緑坂 4

2005年12月02日

「緑色の坂の道」vol.3536

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■パーソナルアドカード 「甘く苦い島 - Insula Dulcamara 」
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2007年07月28日

「緑色の坂の道」vol.3746

 
       長い旅を続けていると。
 
 
■ 何処なのかを忘れる。
 夢も古びてくる。
 
 というコピーを随分と前に書いた。
 
 
■ ほぼ一年ぶりの緑坂である。
 外では蝉が鳴いていて、また夏がきたのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3747

 
       さえずり機械。
 
 
 
■ 面白い仕事もいくつかあったのだが、書かないでおこう。
 我々の世界は名前を出す場合と出さない場合とがあって、主に契約によるのだが、ここ暫く、誘われても辞退するようにしていた。
 それは何故なのかというと、自分でもはっきりした自覚はないのだが、別にいいじゃないかという声がするのである。
 いくつかの店舗デザインと企画に関わった時は面白かった。
 それとても、当たり前だが多くの方との共同作業である。
 
 
 
■ 別にいいじゃないか、という気分は周期的にやってくる。
 この辺りの微妙な按配というのは、少し口で言えないところもあって、なるべく後ろの席に隠れているみたいなものだろうか。
 とかいって、あらなにしているの、とか言われるのだから始末が悪い。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3748

 
       さえずり機械 2.
 
 
 
■ 一年ぶりね。
 そう色気のある話でもないが、この場所に書くのが久しぶりということである。
 緑坂は日記ではないので、掲載している日時と書いているそれは違う。
 認証をかけると読める場所があったりなかったり。
 ちょっと寝かせておいたりする。
 
 
 
■ 夕方になるとカナカナが鳴きはじめた。
 街には提灯がぶら下がっていて、あちこちの路地で祭がある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3749

 
       さえずり機械 3.
 
 
 
■ 責任のない人生を送ってきたので、僅かに年より若く見積もられる。
 これがいいことか悪いことか、俄かには判断がつかない。
 手前の文字が読みにくくなったのは数年前で、とたんにガックリきた覚えがあるが、今はそういうものだったろうかと慣れた。
 一般に年齢というのは不思議なものである。
 いくつでピークを迎えるかということもあって、時には後ろに下がることもあるようだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3750

 
       さえずり機械 4.
 
 
 
■ ある作家が、40代というのはある意味で曖昧な季節であると書いていた。
 若い頃、自分が40になるということは想像もつかなかったのだが、なってみると以前とは意識も生活も変わらず、なんだそういうものかと思った記憶がある。
 いや、生活は微妙に変化もしていたのだろう。
 
 
 
■ 何度か仕事で外に出たが、撮影のためでないときには機材を持ってゆかなかった。
 手ぶらである。
 同行者が不思議がっていたが、いくつ理由らしきものがあって、それを旨く説明できない。
 撮る場合には食事などは後廻しである。周りをうろつく。
 技術そのものを前提として、ほとんど集中力のようなものだが、頼まれての撮影とは異なり、内部の発酵が基礎になっている。
 それが投影されたり、または浮かびあがってきたりする。
 この関係はどちらが先ということはない。
 今はいいな。と思うことが何度かあって、ただ記憶にだけ留めた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3751

 
       さえずり機械 5.
 
 
 
■ 被写体を選んでシャッターを押すのではなく、これを撮れよという声がする。
 実際にはそういうことはないのだが。
 姿勢としては虚空から花束を掴み出す行為にも似ている。
 これは言葉にも言えて、自分が書いているように思えるのだが、何か別の力が働いているのではないかと後になってからおもうこともあった。
 
 

2007年07月31日

「緑色の坂の道」vol.3752

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■パーソナルアドカード 「甘く苦い島 - Insula Dulcamara 」

2007年08月07日

「緑色の坂の道」vol.3753

 
     水の祭の雨は白いよ。
 
 
 
■ 七月が尽きる。
 けれども、どうも夏だという気がしない。
 窓を開け、月を眺めていた。
 高いところにある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3754

 
     すこし風の日。
 
 
 
■ ネーミングの仕事をいくつかしていた。
 この季節、突然入ってくるものもあって、それは八月だからである。
 組織の個人は、かわりばんこに休みに入る。
 
 
 
■ 見知った担当者から添付があって、ここ一日二日でという。
 メールを確認したのが午前の頃で、それからファイルをいくつかに変換。
 車に乗って風の吹く海沿いに出かける。
 湾岸は風速が17メートル。120出すと振られる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3755

 
     すこし風の日 2.
 
 
 
■ それは携帯電話に関わるものだった。
 ターゲットを想定し、夢をみて、そこから余分なものを削ぎ落とす。
 言葉は浮かぶのだが、今度はそれを理論的に説明する作業が待っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3756

 
     すこし風の日 3.
 
 
 
■ 明け方になって私は戻った。
 高速を200に少し欠けるくらい走ったことになるだろうか。
 24Hのハンバーガー屋で飲み物と小さいパンを買い、車の中で食べる。
 そういえばそこに居た彼女は、始発で帰るのだろう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3757

 
     すこし風の日 4.
 
 
 
■ 携帯というのは、簡単に言えば指先である。
 爪先を塗れるひともいれば、そうでない立場のひともいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3758

 
     すこし風の日 5.
 
 
 
■ ICレコーダーに録音したものを、メールでスタッフに送る。
 いわゆるボディの部分の下書きをしてください。
 ということなのだが、冗長なので最終的には手を入れねばならない。
 
 
 
■ コピーやネーミングを出す場合、いくつかデザインの雛形がある。
 そこに流し込んでもらうのだが、ポイント数とフォント、それからカーニングの指示を付与する。位置は大体この辺り。
 この場合には黄金分割などではないよ。
 pdfに落とすのだが、セキュリティは先様の都合がいいように。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3759

 
     遠花火。
 
 
 
■ 夏が終わる。
 遅れて音がする。
 
 

2007年08月09日

「緑色の坂の道」vol.3760

 
     なんだろな。
 
 
 
■ なんだかな。
 いってみようか。
 そうしよか。
 
 
 
■ 何時だったか読売のYominetにこんな緑坂を掲げたことがある。
 写真は二匹の猫。
 猫がくるりと後ろを向く。
 どこだったかな、確か海近くの坂道で撮った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3761

 
     そういった按配で。
 
 
 
■ 何故そういうことを思い出したかというと、メールが来たからである。
 そこに書いてあった。
 緑坂というのはコアなファンがいたらしく、あの雑誌にコラム書いていたのは北澤さんでしょっ、とか言われることが何度かあった。
 覚えがないのだが、ま、そういうことにしておく。
 
 
 
■ この「ま、」というのは吉行さんの影響である。
 句読点まで括弧に入れておく。
 通常は「まあ」などと書く場合が多い。微妙にニュアンスが異なる。
 吉行さんというと「砂の上の植物群」や「夕暮れまで」など、純文学が有名であるが、その真骨頂は随筆・エッセイ、あるいは対談の妙味などにある。
 それから、いわゆる風俗小説の一群だろうか。
 夢もチボーもない青春後期、ベランダで小さなトマトと桔梗に水をやりながら、繰り返し読んだもののひとつがそれであった。
 意味を理解するのは暫く経ってからで、今手元に「軽薄のすすめ」(角川文庫版)があるのだが、解説は山口瞳さんである。
 
 
 
■ この本の愁眉は「戦中少数派の発言」だろう。
 何度か書いたので、書き写す気にはなれない。
 皆が右を向いているとき、自分独りだけがそれを拒否する。
 それはイデオロギーとか思想の問題ではなく、生理的な拒絶なのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3762

 
     ドウシタラヨカロ。
 
 
 
■ この台詞は随分と流行った。
 元は吉行さんなのだが、ある意味で落語の演題に似たところがあって、初版とその後のものでは表現が違う。
 つまり無駄が省かれてゆくのだが、概ねコピーやネーミングの精製過程にも似ているだろうか。
 
 
 
■ 昔、あるところでセンセをしていたことがあったのだが、そこはネットを用いるところだったものだから、畢竟ここに書いているような按配になった。
「按配」とは正確には塩梅ではないのカ。
 いやいや、按排が正しい。
 などという議論がなされる。
 正解はいかに。
 
 
 
■ というネット上でのやりとりがあって、私はすこしばかりうんざりして腹が減ったことを覚えている。
 
 

2007年08月20日

「緑色の坂の道」vol.3763

     ドウシタラヨカロー。
 
 
 
■ 語尾を延ばすようになったのは、伝染した方々がメールや会話で使い始めてからである。
 それが妙齢にもうつる。
 赤坂もしくは青山の裏手、場合によっては大手町界隈を歩きながら、あ、終電ねえや、ドウシタラヨカロー。
 Tバックずれちゃった、ドーシタラヨカロ。
 など、活用形が生まれた。
 ほとんど知ったことではない世界である。
 
 私は別名フケの北澤と呼ばれているので、そういう気配を察すると、ちょっと煙草買ってくらあ、と路地を曲がってそそくさと去るのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3764

 
     色の決め方。
 
 
 
■ 今、スタジオというか仕事場には複数台の液晶モニターが並んでいる。
 色の出具合から言えばCRTが好みなのだが、暫く前に生産中止になって、致し方なく導入した。いわゆるプロ用のそれである。
 厳密には二週間に一回、専用のソフトを用いて色合わせをしなければならない。
 スタッフに頼むこともあるのだが、最後のところは自分で行う。
 同時期に買った同じ型番のモニターでも微細に色目が違い、どの辺りまでを誤差とするかは曖昧である。数値表示されるソフトを使ってもである。
 
 ただそれよりも。この色かな、という決断は数値とは違うところからくるようで、それを掴む方が厄介なような気もする。
 昨日だったか、夕方の空がきれいだった。
 

「緑色の坂の道」vol.3765

 
     海沿いの雲。
 
 
 
■ 八月というのに海にゆけない。
 サンダルを履いていない。
 何時だったか地下鉄で眠り込んでしまい、三崎口の辺りに着いたことがある。
 あれは秋の終わりだったか、そのまま暫く歩いた。
 案外に寒い。
 
 
 
■ MTGの後、買い物をして、それから外のカフェで茶を飲んだ。
 煙草が吸えるのは一番端だけである。
 子供が遊んでいるのだが、よそゆきの服だ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3766

 
     海沿いの雲 2.
 
 
 
■ 友人には車好きな奴らがいて、坂道を下った辺りにある店で時々顔を見る。
 皆かなりの大人なものだから、一週間交換しようぜということも、時々はある。
 ほとんど単車のノリなのだが、相手のことがよく分からないと、例えばバイク、単車というものは跨らせるだけでも嫌なものだった。
 
 
 
■ 彼の会社のハイエースなどは助かった。
 返す段になってガスを入れると、オイルが半分も入ってないですよ、とか言われる。
 それじゃ足しといて、と、2リッター入れてもらった覚えもあった。
 彼の会社は上海辺りと貿易をしている。
 埠頭にある倉庫前コンテナの傍で、握り飯とペット・ボトルの茶を飲んで海を見ていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3767

     タイプ E。
 
 
 
■ Eタイプというのは、ジャガーのことである。
 伊丹さんは「ヨーロッパ退屈日記」の中で、ジャグヮーとか書いていた。
 薄っすらと埃を被ったロータスなどという話も出てくる。
 
 
 
■ 一度所有してみたいもんだよなあ、と思って20年近くが経つ。
 国産のあれこれを買うよりは遥かに安価なのだが、要は踏ん切りと覚悟がないのである。
 ゼニス・ストロンバーグ、のキャブ。
 と書けば、12気筒の対米仕様で、恐らくはそのままでは実速200程度だろうか。
 スタイリッシュなのはシリーズⅠと呼ばれた直6の方だが、これはMTしかなく、都心で足にするにはやや厳しい。
 足にしようとすること自体間違っているのだが。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3768

 
     タイプ E-2.
 
 
 
■ ところが外苑西通り辺りで、シリーズⅠの4.2、そのオープンを時々みかける。
 半ばレストアをしたかのような程度である。
 少しやり過ぎかなという感じもあるが、幌の色は濃紺で、こういった組み合わせというのは案外に趣味がいい。
 その隣にゴルフのカブリオレ、その初期型が何時も停まっていたりした。
 私はてくてく歩いてきた打ち合わせの後、ドーナッツを買って帰ったりする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3769

 
     タイプ E-3.
 
 
 
■ ややマニアな車になると、オイル代が一回について3~4である。
 メーカーが提唱する15000キロ毎の交換なんてもなあ、新車で購入されて数年で売却される方用のコスト計算で、実際はかなりシビアなものだった。
 例えば欧州車の場合、熱を持つからである。
 
 
 
■ これは大体、酒場でシングル・モルトのボトルを一本入れるのと同じくらいなのだが、畢竟、飲みに行く回数は減る。勿論、ゴルフのコースも廻れない。
 そうは言っても、デザイナや写真家、あるいはあれこれの職種の方々で、週末に打ちっぱなしに通うのが大好きだという方がいれば、それは又違う理由からだとは思う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3770

 
     タイプ E-4.
 
 
 
■ Eタイプについては、「夜の魚 外灘」で使った。
 フェラーリの456とバトルをするシーンがあって、まだ空いている上海の高速で250まで出す。で、ベルトが切れる訳である。
 確かこれは初出が94-5年だったと記憶している。
 今の上海では、そんなに飛ばすことは非現実的だった。
 大体高速に大きな穴が開いていて、いつ突っ込むか分からないのだ。
 
 
 
■ 上海には何度か行っているが、このところはカメラを持たない。
 せいぜいが小型のデジカメで記録するだけである。
 夕方から夜にかけ、旧租界の辺りで席を取っている。
 タワーと、その向こうに見える煙突の群れを眺めるのだが、ちょっと前の日本も似たようなところがあった。
 
――――
 
一 外灘(バンド)

 対岸に背の高い塔がみえている。
 手前の低い森は次第に暗くなってきて、塔とその背後に直立している幾つもの高層ビルに灯りが点き始めた。
 全部にではない。未完成のものも随分あるからだ。
 低い日が翳った。雲が流れ、すこし風が吹いてきた。茶褐色の黄浦江はところどころ斑に色を変えている。
 埠頭のこちら側を眺めると、灰色に曇った旧租界地帯の建物が並んでいる。建物の高さはそれほどでもない。柱に飾りがあり、照明を浴びるとそれが複雑な影をつくっている。その隙間に赤や紫のネオンが増え始めた。
 私は船のデッキに立っていた。思ったよりも船体は小さく、混雑している印象はなかった。貨客船なのだろう、忙しくコンテナが積み込まれている。
(夜の魚 外灘)
 
 

「緑色の坂の道」vol.3771

 
     西瓜。
 
 
 
■ スーパーで西瓜が切られたものを見る。
 これが砂地にあるものだと、そこでは知る由もない。
 
 
■ すると見知ったモデルが低い靴でやってきて、そのひとつを買っていった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3772

 
     ごろごろする。
 
 
 
■ 簾があるとする。
 すだれ、と読む。
 午後なのだが、風を待っている。
 小さな子供がいて、台所で何かを茹でている。熱気が流れると暑い。
 
 来年は違うかたちになっているだろうか。
 同じことを繰り返して、蝉が鳴く。
 
 

2007年09月04日

「緑色の坂の道」vol.3774

 
       ZINO.
 
 
 
■ 都心のホテルに数日泊まっていた。
 ちょっとした訳があったからである。
 色気のある話ならいいのだが、そうもいかないのが渡世というもので、狭い風呂とルーム・サービスには飽きた。
 夜中、タクシーを拾って近場に食べにゆく。
 ビールと餃子が欲しくなるのが不思議である。
 
 
 
■ 仕事の道具を持ち込んだものだから、やっていることは普段と変わらない。
 珍しくシガー売り場に「ZINO」が置いてあって、それを求めた。
 これは安価な割りに味がしっかりしているので、あれば買う。
 それからバーのカウンターで、ぼけっと一時間ほどして部屋に戻った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3775

 
       ZINO 2.
 
 
 
■ 私は中国製のパンツと10年前くらいに買ったポロ・シャツである。
 元は違う色をしていたのだとおもわれる。
 靴下は汚れると捨てるので、残り一足しかない。
 スリップ・オンに裸足だった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3776

 
       ZINO 3.
 
 
 
■ 久しぶりに入ったホテルの、そのバーで、顔を覚えている人はいないだろう。
 覚えられるような顔もしていないのだが、一見の客をどう扱うかというのは、こうした商売の基本のようなところもあって、決められたマニュアルから余る部分もあるようだ。
 黒服に尋ねて、45minくらいのシガーを貰う。
 それが外れで、途中で消したくなったくらいだ。
 水を貰う。これが一番うまい。
 
 
 
■ 向こう側にいた30代か40代の男二人連れが、暫くしてから同じようなものを注文している。
 ダンディズムだろう。
 などという言葉が聞こえる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3777

 
       ZINO 4.
 
 
 
■ 若造だった頃、本が高くて閉口した。
 時々は食費よりも多かったくらいで、例えばそれは東京で車を一台維持することとも似ていた。
 安定した職種について地方に赴任した友人が、次々と新しい車に替えるのを聞いて、羨ましく思わなかったと言えば嘘である。
 
 
 
■ 牛丼の食い方に精通した。
 立ち食いでの注文の仕方にも、いくつもの流儀があるのだと知った。
 例えばワイシャツにはピンからキリまであって、一枚だけ細かな綿の織のものを持っていたらいいのだと覚える。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3778

 
      二丁拳銃のテーマ。
 
 
 
■ 途中で飽きたので、横浜界隈にも泊まった。
 中華街の中のそれではない。
 重い石で出来た中庭には青いLEDが光っていて、例えば東京駅付近の冬の色と同じであった。
 少し田舎臭い。
 
 
 
■ ナイロンのバックを二つばかり後部座席に放り投げる。
 私は機材以外、原則としてアルミのケース、アタッシュは使わないことにしている。
 シートに置いてごらんなさい。ブレーキを踏んだらとたんにずり落ちる。
 大手代理店の若い彼などに聞くと、地下鉄では重いともいう。
 我慢している訳か。我慢している訳です。
 
 
 
■ ゆるゆる走り、第三京浜に乗る。
 何故かというと、床まで踏めない車だからだった。
 私はFRのボルボに乗っていた。
 その一番大型のもので、ほとんど船のような車である。
 走行は多分10万を超えて暫くで、オイルが1リッター程足りない。
 どうします、とスタンド・ウーマンに聞かれて一番安いものを入れてもらった。
 午後の三京を80で流す。
 パーキングでコロッケとなんだかよさそうな水を買う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3779

 
      二丁拳銃のテーマ 2.
 
 
 
■ そのボルボにはCDチェンジゃーとカセットがついていた。
 ちょっと入れてみるとアルテック、A7のような音である。
 つまりボーカルがよくて、効率は悪いが低音と中音が立ち上がる。
 何時録音されたものか定かではないカセットを聴いていると、青江美奈さんのJAZZである。
 それから、ジョン・ウー監督「男たちの挽歌」のテーマソングが流れた。
 これは誰の趣味なのか。
 油でべたつく指をぬぐいながら、エボナイトのようなステアリングをゆっくりと切る。 
 

2007年09月05日

「緑色の坂の道」vol.3780

 
      二丁拳銃のテーマ 3.
 
 
 
■ ボルボのウィンドウォッシャーは壊れていて、レバーを引くと水が垂直にあがる。
 屋根をこえ後ろに流れるシャワーのようなものなのだが、それでタクシーが車間を空けていたのだと気づいた。
 鯨のように時々水を噴き上げながら、ガラスを洗う。
 平面に近いフロントガラスの上で、小型のワイパーがゆっくりと動く。
 まだゴムは生きているようだった。
 
 
 
■ 馬車道のコインパークに車を停め、焼ソバと野菜スープを頼む。
 映画「冬の華」で高倉健さんが入っていた名曲喫茶の近くである。
 健さんは180センチ。何時もコードバンのブーツを履いていて、この映画の中でも例えばベルトに光沢があった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3781

 
      二丁拳銃のテーマ 4.
 
 
 
■ 本来は運河沿いのホテルがいいのだが、とうの昔に廃業し、今は24時間のディスカウントになってしまっている。
「夜の魚 一部」を書いていた頃、確かそれは94-95年にかけてのことだったが、当時はまだ泊まれたような記憶がある。
 当時私は30代半ばだった。あてもなくそんなことをしていたのだろう。
 まだ湾岸線は開通してなく、2リッターのドイツ車で尻を流していた。
 
―――
 
 本牧の外れの引込線から右に曲がるとその先は行き止まりだ。
 背の高いコンクリの壁をよじ登ると、黒く粘る海が見える。
 海とはいっても実感はない。薄い雨に雲が浮かんでいた。
 壁の横にぽつりぽつりと車が駐まり、車高を落とした白いセダンのボンネットの上に若い男が座っている。
  光るものを持っていて、近づくと、釣り竿を照らす電灯のようだ。
 伸びかかったパーマの頭を斜めに、バンパーに右足をのせ、考える格好で竿の先を照らしている。標識が半分取れかかっていて、「国際埠頭」と書いてある。
 海は見えない。
 音楽もきこえない。
 
(「夜の魚 一部」序)
 
 

「緑色の坂の道」vol.3782

 
      二丁拳銃のテーマ 5.
 
 
 
■ 例えばこの「序」は、初め緑坂のひとつとして書かれた。
 読者の一人が、これはまるで小説の出だしではないですかと指摘した。
 ならば小説にしてみようかと、後先を考えず続けてみたのが一部だった。
 思うことは色々あるのだが、今読み返しても個人的に嫌いではない。
 雨上がりの埠頭の空気のようなもの。
 そんなものが、分かるひとに分かれば良いのだと思っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3783

 
      二丁拳銃のテーマ 6.
 
 
 
■ FRのボルボは案外に小回りが利く。
 この車にはカーロケが付いていないので、PCがいないことを見極め、県庁の辺りでもったりと回った。
 途中買い物をして、ホテルの駐車場に入れる。
 昔は平場にあったものだが、今は何処でも立体である。
 ボーイは相模原から原付できたような顔をして、薄く眉を剃っていた。
 
 

2007年09月06日

「緑色の坂の道」vol.3784

 
      二丁拳銃のテーマ 7.
 
 
 
■ それから嫌々仕事である。
 スタッフにメールをして、それからシャワーを浴びて着替えた。
 腹ばいになったり唸ったり、ベットサイドにある聖書を捲ってみたりした。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3785

 
      二丁拳銃のテーマ 8.
 
 
 
■「男たちの挽歌」は、今30代半ばからの男たちに人気があるという。
 それはそうなので、何故なら未だ諦めきれない年頃だからである。
 
 
 
■ 家族がいて、子供が小さくて、ミニバンに乗ってはいるが走りを忘れてはいない。
 配偶者はハイブリッドだったり、軽の特別仕様だったりする。
 仲間がそろそろ家をとか言っていて、久しぶりに会うと奴の額は少し広い。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3786

 
      二丁拳銃のテーマ 9.
 
 
 
■ 中華街と元町で買い物をしてそれから戻った。
 買ったのは珍しいだろうかという紅茶と、ワイシャツの袖を留めるバンド、アームである。何組か持っていたのだが、使うときになると何時も片方しか出てこない。
 豚肉を柔らかく煮たものが缶詰になっていて、皿の下に茹でた中国野菜を並べてから上に乗せる。これも二缶買った。
 すぐに戻れとの連絡が入ったので、今度は首都高に乗った。
 
 
 
■ 工業地帯の辺りを走っていると、あれから随分時間が経ったのだなと思う。
 あれからとは、右も左も分からずに遮二無二仕事をしていた時分だろうか。
 作品を仕上げていると、白々と夜が明ける。
 ほとんど事務所内浮浪者のような様相だった。
 別宅には戻らず、スチールケース社の椅子の上で達磨のように胡坐をかき、足がしびれているのに気づかず、右足を出すと仕事場の床で足首をくじいた。
 
 

2007年09月07日

「緑色の坂の道」vol.3787

 
      二丁拳銃のテーマ 10.
 
 
 
■「男たちの挽歌」のイントロで、偽札を作るシーンがあって、主人公が偽札で煙草に火を点ける。
 それを真似る馬鹿なヤローが後を絶たず、質の悪い綿のトレンチを羽織ってはにやりと笑う。
 何年か前だろうか、刑事さんと話していてその話題になった。
 つまりは廊下での雑談である。
 案外に好きな奴が多くてね。
 はあ、そうですか。
 私はお上には逆らわない。
 婦警さんは美人だと思うこともある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3788

 
      二丁拳銃のテーマ 11.
 
 
 
■ 地下に車を入れると、黒塗りのセンチュリーが二台並んでいた。
 ひとつはTV局の迎えのもので、ひとつは私用である。
 私用のものは、アルミを替えてあるので分かる。
 エレベーターを待つ間、軽く会釈をした。
 何階までですか、と尋ねられるので、恐れ入ります一階をと答えた。
 年長者にボタンを押させるのが忍びない。
 郵便受けを確認したが、スタッフが持ち帰ったようだった。
 
 
 
■ 着替え、頭を洗い、打ち合わせの場所に歩く。
 編集の方は30代半ばくらいの妙齢で、あら、雫が垂れてますよと言われる。
 
 

2007年09月08日

「緑色の坂の道」vol.3789

 
       夜に飛ぶ鳥。
 
 
 
■ 風の強い一日が終わった。
 ガラスを開けると、影のようなものが横切る。
 
 

2007年09月14日

「緑色の坂の道」vol.3790

 
       物語と瞬発力。
 
 
 
■ このところ企画書ばかりを書いている。
 ひとつ事案が終わる度に、紙袋でふたつみっつの書類が出る。
 こうした裏話をしても仕方ないのだが、話は文脈についてである。
 
 
 
■ 例えば前の緑坂.3789 のようなものを書く場合と、比較的長いもの、ボディコピーや上記企画書その他とでは、書き方もその思考方法も違っている。
 分かりやすい例で言えば、一枚の写真単体は、例えば、動画や映画とは全く異なる文脈・コンテクストの中にあって、動画をスチルしたからといって単体の写真そのものにはならない。その逆もしかりである。
 
 
 
■ この切り替えが結構厳しい。
 プロの方々はそれぞれ独自のセオリーを持っている筈である。
 講演が得意な方。全ての資料を突っ込む方。
 印象的なフレーズをいくつも組み合わせることで、何時の間にか煙に巻く方。
 過去のセオリーは確かにあるのだが、それを少しだけはみ出すことで個性だと分かる。
 その方の作品だと知れてゆく。
 
 

2007年09月19日

「緑色の坂の道」vol.3791

 
       銀色の鱗。
 
 
 
■ 大黒埠頭はかつて、週末の夜ともなると、改造した車の集合場所だった。
 年々規制が厳しくなって、時間を区切って閉鎖される。
 脇にクラウンのPCが停まっていて、その隣に若い警官が警棒を持って立っていた。
 いわゆる歩哨であるが、地味でそして忍耐力のいる仕事かもしれない。
 
 
 
■ ベイブリッジ脇にある芝浦パーキングも、ランクルの特殊車両で入り口がふさがれていた。
 あそこはどちらかと言えば、メルセデスがポルシェに委託して作ったW124のE500/500E、またはkawasakiのライムグリーン、空冷4発の単車などが集まる。
 インターネットが普及してから、それはミニオフと呼ばれるらしい。オンラインでの交流に対して、オフラインだからということだろうか。
 まだ暑いというのに膝下まであるブーツを履いた30代後半から40代までの男たちが、缶コーヒーを片手に語り合う。
 普段はまっとうな勤め人をしている彼らが、時々だけは別人になるのである。
 
 
 
■ 私はと言えば、ボルボではない車で、大黒からの昇り坂を加速していた。
 乗って一時間。時々床まで踏んでやらないと車の挙動は手元にこない。
 シートやステアリング。それからエアコンの温度設定を細かく触る。
 誰もいない直線で、1/2くらいのブレーキを踏む。
 ABSが動作する遥か手前である。
 左右に振られないことを確認してから、少し真面目に走り出す。
 
 

2007年09月20日

「緑色の坂の道」vol.3792

 
       銀色の鱗 2.
 
 
 
■「これから、どこへゆこう」
 という緑坂を随分前に作った。画像入りの単独作品である。
 EPSONの担当者はそれを広告として使うかどうか、本社界隈で随分悩んだ末、画像がマンハッタン界隈のそれなので、かの地のリスクを考えて見送る。
 その判断は正しく、あそこでは弁護士がタクシーの後を自転車で追いかけている。
 
 
 
■ 右にゆけば空港中央である。
 左はさっき昇った本牧。
 尻が流れるというのはこの車の場合基本的にないのだが、フロントの滑り具合を確かめてギアをサード辺りまで落とした。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3793

 
       銀色の鱗 3.
 
 
 
■ 昔、首都高の一号線しかない時分、そこは半分テストコースだった。
 逃げ場のない狭い路面で、緩やかに続くコーナーと直線で、床までいけば何キロ出るのか。
 リアに荷重をかけたまま、隣の車線にはみ出さずどこまで滑らかに抜けられるのか。
 そんなことを自分の車で、または友人知人の車で繰り返した。
 暇か。
 少しいじったんだ。走りにいこうぜ。
 そんな電話が入るのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3794

 
       銀色の鱗 4.
 
 
 
■ 暇か。
 と尋ねることなど、昼間の世界ではほとんどありえない。
 当時はそれが普通で、おう走りにいこうぜ、と週末の夜を潰すのである。
 隣に女がいて、もちろんそちらも必需なのだが、興味は新しい玩具へとむかう。
 
 
 
■ 10年。
 どころではない時間が過ぎる。
 仕事も傍にいる女も変わり、何人かは消息がわからなくなった。
 そいつの息子だという若者が電話をよこしたこともあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3795

 
       NIGHT LIGHTS.
 
 
 
■ 湾岸を法定速度で流している。
 何時だったかこの辺りで、チューンしたスカイラインに乗っていて、突然エンジンが止まった。
確かセカンドあたりで床まで踏んだら、ヒューズが飛んだのである。
 それは友人の車だった。
 おい、北澤どうしよう。
 奴はメカに詳しくなく、ほとんどショップ任せだった。
 そのくせ理系なのだから仕方ないのだが、路肩に停め、ボンネットを開けて中を見た。スペアのヒューズがなかったので、問題なさそうなそれを抜き、付け替えるとエンジンは戻った。
 九月のまだ暑い盛りだったのだが、帰り道、エアコンは効かない。
 スパルタンだよな、と、奴はやせ我慢を述べていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3796

 
       NIGHT LIGHTS 2.
 
 
 
■ 馬鹿、あちいんだよ。
 と、デニーズに入る。
 煙草の銀紙で代用できるって聞いたが、銀紙のついた煙草なんて売ってないしな。
 針金拾うといっても、何処に落ちてんだよ。
 
 
 
■ 千葉のデニーズは当時ヤンキーのメッカである。
 停めてある車にガンを飛ばしながら、シャコタン、最近ではローダウンと呼ぶのだが、の数台が入ってきた。
 しばらく経ってから、そのチームの頭らしい若者の傍に近寄る。
 この間合いは面倒なもので、余計な自意識は不要である。
 事情を説明して、ヒューズを一本分けてもらう。
 
 
 
■ スカイラインは品川ナンバーだった。
 奴は246方面にいたのだが、ナンバーだけをそこで取っていた。
 品川、横浜あたりのそれが格好いいと思われていた時代である。
 チューンした車で別の土地にいけば、地元の連中にどうにかされるのは当たり前の話で、私自身、タイヤに穴が数回、中華街ではアンテナ毎もっていかれたこともある。
 なんでそういうことするの。
 というのは父兄の理屈で、簡単に言えば場違い、あるいはカンに触るからだろうと思う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3797

 
       NIGHT LIGHTS 3.
 
 
 
■ チームの頭らしい彼は、ほぼ10歳年下だった。
 いや、もっとかもしれない。
 我々は遅れてきた不良もどきで、彼らは地元の現役である。
 しょうがねえなあ、という風情で、30Aの平型ヒューズを二個、私たちに分け与えた。
 仲間を駐車場に走らせるのである。
 
 
 
■ ワリイ、コーヒー奢るよ。
 といっても受け取らない。
 それはそういうものだとおもう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3798

 
       NIGHT LIGHTS 4.
 
 
 
■ ジェリー・マリガンのこのアルバムは、ジャケットが気に入っている。
「甘く苦い島」の何枚かの画像は、この記憶が下敷きになっているのだろうか。
 今ではもう大家の範疇に入るだろう版画家の妙齢に指摘され、にやりと笑ったことが何年か前にあった。
 
 
 
■ あのときデニーズで頭を張っていた彼は、今何をしているのだろう。
 ミシュラン硬いだろ。と口も廻り知識もあったから、今頃は外車の中古ディーラを経営しているのかもしれない。店長クラスだろうか。
 三キロ程ある腕時計を嵌めながらである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3799

 
       NIGHT LIGHTS 5.
 
 
 
■ 私は湾岸を川崎界隈で降りた。
 コンビナートの続く辺りを左右に折れ、金網の張ってあるあたりまでゆく。
 向こうは海で、手前に監視カメラがある。
 前はここから入れたのだが、今はもうひとつ、次の角までいってから近づくのである。 
 

「緑色の坂の道」vol.3800

 
       NIGHT LIGHTS 6.
 
 
 
■ マリガンのこのアルバムは、二曲目とそれから先のものが良い。
 軽いボッサのリズムなのだが、君はなにを無くしたのだと問いかけている。
 
 
 
■ そんなことは自明で、手に入れたものがこんなもの。
 捨てた煙草の吸殻で、あなたの癖がわかるのよ。
 そうだったかな。
 
 

2007年09月25日

「緑色の坂の道」vol.3801

 
       月の日。
 
 
 
■ 夜半、眼が醒めることがある。
 もそもそと矩形のスペースから這い出して、酒の瓶を探す。
 若い頃、といっても30代だったが、棚の上にベルモットを何本も並べていたことがあった。ジンが数種類。
 そういうものが格好いいと思っていたわけである。
 
 
 
■ 中にぺルノーという酒があって、気圧が変わる頃、手が伸びる。
 雨が近いのだろう、と細胞の中の水が教えてくれる時分、陰々滅々と嘗め始めるのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3802

 
       月の日 2.
 
 
 
■ それでどうしたかというと。
 瓶の淵をよく洗ったり拭いたりしないと、ガビガビになるのである。
 銅が錆たような、それを明るくしたような結晶がこびりつく。
 それを水に溶かせば、酒になるだろうか。
 などということは、まだ若造だから考えない。
 
 

2007年09月29日

「緑色の坂の道」vol.3803

 
       神の子は皆おどる。
 
 
 
■All God's Chillun Got Rhythm
 ステファン・グラッペリというJAZZバイオリンの名手が演奏する曲である。
 秋になるとどうもこうしたものが聴きたくなって、CDを引っ張り出す。
 
 
 
■ 緑坂に書くような話ではないが、最近私のいる界隈、警察のパトロールが厳しい。
 ポストに黄色い報告メモが入っていることもあって、先日のそれは25日の午前2時37分と記されていた。
 所属が記載され判が押してあるのだが、その時間に少し驚いた。
 深夜である。
 何年か前か、地下駐車場に車の窃盗団が下見に入ったことがあり、それ以後セキュリティはかなり厳しくなっていると聞いている。
 公道に面した辺りにも、分からないようカメラが配置されていて、敷地内に入る手前の情報を確保しているのだという。
 でなければその辺り、外来者の車は停められまい。
 
 
 
■ ここから一般的な話に流していってもいいのだが、それも億劫なのでやめにする。
 9.11以後、世界は随分と変わった。
 それ以前、地下鉄からゴミ箱が消えたのは件の事件の後からである。
 
 

2007年10月18日

「緑色の坂の道」vol.3804

 
       浮かぶ月。
 
 
 
■ 暫く旅に出ていた。
 とはいっても比較的近場で、少しネットから離れていたという按配か。
 緑坂をいくつか書いたのだが、今読みかえすとどうということもなく、それでやめにする。
 樹の隙間から透きとおった月が昇ってきて、〆切を終えると真上にあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3805

 
       マイナー・スイング。
 
 
 
■ グラッペリといえば、ジャンゴ・ラインハルトである。
 いくつも名演はあるが、私はその曲が好きだった。
 まだ10代の頃だろうか、乏しい財布からLPを買いにいって、店員のお姉さんに声をかけられたことを覚えている。
 ジャンゴが好きなんですか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3806

 
       マイナー・スイング 2.
 
 
 
■ あの当時の年上というのは、「あらかじめ湿度ある沼」のようなものだった。
 いい匂いがしてどうしようもなかった。
 暖かい沼にも似て、訳もなく怖いのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3807

 
       ジプシーに会いにいった。
 
 
 
■ ジャンゴを聴きながら、北の方へ向う。
 これが西や南でないところが不思議なのだが、少し坂道を加速しながら夜に走る。
 何時だったか、知人が持っているSAABのドアの凹んだものを借りた。
 そのSAABは芝浦ディーラー物で、それで年式が分かるだろうか。
 紅葉が土になる頃だったとおもう。
 私はキャノンのF-1を持っていて、明け方の土を一枚だけ撮った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3808

       ジプシーに会いにいった 2.
 
 
 
■ 最近はロマと呼ぶらしいのだが、この辺りの放浪と抑圧の歴史は奥が深い。
 日本で言えばサンカ、あるいは海人という辺りだろうか。
 恐山近くにゆくと、今でも瞽女の流れを汲む芸能が様々にかたちを変え水脈となっているらしいのだが、例えばそれは、音を聴いただけでも分かるという。
 
 

2007年10月19日

「緑色の坂の道」vol.3809

 
       ジプシーに会いにいった 3.
 
 
 
■ SAABの持ち主は、大手メーカー研究所の男である。
 京浜工業地帯にあるチェーンの焼肉屋で飯を喰い、そこで車を交換した。
 彼は子供が産まれたばかりで、その祝いを届ける都合もあった。
 
 
 
■ そういえばあの女、どうしているんですかね。
 お替りの烏龍茶を持ってきながら彼は言う。
 随分と前、あれこれ相談を受けていた彼とその周辺の相方である。
 寝たことあったっけ。
 いや、ないです。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3810

 
       ジプシーに会いにいった 4.
 
 
 
■ 彼はSAABをやめ、国産のミニバンに換えようかなというところだった。
 正しいかもしれないよね。
 私も何台か国産の定番と呼ばれるものを足にしたから、その辺りは分かる。
 どうでもいいんじゃないか、車なんて。
 今更そう言われると困りますよ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3811

 
       泣きのサンボーン。
 
 
 
■ SAABは、メーターパネルの液晶が欠けていた。
 これはよくある故障であって、別に驚くにはあたらない。
 こいつの過給圧の高い奴は、3000を超えると2リッターとは思えない加速をするのだが、こちらは低圧ターボなので街中が乗りやすい。
 
 
 
■ 浦和辺りを過ぎてからオーディオのスイッチを入れた。
 サンボーンのCDが入っていて、私はにやりとする。
 30代後半、男達はデビット・サンボーンで夏を見送るのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3812

 
       毎日がオトシマエ。
 
 
 
■ 風邪をひいた。
 あちこちに移転して、ぼんやりである。
 しかし、寝込むまでに至らないのがツライ。
 火を点けない煙草をくわえ、坂道を昇り降りする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3813

 
       毎日がオトシマエ 2.
 
 
 
■ 30代の後半というのは、やり直しがきくような気がした。
 実際そうだったのだが、あれから随分と経って、それはそれか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3814

 
       毎日がオトシマエ 3.
 
 
 
■ 坂道でよたよたしていると、ある女優さんが前を横切った。
 寅さんに出てこられる方ではなく、かつての東映映画では水商売のお姉さん役を度々こなされていた方である。
 横断歩道のないところを、向かい側にある駐車場に歩いてゆく。
 
 
 
■ 坂道の辺りにはやや俗っぽいスポーツ・ジムがある。
 その帰りなのだろう。
 飛ばしてくる車のライトを浴び、その横顔は映画そのままだった。
 もちろん皺はある。
 私はそのふくらはぎの辺りを眺めていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3815

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2007年10月22日

「緑色の坂の道」vol.3816

 
      毎日がオトシマエ 4.
 
 
 
■ まだ20代の頃だったと思う。
 第三京浜を横浜から戻って、等々力あたりで一服をした。
 屋台のラーメン屋があって少し硬い麺をすする。
 そこの親父がいうには、手前にあるジムに高倉健さんがよく通ってくるという。
 藤竜也さんもでかいベンツでくるよ。
 
 
 
■ その頃目黒通りは闇が多く、休日の夜ともなるとほとんど人影はなかった。
 ベンツ、と言ってもSクラスの6.9とかが法外な値段を付けていた頃である。
 私はと言えば、国産の2リッターセダンの足を硬め、シビエのハロゲンを付けてナルディのウッドで廻していた。タイアはピレリである。
 乏しい財布の中から、精一杯背伸びをしていた訳だ。
 
 
 
■ そんなことはどうでもいい。
 その頃私は高倉さんを特別格好がいいとは思っていなかった。
 が、妙に思い出されるのである。
 どう老けるかというのは、40を過ぎた辺りからじたじたと実感される事柄である。
 そして男の場合、半分は救いがないのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3817

 
      マンハッタンの130.
 
 
 
■ 風の強い夜である。
 2時の方向に半分の月があった。
 スタッフを近場で降ろし、ふらりと首都高に昇る。
 薄紫の看板の辺りで30程に落とし、10メートル過ぎた辺りから床まで踏む。
 このところ、廻していなかったのである。
 
 
 
■ なんともいえずC1を一周する。
 北の丸トンネル辺りで古いホンダに抜かれた。
 とてもかなう訳はない。初期型のCR-Xである。
 後ろがアルファのように切り落とされたテンロク。
 今時分走っているのだからテクノ世代だろうか。ブッシュを固め、フロントにスタビも入っているに違いない。
 考えてみれば週末である。
 練馬や足立や習志野辺りから、青春後期や中年前期を車に賭けた缶コーヒーが集まる。
 馬鹿だよな。
 バカなんだけどさ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3818

 
      マンハッタンの130 2.
 
 
 
■ 千葉との境目の高架を流した。
 降りれば足立である。
 この道は地元車がとんでもなく速く、煽られて右に譲ると、ちょっと脚を硬めたフィットやマーチの尻を眺めることになる。
 NISMOのMarchはアバルトみたいなものだ。
 チャイルドシートが後ろに見えたりすることもある。
 普段颯爽と事務所のインターホンを鳴らす配送の兄さん方の休日なのかとも思うが、いちいち聞かない。
 どうもっス。
 おつかれっス。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3819

 
      マンハッタンの130 3.
 
 
 
■ 湾岸のパーキングに入る。
 長いコンテナの影に、34のGT-Rが停まっていた。
 その暫く先にS130のZがいて、アイドルをしている。
 色はボンネットが銀の、マンハッタンカラーである。
 
 
 
■ こういう情景は嫌いじゃない。
 彼らは獲物を待っているのである。
 獲物というのは絶対的な速さではなく、そのカテゴリー内での優劣である。
 LならLで。
 26ならまたその世界で。
 あのRは多分500馬力はあったかも知れない。Lメカチューンの倍だ。
 男が独り座っている。
 仕上げるに、そうね、結婚式二回分くらいはかかっていたかも知れない。
 
 

2007年10月30日

「緑色の坂の道」vol.3820

 
      ガラスの秋。
 
 
 
■ 〆切を終え酒を嘗めはじめた。
 ショットグラスだからである。
 普段私は、どこにでもあるようなウィスキーを飲んでいる。
 昔スコッチは高かったけれども今はそれ程でもなく、ありがたいのだが、時々高価なあれこれを貰ったりすると、どうすべきか迷う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3821

 
      ガラスの秋 2.
 
 
 
■ 何時だったか東京駅にひとを送りにいって、駐車場がなくて困った。
 一本通りを隔てたところを地下に降りる。
 階段を昇ってゆく間、青い制服を着た方がいたので、そこで駐車場の提携を尋ねた。
 
 
 
■ 外は少し雨である。
 ひとを見送った後、近くにある百貨店まで歩く。
 提携しているということだからである。
 ベルトを眺める。
 今しているそれが、随分と白ちゃっけてきていて、そろそろなんとかしようかなと思っていた頃合だからだった。
 同じブランドの店に入り、同じようなものを見せてもらう。
 一本を買って今までのものを置いてきた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3822

 
      ガラスの秋 3.
 
 
 
■ ウエストのサイズは変わらなくはない。
 が、79を超えたことはなく、だからドウシタと言われても返答に困るのだが、大体ムゴーイ目にあうと頬がこけるものである。
 男の見た目とはなんであるか。
 
 
 
■ 私は、キンタマの白髪だと思う。
 そこを染める奴は、多分、いないからだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3823

 
      ガラスの秋 4.
 
 
 
■ まだ30代半ばの頃、読売新聞社が運営していたパソコン通信、YOMINETで随分と遊んだ。
 いや、遊ばせていただいたというのが正味である。
 ある時、なんとか君事件といういうものがあり、なんらかの理由で読売関係者が解雇されたとかいう話があった。
 ある社がそれを記事にしたのである。
 
 
 
■ 関係者というのは便利な言葉だった。
 自転車に乗って配っていてもまたそう呼ばれる。
 当時私は、いささか途方に暮れた中年前期を送っていたので、ここぞとばかりに運営陣を批判した。
 新聞倫理綱領だったかを引用して、あれこれやったこともある。
 
 
 
■ けっ、屋上でキンタマの陰干ししてやらあ。
 とか、運営に対するボードで書いた後、何故かは知らぬがDosベースのPCが壊れアクセスができなくなった。
 数日考えた後、事務局に電話する。
 えーと、IDがこれこれの北澤ですが。
 電話口で大笑いされ、いやあコーイチさん、とりあえず金玉というのは公の場では口にしないで欲しいですねと諭された。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3824

 
      ガラスの秋 5.
 
 
 
■ ごもっともでゴンス。
 私は大変に恐縮をし、電話口で何度も頭を下げた。
 その後、あれこれがあったのだが割愛しよう。
 そのご担当者は既に退職をされているが、時折のやりとりと、当時の面子何人かで酒を送らさせていただいている。
 すると名産をいただいて、またそれを分けるのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3825

 
      神田界隈。
 
 
 
■ 神田にホテルがあるのだが、時々泊まる。
 タクシーで戻った方が経済的なのだけれども、割り切れない気分の頃があって、空いてますかと夕方近くに確認する。
 別に何をするという訳でもない。
 酒を嘗めたり、天婦羅食べたりしていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3826

 
      神田界隈 2.
 
 
 
■ ここは虎ノ門のホテルに似た雰囲気があって、机と灰皿がいい。
 いわゆる物書きの方々が、かつて愛用したのが分るような気もするが、それもひとつの幻想に近い。
 きちんと仕掛け人がいるんですよ。
 
 
 
■ 私はと言えば、古本屋を数軒廻ったり、濃い目のコーヒーを出すところに顔を出したり、定食を食べたりして戻る。
 その後案外に狭いベットで古い雑誌を捲ったりしている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3827

 
      水色のワルツ。
 
 
 
■ という曲が好きで、HDDナビの中に入れてある。
 確か昭和20年代初めの頃の歌だったと思う。
 例えば飛ばせる道があり、そこでリミッターが微妙に点火時期をずらす反応を数秒感じた後、80とかでのろのろ流す。
 森のようなものがあって、荒れたコンクリの道を辿ってゆくと公園である。
 半欠けの月が出ていたりして、古い友達を思いだす。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3828

 
      水色のワルツ 2.
 
 
 
■ この曲のタイトルは「夜の魚」に使った。
 確か女絡みだったと思う。
 当時、下北というのは面白いところで、劇団に所属しているような半グレの妙齢前半が落ちていた。
 落ちている、ってことあるんですか。
 と若い男たちに何度も尋ねられたが、実際そうなのだから仕方がない。
 階段の辺りで拾う。
 よお、何やってんだ。
 
 
 
■ 何もしていない。
 自分が何であるか、もてあましているだけである。
 
 

2007年10月31日

「緑色の坂の道」vol.3829

 
      夏のおもいで。
 
 
 
■ 夜半、銀杏の実が落ちる音がきこえる。
 雨はあがって、それから少し冷えた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3830

 
      踵について。
 
 
 
■ 今私は、古いノートPCでこれを書いている。
 バッテリーが死んでいるので、エディタ専用にしているのだが、先日ソファの傍に置いたら踏んだ。
 やっぱりIBMじゃないですか。
 と30代の彼らは言う。
 それは少し古い911やメルセデスが、部品を交換するだけで結構なものに戻るということに似ているだろうか。
 場合によっては修理代より買った方が安い、こともあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3831

 
      踵について ツー。
 
 
 
■ 緑坂のタイムスタンプというのは、実はいいかげんである。
 私が掲載する場合もあるし、スタッフに頼んでおくこともあって、多くはいくつかをまとめてということになる。
 前に、古くからの読者のためにあれこれ仕組みを作っていたことがあった。
 それはそれ。結構簡単にできるものだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3832

 
      踵について 3.
 
 
 
■ ベルトを買ったときだった。
 黒いナイロンのハーフコートがあり、それを羽織らせてもらう。
 襟は立っていて、裏に革が張ってある。
 英国と独逸、そして伊太利亜が合体したようなデザインなのだが、ま、それが今の欧州の現実かも知れない。
 妙齢本格派の店員が、上着を貸してくれた。
 これを着てサイズを確認しようということである。
 
 
 
■ とても軽いのでふと値札を見ると、紺のブレザーが10の後半である。
 私は少しだけ色のついた眼鏡をしていた。
 その日は曇っていたからである。
 
 
 
■ あざとくないですか。
 鏡に映る姿を見ると、実にそうなのである。
 お客様、背丈おありになるから。
 接客のプロとはこうしたもので、非常に危なかったのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3833

 
      踵について 4.
 
 
 
■ 戻る途中、黒塗りのリムジンが停まっていた。
 銀座、「甘く苦い島」で書いたことのある宝石店の前である。
 男たちは外に出て、周囲を威圧するように携帯を握っている。
 向かいには牛丼屋があるのだが、まだそこには入ったことがない。
 
 

2007年11月08日

「緑色の坂の道」vol.3834

 
      踵について 5.
 
 
 
■ 明日は厄介な打ち合わせがあるのだが、漠然としていた。
 品川駅の反対側にあるスーパーで買ってきた酒を嘗める。
 ワインセラーは素通りした。
 駐車場の案内係がこんなにいて、採算が取れるのだろうか。
 と、いぶかったが、客単価はそこそこである。
 それも仕事なのだが、一日地下にいることもある。
 そんなことを思い出しながら、このボールペン、まだ使えるだろうかと考えている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3835

 
      虫 2.
 
 
 
■ まずまずの天気だったが、夜になった。
 予定をとりやめ、一日部屋にいた。
 電話なんぞをしている。
 飯もとりあえずすこし食う。
 
 
 
■ 窓を開けると、虫の声がきこえた。
 月は出ていないが、薄い風がある。
 椅子の背に躯をかけると、背骨がごきりと鳴った。
 
_____
 
 
■ 盲目の小さな女の子がこちらを視ているように思った。
「よう、元気か」
 と、答えようとしたが、髭を剃っていないことに気付いた。
 
 
―――――――――――――――
 
■ という緑坂を随分と前に書いた。94年の秋である。
 ある種、幻視のようなものだと言ってしまうとつまらなくなる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3836

 
      虫 3.
 
 
 
■ 先の緑坂のようなものは今は書けない。
 書かないと言ってもいいが、年齢も生活も違うからである。
 表現というのは概ねその基礎に状態のようなものがあるが、そこへゆこうとする時と、そこからやや引いた時とでは僅かに違う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3837

 
      かけひき。
 
 
 
■ 相手がある場合と、自分や時間が対象の場合とがあって、面白いものだなと思う。
 大寒 小寒
 山から小僧が泣いてきた
 
 

「緑色の坂の道」vol.3838

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2007年11月10日

「緑色の坂の道」vol.3840

 
       Full Nelson.
 
 
 
■ 雨の夜、トロイメライを聴いていた。
 誰のピアノであるかは知らない。
 先日坂道を昇り降りしていると、向こうから下校途中の女学生の群れが歩いてくる。
 どこの制服か、近くにあるところなのだろう。
 
 
 
■ 午後の住宅街にゆくことはほとんどないが、時々庭先からたどたどしいピアノが流れてくることがあって、それはそれでいいんじゃないかなという気がする。
 
 

2007年11月11日

「緑色の坂の道」vol.3841

 
       夜の雲。
 
 
 
■ 冬の月を見上げた。
 線路の傍で、二人で歩いていた。
 駐車場があって、金網の向こうに背の高い樹が突っ立っている。
 葉はひとつもないけれど、その後ろには流れてゆく夜の雲がある。
「明るい夜だな」
「それより、寒いわ」
 
 
 
■ ひとつだけの駅を歩いた。
 途中には、メタリックなビルが幾つも並んでいた。
 空いている事務所があって、そこにベットを入れたら寒いのだろうか、等ということを考えている。
 
 

2007年11月13日

「緑色の坂の道」vol.3842

 
       夜の雲 2.
 
 
 
■ 聞け万国のろうどうしゃ
 とどろきわたるメーデーの
(大場勇作詞)
 
 
 
■ 強い雨が降った夜、私は〆切前で漠然としていた。
 どうにか終わった頃、夜が明ける。
 今いるところから庭が見えるのだが、鳥はまだ眠っているようだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3843

 
       夜の雲 3.
 
 
 
■ 緑坂の3841は随分前に書いたものである。
 当時何をしていたのか。
 隣にいた顔はというと、思い出せないところもある。
 覚えているところもある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3844

 
       夜の雲 4.
 
 
 
■ 緑坂の読者にはおそらく家族があるだろう。
 あれから10数年。
 離婚した彼もいれば、そうでもない彼女もいる。
 何時だったか電話がかかってきて、おい、おまえんとこでうちの娘使ってくれないか、と古い友人が言った。
 
 
 
■ うん、そうだなあ。
 そういうことになればいいがナァ。
 私は小津監督の映画を思い出していた。
 
 

2007年11月15日

「緑色の坂の道」vol.3845

 
       消えたベントレー。
 
 
 
■ 知人というかそういった間柄に、一つ前のXJRに乗っていた奴がいた。
 XJRというのは、ジャガーのちょっと速い奴。
 低くて平べったくて、後部座席は案外狭い。
 彼は私とほぼ同世代だと思うのだが、最後のところで確信は持てない。
 たまにボロボロの国産や伊の小型車で現れる。
 そういえば、古いサンクのバカラを乗り付けたこともある。
 私は「夜の魚」の二部「外灘」でいじっていたものだから、懐かしくて困った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3846

 
       消えたベントレー 2.
 
 
 
■ 青山界隈の地下駐車場に入ると、ベントレーが2-3台駐まっている。
 AMGも911も、まあそうかね、という按配で、一体どうなっているのかとも思うが、人生とはそんなもので、東京の一部もそんなものである。
 
 
 
■ ブロック少し外れると、どうしてここにこれがあるの、と呟きたくなるサンクのミッドシップがいたりした。
 結構いい状態らしく、私は2秒だけ足をとめた。
 ヘッドランプはシビエの黄色である。
 仏では永くイエローのライトだったのだが、統合されて変わった。
 エレベーターで上に昇るとシトロエンのショー・ルームがある。
 パンツの細い背広を着た営業マンがクセジュ文庫だった。
 今は大学で教授を張っている奴の下宿にいくと、ビニールのかかったクセジュを読みながらラーメンを食べていて、私は土産の弁当を一緒に開いた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3847

 
       糸の月。
 
 
 
■ 会合の帰り、空を見上げると月である。
 まだ若い妙齢の、足首から上のようなかたちをしている。
 そういえば11月だ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3848

 
       糸の月 2.
 
 
 
■ すこし歩いて地下に降り、車を探してうろうろした。
 上着を後部座席に放り投げる。
 昔、車なんてどうでもいいやと思っていた頃、それは今でもそうなのだが、そこには三脚やら資料のバックやらCDやその他大勢が山になっていた。
 気分はNYで眺めたショックの抜けたOHVである。
 たまには洗いなさいよ。
 雨降らないかな。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3849

 
       糸の月 3.
 
 
 
■ 暫くそういうのを続けた後、それにも飽きてきた。
 遠くから石が飛んでくるだろうが、私は飲む打つ買うをやらない。
 我が国のゴルフも苦手で、誘われていくことはあるのだが、食堂でビールを飲んでいた。
 他にすることもないので、少し厄介な車に戻ってみたのだった。
 
 
 
■ 確かに手間はかかって、先日フォグが片方だけ点かなくなって入庫に三日。
 請求は二の線であった。部品代が1500円。
 手間賃高いよねえ。
 そう言ったんですけどねえ。
 とか言いながら、そういうものなのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3850

 
       糸の月 4.
 
 
 
■ 右へ右へという指示に従って駐車場を廻る。
 タイアのスキール音が響いて、床が滑らかだからだ。
 若造だった頃、私は駐車料金を惜しんだ。
 旨くゆくこともあったが、思い出すとムゴーイ目にあったことが何度かある。
 レッカーされた午後などは、ドウシタラヨカロという按配で婦警さんを逆恨みした。
 暫く牛丼が続くのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3851

 
       糸の月 5.
 
 
 
■ 帝国の辺りで前がつかえた。
 そこから見上げると、月は細いまま僅かに上の方にある。
 腹が減ったな、と思いながら、携帯が鳴ったので脇に停める。
 月は少し赤い。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3852

 
       Danny Boy.
 
 
 
■ 元はアイルランドの民謡である。
 JAZZの世界ではいくつも名演があって、ここに記すまでのこともない。
 ランダムに流していると、アイク・ケベックの後にそれがきた。
 街はそろそろクリスマスの支度である。
 
 

2007年11月25日

「緑色の坂の道」vol.3853

 
       Danny Boy 2.
 
 
 
■ ショットグラスが割れた。
 指を切らなかったか。
 バカラではないそれは、確か恵比寿界隈で打ち合わせの後に見つけたことを覚えている。
 冬だったかな。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3854

 
       Danny Boy 3.
 
 
 
■ いたしかたないので、口のぬるい予備のグラスで嘗めている。
 ソファの辺りで腹ばいになり、ノートPCで書いていた。
 これはネットに繋がっていない。
 OSは32bitのひとつの到達点であった2000のSP6である。
 テキストをUSBメモリに置く。
 何時だったかパンツの尻に入れておいて、車に乗り込んだらペキリと割れた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3855

 
       外苑の西。
 
 
 
■ デリーの東。
 と書けば小説の題名である。
 11月は忙しく、地下に潜って仕事をする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3856

 
       外苑の西 2.
 
 
 
■ この場合の地下とは比喩で、坂の昇り降りを指している。
 夜半、風が吹いてばらばらっと音がした。
 窓を開けているからだが、銀杏の樹が揺れている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3857

 
       外苑の西 3.
 
 
 
■ 交差点で停まっていると、斜め横の葉の色が綺麗だった。
 そういえば冬だ。
 プラタナスの枯葉は重い音で舞う。
 それから粉になる。
 
 
 
■ イブの夜だったろうか。
 深夜、表参道の坂道を加速していた。
 目の前にヒールの片方が落ちていて、ミラーを確認してからハンドルを振った。
 この時刻、黄色いタクシーが結構無茶をする。
 速度を殺してから思い直し、そのまま青山墓地界隈へ流れる。
 
 

2007年11月29日

「緑色の坂の道」vol.3858

 
       外苑の西 4.
 
 
 
■ 最もシンプルな加湿器を四つばかり買って、銀座界隈は混んでいた。
 ばらばらに包装してもらい、トランクに積む。
 どうするのかと言えば、身内やその周辺にあげるつもりである。
 ちょっと色が悪いのだが、まあこんなものだろうと思っている。
 半分は消耗品に近い。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3859

 
       外苑の西 5.
 
 
 
■ 忙中ということもないのだが、思い立って出先から首都高に乗った。
 オイルの交換と手洗いで水をかけてもらう。
 今入っているものが5-50wというエステル系のもので、確かによく廻るのだが、1シーズンを超えると雑味が出始める。
 特に夏を過ぎるとそのようだった。
 まだ3000には至らないが、12月は忙しい。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3860

 
       東京湾岸アンダー。
 
 
 
■ トランクに残っていたオイル缶を先に使ってもらう。
 夏場少し飛ばした後、0.5程減っていて当たり前のことだが廻せば燃える。
 不足すると少しだけガサガサして、半分はオイルで冷やしているようなところもあるからだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3861

 
       東京湾岸アンダー 2.
 
 
 
■ 帰り際、少し遠回りをした。
 港が見えるスポットがあるのだが、教えない。
 
 

2007年11月30日

「緑色の坂の道」vol.3862

 
       東京湾岸アンダー 3.
 
 
 
■ 911乗りの知人というかなんというかの話である。
 カエル目の空冷964は1万キロ毎にタペットの調整が必要になるという。
 その工賃が約6。
 ドウシタラヨカロ。
 それでも92年あたりのものが時々あらあらという速度で走っているのだから人生はお手入れであった。
 
 
 
■ トンネルの先でグリーンメタの964と並んだ。
 彼は眼鏡をかけた山崎勉さんに似ていた。
 先のT字路での荷重の懸け方が綺麗で、後輪2セットくらいは使ったのだと思われる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3863

 
       東京湾岸アンダー 4.
 
 
 
■ レインボー・ブリッジの下側を60~80程度で渡って、目の前に結構頑張るトヨタやホンダの小型車がいたりする。
 3.5リッターのワンボックスはちょっと踏ん張れず、後に下がるのだが、日頃営業で千葉界隈から来ている若手はこの道を熟知していた。
 
 
 
■ 左に曲がれば東雲。
 まっすぐで大きな展示場のある方面に流れる。
 デジタル黎明期の大手各社はこの辺りに係長課長クラスを派遣した。
 30近く、癖のある御稲荷さんの手前みたいな妙齢が一緒だった。
 
 
 
■ トンネルの出口で、トレーラーが右に入る。
 私はウィンカーを出しながら呼吸を読む。
 プロの邪魔をしてはいけない。
 相手がプロの場合はである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3864

 
       十二月の雨。
 
 
 
■ 九月にも雨は降った。
 十月にも、十一月にも、雨は、それが定まったことわりであるかのように降っていた。
 九月の雨は、夏の名残を洗い流した。歌の文句にあるように、九月の雨は肩口に冷たかった。
 十月はよく覚えていない。
 十月はふたつある。という漫画があったが、その作者は吉祥寺に住んでいる。
 十一月になると秋は切実になってくる。
 空が少しづつ高くなり、風が尖り始め、ビルとビルの隙間が赤く染まるようになってゆく。
 
 
 
■ 途中、代々木の公園で車を停め、雨に打たれているツリィを暫く眺めていた。
 この時間と雨では、見上げる人は誰もいないというのに、点滅を続ける姿はなにか感じのあるものだった。
 君は冬の夜の水銀灯を見上げたことがあるか。
 私は見上げた。
 ちちちっ、と小さく音を立てながら、冷たく、堅く、それでいて脆く、その下に立てば、物みな苛酷な翳を帯びる。
 私は、十二月の雨の夜の、くぐもった水銀灯のような気分だった。
「暖かいけど、そうかしら、泣かせるって程でもないわ」
 帰り際、彼女は私の手を取ってそう言った。
 
○緑坂 vol. 446
 

2007年12月05日

「緑色の坂の道」vol.3865

 
       十二月の雨 2.
 
 
 
■ 細かい雨が降る。
 そのたびに色が濃くなる。
 風が吹いて少し散り、それから口紅を塗り直す。
 
 

2007年12月07日

「緑色の坂の道」vol.3866

 
       そこにいるだけのあいだ。
 
 
 
■ このコピーはいくつかのところで使った。
 初出は読売で、EPSONやコニカミノルタ。
 ここには名前を出さないがその他のところでなんというかであった。
 ネットで公開しているものは一部である。
 
 
 
■「ボーダー」というバブル期の裏返しのような名作がある。
 その主人公が「愛はいつもつかのまー」と歌う。
 私も十代の頃そのシングルを買って、ザワザワにうんざりすると歌っていた。
 その頃やりあっていた同級の女子が、先日某大学の図書館にいくと並んでいるシリーズ物の編著辺りで名前が出ていて、なんだよあの後博士まで行ったのかよと知れた。
 家庭の事情で一度は勤めに出たのである。
 確か大手の建築関係だった。
 
 
 
■ 彼女とは厄介の手前を行ったりきたりしたが、横顔が綺麗だった。
 父のことを話す時、少しばかりオクターブ高くなったことを覚えている。
 浮名を流したらしいのだ。
 何時だったろうか、わたしね、ピーナッツが好きなの。
 と、裏返った声のモスラを車の中で歌っていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3867

 
       そこにいるだけのあいだ 2.
 
 
 
■ ザ・ピーナッツが歌う「モスラ」は車のHDDナビに入っている。
 東京タワーの傍を通る度、この季節、なんとはなしに思い出す。
 年中生理前といった按配で、細い癖によく喰う。
 
 
 
■ 実はその出だし何小節かはソラで言えるのだが、著作権が煩いのでやめにする。
 俳優の田宮二郎さんは駆け出しの頃、タワー下の交番巡査の役をしていたという。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3868

       バークス・ワークス。
 
 
 
■ JAZZ好きには説明する必要もないが、どういう訳かこの季節、棚から引っ張り出して流したりする。
 LPもあるのだが、問題は針でして、マイクロのベルト・ドライブは埃を被ったままだ。
 私はオーディオ・マニアではないが、真空管の音はいいものだと思う。
 使われているボリュームの品質、例えば繋がっているダイオードを少し上のクラスに替えるだけで明白に音は変わる。
 その時には半田をする訳でして、その盛り方ひとつで何かが逃げたり逃げなかったりもするという。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3869

 
       バークス・ワークス 2.
 
 
 
■ 北澤さんAVアンプってやっぱりダメっすよね。
 とか言っていたいたしかたのないYOMINET時代のチャッターがいた。
 奴の親父さんは大手代理店の偉い方で、つまり極道息子なのだが、それを言うと
「ひとのことはいえないじゃないですか」
 と、還ってくるのが常だった。
 本人が言うのではなく周辺がノベるのである。
 
 
 
■ 彼は音楽関係の道に進んで、親の車を乗り潰した後、男の5年ローンで国産ワゴンの新車を買った。
 前の事務所のあるところに送ってもらったのが今頃の季節である。
 俺、茅ヶ崎に共同でスタジオ作ろうと思うんすよ。
 カズマサさんの関係の方と一緒で、そろそろ親元出ようと思って。
 んん。でもおめえ、その辺り車停めておくと錆びるぞ。
 やっぱそうですか。
 
 
 
■ その後奴はどうしたのか。
 妹さんが美大に入った時は喜んでいた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3870

 
        バークス・ワークス 3.
 
 
 
■ これは誰のピアノだったか。
 爪先立って踊るかのような音色である。
 誰にでも、一時、なにか別のものになれたような時間があって、それを何度目かの青春と呼ぶひともいるが、私はそうは思わない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3871

 
       そこにいるだけのあいだ 3.
 
 
 
■ 東京の12月というのは乾ききっている。
 放っておけば湿度が30とか、セントラルのせいばかりとも言えない。
 先日買った加湿器は喜ばれた。
 こんどは湿度計お願いね、という按配である。
 
 
 
■ ま、そういったものだろうが、私は仕事場のために空気清浄器をつけ加えた。
 前のものが古くなったのである。
 センサーの感度がよく、今煙草に火を点けるとまわっている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3872

 
       冬への黄色。
 
 
 
■ 銀杏の紅葉をレモン色だと書いてきた画家がいた。
 彼女は銀座で個展をしていたのだが、仕事の都合で私はゆくことができなかった。
 この季節、どうしてこう忙しいのだろう。
 先日スタッフの体調が崩れ、無理に病院に連れていったことを思い出す。
 
 
 
■ 私は外苑西、いわゆるプラチナ通りと呼ばれている辺りで打ち合わせをしていた。
 MTGと書く場合もある。
 紅茶の専門店という話で、30になろうかという妙齢が現場を仕切っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3873

 
       冬への黄色 2.
 
 
 
■ くすんだ黄色には、銀、または鼠色がよく似合う。
 これは恐らく我が国特有の美意識で、デザインの世界で言えば狩野派辺りからの流れだろうか。
 映画監督の小津さんはアグファのフィルムを多用した。
 朱色がよく出るからである。
 この朱というのは、身近で言えば神社などで使われているその色で、我々の意識の底に刷り込まれているような気もする。
 私はと言えば、藍色と並んで、いくつかのデザイン・モチーフに応用した。
 ある公共団体運営のサイト表紙などにも、朱と芥子色が交互に顕れる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3874

 
       冬への黄色 3.
 
 
 
■ 黄色から茶へ。
 そしてその先の世界へ。
 黄八丈という柄、ないしは織があるのだが、このベースはその色である。
 格子縞があって、それから少しざらついている。
 
 
 
■ NYや東京都心の按配を描いているというのが私のところだという。
 時々そんな声も聞こえるのだが、それはそれ、歴史とは総体的なものだろうか。
 青磁の灰皿を眺めながら、海辺での撮影のことを思い出した。
 
 

2007年12月11日

「緑色の坂の道」vol.3875

 
       絹の夜。
 
 
 
■ この季節、会合が多い。
 無駄といえば無駄であるし、そうでないと言えばそうでもない。
 私は黒か紫系統のネクタイが好きで、時々締める。
 タイピンは大体席の途中で外す。
 場に応じて時計も、滅多にすることのない革ベルトにしたりして、これでも気を遣っている積りであった。
 
 
 
■ 先日は話を聴いていたらくたびれてきたので席を外した。
 担当者というか、そういった役目の方に許可を得てからである。
 どちらまでゆかれるんですか。
 と、午前中は不機嫌そうな妙齢が寄ってきたので、車だろうかと思った。
 いやいや場末まで。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3876

 
       蒼女。
 
 
 
■ 最近どこも青い光ですね。
 バーテンダーがそういう。
 ダイオードが安くなったからね。
 私はぺルノーの水割りを貰う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3877

 
       ティファニーと弁当と。
 
 
 
■ 仕事の詰めの頃だった。
 弁当をいくつか買う。
 五分ホトいいですカ。
 私はコインを入れずに車をその前に停めていた。
 
 
 
■ 近くにある美術館で、宝石店の歴史が展示されているという。
 デザインされた垂れ幕が水銀灯の下にある。
 弁当屋の前で、光るような、中身がただの綿だと知れるようなブルゾンを着た30男が携帯で話している。
 青山的でなく六本木的で、プラネタリウムがあって24億で。
 誰に言っているのだろうか。
 誰でもいいが。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3878

 
       Quiet Nights.
 
 
 
■ 子供が眠る。
 短い指を、開いたり閉じたりして。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3879

 
       Quiet Nights 2.
 
 
 
■ マイルスのそれだが、舌も胃もざらざらになった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3880

 
       Quiet Nights 3.
 
 
 
■ Once Upon A Summertime
 南の広い荒れた土地で、ただ子供が遊んでいた。
 父はプア・ホワイトで、一日その辺りをうろうろしている。
 
 

2007年12月14日

「緑色の坂の道」vol.3881

 
       Wait Till You See Her.
 
 
 
■ 革のシートというのは冷える。
 近県でのMTGが終わった後、後はメールだなと思いながら都心へと戻った。
 ヒーターのスイッチを入れて、尻の辺りがむずかゆい。
 流していたら、ホンダのワンボックスに煽られる。
 なんだかどうでもいいのだ。
 
 
 
■ ゴトリ。
 と音がして缶コーヒーが落ちる。
 取り出すまでに少しばかり邪魔なものが入って、これは何時からだったろう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3883

 
       Wait Till You See Her 2.
 
 
 
■ 二日酔いである。
 やや風邪も残っているようだ。
 私はいつも風邪をひいているという説があるが、概ねそれは正しく、画期的に元気という瞬間は、おしなべて週に15分くらいだったかもしれない。
 ぐずらぐずら。
 そんな按配20年。
 
 
 
■ 先日会合の後、ひとりで車を拾い、飲みなおした。
 いつものシガー・バーである。
 この季節、このホテルには何度も足を運ぶのだが、寄るべきところがいくつもあってなかなか一人になることは難しい。
 おつかれのようで。
 と黒服が尋ねる。んん、そうなのかなと答える。
 背中に疲れが。はあ。
 その時にはこれで。
 と軽めのシガーを薦められた。
 
 
 
■ 後から女性同伴の方が入ってきて濃い目のチーズを頼んでいた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3884

 
       Wait Till You See Her 3.
 
 
 
■ バーテンダーは性格が悪い。
 と、黒服が言った。
 確かにその通りである。
 人懐っこいバーテンダーが作った酒は、キレが悪いような気になるから不思議なもので、そういう彼は浦安に住んでいた。
 可愛い奥さんがいたりもする訳である。
 
 
 
■ あの界隈、今の時分、ベランダが赤く青く点滅している。
 フェンスの向こうはすぐ海で、自転車がすぐ錆びるという。
 
 

2007年12月15日

「緑色の坂の道」vol.3882

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■パーソナルアドカード 「甘く苦い島 - Insula Dulcamara 」

2007年12月16日

「緑色の坂の道」vol.3885

 
       横浜ホンキートンク・ブルース。
 
 
 
■ 革ジャン
 羽織ってほろほろほろ
(作詞:藤竜也)
 
 
 
■ この季節、緑坂の定番のひとつで、何度か書いた。
 原田芳雄さんが歌うそれは、若干歌詞が変わっていたりして、革ジャンと叫んだ後に一呼吸が入る。
 私はといえば、これを聴いた後にツェッペリンの「天国への階段」を続けるのだから進歩がない。
 別にいいんだどうだって。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3886

 
       横浜ホンキートンク・ブルース 2.
 
 
 
■ この曲の作詞は、俳優の藤竜也さんである。
 日活でやさぐれたチンピラ役をやらせると抜群に旨かった。
 80年代の初めだろうか、煙草の宣伝でその鍛えられた背中がTVに映り、日活を知らなかったような女子大生にもファンが増えた。
 当時付き合っていた妙齢が盛んにそういうので、けっ、と思っていた覚えがある。
 20代の若造には、中年の男の口髭の意味なんてものは想像もつかなかった。
 不順、じゃね、不純だと思ったのだった。
 
 
 
■ 単に男の嫉妬なのだが、それはそれとして。
 藤さんの中年になってからの何本かの佳作を、今なかなか見ることができないでいる。
 確か北方謙三さんの原作だったが、賠償さんと競演したハードボイルド映画があって、そのラスト・シーンで主人公の藤竜也さんが車のハンドルを切る。
 想いを断ち切るかのようにぐっと廻すのだが、一瞬のタメというものが映像の間合いであった。
 
 
 
■ 間合いというのは文体に似ている。
 車はライトの四角いスカイライン。それも平凡な車種である。
 バブルの頃の日本映画というのは、当時の若い女性の髪形のように波打った装飾過多か、さわやか馬鹿な男たちが連なるものが多かったのだが、深夜漠然と眺めていたそれだけは印象に残っている。
 あらすじも忘れてしまったけれども。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3887

       薔薇式。
 
 
 
■ 一杯目の酒を嘗め始めた。
 先日のシガー・バーでは、珍しくブランデーを貰った。
 安くて煙草にあう奴。
 というと二本出てきて、一本はホストクラブでよく出る奴である。
 盆暮れに貰ったこともあって、そちらはやめにする。
 
 
 
■ これは一体どうやって飲むものなのだろう。
 尋ねると、このようにしてと若い黒服が指を廻す。
 眉毛は剃ってからの方がいいのかな。
 と、すこしからかう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3888

 
       薔薇式 2.
 
 
 
■ 今嘗めているのは、普通のスコッチである。
 ブレンドされたそれで、安い時にまとめ買いをさせた。
 
 
 
■ やるべきことが大量に残っているというのに、こうしているのは現実逃避である。
 窓を開け、例えば暗い庭や遠く高層ビルの点滅する灯りを眺める。
 それにはリズムがあって、都会のメトロノームのようである。
 眺めていると見入り、そこに椅子を持ってきたりする。
 遊んで暮らしたいよなあ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3889

 
       薔薇式 3.
 
 
 
■ めんどくさいからここで寝ちゃおうか。
 と思うこともあって、そうなると事務所内浮浪者である。
 青いシートでテントを作る。
 コンロで料理したりして、そうなると火災報知器が鳴るのか。
 
 
 
■ 読売で緑坂を書いていた頃、浮浪者と書くのを憚られ「浮浪の人」とか表現していた覚えがある。
 そんなものは杞憂なのだが、お世話になった方々に迷惑をかけるのを僅かに恐れた。
 タブーという訳ではなく、場とか座敷の問題である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3890

 
       手に一本の薔薇を持って。
 
 
 
■ 坂道を下ってゆく。
 だって、ロマンチックじゃない。
 ポケットに手を突っ込むと、中に忘れたコインがあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3891

 
       手に一本の薔薇を持って 2.
 
 
 
■ そんな緑坂を随分と前に書いた。
 薔薇にはいくつも種類があって、とても覚えきれるものではないが、冷めた紅茶を透かしたような色をしているものが好きだった。
 枯れたビロードにも似ている。
 それからどうするかというと、眠ればいいと思うのだ。
 
 

2007年12月19日

「緑色の坂の道」vol.3892

 
       Stairway to Heaven.
 
 
 
■ 男でも女でも。
 薔薇だけでは生きていけないところがある。
 
 
 
■ 昔、女が暮らしていた辺りに「薔薇100本3000円」とゴシックで描かれた看板の店があった。
 通るたびに思い出す。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3893

 
       Stairway to Heaven 2.
 
 
 
■ その辺り、深夜は80で流れている。
 さぁっ、と銀杏の枯葉が舞い、そこに時々はプラタナスが混じる。
 東京の12月というのは、何処まで乾くかを競っている。
 薄めるに、強い酒が欲しくなるのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3894

 
       Stairway to Heaven 3.
 
 
 
■「夜の魚」一部に、ツェッペリンのこの曲が出てくる。
 
 
 
 日曜の夜なかば、葉子を送るため、第三京浜に乗った。
 雲は斑であり、風が吹いている。
 フロントフォークを伸ばしたハーレーが、芯のないマフラーで隣に並んだ。高圧縮の新しいエンジンだ。国産のゴーグルに旧ナチのヘルメットを被っている。
 昔、透明なチューブの中に麻薬をつめ、キャプテン・アメリカは南部へ向かった。撲殺された弁護士をニコルソンが演じた。
 架空の好況の後、暴力の気配が街に戻っている。
 終点のパーキングでジャガイモのようなものを食べ、缶コーヒーを飲んだ。
 葉子と運転を替わる。トンネルを幾つか越えた。道は比較的空いている。
「これ、ツェッペリンでしょ」
 ジミー・ペイジのギターは、まだ静かだ。
 
 
 
■ 今このサイトに載せているものは、後から編集を加えたもので、改行をかなり削っている。
 本来は一画面にせいぜいが5-10行。
 余白に意味があるのだが、これを活字に組むとなるとまた文法が異なってきていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3895

 
       Stairway to Heaven 4.
 
 
 
■ この辺り、やや専門的な話になるので割愛するが、メディアによって文章や文体は変わる。
 つまりそれは速度なのだが、速ければいいというものでもない。
 それはデザインも同じことで、時間の推移に耐えられるかどうか。
 人を驚かせるようなそれは、じきに古くなるだろうと思っている。
 
 

2007年12月22日

「緑色の坂の道」vol.3896

 
       Ps2.
 
 
 
■ 会合が続いてくたびれた。
 都心にあるホテルでうろうろする。
 久しぶりに取り出してみたら、シルバーのネクタイピンが曇っていた。
 タクシーが値上がりし、それから禁煙になっている。
 
 
 
■ 先日タイアを交換した。
 フロントが3ミリになっていたからである。
「消しゴムのように減る」という言い方があるが、確かにそうで、これが雨の首都高速などであったりするとやや怖い。リアが流れるのはいいのだが、フロントから持っていかれると終わりだからである。
 
 
 
■ いくつか候補はあったのだが、サイズが揃っていないことと違う銘柄にしたかったことでPs2を選んだ。4本まとめてである。
 製造年月日を大体揃えてもらう。
 100キロまでは慣らしなのでなんとも言えないが、少しダイレクトさに欠けるだろうか。今までのものが腰の硬いそれだったので、そう感じるのかもしれない。
 ここからどうなるのか。0.1単位で空気圧を調整しながら飼いならすことになるのだが、この手の車というのはほとんど盆栽の世界である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3897

 
       減った踵で。
 
 
 
■ そうした場で思うことはあるが、緑坂には書かない。
 こちらが誰かを見ているのと等しく、こちらも見られているのだが、ある場面、そこには一抹の寂しさが漂う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3898

 
       柚子湯。
 
 
 
■ 薄い雨が降っている。
 笑い声がきこえる。
 お湯を流して、外は雨だという。
 
 

2007年12月23日

「緑色の坂の道」vol.3899

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■パーソナルアドカード 「甘く苦い島 - Insula Dulcamara 」

「緑色の坂の道」vol.3900

 
       十二月のこのまっくらな真夜中に 5.
 
 
 
■ 部屋を暖めながら、ひとつふたつ原稿を書いていた。
 年明けに企画を出すその草案のようなもので、紙袋二つばかりの資料が廻りにある。
 かたちになってきたかな、というところで酒を嘗め始めた。
 AVO というシガーを半分だけ吸う。
 空気清浄機がまわる。
 雨が強くなってきた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3901

 
       十二月のこのまっくらな真夜中に 6.
 
 
 
■ 1~4 は昨年書いた覚えがある。
 今、検索をしてみると2005年11月の末のようだった。
 たいして気分は変わっていない。
 
 
 
■ 変わったものと言えば、車や使うカメラボディ。
 カードの限度額や皺のひとつふたつだろうか。
 それよりも、いつのまにか自分の場所なのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3902

 
       十二月のこのまっくらな真夜中に 7.
 
 
 
■ マイルスのアルバム二枚聴いていたらスコッチが切れた。
 何時だったか戴いた高いそれを取り出して悩む。
 蟹の缶詰のような扱いである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3903

 
       南瓜の日。
 
 
 
■ 先日南瓜を食わされた。
 いつもなんらかの理由がある。
 それはそれ、子供の頃は覚えていたのだが、酒を嘗めると忘れてしまう。
 冬は足許から近寄ってきて、見上げると空に隙間が増えていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3904

 
       南瓜の日 2.
 
 
 
■ 鈍い黄色というのは、冬である。
 金色とはまたちがう。朱とも近くあって、すこし位置が異なっている。
 知らない間に、私たちは色で何ものかを認識しているのだが、もっとゆっくりしようか。
 
 

2007年12月25日

「緑色の坂の道」vol.3905

 
       低く丸い月。
 
 
 
■ エントランスを出ると白い月が見えた。
 クリスマスの飾りつけの向こうに、取り替えたばかりの蛍光灯のように光っている。
 何時もとは違う人波が流れてきた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3906

 
       窓辺の青い光。
 
 
 
■ その中に女が棲んでいて、部屋の中を泳いでいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3907

 
       ディア・オールド・ストックホルム。
 
 
 
■ 実は北欧に行ったことがない。
 写真を仕事のひとつにしている癖に、私は旅というものが基本的に嫌いだ。
 何故かと言えば、戻ってこなくなる予感があるからである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3908

 
       ディア・オールド・ストックホルム 2.
 
 
 
■ 青山界隈の路地を、マイルスのバラードばかりを聴きながら走った。
 一方通行が多く、慣れないと迷う。
 低層のいいマンションがあって、隠れた事務所にはもってこいなのだが、来客の車と恐らくはゴミ収集が厄介かとも思われた。セキュリティも少し古い。
 
 
 
■ 昔この辺りに友人が住んでいて、羨ましく思ったことを覚えている。
 奴の親父さんがこの間亡くなって、離れていたものだから私は電報だけを打った。
 後でメールを送ると、なんの感慨もないという。
 次は俺達なのかと思うだけだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3909

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■パーソナルアドカード 「甘く苦い島 - Insula Dulcamara 」

2007年12月29日

「緑色の坂の道」vol.3910

 
       WILL-O-THE-WISP.
 
 
 
■ 作品とは不思議なもので、それが10年経っても問題がないことがある。
 
 
 
■ 疲れたので地下に降り、港の辺りに車を流した。
 いつものコースである。
 暗闇坂でコンビニに入り、新しい煙草とお茶を買った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3911

 
       WILL-O-THE-WISP 2.
 
 
 
■ 余ったタクシーの群れを抜け、お台場へのアンダーを流す。
 新型のBMW製MINIが交差点で煽ってきた。
 ナンバーが地元ではなく、ONEとエンブレムにあったから新車なのだろう。
 私はつんのめった形で走る古いMINIが好きだった。
 たとえ5000キロ毎にグリスアップをしなければならなくても。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3912

 
       WILL-O-THE-WISP 3.
 
 
 
■「JAZZ WILL-O-THE-WISP」というのはAL HAIG TRIO の名盤である。
 名盤というのは大体密度が濃いものだが、これも例外ではなく、少しだけ身構えて聴く必要がある。
 JAZZの世界は何処か求道的なところがあって、それも捨てたものではないのだが、私の場合、35を過ぎた辺りから綿パンのプレスは気にしなくなった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3913

 
       WILL-O-THE-WISP 4.
 
 
 
■ 国際埠頭の傍で車を停め、外に出てみた。
 路肩にアイドルしているのは市場が開くのを待つトレーラーの一群である。
 ETCの割引の関係で、時間帯がずれている。
 時々真っ黒な排気をサイドから吐き出している車体もいて、それは軽油の質なのだ。
 霧の中に突っ込んだかと思った。
 
 
 
■ 男たちは正月まで家に帰れない。
 澱のように殺気が溜まる。
 その後、車を出すのだが、決して近づいたり邪魔をしたりはしない。
 こちらは部外者だからである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3914

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「緑色の坂の道」vol.3916

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■読売新聞社 & 北澤事務所

2008年01月22日

「緑色の坂の道」vol.3917

 
      薄い雲。
 
 
 
■ 年末年始というのは、古い瘡蓋に似ている。
 別に何もすることはないのだが、適当になにかをしている。
 おまえはここから出てきたんだぞ。
 と言いたげに、見慣れた風景があった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3918

 
      風かな。
 
 
 
■ 何時だったか出先で、持っていったカメラに不足を感じたので買い足した。
 国内であるとそれが大体できる。
 便利といえばそうだし、切実さが足りないといえばその通りである。
 例えばガソリンの価格が、都心とそう変わりがないことに似ているだろうか。
 違うのは月極めの駐車料金である。

 
 
■ 小さな車に乗って、後部シートを倒し、ジッツォの中型三脚を入れた。
 全部は伸ばさず、二段だけで撮るつもりである。
 手袋の用意がなく、軍手を買って指先を切る。
 地元なのだろう、FMを聴いたりする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3919

 
      海沿いの2C.
 
 
 
■ 忙しく、暫く車に乗れなかった。
 地下の三階に降り、エンジンをかける。
 鍛造だというスカートの短いピストンが煩い。首を振っている。
 せめて窓だけは拭こうとウェスを探したが、折りたたまれたまま固まっていた。
 
 
 
■ 私は窒素ガスを入れていない。
 メンテが楽だという話なのだが、小まめに空気圧をみた方がいいような気がする。
 乗り心地が微妙に違うのである。コーナーでの反応も僅かに異なる。
 今のところ前輪だけ規定値より0.1あげてあるが、それは前のタイアの減り具合からアドバイスを受けたものだった。
 それが正しいのかは分らない。
 
 
 
■ 尻が冷たい。
 灰皿が捨てられていない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3920

 
      海沿いの2C-2.
 
 
 
■ リモコンでシャッターを操作し、その間にベルトを締めた。
 こんなにハンドルが重かったのか。
 軽く踏めばブレーキは鳴いて、なんてボロなのだろうと思った。
 ゆっくりと左折する。
 デフオイルが暖まるまで、ずるずると坂道を昇り降りする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3921

 
      海沿いの2C-3.
 
 
 
■ 軽くブレーキを踏んで、それからハンドルを左右にゆする。
 暖まるとついてきて、昔馴染んだ女の身体のようだ。
 天現寺から上に昇って、海沿いの高架を右へ流れた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3922

 
      海沿いの2C-4.
 
 
 
■ 昔、本牧の辺りにいい店があって、ガキだった私には敷居が高かった。
 一度か二度、隅の方で色のついた水を嘗めていたばかりだ。
 今は、といえば、環境問題に詳しい主婦が昼間から会合を開いているという。
 
 
 
■ 車は湾岸の方へと流れる。
 いつもならこの時間、改造した400馬力などが流しているのだが、フェンダーを膨らませたスープラしか見ることはなかった。
 後ろにFCがいて、サンタクロースが出入りできるようなマフラーから生ガスを噴いていた。
 盛んに左右に振る。
 煽っているのではなく、タイアを暖めているのだろう。
 

「緑色の坂の道」vol.3923

 
      海沿いの2C-5.
 
 
 
■ 本牧で降りもせず、暫く流す。
 その辺りで床まで踏んで、まだエアマスはいけるだろうと思う。
 つまんないな。
 それが何故なのかは分らない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3924

 
      海沿いの2C-6.
 
 
 
■ 外気温は2度である。
 東京の北、三鷹の辺りだとこれより2-3度は低くなる。
 あの界隈に団地があって、かつて一世を風靡された週刊誌の記者の方がお住まいになっていた。
 何時だったか、ヒルズの天辺に連れて行ってやろうと言われたが婉曲に遠慮申し上げ、隣にいた若い奴の背中を押したことを覚えている。
 このカードでないと入れないんだ。
 その日のために社から借りてきたものらしい。
 
 
 
■ 男としてなにかもの哀しいところがある。
 それが何なのか説明し難いのだが、氏はダンヒルのパイプを燻らせていた。
 今ではレアだろうか。
 
 

2008年01月23日

「緑色の坂の道」vol.3926

 
      海沿いの2C-7.
 
 
 
■ 昨日の男。
 覚えているかい。
 
 
 
■ そんなことはないのよ。
 わたしは昼過ぎにおきるから。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3927

 
      消した筈の火。
 
 
 
■ 例えば近郊の都市へゆくと、路地の奥まったところにブルースを聴かせる店があって、もうマスターは老けている。
 一時、背伸びした女子大生や高校生がタムロもするのだが、あれから10年または20年。 もう娘や息子がくりかえす頃合だろうか。
 
 
 
■ そんなことを思い出しながら、ダウンタウンの曲を聴いていた。
 作詞は阿木曜子さんであることが多い。
 分かりやすい、それでいてひとことが普遍的で、私は車から降りて、そこにあるコンテナの横腹を一枚撮った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3928

 
      マニアでいこうか。
 
 
 
■ 最近はあまり書かないが、実はカメラが好きで、意味なく集めていたことがあった。
 なに、手が届く範囲のものだけである。
 随分整理して、手元には一桁くらいしかボディは残っていない。
 一般にプロのカメラマンは、同じボディを2台は用意するという。
 信頼性の問題からだが、レンズを付け替える手間を省くという利点もあるようで、広角と望遠のズームがあれば楽であることも確かだった。
 実際にはそれを首から下げたりはしないのであるが。
 
 
 
■ F2を取り出して、シャッターの音を聴いたりする。
 ニッポンが鉄とガソリンの時代。車がキャブで動いていて、チョークを戻し忘れるとプラグが被った頃合、その自動巻きの時計のような手触りである。
 放っておくと電池がすぐ切れるので、露出計はほとんど使わないでいる。
 広角を入れて絞り、被写体深度で稼ぐというところなのだが、スナップにはそれが一番向いているようである。
 
 
 
■ 指でフィルムを巻き上げ、それから構える。
 これは撮影の呼吸のようなもので、キャノンのF-1もいいカメラだった。
 今ここに載せているNYの画像は、使い込んだF-1で撮ったものである。サブにA-1を持っていったが、それは誰かから貰ったものだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3929

 
      マニアでいこうか の2.
 
 
 
■ デジタル一眼の時代になると、簡単に言えば速射性である。
 秒5-8コマという特質を活かし、ともかく枚数を撮る。
 後から編集するのであるが、極端なことを言えばビデオのキャプチャーから一枚を選ぶ作業にも似ている。ビデオが全てRAWということもないけれども。
 それが写真にとっていいことかどうか、異論はあるけれども、何時までもL型6気筒にソレックス・タコ足・デュアルマフラーという訳にもいくまい。
 
 
 
■ 特性を逆手に取って、今日はこの枚数しか撮らないと決めることもある。
 つまらない時にはシャッターを押さない。
 一定の美意識があって始めてできることなのだが、「捨てる」作業を先にするか後にするかの違いだと私には思える。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3930

 
      無駄について。
 
 
 
■ 妙齢というのはポイントを溜めるのが好きだが、えてして男性はいくつ入っているかを忘れる。
 実は生物学的なところからきているのかとも思うのだが、さておき。
 
 
 
■ 例えばメルセデスのディーゼルのセダンは滅法速い。
 フロントが逆スラストしていた時代のBMWのターボ・ディーゼルも結構な加速をして、80年代には憧れたものだった。
 年間数万キロ走るならば元が取れるという。
 車両代金との差額からである。
 軽油で走る車が、ハイオクを入れたあれこれをぶち抜くというのは、屈折したダンディズムだろうか。
 実際に年に数万キロ走れば、タイアを初めとした消耗品代は相当なものになる訳で、決して経済的であるとは言いがたい。
 オイルの劣化はガソリンよりも早いのであるし。
 
 
 
■「羊の皮を被った狼」という言い方があるが、これは馬鹿にできない永遠の定番で、目立たないセダンが滅法速いというのに男たちは弱い。
 よれよれのコートの下にスキャバルの生地の背広を着ているようなものである。
 話は飛ぶが、数億するというマンションのリビングに家具を一切置かず、出前で炒飯食べているような男がいたとして、半分はそれも御伽噺である。
 
 

2008年01月28日

「緑色の坂の道」vol.3931

 
     月島、銀座裏。
 
 
 
■ 年末から年始にかけて、あるいは一月に入って、会合やらパーティなどが続いた。
 半ば仕事のようなところもあるから、ネクタイ締めて出かけることもある。
 先日は非公式の集まりのようなもので、私は古い革ジャンを羽織って出かけた。
 月島の辺りである。
 
 
 
■ 二三日前に東京は雪が降っていた。
 その後で空に隙間ができたのだろう。
 東か西か、とんでもなく尖った風が一日吹いている日だった。
 夕方から出かけ、ふぐなど食べたりしてそれから銀座界隈へ。
 階段を昇ると見知った顔があった。
 
 
 
■ 旧知のひとと会うとどうしても軽くは済ませられない。
 怒ったり泣いたり、その隣にいるのも楽ではないが、締めは昔遊んでいただろうという髪の白いバーテンダーのいる店である。
 私はそこでラムを嘗めた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3932

 
     月島、銀座裏 2.
 
 
 
■ 荷風が描いた花柳界というのは、実は枕芸者の世界も随分と含まれていて、時々読み返すと結構なコクがある。
 時折すえたような匂いすらするから不思議なものだった。
 白粉と包丁の鉄の味が混ざる。
 
 
 
■ ここから大岡さんや山口瞳さん、または川端さんの作品に流れていってもいいのだが、二日酔いの後薄い風邪を引いたのでやめにする。
 日本酒の冷を調子にのってやっていると、翌日夕方くらいまで使い物にならなく、それでいてやらなければならない仕事が待っていたりもするのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3933

 
     月島、銀座裏 3.
 
 
 
■ 北澤さん、チンボツしているんですか。
 というメールが届く。
 うう、と返信する気力もない。
 誰か替わりに風呂入ってくれないかな。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3934

 
     月島、銀座裏 4.
 
 
 
■ そうもいかないので、上向いてバスにつかる。
 河童である。
 川流れである。
 
 
 
■ 会話を反芻したりもするのだが、よく覚えていない。
 店を出すとして、その名前をいくつか考えたような記憶もある。
「和食-鬼瓦」とか言って、殴られた覚えもあった。
 
 

2008年01月30日

「緑色の坂の道」vol.3935

 
     乾いた夜。
 
 
 
■ 洗ったグラスに酒を注ぐ。
 ハロゲンの光で透けている。
 考えることもなく考えている。
 それもいいのか。
 いや、そうでもなく、と。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3936

 
     乾いた夜 2.
 
 
 
■ いつだったか中央高速への道を流していると、ハイブリッドの車に抜かれた。
 よく社宅の前に色違いで数台停まっている奴である。営業でも使われる。
 結構飛ばしているのだが、どうも理不尽な気分が薄く浮かんでくる。
 これがこちらの思い上がった部分から来ているのか、暫く点検してみたが判断はつかなかった。
 飛ばすのはいいが、止まれなければ仕方ない。
 
 
 
■ 私は先にゆかせることにした。
 銀色のそれは、掻き分けるように車線を泳いで先へ進む。
 廻りは暗くなってきて、それでも前よりは日が長い。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3937

 
     乾いた夜 3.
 
 
 
■ おとなしそうな顔をした女や男の後姿を見送っているような気がした。
 いわゆる市民社会と呼ばれるものの、生臭いところである。
 若い頃、そうしたものに生理的に馴染めず、まわり道をした覚えがある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3938

 
     乾いた夜 4.
 
 
 
■ 東京の冬は乾いていて、寝室や仕事場、その他に加湿器を置くことが多い。
 塩を入れるタイプのそれがあって、今近くにあるのだが、10年程前に買った湿度計を眺めると40から50の辺りを細い針が指している。
 湿度計と仕事用の椅子は少し高いものを買った方がいいというのが持論だが、何故なら永く使うことになるからだった。
 
 
 
■ 永福を過ぎた辺りから道が空きはじめる。
 トンネルの辺りで取締の注意が何度か喋る。
 国営放送の妙齢よりはいい声をしている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3939

 
     乾いた夜 5.
 
 
 
■「池袋と青山は、アラスカとコンゴくらい隔たっている」
 
 
 
■ と書いたのは「真夜中の犬」の作者、ほんまりうさんと関川夏央さんだった。
 名言である。
 関川さんは馬場界隈で教えていたことがあって、かつて関わっていた若い者の何人かがその授業を受けた。
 あ。
 と、廊下で声を出すと睨まれたとかいう。
 あたりめえだ。
 
 
 
■ 私は一般に、若い頃バイクに乗って転んでいた男を信じる。
 いい気になってこの季節に跨っていると、喫茶店に入ろうと階段を昇る時、がくりと膝が笑うのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3940

 
     乾いた夜 6.
 
 
 
■ 最近の青山界隈は、やや枯れた風情があって、年賀のやりとりをさせていただいている大御所デザイナ氏のオフィスの辺りには人影がない。
 246に面した高級スーパーでハーブを買ったりするのが、30代独身妙齢本格派のひとつの休日の過ごし方であるともいう。
 パセリは見切り品で買ってきて、半日乾かしておけば使える。
 それよりもフライパンの裏を洗えよ、と思うのだが口にはしないでいた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3941

 
     乾いた夜 7.
 
 
 
■ さっきまで頭痛がしていたのだが、スコッチをショットで三杯嘗めたら忘れた。
 鶴のマークがプリントされたグラスで嘗めている。
 これは何時だったろう。
 自腹でいった時にはこんなものは貰えなかった。
 
 
 
■ ところで青山界隈であるが、墓地の近くにいいマンションがあって、そこは駐車場が広い。
 隣のビルに銀色の911が停まっていて、ここ暫くは空冷の964だった。
 何年もそこにあるから、新車で買って長いこと乗られていたのだろう。
 薄っすらと埃を被っている姿が私は好きだった。
 
 
 
■ 原宿方面から左へと曲がる。
 北欧の照明が飾られているところを過ぎて少しばかり加速する。
 見慣れた964がなくなって、そのいくつか次の型になっていた時には少しだけ驚いた。
 多分10万キロはいっていたのかも知れない。
 声をかければよかったのかな、とも思うのだが、冷静になればそれも無駄なのである。 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3942

 
     乾いた夜 8.
 
 
 
■ 黒いドレスを着た女が階段を降りてゆく。
 ショールを首に巻き、すこしだけ膝が開いている。
 何時だったかそれを見送って、もう一杯飲もうかという気になった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3943

 
     乾いた夜 9.
 
 
 
■ 夢中に夢見る。
 だってそれはそう。
 ほかになにかあるの。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3944

 
     乾いた夜 10.
 
 
 
■「まだ見ぬ書き手へ」という本がある。
 丸山さんのものだったと記憶するが、今手元にはない。
 なかなか挑発的で、全盛期のストーンズのような、それでいて端正な文章だった。
 もう20年以上も前から、文学の世界で飯は食えなくなっている。
 最も権威あると言われる賞の初版がいくつで、返本がいくつで。
 そうしたところの印刷を一手に引き受ける社の方が、そうなんだよと言っていた。
 
 
 
■ JAZZの世界もそれは等しい。
 国立大の音楽科を出た彼がいくつかのところを転々としてピアノ教室を開く。
 コンクールでそうなった妙齢が、レフ版を当てられて顔が白い。
 
 
 
■ 腕はいいのである。
 皆、それなりに才能もある。
 違うのは何かといえばよく分らないが、そこに立っていて、あるいはうつむいていて、こちらに伝わる一本の震えではないかと思うこともあった。
 そればかりでもないのだが。
 
 

2008年02月03日

「緑色の坂の道」vol.3945

 
     見知った女。
 
 
 
■ 先日縁ある方が亡くなって、その葬儀に参列した。
 義理事というのは出すぎてはいけないというのが私の持論で、できれば裏方を務めていた方がよさそうな気もする。
 実際はそうもいかないのであるが、年齢と立場に応じての振る舞いを求められたりして、浮世というのはそれなりである。
 
 
 
■ 北鎌倉の駅の辺りでひとを降ろす。
 送らなくてもいいというのであるが、そうもゆかず、何時の間にかここまできてしまった。
 北澤君、飲めずに残念だな。
 はぁ、医者にとめられていまして。
 それは藪だよ。
 は。
 
 
 
■ その方を降ろした後、私は海の方角へと向う。
 昔ある作家が、葬式の後は女のところへ寄るものだという一面の真理を書いていたが、その気分は分らないでもない。
 確かこの界隈に、この角から30分で。
 海沿いの自販機でお茶を買う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3946

 
     二月。
 
 
 
■ 海に降る雪は音がしない。
 海面から薄く白いものが揺れていて、それは春を告げる。
 
 

2008年02月14日

「緑色の坂の道」vol.3947

 
     隠れた馬。
 
 
 
■ スタッフに後をまかせて、地下へと降りた。
 割り切れないものがあって、それが何なのか形にならない。
 こうしたときは何をしても駄目で、ふらりと飲みにゆくか、それとも軽く流そうかというところである。
 寝癖に水をつけ、だからどうしたと思いながらエレベータを待った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3948

 
     隠れた馬 2.
 
 
 
■ 坂の頂上まで少し詰まっていた。
 この坂道は結構飛ばしてくる。少し慎重に曲がってゆくのだが、デフやATオイルが暖まるまで先にいかせる。
 目黒インターから入ってボリュームを上げると、美空ひばりさんだった。
 
 
 
■ 今70近い方々がおられて、肩書きは社長や代表になっている。
 ひばりさんの頃合に東京に出てこられた方々だろうか。
 社長、今の話、ほとんどなんとかエックスではないですか。
 おうよ、取材されたよな。
 そんな話をいつかの会合の後にしたことがあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3949

 
     隠れた馬 3.
 
 
 
■ 君、生まれどこだい。
 親はどこからきたんだい。
 ふんふん。
 ガキの頃、悪さはしたのかい。
 
 
 
■ おばさんおばさん大変だ。
 こっそり空き巣が狙ってる。
 ひばりさんの最も元気な頃合の歌が流れる。
 一体誰の趣味なんだと思いながら、芝の辺りは工事中である。
 
 
 
■ 社長の傍には秘書がいた。
 小柄で眼の細い、性格のよさそうな妙齢だった。胸はない。
 すいません、もう少し傍にいてください。
 は。私日本酒取ってきます。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3950

 
     隠れた馬 4.
 
 
 
■ 暫くすると一車線になって、ワンボックスに視界を塞がれる。
 右へ左へという坂を加速すると、一気に海が見える。
 私はこのカーブが好きだった。
 昔、退屈しのぎに書いた小説の中で使った覚えがある。
 
 
 
■ トンとギアを落とし、濡れた路面で半分だけ踏んだ。
 まっすぐいけば一号横羽。左に逸れればベイブリッジである。
 グリップを確かめながら、リアに荷重をかけAMGのワゴンをパスする。
 この辺り、メルセデスの10台にひとつはそのバッジをつけている。
 そんなもんだけどな。
 ルノーとプラットを共有した1.5リッターが追いすがってきて、それはそれなので左によけた。
 
 
 
■ 細かな雨が流れてゆく。
 これが雪になるのだと、薄く窓を開けながら匂いをきいていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3951

 
     隠れた馬 5.
 
 
 
■ 細かな雨がフロントガラスを流れる。
 はじめは霧のようで、次に大粒になり、それからまた針に近くなった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3952

 
     隠れた馬 6.
 
 
 
■ 横浜まではいかないさ。
 私は深夜の東京をぐるりと廻った。
 途中で缶コーヒーを買い、これでいいからとスタッフに電話をした。
 手元にメモ帳のようなものがあって、それに単語を殴り書きする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3953

 
     隠れた馬 7.
 
 
 
■ それから雪になった。
 革シートのヒーターは、一定の温度か時間になると切れてしまう。
 私はといえば、助手席に置いた煙草をまさぐっている。
 場所は千葉との境目、初代ゴジラだと背が届かない辺りである。
 強い酒が欲しいのだが、今眼の前に若い女の身体があったらどうなのかと思う。
 
 

2008年02月15日

「緑色の坂の道」vol.3954

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2008年02月18日

「緑色の坂の道」vol.3955

 
     欠ける月。
 
 
 
■ 山本夏彦さんがそのエッセイに「満つれば欠ける」と書いていた。
 全盛期があれば後は落ちる一方なのだと。
 この、無理をして若作りをしている妙齢醗酵派の股上の短いパンツを後ろから眺めたような気分は、時々ではあるが私も分る。
 すうっと、冷気が這い上がってくるのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3956

 
     欠ける月 2.
 
 
 
■ この冷気というのは、自分の中にあるサモシサに似ている。
 欲というのは誰にでもあるものだが、そして今どの辺りいるのかを時々は自らで確認しなければこの社会、色々と厄介でもあるのだが、匙加減も難しい。
 
 
 
■ 随分昔のことである。
 引っ越して近隣に挨拶にいった。
 私は銀座界隈で買った緑色のブルゾンを着ていた。とりあえずはブランド物である。
 
 
 
■ あら、ごくろうさま。
 と、昼間でも化粧を見事にされた若奥様に言われ、はあ、そうではないのですがと答えた。
 んん、この色は宅急便であるのだなと、世間を知ったつもりになる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3957

 
     欠ける月 3.
 
 
 
■ このところ、仕事上でのあれこれは書かないでいる。
 書いてもいい契約であっても、まあ、いいんじゃないかという気分があるからだった。 すこし冷ました仕事。
 と言っては失礼だが、その当時の担当者にご迷惑のかからない範囲のものだけのいくつかを時々、というようなところだろうか。
 
 
 
■ NY関係の画像は、その原型の初出が読売。
 その後で作品集となったり、B0サイズで展開されたものがセイコーエプソンである。
 他の企業にも多数使われているが、割愛する。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3958

 
     春めく。
 
 
 
■ 坂道を散歩した。
 風は強いのだが、いくつかの花が咲いていて、枯れた枝すら水を含んでいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3959

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2008年02月26日

「緑色の坂の道」vol.3960

 
     ウェット。
 
 
 
■ 詰めた仕事が途中で、書類の山の中で漠然としていた。
 もういいや、という按配で酒を嘗め始める。
 何時だったか、31年ものというシングルモルトを貰ったのだが、ほとんど4000円クラスの葉巻みたいな味で、普段どうにかするにはドーニモならない。
 滅多に機会はないが、お座敷で背筋を伸ばした芸者さんの三味を拝聴しているような感じである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3961

 
     WeT.
 
 
 
■ 箱で買ってある水を取り出して、チェイサーにしている。
 冷めたコーヒーを一口飲んでから、スコッチというのもよくやる。
 身体に悪いのではナカロウカ。
 そうであるかも知れない。
 
 
 
■ 若い頃、ふと思い立って当時隠れていた港区のビルから深夜のジョギングを試みた。なんとなく都会方面へということで、六本木の傍までいき、疲れたので帰りはタクシーだった。
 まだヒルズなどはなく、防衛庁の近くにはソウルバーがあり、そこから狸穴に抜けるとショールームに幅の狭い911が停まっていた頃合である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3962

 
     中がひろい。
 
 
 
■ 確か宍戸丈さんは、50歳になるまで身体を鍛えていたという。
 本当か嘘か。
 たまにそのお姿を映画やその世代向けのカタログなどで拝見すると、憮然とした顔をされ、新素材の暖かい下着などを身につけておられた。
 この辺り、同じ男として思うところはあるのだが、ゆっくりと口にしない。
 
 
 
■ 例えば渡哲也さんが、随分と前に大病をしている。
 復帰できるかを危ぶまれたこともあったが、あの声と独特の風情は健在だった。
 私が日活映画が好きなのは、こうした歴史があるからだと思う。
 鈴木監督の作品に出ている渡さんなどは、今見てもシュールである。
「流れ者には女はいらねんだ」
 やや訛が残るが、昨今これをある界隈で言えば、「女はいらねえニダ」「アルヨ」などとなり、ムヨーな誤解を招く。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3963

 
     中がひろい 2.
 
 
 
■ 自分が綺麗だと自覚している女がいて、その後ろには怯えがあるのだが、まだそれを突きつけられるところまでは至っていない。
 
 
 
■ どう。
 という顔をしたので、私は論評を避けた覚えがある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3964

 
     中がひろい 3.
 
 
 
■ と、この辺りは何日か前に書いたものである。
 緑坂は日記ではないので、そして必ずしも本当のことが書かれている訳でもないので、青少年はホンキにしないように。
 
 
 
■ 風の強い日があって、薄く窓を開けていたらデスクの上が砂だらけになった。
 これが春一番であるとは俄かに信じがたい。
 夜は冷え込む。
 しかし、ほんの少しではあるのだが、空の色が変わっていることにも気づく。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3965

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2008年02月27日

「緑色の坂の道」vol.3966

 
     君の胸の先の音。
 
 
 
■ 昔、こんなコピーを書いたことがある。
 EPSONのとある広告に使われた。
 担当のT氏は、今は偉くなってあれこれしているのだが、当時は口髭を生やしていた。
 白髪もそれほど目立たない。
 
 
 
■ 高輪にあった事務所。その穴倉のような仕事場で長い打ち合わせをする。
 7時だったか8時だったか。
 定時を廻ったのでまあ一杯。
 という按配で、ショットグラスをふたつ並べては気合を入れたこともあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3967

 
     君の胸の先の音 2.
 
 
 
■ 画像は、荒れた海の写真である。
 画像処理ソフトのバージョンがいくつだったか、OSはNTだっただろうか。
 そんなことはどうでもいいのである。
 
 
 
■ 当時まだデジタル一眼は半ば実験段階で、その時は確かモノクロフィルムで撮ったものをフィルムスキャナで取り込んだ覚えがある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3968

 
     君の胸の先の音 3.
 
 
 
■ 自分の作風を模索したり確立するプロセスというのは大事である。
 誰にでもそういう時期があって、恐らくそれは持って生まれた様々なものと、後から習得した経験や知識を相対化するところから始まるものだろうとも思う。
 模倣者も出てくるのだが、通して眺めてゆくとどこか違う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3969

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2008年02月29日

「緑色の坂の道」vol.3970

 
     二月尽。
 
 
 
■ 忙しく、車に乗っていない。
 プロラボに出したポジの現像も、気にはなっているのだが取りにいけずにいた。
 スタッフに頼もうかという気もするのだが、急ぎのものではないので、まあいいだろうという按配である。
 最近ポジというのはそういう位置づけになっている。
 暫く寝かせるかのような。
 
 
 
■ そうこうしていると薄い風邪が身体に入って、次第にそれが厚みを増す。
 これはいかんな、とかかりつけの医者に薬を貰いにゆく。
 矩形のスペースから一歩も動けないことが何日か前にあった。
 
 
 
■ 遠くで子供の泣き声がする。
 父や母の顔が浮かび、何かをくりかえしては遠くへと去る。
 定番なのだな、と思いながら私は夢をみていたのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3971

 
     半月。
 
 
 
■ 高いところに月があって、廻りに雲がない。
 黒い庭は眠っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3972

 
     黒い庭は眠っている。
 
 
 
■ ポーランドの詩人に、と書き始めるといかにもそれらしい。
 が、このところ詩集などはあまり捲っていない。
 若い頃に買った新潮文庫などが僅かに残っているだろうか。
 あれは擦り切れるまで読んだ。
 覚えているか、と聞かれると、そういうところもあり、そうでないところもある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3973

 
     イマジネィション。
 
 
 
■ シナトラとトミー・ドーシーのアルバムを聴きながら、壊れかけたソファの上でこれを書いている。
 緑坂用のUSBメモリがあって、一度尻ポケットで割った。
 掲載は私がすることもあり、スタッフに頼むこともある。
 サーバーがいくつかあるので一回は掲げるのだが、部分的に会員誌みたいなことをして遊んでいたこともあった。
 
 
 
■ ソファの上に座布団を持ってきて、それに胡坐をかく。
 それなら絨毯なり床に座ればいいとも思うのだが、そんなことよくわからない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3974

 
     わかい木 1932.
 
 
 
■ 仕事場のデスクの上はガラスがひいてある。
 一度、エスプレッソを入れる器具、その湧いたばかりのものを直接置いて、見事に割れた。
 あのときは金がなく、相当泣いた覚えがある。
 確か大井町辺りのガラス屋の親父さんが訪ねてきて、その場で面取りをしていった。
 それでなんですかい、先生は何をされているセンセイなんですかい。
 
 
 
■ おいらには難しくてさっぱりわかんねえや。
 とか言いながら、一服を何度かくりかえし、茶をおかわりして軽トラックで戻っていった。
 勉強してくれたかと言えば、全くそういうことはなかった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3975

 
     わかい木 1932-2.
 
 
 
■ 親父さんは、娘さんの話をしていった。
 カカアがピアノとか言い出しましてね。
 はあ。
 それでおいらは月賦で買ったわけだ。
 
 
 
■ 当時、娘さんがちょっと気に入らない相手と所帯を持ち、もうじき孫が産まれるかというようなところだったらしい。
 職人の風上にもおけない野郎でね。
 センセイ方の世界にもあるでしょう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3976

 
     わかい木 1932-3.
 
 
 
■ 私は若造だった。
 分ったような顔をして、何も分っちゃいなかった。
「あら、今は違うの」
 という声があちこちから聞こえるが、何もリエゾンでなくてもいいとはおもう。
 
 
 
■ おいら八ツ山から先なんて年に数回しか行かない。
 八ツ山とは、旧江戸と東海道を分ける品川にかかる陸橋である。
 かつてはその下を水が流れていた。
 少し高台になっていて、ゆっくりと曲がってゆく海老茶色の電車の踏切がある。
 教会がありホテルがあり、それから御殿山のお屋敷町とその坂下がある。
 
 
 
■ 東京でいうところの下町。
 例えば滝田ゆうさんの描く界隈と、少し先の銀座界隈とでは、ひとの流れも物の流通も、もしかしたら違っていたのかも知れない。
「幕末太陽伝」という日活の名作があるが、いい気なお坊ちゃまとそうではない階層とのドタバタを、裕次郎とフランキー堺さんが演じていた。舞台は品川宿である。
 フランキーさんはモダンボーイそのもので、ジャンルは違うにせよ三木トリローさんの流れを確かに汲むスタンスと演技である。
 これは何処で撮ったんだろうな、と捜しにゆくのだが、今はクリークの脇に薄いマンションが建っていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3977

 
     なにを言問う。
 
 
 
■ 言問通り。
 東京には「言問橋」という名の橋がある。
 まだ歩いて渡ったことがない。
 今頃渡れば、多分風邪がぶり返していくのは確実だが、要は土地勘、馴染みがないからなのだろう。
 
 
 
■ 上村一夫さんという漫画家がおられた。
 同棲時代とか、修羅雪姫などで名がしられている。
 小品に見るべきものがあって、神楽坂あたりに棲息する「帯師」の話であるとか、巣鴨ガスタンク裏のゲイ・バーのマスターが主人公の探偵物なども繰り返し読んだ。
 
 
 
■ 読んだからどうだという訳でもないのだが。
 では言問の辺りから上りに至って、路線に並ぶ赤提灯で飲もうかとか、近場のドヤに暫く泊まってみようかと考えたことはない。
 それをしてはいかんのではないかという気がする。
 自分は通り過ぎる立場なのだから、生活はここにないのだから、舞台裏を覗いてそれがどうなるのかと思うのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3978

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「緑色の坂の道」vol.3979

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「緑色の坂の道」vol.3980

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2008年03月31日

「緑色の坂の道」vol.3981

 
      花の雨。
 
 
 
■ 春というのはこころいそぐものだが、年によって、またその時々の立場によって、そのコクは変わってきているようだった。
 外は薄い雨である。
 窓ガラスから、ライトアップされた桜を眺めている。
 なんということもなく、冷酒を嘗めはじめる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3982

 
      花の雨 2.
 
 
 
■ 二輪ばかりの桜の房を探した。
 上着のポケットに確か入っていたはずだが。
 別れ際にいただいた名刺とともに、すこし乾いたそれが出てくる。
 
 
 
■ 指先で伸ばして、器に入れてみる。
 なんだか毎年そんなことをしているようで、冷酒の酔いは後からきく。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3983

 
      花の雨 3.
 
 
 
■ 乾いた花弁は、ほとんど白に近い桃色である。
 こうしていれば、そう捨てたもんじゃないだろう。
 結構いい酒に浮かべているのだが、私は古い女友達の顔を思い出した。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3984

 
      花の雨 4.
 
 
 
■ 暫く東京を離れていた。
 車のこともあったし、列車でということもあった。
 年相応の厄介が少し。
 仕事が少し。
 最近、撮影機材は分散して、その土地土地に送ってもらうことにしている。
 
 
 
■ いつだったか戻ってきて、緑坂を入れたUSBメモリがなくなっていることに気づいた。
 出先でもたまに書いていたのだが、そこは流れる雲のようで、いつもとりとめがない。 
 

「緑色の坂の道」vol.3985

 
      花の雨 5.
 
 
 
■ すぐに会合がいくつかあって、〆切がひとつふたつあって、それはメールでは済まない性質のものである。
 私は背中が痛く、湿布らしきものを一面に張って列車の窓側にいた。
 畑仕事をしたからである。山の樹木の伐採をしたからである。
 ええ、ホンキにしないように。
 
 
 
■ 若い頃、こうした座席ではなかなか眠れなかったものだが、今はポケット瓶などなくてもうつらうつらはできる。
 単に移動だという気もする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3986

 
      そこに置く色。
 
 
 
■ 坂道を昇り降りしていていると、白や薄い桃色のひとかたまりが目に入る。
 これが全て桜なのだが、こんなにあるのかと俄かに驚く。
 普段はただの緑色か、または灰色の雑木のようにしかみえていないのだった。
 
 
 
■ 夏の花火と等しく、花は遠目に限ると私は思っているところがあった。
 ことさら近づいたり、種類の薀蓄を語ったり、写真を撮りにわざわざ出かけたりというのはどうも体質に合わないような気もしている。
 
 
 
■ 山に近い小学校の校庭に花があり、赤や青のナイロンのジャンパーを着た子供たちが走ってゆく。下校時間なのか。
 なんてこったい、カメラ持ってきてないじゃないか。
 と反省したことが何年か前にあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3987

 
      踊りながら北へゆくひと。
 
 
 
■ 桜の頃、どうもそわそわするのは人の常のようである。
 合理的な理由などないが、別にそんなものはいいのであって、この週末はよく晴れた。 
 
 
■ ちょっといってみようか、と車を出したのだが、都心のいくつかのスポットへの道は大渋滞である。
 北の丸辺りにいいホテルがあって、その一室はこの時期、大手代理店が接待用に押さえているという噂があったものだが、その真偽は知らない。
 いわゆるバブル期の、爪先立ったお話だろうか。
 私はクラクションを軽く鳴らして、ハンドルを右に切る。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3988

 
      踊りながら北へゆくひと 2.
 
 
 
■ 列島、北端の桜というのを見たことがない。
 未だ見たいというところまでは切実ではないのだが、これが後20年もすると別の気配になってゆくような気もしている。
 
 
 
■ 西行というはぐれた男が中世にいたが、残るのはその句から知れる彼の自我である。
 似たようなことを思っていたのだなと、時の隔たりを忘れて、なんということだろう。 
 

「緑色の坂の道」vol.3989

 
      湯女絵図。
 
 
 
■ ぱらぱらと古い書籍をめくっていたら、一枚の写真が出てきた。
 熱海美術館、現在はMOA美術館所蔵の、湯女図(重文)である。
 髪を後ろで軽く縛った湯女が、ぼんやりと遠くを眺めている。
 何人かいる女たちの真ん中に立って、腕は懐にはいっている。
 着物にはさくらの模様が描かれていて、17世紀初頭ではまだ友禅が出来ていない頃合だから、手描きの「辻が花」か小袖だろうか。
 
 
 
■ さくらの模様はかなり大きい。
 身体の線は一筆で柔らかく、無造作な前髪の辺りと相まって、濃艶な色気を撒き散らしている。
 湯女は放心したかのように空を見上げているのだが、じきに夕刻である。
 
 

2008年04月03日

「緑色の坂の道」vol.3990

 
      湯女絵図 2.
 
 
 
■ 湯女というのは江戸の頃生まれた一種の遊女である。
 ここから微細な薀蓄に流れてもいいのだが、緑坂の読者には野暮なことだろうからやめにする。
 そういうサービスのようなものがあったということで。
 どこかで江戸の町の独身率を調べた文献があったような気もするが、今、捜すだけの気力はない。
 
 
 
■ 風呂あがりにさくらを眺める、というのは思い切りベタである。
 俗の極みのようなものだが、それはそれ、昔の銭湯の背景に富士山があったり桜の絵柄が描かれていたことと相通じるところもあるだろう。
 一般に、市井の人たちが花見をするようになったのは、秀吉の頃からと言われる。
 吉野の花見、醍醐の花見など、残る絵巻には人物よりも桜の方が大きく描かれていた。 
 

「緑色の坂の道」vol.3991

 
      霞かな。
 
 
 
■ 新古今和歌集の春歌・上下は130数首である。
 なかで桜をうたったものが100余首ほどもあった。
 西行も随分と詠んでいて、彼の旅した先、いたるところに「西行桜」なるものがうまれたのも世の流れだったのだろう。
 新古今からひとつ。

ながむとて花にもいたく馴れぬれば
散る別こそ悲しかりけれ
 
 

「緑色の坂の道」vol.3992

 
      花の下にて春死なん。
 
 
 
■ 西行法師の住んでいた庵室は「花の寺」の名で呼ばれた。
 桜の歌はたくさんあるが、私が好きなものは、もっとも有名なこれである。
 
願わくば花の下にて春死なん
そのきさらぎの望月の頃
 
 

「緑色の坂の道」vol.3993

 
      覚めても胸の騒ぐなりけり。
 
 
 
■ 今、私のいるところから一群の桜の枝がみえる。
 散策しているひとたちもいて、そこへ入ればいいのにとも思うが至らない。
 ここ数日のあいだなのだが、桜の白や桃色よりも、周辺にある緑の色と分量が、次第に多くなってきていることに気づく。
 枯れ枝だった大きな欅の先の辺りが、薄く煙ったようになって、次第に上を覆うのである。
 表参道の辺りを車で行き来すれば、もう空は半分しかない。
 
 
 
■ この浮き足立った感情を抑えるのにすこしばかり苦労する。
 このまま吉野へいこうとか、嵐山界隈でぼんやりしようとか。
 または海沿いにある桜の樹を捜しにいきたい、などと考える。
 いったら最後、暫くは風来である。
 悔しまぎれに、ソメイヨシノはどうも埃っぽくていけない。
 など、知ったようなことを言って、乾いた寿司を摘まむのである。
 
 

2008年04月04日

「緑色の坂の道」vol.3994

 
      春は名のみの。
 
 
 
■ 風の寒さや。
 という歌を口にしながら、坂道を下ってきた。
 放っておくと花弁がアスファルトの上を舞う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3995

 
      四月のおもいで。
 
 
 
■ クリフォード・ブラウンというトランペッターがいた、
 ややマニア好みなのだが、ちょっと枯れた音色は30を半ばほど過ぎると、その良さが分るという。
 何時だったかの夕刻、西参道の辺りを流していて、それを聴いた。
 桜はとうに散っていて、古い恋のからくりのようである。
 
 

2008年04月09日

「緑色の坂の道」vol.3996

 
      春のまぼろし。
 
 
 
衰えし舞姫あはれ圓山に来ては
落花を踏みてかえりぬ
 
 
■ 吉井勇さんの歌である。
 吉井さんにはこんなものもあって、今うろ覚えで書いてみる。
 
病み上がり吉弥がひとり河岸にでて
河原蓬に見入るあはれさ
 
 
■ 字句の使い方など間違っているかもしれない。ご寛恕のほど。
 吉井勇さんと言えば「かにかくに祇園は恋し」の句で知られる程京都好き、また遊び好きと言われていたのだが、果ての景色をきちんと眺めておられた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3997

 
      花の雨 6.
 
 
 
■ あるとき仕事場に篭って、黙々と作業をしている。
 留守にしていたあいだ溜まっていたものがあって、その整理である。
 なかなか次にいけない。
 途中強い風と雨の日があって、花はとどめをさされたようだ。
 
 

2008年04月10日

「緑色の坂の道」vol.3998

 
      夜来風雨声
      知花散多少.
 
 
 
■ 鳥の飛ぶ音。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3999

 
      夜来風雨声
      知花散多少 2.
 
 
 
■ 屋台が雨に濡れている。
 向こうに緑がみえている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4000

 
      桜雨。
 
 
 
■ 細かな雨が降り続いている。
 本当は「春霖雨」と呼ぶらしいが、ま、そこは流れで。
 私は頭がぼんやりと痛く、さきほど生理痛の薬を噛んだ。
 そんなもの、まだあるのかって。
 ええ、もうじきです。
 
 
 
■ 確か芥川だったかに、隅田川を下る蒸気船から向島の桜を眺める箇所がある。
 どんよりと曇った午後、江戸以来の桜の一群に彼は自分の姿をみる。
 いかにも重い桃色か灰白色の塊はいかばかりのものか。
 
 

2008年04月12日

「緑色の坂の道」vol.4001

 
      草競馬流浪記。
 
 
 
■ 春霖もすっかりあがる。
 緑の彩度が高く、これが五月まで続くのだと思われた。
 緑坂の回数がいつのまにか4000になっていたが、特別の感慨はない。
 山口瞳さんの「草競馬流浪記」をぱらぱらと捲る。
 
 
 
■ 私個人はギャンブル一般というものをほとんどやらない。
 麻雀パイの読み方も実は詳しくは知らず、廻りから意外に思われることが度々あった。
 その理由は自分なりに分ったつもりになっているが、果たしていかがなものだろう。
 山口瞳さんはこう書いている。
 
「僕は、こう思う。飲む・打つ、買うというのは人間の本能である。これをおさえると結果はよくないし、第一、そんなことは不可能である。しかし、飲む・打つ・買うの三つを同時に行うと人間は破滅するとも思っている」(新潮文庫:22頁)
 
 
 
■ 至極当たり前のことを端的に書く。
 山口節の基本であるのだが、読者は山口さんの句点の使い方に注意していただきたい。これがひとつのリズムを生んでいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4002

 
      草競馬流浪記 2.
 
 
 
■ この本は、名作「世相講談」の随分後に書かれたものである。
 内田百閒の「阿呆列車」シリーズを下敷きにした道中記なのだが、山口さんは内田さんの半ば弟子のようなものだったから、流れとしては自然である。
 馬の名前を漢字に置き換えたりしているところは、すなわちそうだ。
「世相講談」というのは山口さん初期の傑作で、向田邦子さんが「わたしはそれ以外認めない」と、言ったとか言わないとか。
 仲の良い者同士のじゃれ合いのようなものだが、奇妙に納得もしてしまう。
 実を言うと私もこれほどコクのある、つまり元手がかかっている短編は、そう多くないだろうと思っていた。
 
 
 
■「草競馬流浪記」も「世相講談」も、一晩で読み通すには辛い。
 思い出したようにぱらぱらと捲るという性質のものである。
「世相講談」と確か同時期に、開高健さんの「ずばり東京」という傑作ルポがあったが、これもかなりのモトデがかかっていて、緑坂で何度か書かせていただいた覚えがある。
 
 
 
■ そういう話をしているのではなくて、ええと。
 つまり
「いかがわしいという感じが好きだ。それから、何事によらず一生懸命というのが好きだ。むろん祭りが好きだ。
この競馬場、それが渾然一体となって充満している。
僕は有頂天になり、ほとんど狂喜した」(前掲:17頁)
 いかがわしさ、というものについてなのである。
 
 

2008年04月17日

「緑色の坂の道」vol.4003

 
      オイルオタク。
 
 
 
■ 週末、色々と面白いことがあったのだが割愛する。
 昔ならこうしていたな、と思いながら、そうもいかないよなと自重する訳である。
 
 
 
■ まだ2000キロ少ししか走っていないのだが、なんとなくオイルを換えた。
 虎ノ門や恵比寿のバーで、18年のボトルを入れられる額である。
 高いなあ、どうしろっていうんだよ。
 はあ、わたしにイワレテモ。
 それは誠にそうなので、ただ言ってみたかっただけなんだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4004

 
      FUCHS TITAN SUPERSYN SL.
 
 
 
■ 車の世界は、ある一定のラインを超えると、ほとんど単車乗りの世界と変わらなくなる。
 BASのゴールドスターなど、まず見ることはないが、もしそれが首都高の一号線、羽田トンネルの辺りを下っていたら、私は窓を開けてその排気音を聞くだろう。
 暫く付いていくかもしれない。
 川崎のW1Sも同じことで、今走っている個体はヘッドを無鉛対応に換えたそれである。振動でエア・クリーナーが落ちないよう、特殊な接着剤を塗っていても不思議ではない。 
 
 
■ 今の化学合成のオイルは相当よくなっていて、0W-50とか5W-50を使うとエンジンが軽くなる。エステル系だと尚のことだが、その分耐久性は落ちてしまう。せいぜい3000が寿命だということも多い。
 また、乗っても乗らなくても、6ヶ月に一回はオイルを交換した方が車には良いものだとされていた。メーカー指定が例え1.5万キロだとしてもである。
 道楽で乗っている場合、実際は季節ごとということになるわけだが。
 
 
 
■ 私は湾岸の外れから海の方角を目指した。
 ちょっと確かめるようにアクセルを踏む。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4005

 
      Dewar's.
 
 
 
■ 油膜の感じというのは、妙齢の月の満ち欠けに似ている。
 指に触れサラサラしていると、例えばこのひとの場合にはもうじきだとか、後のシーツがすぐ乾くとか。その後に銀色の鱗のようなものが光っているとか。
 
 
 
■ 手を置いておくとじっとりと汗が浮かんでくるような肌というものがあるが、単車や車のエンジン、そのオイルというのもそれに似たところがあるような気がするのは、春のせいだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4006

 
      Dewar's 2.
 
 
 
■ 何時の間にか葉山だった。
 一色海岸で煙草を吸う。
 海は少し曇っていて、遠くまで見通せない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4007

 
      Dewar's 3.
 
 
 
■ 昔一緒に仕事というかなんというかをした方がこの辺りに住んでいる。
 表敬訪問をするには遅い時間だった。
 
 
 
■ 知人の小説家も海沿いのマンションに棲んでいて、夏の雑踏を避け、敷地のフェンスには厳重な金網が張ってあった。
 奥まったところに、ローバーのMG、V8が駐まっているのだが、かつてのBではなく、パワーステアリングの付いていない箱スカみたいな奴である。
 私が今いる辺りにも一二台棲息しているので、なんとなく苦笑いしてしまう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4008

 
      Dewar's 4.
 
 
 
■ 速さというのは相対的なものである。
 リミッターが効いて250だという車があったとして、新幹線のようにコンスタントにそれを維持できる訳では勿論ない。
 例えば雨の日のサーキットで、F1がタイトコーナーを曲がる映像を見た方は多いだろう。
 信じられないくらい速度を落としている。
 そこからの立ち上がり、加速の仕方が並ではないのだけれども。
 
 

■ 小さな子供が通学している路地で0-100キロを競う奴がいたら愚かであって、何故こんなことを書いているかというと、表現の世界にも似たようなことが言えるような気がしているからだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4010

 
      エバンスは甘いわね 2.
 
 
 
■ なるべく望遠で。
 とか、私は言う。
 風景は広角もいいものだが、人物やその他は余計なものが入りすぎるのである。
 広角で、しかも絞って妙齢を撮ると後で確実に恨まれる。
 
 

2008年04月21日

「緑色の坂の道」vol.4011

 
      黄色いシビエ。
 
 
 
■ 横浜界隈にある一室でこれを書いている。
 打ち合わせでこの辺りにきて、一杯を嘗めることになり、車を置いていくのも億劫なので流れた。
 味も素っ気もない安宿で、私は乾いたハムカツが食べたくなった。
 
 
 
■ 公園の辺りを見下ろしていると、一台車が停まっている。
 シルバーのシトロエンCXのようだ。
 街路樹が雨を吸い、繁ろうとしている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4012

 
      駒沢の912.
 
 
 
■ 桜の頃合、駒沢公園の辺りで一服をした。
 路肩に車を停め、階段の辺りまでいって座るのである。
 向こう側に背の高いマンションが建っていて、当時色々と物議をかもしたと聞いたことがある。確かに空は狭まったろうか。
 
 
 
■ サックスを吹いている若者がいる。
 こちらではダンスの練習をしているのか、10代の少女たちが集まって、その廻りに少年達がいた。
 私はブルゾンの腕まくりをしていた。
 今時珍しいひとだよね、と言われたことがあって、そういえばジャケットでも右手だけはついひっぱってしまう。
 月は見えない。
 それほど寒くもない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4013

 
      駒沢の912 2.
 
 
 
■ 向こう側に白いポルシェが停まっている。
 メッキバンパーの、車体の細い奴である。
 頭の方が少し上を向いていて、4気筒の方ではないかと思われた。
 ドライバーの姿はなく、彼も散歩をしているのか。
 適当なヤレ具合が悪くない。
 ホイルはスチールのままである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4014

 
      駒沢の912 3.
 
 
 
■ 車好きというのは馬鹿なもので、買えもしないのにあれこれを想像する。
 これが単車となると、少なくとも私の場合、ひとつかふたつの選択肢しか思いつかず、少年期からを振り返る。
 
 
 
■ 何時だったか、有楽町の近く、ガード下にモトグッチのルマンの初期型が停まっていたことがあった。
 その風景は今でも覚えている。
 多分今の私と同じくらいの年齢、平日だったから恐らくはクリエィティブな仕事をしている方がオーナーではないかと想像もした。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4015

 
      トパパ派。
 
 
 
■ グッチの850はほとんど名車である。
 というようなことは何度も書いた。
 手に入れようと思っても、まずは数年がかりで、その後のレストアを含めると、ほぼ一生付き合う覚悟が要るだろうか。
 それはそれ、考えてみれば安い道楽なのかもしれない。
 
 
■ 883、通称パパサンと呼ばれるハーレーの軽い奴に乗っている大人達を時折みかけるが、その辺りで軽く流すのも粋である。
 あれもいいバイクで、下道を小さなカメラバックと共に走りたくなる。
 トパパパパ、と排気音がMFのカメラのようなのだった。
 
 

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