で追い越し車線に居座る。
 
 
 
■ 瞬間的に飛ばすのはアクセルを踏めばできるのだが、ロングの場合、その速度をどれだけ保つかが結果として出てくるようである。
 ちょっとだけホンキになったのは、戻りの御殿場からの辺りで、新しいアウディのTTと付かず離れずを30分ほど。
 旨い奴の後についていくのは、案外楽なのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4830

 
     ハンドレッドマイル 3.
 
 
 
■ タイヤは、ミシュランの後、コンチネンタルのスポーツコンタクト3を選んだ。
 認証タイアだということが大きい。
 パイロットスポーツ2もいいタイアだったが、一定の速度以上になると、柔らかめのサイドが裏目に出て、車線変更の時などちょっと接地が不安定な感じがするのである。
 911系では空冷水冷問わず、認証タイアか否かが決定的に直進性などに影響を与えると言われる。リアに重いエンジンを積んでいるのだからそれもそうだろうと思う。
 私の車はRRではないけれども、40-60キロ程度の街乗りでは分からないところも出てくる。
 
 
 
■ 一方コンチは、街のタイア屋では結構評判が悪く、例えば芝浦のディーラーでも、薦めないですよ、と自分のところで売っているにも関わらず忠告してくれたサービスマンがいた。
 芝浦は面白いところである。
 礼儀正しく価格はそれなりで、それでいて車好きが多い。
 絶対BSですね、と言ったのはその社の横浜辺りのサービスであった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4831

 
     ハンドレッドマイル 4.
 
 
 
■ 同じ車に長く乗っていると、浮気心が出てくる。
 308のXJRや911の古い奴、E28のアルピナやM5などにも、ついつい眼がいく。
 半ばレストアしつつ乗らざるを得ないような、ある種コレクターズ・アイテムに魅かれるという困った傾向が私にはあるようだった。
 半分の不良っぽさと、そこそこの速さ。
 サーブの絶壁ターボなどもいい車だとは思うのだが、いかんせん廻りの速度が上がっているものだから、ちょっと実用には不足すると。
 どちらにしても、飾って楽しむという感じではない。

 
 
■ こう書くと、いかにも飛ばしているように思われるかもしれない。
 法定速度で第三京浜を流すとき、車の感触は一番分かるような気もする。
 踏めばどんな車でも速度は出るので、問題はそこまでのプロセスだろうか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4832

 
     ハンドレッドマイル 5.
 
 
 
■ コンチのスポコン3は、案外当たりが柔らかい。
 一定の速度以上で腰がある感じもあって、今のところ問題はないようだ。
 乗り心地も、思ったより硬くはない。
 ただ、路面の状態によってはノイズが出ることもある。
 これはハイグリップ系のタイアだから、ある程度は止むを得ないものかとも思う。
 問題は、減ってからの性能であるが、ミシュランのPS2はそれが比較的良好で、3-4分になっても路面が乾いていればそう大差はなく、乗り心地も大幅に劣化しなかったような記憶がある。
 BSの場合、減ってくると耐えられないくらい乗り心地が悪化した。
 BSからは新しい製品が出たというが、未だ評価が定まっていないので今回は見送った。 
 
 
■ どちらにしても。
 せいぜい2.5万キロほどしか保たないのであるから、一回は履いてみようかというところである。
 道楽といえば道楽。
 いいのかなあ、と反省は数秒する。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4833

 
     壊れていく男たち。
 
 
 
■ 旅から戻ってくると、厄介な用件がいくつか待っていた。
 それをこなす。
 若くみえることと実際に若いこととは別の話で、まだいけるだろうと自惚れていたら、2日後に疲れが出る。
 スタッフに呆れられながら、現像を頼んだりしている。
 
 
 
■「箱崎インター」という題名の小説が確かあったような覚えがある。
 芥川を取った方が書かれたもので、傑作とされているが、これが文学なのかと言われるとやや割り切れないものが残った。
 色川さんに「怪しい来客簿」という作品があるが、壊れ方を眺める視線としてはこちらの方が躯に馴染む。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4834

 
     深夜4時の霞町。
 
 
 
■ 男の壊れ方というのは、どちらにしても救いがない。
 昨日まで元気だった男が、突然脳梗塞になったり、神経をやられたり。
 または40代50代の始めで唐突に倒れたりする。
 私の周囲にも、欝になったりその手前だったり、2度3度と結婚離婚を繰り返す彼らがいるが、時折会うたびにその風貌の変化に驚く。
 笑い方の片鱗にかつての面影が残っているだけで、一体どういう暮らしをしているのか、何食っているんだと訊けないでいた。
 
 
 
■ それって、愛じゃない。
 若い女がそんなことを言う。
 生意気だと思っているでしょ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4835

 
     1食2リッター。
 
 
 
■ 確かに彼女の言うとおりである。
 かつて読売新聞社が主催していたyominetには、華麗なるお姐さま方がいて、ここでは愛という単語は禁止だかんね、とかいう。
 へい、と分かったような生返事をして、若いものは影であれこれをしていた。
 
 
 
■ 食えず、痛風のようになった男がいる。
 いい機材を沢山持っていたが、彼は最後まで学生下宿にいた。
 二代目社長が家業を潰し、今はタクシーを転がしてもいる。
 何冊も本を出した誰かは、半分は行政の世話になり、それでいて活動も続けていた。
 組織を辞め、時折うらみつらみを書き、今に見ていろと社会実験を繰り返すエバンジェリストもいた。
 これで食えるのかという実験であるらしい。
 
 
 
■ 私は、深夜の外苑にいた。
 路肩に車を停め、水銀灯に反射するボンネットの辺りを眺めていた。
 コーティングをしてもらったので、すこしばかり滑らかである。
 3600走ったオイルは、昼日中、スタッフに嘘をついて交換にいき、10-50にとりかえた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4836

 
     1食2リッター 2.
 
 
 
■ タクシーが並んでいる。
 過剰だという話もある。
 私はアイドルしていた車に近づき、ややピストンが首を振っているなと思う。
 モチュールを入れた時だけ、この音はしなかった。粘るエステルだから当たり前なのだが、首振りが欠点かというと、果たしてそうとも言えない。
 廻せばバランスが取れるからである。
 
 
 
■ 青山通りに向けゆっくりと加速する。
 レンジは2である。
 荷重を前輪にかけ、鋭角に曲がる。
 黄色い看板が眼に入り、男たちの1食はガス2リッター分なのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4837

Photo,Designed by kitazawa-office.

2010年05月18日

「緑色の坂の道」vol.4838

 
     五月の夕暮。
 
 
 
■ 私は、傾いて先にいかないことにした。
 生き急ぐのは若い頃十分やって、それでどうかというと、生臭さは飽きたというところもある。
 バブル紳士という言葉があったが、それは妙齢にも該当している。
 生き延びている事例はそう多くはないのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4839

 
     すべり台にて。
 
 
 
■ その前に腰かけている。
 公園なので、煙草は吸わない。
 向こうで、新品の自転車が光る。
 空き缶を集めている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4840

 
     愛は、新しい虫。
 
 
 
■ 36の頃。
 なにをしていたかというと、思い出せない。
 そんなこともなく、ただ思い出したくないのかもしれない。
 生意気な自意識のようなものがあって、大体こてんぱんにやられる。
 
 
 
■ 坂道は、うつむいて歩くに少しうんざりする。
 地下鉄の階段は時々漏水していて、そのヒビ割れを立ち止まって見ていたいと思ったことが何度かある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4841

 
     ジャンゴロジー。
 
 
 
■ ボルボの1800ESだったか、後ろがガラスハッチになっている車がある。
 鉄板の厚さはT34の側面より厚く、後ろは板バネである(言うまでもありませんが、ホンキにしないように)。
 
 
 
■ 多分ワイパーが欠品になっていると思うのだが、霧の東名をゆっくりと下る時、カセットに入れるのはラインハルトのギターが相応しい。
 ジャンゴというのは、顔付きがロバート・キャパに似ている。
 そして、大層女性にモテた。
 アルバム1枚を聴き終わると沼津に着いているが、そこからどうするかというと、駐車場の広いファミレスを捜すのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4842

 
     アフター・ユゥブ・ゴーン。
 
 
 
■ 34のRに乗っていた後輩というかなんというかが欝になった。
 辞めたとか、今どうしているかは聞かなかった。
 確かかなり若い頃、家を建てた筈である。
 よくなったりね。
 そうでなかったりね。
 うん。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4843

 
     自信のない方が先にオリる。
 
 
 
■ ご存知、麻雀放浪記の中の名台詞である。
「麻雀は、技術が同じなら、先にオリた方が負けである」(阿佐田哲也)
 
 
 
■ オリる、というのは何かというと、もう駄目かなと思うことである。
 現役じゃねえな。
 と、悟られることでもある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4844

 
     内灘。
 
 
 
■ あるとき、私は半島の真ん中を走っていた。
 次第に暗くなる。
 ETCは使えず、制服を着た係員がぶっきらぼうに手を出す。
 大きいの困るんだよな。
 
 
 
■ 崩してきたら。
 とは言わない。
 すいませんと頭を下げて、水銀灯の下にいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4845

 
     半島の外れで。
 
 
 
■ 出っ張ったところというのは、なにものかが凝縮されるのだという。
 何かといえば、出たところであったり、そこへ辿り着いた技の果てだったりもするのだろう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4846

 
     旅してきたひと。
 
 
 
■ 御婦人が杖をついていた。
 海を眺めている。
 車は黄色いナンバーの四角いもので、ふたつみつ、県境を超えてこられたらしい。
 
 
 
■ 私は後部座席からM6を取り出して開放にする。
 御婦人の帽子にピントを合わせ、1/15で撮ると、恐らくはブレている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4847

 
     曲がり角のところで。
 
 
 
■ ロラン・バルトではないが、写真というのは寝かせるものだとおもう。
 表参道にあるシガー・バーには、ダンヒルの何年ものが置いてあって、ソムリエがその値段を言う。
 
 

2010年05月20日

「緑色の坂の道」vol.4848

 
     ローダウンのサバーバン。
 
 
 
■ 山下公園の辺りで、時々角を曲がる。
 90年代後期のサバーバンがいて、僅かにラメが入っていた。
 私はと言えば、ニュウ・グランドの奥の席でつぶれている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4849

 
     水の祭。
 
 
 
■ あるとき、神社の境内で隣あわせた。
 暑いですね。
 と、隣の方に声をかける。
 う、ぐぐ。
 と、彼は声を出す。
 
 
 
■ 暫くすると、私の車の傍に近よってきた。
 これは、あ、あれですか。何キロぐらい出るんです。
 少しばかり詰まるのだが、その時彼はポロ・シャツを脱いでいた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4850

 
     神輿こぶ。
 
 
 
■ 首のうしろが太い。
 あ、もしかして、神輿かついでいらっゃいました。
 う。ええ、中学の時まで。
 の。残るんですよ。
 そうなんですか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4851

 
     担ぐ側。
 
 
 
■ 上半身を陽に晒した彼の胸板は厚かった。
 臍の廻りがすこし凹んでいるので、歳は40になるかならないかだろう。
 地元に生まれ地元に棲んで、それは平日の午後だったが、氏神に顔をみせている。
 
 

2010年06月15日

「緑色の坂の道」vol.4852

 
     女すわれる荒莚。
 
 
 
■ ざらりとした日が続いた。
 東京を出たり入ったりして、重い風邪が一度。
 美容院が一度。カメラを落とすのが一度。
 
 
 
■ 下着をつけずしゃがみこんでいる。
 その横を、色の褪せたシャツと縮んで踵のみえるパンツを履いた男が歩いていく。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4853

 
     エルドラド。
 
 
 
■ 小型のPCを一台持って、あるところに篭った。
 ぺたぺたと、スリッパが鳴る。
 これで何度目か。ハワード・ホークス監督の西部劇を眺める。
 
 
 
■ 太ったロバート・ミッチャムが保安官役で、内股のウェインが早撃ちのガンマンである。
 粗筋はどうでもいいのだが、ホークスというのはただの不良である。
 ニコルソンのチャイナタウンで、いい味を出していた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4854

 
     エルドラド 3.
 
 
 
■ 車好きな諸兄ならご存知だろう。
 エルドラドとは、キャデラックの車種である。
 贅沢なクーペで、90年代初めまで生産されていたように記憶している。
 できれば色は薄い方が気分だろう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4855

 
     余花。
 
 
 
■ 枯れかたの美しさ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4856

 
     六月の雲。
 
 
 
■ 峰にかかる。
 薄く。少し白く。
 
 

2010年06月21日

「緑色の坂の道」vol.4857

 
     男30
     GTアゲイン。
 
 
 
■ というコピーが、70年代半ばにあった。
 確か4ドアセダンにDOHCを積んだもの。その1.6や2リッター版だったと記憶している。
 かつてはダルマセリカやバンナなど、車高を低くして乗っていた彼らがとりあえずネクタイをしめる。堅気になる。
 家族を騙し、時々は狼になる。
 という設定の広告だった。
 
 
 
■ 今思えば、薄く笑ってしまうところもあるのだが、実を言うとこういう世界は私は嫌いじゃない。
 男40、何にのる。
 50、60ドーシタラヨカロ。
 どうでもいいという話もあるのだが、それもひとつのポーズだろうか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4858

 
     女サンゴー
     愛のマルコー。
 
 
 
■ そういうこと書いているから嫌われるんですよ。
 ん、ともいえるな。
 
 
 
■ とはいうものの、だ。
 コンカツと言っている場合でもなさそうなのだ。
 朝陽のバカ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4859

 
     TOKYO ブルーレイン。
 
 
 
■ 夜半車を出した。
 辰巳から大黒、橋の近くのPAまで、すべからく赤ランプが点滅していて、そういえば週末なのだと気づいた。
 適当に降り、何時の間にか羽田辺りにいる。
 
 
 
■ 向こう側にちらちら光るものがある。
 それは揺れていて、立ち上る炎のようだった。
 地上50か60。製油所が近くにある。
 
 
 
■ 私はと言えば、モノレールの高架下に車を停めた。
 眺めると、ナチ占領時代のパウル・クレーの作品のようである。
 橋げたが連なり、その下に最強伝説黒岩を読んだこともあるだろうガードマンが立っていた。彼は多摩川を眺めている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4860

 
     TOKYO ブルーレイン 2.
 
 
 
■ 夜更けの雨は。
 で、始まるピーナッツの曲は、次第に半ば演歌になっていく。
 最後はリエゾンで恨むのである。
 
 
 
■ 恨まれても仕方ないよな。
 誰にともなく言う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4861

 
     河童の川流れ。
 
 
 
■ 長野県に伝わるという民話がある。
 早苗の頃、娘をみそめた河童が、その親である庄屋にいう。
 娘を嫁にくれないと、水を田んぼに流してやんない。
 
 
 
■ 末の娘が嫁入り道具にひょうたんを選ぶ。
 それも馬の背いくつもである。
 これを川の底に沈めておくれ。
 
 
 
■ 嫁ごの頼みとあれば、河童はまかせとけの世界である。
 いいところを見せたい。
 ひょうたんは浮き、河童はヒロウコンパイ。
 それを眺める末の娘。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4862

 
     河童の川流れ 2.
 
 
 
■ 花は流れてドコドコいくの。
 
 
 
■ 河童は流れてしまった。
 末の娘はそのあとシアワセに暮らし、時折不憫におもって川に胡瓜を流してやったという。
 ドットハライ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4863

 
     河童の川流れ 3.
 
 
 
■ 柳田さんや折口さん以来の民俗学の見解はさておく。
 これは、身分違いの恋の話である。
 身分という表現は、今のフラットな社会ではタブーのひとつなのだが、立場によって夢のみかたがちがっていることは、ご存知の通り。
 河童あわれかお名残惜しや。
 
 

2010年06月23日

「緑色の坂の道」vol.4864

 
     羽田トンネル。
 
 
 
■ ゆるやかに右に曲がり、それから下っていく。
 そこからは川で、途中に関所でもあるのだろう。
 河川敷には家のない男たちが鮒を釣っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4865

 
     羽田トンネル 2.
 
 
 
■ ヒビ割れたタイルの数で言えば、霞ヶ関のそれといい勝負である。
 ここをノーヘルのK0やケッチの500が駆け抜けたのは60年代終わりで、KOも500SSもブレーキが信じられない位効かなかった。
 タイヤは表面にシリコンを塗ったかのようで、何時だったか峠で乗せてもらったエランなどと同じである。流れるから速く思える。
 
 
 
■ 脇を、15万は走っているだろうタクシーのハイブリッドが、ゆっくりと尻を滑らせながら抜いていった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4866

 
     June.
 
 
 
■ 橋の継ぎ目で、2センチ滑る。
 フロントとリア。ほぼ同時にである。
 雨はとっくにあがったのだが、ところどころウェットで、何時だったか単車のフロントがあっという間に流れ、コースのエスケープまで横殴りになったことを思い出す。
 皮のパンツとBELLのジェットには傷がついた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4867

 
     June 2.
 
 
 
■ 六月の花嫁。
 という命題前がある。
 数ヶ月かけエステに通い、眉を抜き、関係ないそのほかも抜き、冷ややかに眺める担当の妙齢の前で見栄を張り。
 でもまあ見栄というのは、あるとき全てだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4868

 
     紫陽花のひと。
 
 
 
■ 昼間の厄介に煮詰まった。
 余裕がなくなったのである。
 
 
 
■ 古来、これをノーニエと呼ぶが、元を正せば山口瞳さんである。
 机の下にもぐり、頭を抱え、ドウシタラヨカロとぶつぶついう。
 それから机の上を片付けたり、資料を選り分けたり、切り抜いてあるデザインや車やカメラなどの資料を斜めに眺めては捨てていく。
 掃除機の先にナイロンの毛のついたものがあって、すみっこをホジクリ出したりしていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4869

 
     いろがえ。
 
 
 
■ どうにもだめなので、歩いて坂道を昇り降りする。
 歩いていると汗ばむ。
 下校時間なのだろう、まだ新しいランドセルが背中の倍ほどの大きさがあった。
 その横をベビー・カーのご婦人が先を急ぎ、ふりかえると中に、鼻の長い犬がいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4870

 
     バスの速度。
 
 
 
■ 信号をぼんやり待っていると、近くにバスが止まる。
 緑坂の印象からだとメッタにないことなのだが、めんどくさくなって乗ってみる。
 料金の支払い方が分からず、後に続いた私立の制服の女学生に冷たい目で見られる。
 
 
 
■ バスはゆっくりである。
 薄く冷房も効いている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4871

 
     紫陽花のひと 2.
 
 
 
■ 適当なところで降りて近くにあるスーパーによる。
 高くもなく安くもない、ごく普通のそういうところである。
 カレーパンと自販機の半額近い500ミリのボトルを買った。
 飲んでみる。
 
 
 
■ 出口のところに紫陽花の鉢植えがあって、何故かは分からないがこちらを呼ぶのである。
 
 

2010年06月28日

「緑色の坂の道」vol.4873

 
     風について。
 
 
 
■ 壊れかけたソファの上でこれを書いている。
 一杯目を嘗めはじめた。
 風邪が長引いたので、最近シガーはご無沙汰である。
 引き出しにしまってあったそれが、見事に乾いていて、仕方ないなと捨てることにした。
 
 
 
■ 久しぶりに体重計というかなんというかに乗る。
 各種脂肪が減っていて、体年齢というかそうしたものが実際よりもマイナス8程度である。
 風邪ひいていたおかげかな。
 と思い、なんか間違ってるような気もした。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4874

 
     雲について。
 
 
 
■ 六月の雲は、時々はっとするような色とかたちをしている。
 いい歳をして、はっとしているのだから少し困るのだが、忘れていた夏の日のことや、これからくるだろう出会いのことも、そこには含まれている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4875

 
     風について 2.
 
 
 
■ 緑色の坂の道 vol.4872
 に載せている作品は、自分で言うのもなんであるが、好きである。
 場所は何処か。季節は何時か。
 レンズやフィルムはどうで、その時撮影者は尿意を催していたのか。
 どうでもいいことなのだが、ちょっと脇道に逸れた絵柄だと思う。
 下に、不要な線のようなものも入っている。
 
 
 
■ 今であれば、そうしたものは消すのだろう。
 そうはしたくなかったのも、少し予感のようなものがあったからだ。
 
 

2010年06月30日

「緑色の坂の道」vol.4876

 
     風について 3.
 
 
 
■ 代表作というのは3つあればいい。
 という説がある。
 毎年、そうした作品が作れる訳ではないのだと。
 
 
 
■ これはとても含みのある話で、好きな小説家や絵描き、デザイナでも写真家でも。
 彼(もちろん彼女)が世に知られるきっかけとなった一作が必ずある筈である。
 なかどころで一作。その後に一作。
 
 
 
■ 後は何かと言えば、その変奏曲なのだろう。
 それをマンネリと呼ぶのは簡単だが、ひと目みてこれは誰だというスタイルを作るのがどれだけ難しいことか。
 スタイルを保ちつつ、老けていくことがどんな技なのか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4877

 
     格差わすれて。
 
 
 
■ 踊りあかそう。
 とは、誰も言わない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4878

 
     スタウト。
 
 
 
■ あるとき別宅にいた。
 かろうじてエアコンはある。
 冷蔵庫には、6つに割れたチーズと、やや薄い黒ビール。
 
 
 
■ 電車の音がする。
 ブレーキをかけているのか、雨上がりの911かAMG4ポットみたいに響いている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4879

 
     スタウト 2.
 
 
 
■ ひっくりかえって文庫を捲っている。
 仕事の資料は別にして、小型車に積んできたのは古本が数冊。
 真空管のマニュアルと「丸」の古いもの。
 それからやや高い歯ブラシと、捨てるべき下着である。

 
 
 
■ キタザワー、おまえ歯ブラシと剃刀はいいもの使った方がいいんじゃねえか。
 と、医者をやっている悪友が言った。
 これ、シリコンか。
 おまえな。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4880

 
     スタウト 3.
 
 
 
■ 20代の終わり頃だったろうか。
 ダッシュに当時出たばかりの15連発のモデルガンを入れていた(ええ、良い子はじぇったいに真似をしないように。時代が違います)。
 15連発というのは、もちろん本物の仕様である。
 30過ぎて、赤いランプの点くそれを付け加え、当時乗っていた車のシートに下にベルクロで留める。
 
 
 
■ 全く意味がないことは知っていた。
 まだ原っぱだった埠頭の辺りにでかけ、それから牛丼を食べて戻った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4881

 
     スタウト 4.
 
 
 
■ で、そのベレッタだかグロックはどうしたかというと。
 数年して後輩に譲った。
 彼は三鷹に住んでいて、ブツの受け渡しは長い長い、ところどころ錆びた陸橋の上である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4882

 
     スタウト 5.
 
 
 
■ 彼は一時車から離れていた。
 書体じゃね、所帯を持ち、始めに買ったのがプジョーの短い奴である。
 首都高のC1でくるりと廻り、これからは4駆だと280のスバルに走る。
 オイル減るだろ。
 そうでもないすよ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4883

 
     スタウト 6.
 
 
 
■ そんなことを思い出したのは、虹の橋の上を流れに従って走っていた時である。
 速いセダンがいて、トヨタのEU仕様なのだが、これはプリメーラの初代に少し似た走りをする。
 この辺り、覆面の方々が密やかに法定速度少しで走っているのでうかうかできない。
 
 
 
■ EU仕様は白ナンバーの観光バスを抜き、それから左に入った。
 前には上から下まで英国製のミニがいる。男独り。
 私はそれにつき、湾岸に流れるところでEU仕様の後についた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4884

 
     ブエノスアイレスな夜。
 
 
 
■ 彼は何を知っていたか。
 と言えば、たぶん戦後なのだろうとおもう。
 
 

2010年07月01日

「緑色の坂の道」vol.4885

 
     ブエノスアイレスな夜 2.
 
 
 
■ どの国でも、どの時代でも。
 半分は美学のようなものがあるのではないかという気がする。
 このあいだ、誰それがきましたよ。こんど飲みに連れてってください。
 と話すバーテンダーがいるところで、一体どうすればいいのかと。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4886

 
     エル・レコド。
 
 
 
■ 訳すると、曲がり角のところで。
 になるという。
 ホンキにしないように。
 
 
 
■ リアに、190エボ2みたいなスポイラーを付けたFDが入ってくる。
 向こう側には月島やそうでもないところの高層マンションである。
 彼は色の褪せたTシャツを着ていた。
 背中に染みがあって、恐らくはスパルコ辺りがシートである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4887

 
     アル・バ・ドゥルセ。
 
 
 
■ いい男がいくよ。
 私はFD2のフェンダー辺りを眺めていた。
 タマナンバーである。
 
 
 
■ 何時か恋をし。
 高いオムツを買い。
 寝顔を眺めては油圧計を思い出すのか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4888

 
     それが最後の合コンかな。
 
 
 
■ ランチの時分である。
 その声がしたので、横を向く。
 男がふたり。皿の上にはおかずが残る。
 腕時計が目立つ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4889

 
     夏の男たち。
 
 
 
■ 尻ポケットが膨らんでいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4890

 
     褪せたポロ。
 
 
 
■ アトリエというかなんというかから持ってきた、椅子を眺めている。
 ビニールの細いパイプが簡単なフレームの上に被さっているもので、持つと軽いのであるが尻も腰もそう痛くはならない。
 
 
 
■ 途中買い足した。
 時々積み重ねる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4891

 
     コルティナ。
 
 
 
■ 何時だったか、外苑西を50で走っている。
 左側に、60年代のロータスのセダンが停まっている。
 ここは朝方近くまで空いているので、軽く腹をふさぐにはいいところだった。
 
 
 
■ もちろん、エアコンもクーラーもない。
 綺麗に仕上げ、適宜な妙齢を連れたきたとして、アイス・ティだけはおかわりが自由である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4892

 
     アラガン。
 
 
 
■ 月が高いところにある。
 MTG(打ち合わせのことである)や飲み会や。
 ネクタイを外し上着を脱ぎ、すこしだけ歩く。
 せめてタクシー代を節約しようという心構えからなのだが、ココロガマエと記した方が良かったような気もする。
 
 
 
■ ガードマンがいる。
 公安関係に配備された地方から出てきた巡査がいる。
 暑いですね。
 そうですね。
 すいませんがこちらを通ってください。
 
 

2010年07月06日

「緑色の坂の道」vol.4893

 
     オールド・ファッション。
 
 
 
■ いつだったか友人と食事をして、そのまま別れた。
 おい恵比寿ってこんな街だったっけ。
 ここんとこ、こんなもんだよな。
 じゃ。
 いくのか。
 うん。
 
 
 
■ 黒いボディの車を探し、丘の上までいってもらう。
 この車に乗せてもらえるまで、2年半辛抱したと彼は語る。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4894

 
     モヒート。
 
 
 
■ は、オールド・ファッションのグラスを使う。
 入って2年ばかりの黒服が、今このウィスキィ、キャンペーン中です。これでお作りしましょうか。と尋ねてきたが遠慮する。
 昔ベントレィに乗っていたという、吉田茂の懐刀とされた人のような名前だった。
 彼は醤油を飲んで徴兵を逃れた訳ではない。
 
 
 
■ さっき食べた四川が辛かった。
 最後は麻婆豆腐に飯を入れ、男3人で分けた。
 山椒の入ったところを多くブンドル。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4895

 
     モヒート 2.
 
 
 
■ 夏の酒といえば、ギブスン辺りもいいのだ。
 が、いい歳になると、ストローを指したクラッシュ・アイスをほじほじしているのも好きになる。
 会話を反芻したり、昼間の厄介を考えたり、漠然とする。
 傍からは間抜けにみえているかも知れない。
 
 
 
■ なんでこれストローが2本なの。
 レシピにそうあるんですよ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4896

 
     パルタの2.
 
 
 
■ 5才児の先端のような葉巻を選ぶ。
 カットすると、痛そうである。
 胃の辺りが重いとき、または数日前にバテ、それが回復していないとき、このNo.2は結構デリケートな味がして私は好きだった。
 舌先で転がすと、カットした辺りから僅かに剥がれ、口の中に入る。
 もちろん毒なのだろう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4897

 
     向こう側で仕事している。
 
 
 
■ 仕事場か住居かの区別は、多分窓のケルビンである。
 白熱灯を使うコンビニもオフィスもみたことがない。
 
 
 
■ いつだったか誰かと話していて、酒の世界も車の世界も、結局西洋被れのプチブル趣味なんだよな、という結論になった。
 ジャガーという車は、その古いものは滅法好きで、その血膿色ともいうべきくすんだ赤色のシートは、つまるところソーセージを作る過程なのだと気づく。
 裏庭で家畜を潰していた人たちの朱なのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4898

 
     座面の小さなXK.
 
 
 
■ メルセデスでもジャガーでも。
 裏に廻ると少しばかり安っぽいところがある。
 総皮張りとされているそれの、背面はよくできたビニールだったこともある。
 爪を軽く立て、その戻りで分かるのだが、今ですと金利がどうですと顎の尖った妙齢が言うのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4899

 
     海岸にて。
 
 
 
■ いつだったか葉山の辺りにいった。
 だいたい雨の季節である。
 もうしばらくすると、海の家やらエコの建築家やら、定期的なラスタマンが出稼ぎにきて、少し鬱陶しくなるのだ。
 ゴヨーテイの辺りでは花火は禁止である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4900

 
     スティ・シングル。
 
 
 
■「空軍大戦略」という映画の中の台詞である。
 かつての戦争映画には、にやりとする場面がいくつもあった。
 後で「ジャッカルの日」に主演する俳優も顔を出す。
 
 

2010年07月08日

「緑色の坂の道」vol.4901

 
     七月の桜の下。
 
 
 
■ ベンチに座っていた。
 文庫を持ってこなかったことをすこし悔やんだ。
 向こうには、ドレッドの髪型をした本国の妙齢が、真っ白なシャツを着て多分ペーパー・バックを捲っている。
 
 
 
■ 足元に蟻。
 煉瓦の隙間に砂を盛り上げている。
 隣にダンゴムシ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4902

 
     こんなことあったな。
 
 
 
■ 少年の頃である。
 または、記憶にはないが誰かになにかを注いでもらった時である。
 ゆっくり空の色が変わる。
 
 

2010年07月09日

「緑色の坂の道」vol.4903

 
     モンキー・マン。
 
 
 
■ 某月某日。
 打ち合わせを終えるといい時間だった。
 なんとなく車を走らせる。
 先日エンジンとATのマウントを交換し、その後真面目に走っていなかったのである。
 ランプまでの間、初期型の500Eと並んだ。
 
 
 
■ 964のカレラ2に、年間100かける人がいるという。
 かかるだろうな、という気もする。
 時々乗るのなら930。普段なら水冷の996からだという話もあるが、車両本体よりも実はメンテに費用と手間がかかるのが、この手の実際である。
 少しでも安くというのは人情なのだが、この辺り難しく、界隈の町工場だったり、雑誌に広告が載っているところがいいのかというと、これもまた微妙なところもある。
 工賃はディーラーとたいして変わりがない。
 
 
 
■ いつだったか車を引き取りに地下鉄から歩いていく。
 たまには歩くのである。
 R107の560SLがエアコンの整備。
 初期と後期の500Eが並んでいて、濃い色の方はどうも女性がオーナーのようだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4904

 
     モンキー・マン 2.
 
 
 
■ 平日夜の大黒は空いている。
 コーヒー・ルンバのかかる自販機にコインを入れようとするカップルがいて、若い男が、高いなと口にしていた。
 隣にいた若い女性は、鈍い顔をして笑っている。
 小銭入れを開こうとはしていない。
 
 
 
■ ノーマルの車高の993が1台。360モデナが1台。
 千葉からきたワゴンに男が4人。逆走している。
 小雨だというのに、80年代カワサキ空冷4発が1台。それと、シングルシートの883が1台停まっていた。
 仕事終えて、軽く流しにきたというところだろう。
 883、繋ぎ目で尻が流れないか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4905

 
     モンキー・マン 3.
 
 
 
■ もうすこしはやければ、本牧の船員向け食堂で、ポテト抜きのハンバーガーでも食べたところだ。
 ピクルスとマスタードが旨い。
 肉は、多分肉なのだろう。
 
 
 
■ コンビナートを横目で眺め、80で流す。
 法定速度がそう定められていて、この先には上海のショールームのようなブランド品の安売がある。在中の知人に言わせると、あちらより安いものもあるという。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4906

 
     モンキー・マン 4.
 
 
 
■ ストーンズは、イントロが勝負である。
 ミックが歌いはじめると、とたんにタレる場合もあって、この辺りどうにかならないものかとずっと思っていた。
 R&Bが白くなって不良になるとどうなる。
 半分妖怪のようなモノクロ。
 キースの写真をみたことがあるが、それも良いのかも知れない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4907

 
     モンキー・マン 5.
 
 
 
■ このままいけば葉山である。
 葉山に女がいたことはないが、御用邸脇の囲まれた路地から少し歩いたことは何度もあった。
 近場にちょっとしたマンションがあって、門柱は潮風で錆びてもいるが、隠れている方が何人もおられる。
 
 
 
■ 一度降り、自販機を探す。
 水を買うと、蛍光灯に小さな虫が集まっている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4908

 
     霧の中の白い光。
 
 
 
■ 仕事で首都圏界隈を走られている諸兄ならご存知だろう。
 まっすぐに伸びた光があって、対向車線からである。
 緑なりのサインを照らしている。
 
 
 
■ たった独りで流れているとき、これが綺麗だなと思う。
 誰に見せたいと、そのときは誰にも。
 
 

2010年07月16日

「緑色の坂の道」vol.4909

 
     坂道と三日月。
 
 
 
■ 夕方である。
 穴を掘っている。
 こちらへどうぞと、警備のひとが赤いそれを振り、軽く頭を下げながらゆるゆると昇る。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4910


     水菓子。
 
 
 
■ 光に透かし、祖母をおもう。
 
 

2010年07月21日

「緑色の坂の道」vol.4911

 
     海沿いのバス停。
 
 
 
■ 放ったらかしておいたポジを現像に出してもらう。
 これは何時のものか、番記がR8とある。
 ルーペで眺めると、色が変わっていた。
 
 
 
■ 写真というのは面白いもので、解像度があれば良いというものでもない。
 色の再現性とよく言うのだが、それも相対的なものである。
 ノイズ。粒状。
 向こう側にあるリアリティ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4912

 
     短編について。
 
 
 
■ リアリティというのは、現実そのものではない。
 想像力のことである。
 
 
 
■ とても残酷な話なのだが、文章や写真、あるいはデザインそのものについても、背後が薄く透けてみえることがある。
 普段何を食べているのか。子供の頃どうだったのか。
 誰に愛され、誰を愛したのか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4913

 
     ジンスト。
 
 
 
■ 冷えた部屋で。
 ジンを嘗めはじめた。
 ライムがない。
 あったところで、垂らすだけである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4914

 
     夜の砂。
 
 
 
■ あるとき友人がこんなことを言う。
 残そうと思うんだよ。せめて会社を後25年や30年。
 
 
 
■ 彼は若い者に期待した。
 だってその大学出ているんだぜ。
 おかしいじゃないか、できないなんて。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4915

 
     夜の砂 2.
 
 
 
■ おまえさ、ひとけの無い海に降りてみろよ。
 砂があって、まだあったかいんだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4916

 
     夜の砂 3.
 
 
 
■ 30女の胸に手をいれたことがある。
 堅くもなく、柔らかくもなく。
 そのとき産んだことがなかったので、先だけが歴史だった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4917

 
     SLC.
 
 
 
■ 緑坂の読者というのは、大体がマニアである。
 車とカメラと、酒と女。
 ええわたくしは部分的に引退させていただいておりますが。
 
 
 
■ 何時だったか、とても程度のいいSLCを見かけた。
 V8の560だったかは忘れたが、クーペタイプで綺麗なものは少ない。
 70年代からのハリウッド映画を眺めるとこいつがよく出てきて、ブロンドと二枚目が映っている。
 
 
 
■ 脂の抜けたSLCというのは、アガリのふたつみっつ手前くらいなものだろうか。
 使い込んで角の丸くなったダンヒルのライターと同じくらい、偶に磨く訳である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4918

 
     音で分かるわよ。
 
 
 
■ 若い頃、友人がそんなことを言っていた。
 ライターの銘柄である。
 小癪なことをと、今ならにやにやするのだが、若造だった私はそれを真に受ける。
 
 
 
■ 彼女は橋の上を白いスーツで歩いてくる。
 足首が細く、腰廻りは確かである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4919

 
     音で分かるわよ 2.
 
 
 
■ それから何年経ったろうか。
 レツを組んでいた友人と機会があった。
 彼氏がね、向こうにいったから。
 向こうとはそういう意味である。
 その後のことは知らない。
 
 
■ ぐずぐずしてんじゃないの。
 私は何度言われたことだろう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4920

 
     男のメンテ費。
 
 
 
■ 小型車ではない方の、1年にかかるコストというのを叩いてみた。
 ドウシタラヨカロ。
 これって、F355辺りを維持するのと変わらない。
 
 
 
■ そうは言うが、エアコンのブロアモーターなどは自分で交換している。
 ディーラーのほぼ半額で仕入れた。
 何時だったかアクロバットに近い格好でじたばたしていると、ママー、足がみえるわよという声がする。
 これはいかんなと、お嬢さんと奥様に頭を下げた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4921

 
     サンダルが嫌いだ。
 
 
 
■ 私は踵を潰したクラークスを履いていた。
 夏の頃合、どうもサンダルが苦手である。
 
 
 
■ LEDの懐中電灯に養生テープを巻き、ボディにつける。
 問題は眼鏡で、中距離用のそれではネジ山が見えない。
 
 

2010年07月27日

「緑色の坂の道」vol.4922

 
     1981 デイヴィス。
 
 
 
■ 随分と前のことである。
 人形町か浜町のあたりで諸先輩と隣り合わせた。
 JAZZファンならご記憶にあるだろう。
 アンダー・ザ・スカイをプロデュースされていた。
 とある新聞社の事業部に属されていたらしい。
 
 
 
■ 多分今の私くらいの年齢だろうか。
 髪には白髪が混じり、上下、当然のように中国製ではないスーツ姿である。
 カウンターだけの小料理屋。
 内儀は御多分に漏れず、東海林さだおさんの漫画に出てくるような色気であった。
 私は生意気にもいさきの塩焼きをつついていた。
 
 
 
■ 見ず知らずの若造に、酒を奢ってくれるほど大人の世界は甘くはない。
 そこでマイルスの話になる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4923

     腐る手前。
 
 
 
■ 1981に新宿でやったコンサートで、マイルスは鼻水を垂らしている。
 ほとんどヘロヘロで、聴くに耐えないという評価が多い。
 風邪ではなく、自叙伝によればおそらくは非合法の薬物の後遺症だろうか。
 
 
 
■ あるとき、医者をやっている友人が言う。
 若い女もいいが、なんというか腐る手前のどうにもならないのってどう思うおまえ。
 そこに人生の深遠があるような気がするんだが。
 ま、ここの蕎麦は旨いよな。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4924

     ローストビーフ。
 
 
 
■ 若いときからそういう色の場合もある。
 そりゃおまえ、下町コンプレックスというものだろうよ。
 なんだそれ。
 いや、2日もいると、茶碗の裏が気になったりしないか。