「夜の魚」二部 外灘 5

2005年08月11日

「夜の魚 外灘」 vol.155

 
 
 
 
■ 五分ほどして、一艘のジャンクに引き上げられた。
 中には吉川がいて、私をみるとウィスキーの小瓶を下腹から取り出して勧めた。
 酒は塩の味がする。
 ディーゼルエンジン付の小さな船には夢梁が乗っていた。小型無線機で何処かと連絡を取っている。
「生きていたんだからやらせてくれ」
 吉川が葉子を口説いている。
「糖尿じゃなかったの」
 私は夢梁の脚に触ってみた。白くて気持が良かった。
 狭い船先で私たち三人は横になった。葉子の腹に頭を乗せ月をみあげた。誰の脚を抱いているのか、そんなことはどうでも良かった。
 
 
○「夜の魚」二部 外灘 E-了
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.154

 
       五九 秋月
 
 
 
 
■ 脚の方から落ちた。そのままかなり沈んだ。
 葉子の手は離れた。
 水が明るい。イロコイの破片が落下してくる。
 濁った水の中を泳いだ。浮上する。
 上空には爆発のガスがまだ残っていた。黒煙がひとかたまりになって、厚い雲のようにみえる。
 葉子の顔を捜した。波間に白い顔がみえた。手を伸ばして近づく。
 ハインドが空中に停止したままスポットを照射している。捜すつもりなのだ。
 スポットは斜めに近づいてくる。
 
 私は口を開け夜の空をみあげていた。
 黒煙はゆっくりと去り、斑に糸を引いた雲の上に明るい月があった。
 右手には旧租界地帯の建物がみえる。左の東方明珠は何本ものスポットを空に向け交差させている。空の赤い反射は炎上のせいだろう。
 
 黄浦公園のあたりから一本の細い帯が伸びてくる。
 鉛筆のような細いロケットだ。
 ハインドの後部近くで光った。
 打ち上げ花火を間近でみたような色と音だった。
 ハインドは上昇し電視塔の方角に傾いてゆく。後部排気口の辺りがオレンジ色に燃えている。
 暫くすると高層ビルの影から爆発音が届いた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.153

 
       五八 墜落
 
 
 
 
■ ハインドが目の前で急降下した。気が付くと浦東新区を一周し、電視塔が反対にみえる処まで出ていた。下は黄浦江だ。
 軍用ヘリの馬力はすさまじい。
 急降下から急旋回し、イロコイの前にその鼻先を向けた。ホバリングして空中に停止している。
 
 私たちは黄浦江の上空数十メートルで向き合った格好になった。下は夜の黒い川だ。
 ロシア人のパイロットが吉川に合図した。無線機のスイッチをスピーカーに流す。
「そろそろ遊びも終わりにしましょう」
 北沢の声だ。鼻先の機関砲がこちらを向く。
 赤い炎がみえた。衝撃とともにガラスが割れた。
「とびこめ」
 私は大声を出した。ロシア人のパイロットが撃たれた。
 次はロケットだ。バラバラになってしまう。
 葉子の手を引き、イロコイのドアから外に飛び出た。
 吉川が続いたかどうかはわからない。
 長い声を引いて私たちは落下した。手と足がおかしな方向を向く。
 川面が近づく。
 その時、上空のイロコイが爆発した。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.152

 
 
 
 
■ 左右に流れる夜の高層ビルの光景を、私は綺麗だと思った。
 
 私は操縦席の屈曲したガラスから前をみていた。巨大な軍用ヘリが排気口を赤く染め、ゆっくりと左右に傾いている。ハインドの双発イソトフ・ターボシャフトの低いエンジン音が聞こえる。
 イロコイ側面のドアを開け、吉川がコルトを何発か撃った。吉川もコルトが好きなようだ。葉子もAR一六を撃った。拳銃弾はとどかず、小口径ライフルの弾はハインドの分厚い装甲に小さく火花を散らせた。
「テールローターも装甲されてんのか」
 ライフルくらいではどうにもならない。イロコイの脚に吊ったロケットは、一発目の反動で斜めに傾いてしまっている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.151

 
 
 
 
■ その時、展望台の背後から黒い影が飛び出てきた。
 ヘリだ。私たちのイロコイの倍ほどの大きさがある。両側に翼のようなものが付いている。回転するローター音と低いエンジンの唸りが聞こえる。
 髭づらのロシア人が大きな声を出した。
 
「なんで中国にハインドがあるんだよ」
 私は吉川に毒づいた。
「知らねえよ」
 Miー二四、ハインドは旧ソ連の攻撃用ヘリコプターである。アフガニスタンではゲリラ(ムジャ・ヒデン)討伐用に投入され、その強大な火力で空飛ぶ機械化歩兵戦闘車とたとえられた。西側の攻撃ヘリとは異なり、兵員を輸送することができる。機首に十二・七ミリ機銃、両翼に各種ロケット砲を装備していた。
 独特の並列に並んだ丸い操縦席の中に、白っぽい服の男がみえた。
 北沢だ。奴はハインドに乗って脱出をはかるつもりだ。
 
 ハインドの機関砲が火を吹いた。
 夜の闇の中で、それは一本の帯のようにみえた。
 発砲は威嚇だった。ハインドはゆっくり旋回すると、浦東の高層ビルの方角にそのグロテスクな鼻先を向けた。
 
「おまえだってアフガンにいたんだろう、なんとかしろ」
 吉川がロシア人に言う。機体を傾け、青と白の民間イロコイはハインドを追った。
 低空では速度が出ない。それはハインドも同じだった。軍のレーダーを恐れてか、ビルの間を縫うように飛んでゆく。夜間ではあっても赤外線ノクトビジョンの搭載でパイロットには地形がみえているようだ。
 幾つもの高層ビルをかすめた。
 図体のでかいハインドがすれすれに傾くと、工事中のビルのパイプがパラパラ落下していた。風圧がすごいのだ。
 ロシア人パイロットはハインドのすぐ後ろにイロコイをぴったりつけた。アフガン帰りというのも嘘ではあるまい。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.150

 
       五七 ハインド
 
 
 
 
■ ヘリに乗り込んだ。私はヘリコプターに乗ったことがない。高いところは好きではないのだが、そうもゆかない。
 速いエレベーターのように斜めに上昇する。
 浦東公園の上空に戻った。走羽を援護しなければならない。
 低い位置で捜したが走羽の姿はない。髪の短い男もいない。小型無線機で呼んでも応答はなかった。
 半分程炎の上がった戦車の両脇に中国兵の姿がみえた。ヘリに向けて発砲してくる。
 
 吉川が上海ビールの瓶で作った火炎瓶の先にライターで火を点けている。
「こんなもの作ってたのか」
「ヘリから投げるのは始めてだ」
 ロシア人のパイロットが何かを言っている。操縦桿を引き、ヘリは上昇した。AKの銃弾で床に穴が開いた。
 火炎瓶は下まで落ちる間に布の火が消えてしまう。横転し炎上する軽車両の傍で発火したものが一本あった。
「せっかく作ったんだからな」
 吉川は葉子とともに火炎瓶を放っている。
 目の前に東方明珠広播電視塔がある。高さ四百六十数メートル、ふたつに分かれた球形の展望台、その上の部分が丁度眼前にあった。
 スポットが照射されている。展望台の窓から、こちらを指さしている女の姿がみえた。 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.149

 
 
 
 
■ 走羽がグレネードランチャーを発射している。髪の短い男は背中にM七二バズーカを背負い、茂みの中に消えていった。
「ともかくここを離れよう」
 葉子の父が言った。
 トラックから展開した兵士がAKを撃ちはじめている。
 人海戦術だ。口々に叫びながら突進してくる。AKの先端には銃剣が光っていた。
 私は小型無線機に向かって叫んだ。走羽を呼ぶ。
「早く逃げろ」
「先に行っていてください。ここはくいとめる」
 DSに乗り込んだ。五人乗ると身動きが取れなかった。
 葉子の父が義手で器用にハンドルを廻す。
 応戦する。フルオートにしたイングラムを発射した。公安の男がコルトを抜き、後ろの窓から数発撃った。
 
「やっぱり四五口径だ」
 葉子の父が言う。
 背後で爆発音が起こった。炎がみえる。
 髪の短い男が戦車のキャタピラーにバズーカをあてたようだ。
 大きくバウンドしながらシトロエンDSは芝生の上を逃げる。最大にした地上高のおかげでほとんどサスペンションは動作しない。
 何度も頭をぶつけた。公園に備え付けられたベンチをふたつ弾き飛ばし、DSは尻を降りながら舗装した路面に出た。
 加速する。AKの銃弾は追ってこない。
「おい、戦車から白い服の男が出てゆくぞ。あれが北沢じゃないのか」
 繋ぎっぱなしの携帯電話から吉川が言った。
「ヘリを隣のグラウンドに降ろす」
「よし」
 DSを浦東体育場の脇にとめた。フェンスの鍵をイングラムで壊し、中に入る。
「わたしもゆくわ」
 葉子がサンダルを脱いで後に続いた。手にはAR一六を持っている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.148

 
       五六 イロコイ
 
 
 
 
■ 髪の短い男が走ってきて私に携帯電話を渡した。
「おお、おれだ。何処に降りればいいんだ」
 吉川の声だ。
「なにやってんだよ、大事な時にいねえじゃねえか」
 
「馬鹿いうな、駆け回ってヘリを調達してきたんじゃねえか、ヘリがなきゃ現代戦は戦えねえってのはベトナム以来の常識だ」
 上空のヘリには吉川が乗っている。奴は本当に組織人なのだろうか。
 その時、大音響とともに二階建ての建物が爆発した。
 辺りが真っ白になり破片が散らばる。
 一時後退した戦車が砲撃を加えたのだ。コンクリの破片がDSの屋根にまで落ちてきた。頭を抱えその場にうずくまる。
「ともかく、あの戦車なんとかしろよ」
「まかせとけ、あんなもなあ旧式のTー五五じゃねえか。ロケットが二発あるんだ」
 見上げると、アメリカ製の単発ヘリコプターのようだ。白と青に機体が塗られている。民間機だ。ベトナム以来見慣れたベルのUHー1シリーズである。
 脚の部分に攻撃用ポッドがひとつ付いている。何処で捜してきたのか、カーキー色に塗られたポットが片側にぶら下がっていた。
 機体が旋回した。ホバリングしながら戦車に向けてロケットが発射された。
 外れる。
 反動で攻撃用ポッドを止めている留め金が支柱から外れかかっている。
「パイロットがロシア人なんだ。ミルのヒップしか操縦したことがないと言っている」
 吉川が言い訳をしている。けれども、発射したロケットは一台の軽車両をひっくり返していた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.147

 
 
 
 
■「うぐぐ」
 葉子が泣いている。
 私は葉子と真壁のロープを解いた。葉子の猿ぐつわはべとべとだった。葉子がしがみついてくる。縛った髪がちりちりに焦げていた。
 走羽は女子トイレのある二階建ての建物に隠れ、残った中国兵と応戦していた。彼はベレッタしかない。中国兵は腹這いになってAKを撃っている。私のいる場所からは狙うことができない。
 DSが近づいてくる。砲弾の破片で片方のライトが消えている。
 戦車のディーゼルエンジンが唸り、キャタピラーがその場で回転した。芝生が引き千切れ、撃たれて落ちた中国兵の上を通過した。
 戦車は砲身をこちらに向けたまま後退してゆく。
 撃つ気配はない。近すぎて狙いが定まらないのだろう。
 
 地面の下から爆発音がした。
 三回続き地面が揺れた。
 北沢の覚醒剤工場のあるシェルターの方角からだ。
 電視塔の向こうに赤い炎が上がっている。
 ライフルの軽い発射音が続いた。
 AKではない。女子トイレをみると、髪の短い男が中国兵を狙ってAR一六を連射していた。中国兵が沈黙する。髪の短い男は地下道を通って辿りついたのだ。
 走羽が建物の影から出てくる。ライフルと覚醒剤の包みを拾っている。
 DSは樹木の裏手に停まった。
 近寄るとひとりの男が出てきた。
 
「はじめまして、大騒ぎですね」
 声に覚えがあった。電話で何度か話したことがある。真壁や奥山の上司、今回の事件の仕掛人である。銀色の眼鏡をかけ日に焼けている。五十代半ばだろうか。長袖のワイシャツを腕の処までまくり、大きな円筒のついたAR一六を持っている。赤外線スターライト・スコープだ。
「あんたは公安なのか」
「普段は二課にいます。葉子さんのお父さん、成ケ沢さんの部下でした」
 DSの運転席には葉子の父がいた。黄色いサングラスをしている。
 片手でどうやって、と疑うとDSの窓枠にゴトリとステンレス製の義手を乗せた。
 
「ぐずぐずするな、新手がきた」
 葉子の父に促され振り返ると、電視塔の方角から二台の車のライトが近づいてくる。一台は兵員トラックのようだ。
 上空にヘリの音がした。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.146

 
       五五 砲撃
 
 
 
 
■ 銃声がした。それは遠くから聞こえ、あたりに響いた。真壁を牽制していた戦車の上の兵士が崩れる。
 銃声の方を捜した。
 百メートル程離れた植え込みの影に灰色の車が停まっている。
 シトロエンDSだ。
 白いシャツを着た男が車に乗り込んだ。こちらに向かってくる。
 走羽が背中に手を廻し、ベレッタを引き抜いて連射した。
 並んでいる中国兵の何人かが倒れた。走羽が横転して建物の影に隠れる。
 中国兵の銃口はDSに気を取られ、私たちから離れていたのだ。
 私はイングラムを拾い、戦車の方に走った。
 北沢の姿はない。
 真壁が戦車の上から飛び降りて芝生に転がった。
 
 DSが近づいてくる。車体をバウンドさせながら、植え込みや芝生をそのまま突っ切ってくる。ハイドロニューマチックのサスペンションを一番高い位置にしているのだろう。地上高が普段の数倍もある。
 戦車の砲塔が回転した。
 DSを砲撃するつもりだ。
 葉子がぶら下がったままだ。葉子は斜めに揺れる。
 砲塔の上についている探視装置が赤くなった。
 私はイングラムを両手で持ち、葉子の手首上のロープを狙った。
 セミオートにし銃が暴れないよう祈った。距離は五メートル。
 二連射目でロープが切れた。嘘みたいだ。葉子が下に落ちる。
 同時に、戦車が砲弾を発射した。
 オレンジ色の排気が目の前に広がった。
 すさまじい発射音だ。私は数メートルほど吹っ飛ばされ転がった。
 髪の毛が焦げている。口の中が砂でじゃりじゃりする。イングラムをつかみ、四つん這いになって芝生の上を逃げた。
 葉子と真壁は戦車から離れようとしている。低い樹木の影に隠れる。私も傍に寄った。 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.145

 
 
 
 
■「わたしは日本で病院をふたつと宗教団体をひとつ持っています。あなた、そこのコピーを書きませんか」
 私は黙っていた。北沢が煙草の煙を吐きだす。
「〈透明な平穏〉って奴ですよ。いいじゃないですか、覚醒剤を打ちながら無理して働き、不安になったら学習し、金を溜めて病院に入る。廃棄物をアジアに捨て、ODAは原爆を作るのに使ってもらう。こんな結構なことはないでしょう」
 
「おまえって割と安っぽいんだな」
 北沢の言うことにも一理はあった。しかし一理だけだ。
 二十世紀をどんな時代と捉えるか、思うようにゆかない知識人の多くが性急な結論を出すようになっていた。惹きつけられるものはあったが、そうした理屈の多くは、少年や青年の頃十分に不良をしなかったツケなのだと私には思えた。
 北沢は近代的な合理主義者だ。思想も信条と呼べるものも持たない。合理的な虚無などというものは、ただの空洞でしかない。部分や断片を取り出せば、歴史はいかようにも解釈できるものだ。
 私は走羽の傍に近づいた。撃つなよ、と言ってナイロンザックの中に手をゆっくり入れた。覚醒剤の包みをひとつ取り出す。
「混ぜる前の奴だろう。これでどうだ」
 北沢は黙っている。右手で煙草を捨てた。
「葉子よりもこっちの方が高い筈だ」
 北沢はニヤリと笑った。
 
「女にそれだけ出すとはね」
 私は覚醒剤の包みを放り投げた。白いものを、中国軍の兵士の顔が揃って追う。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.144

 
 
 
 
■ やはり北沢は生粋のサディストだ。しかも下卑ている。
 北沢は葉子の中国服のスリットに左手を入れている。みせつけているようだ。葉子は腰を曲げ逃れようとしている。猿ぐつわのせいで声がでない。戦車の上の兵士の視線が泳いだ。
「この中にはプラスチック爆弾が残っている。撃てばこの辺りに池ができる」
 走羽が低い声で言った。肩から吊ったナイロンザックに片手を入れている。
「ほお」
「合図をすればあんたの工場も爆破されるぜ」
 走羽はナイロンザックの中で手を動かした。発信器があるようにみせているのだ。
「ブラフはやめましょうや、走羽さん。あんたの手下はほとんど死んだよ」
「どうかな、やってみようか」
 走羽も譲らない。
 
 私は北沢の顔色が薄くなったことに気付いた。
 覚醒剤の工場を作るのに幾らかかるのか、そんなことは知らない。金の問題よりも場所なのだ。上海のように条件の揃った処はなかなかみつかるものではない。どんなかたちであれ、その国の権力機構と密接に繋がっていることは、北沢のような男にとって何物にも代え難いことに違いない。
「ところでですね」
 北沢が私の方を向いた。
「あなたは冷戦構造が終わったと思っていますか」
 北沢が突然私に聞いた。
「どういう意味だ」
「いや、広告屋さんていうのはどういう世界認識をしているのかと思いましてね。晃子さんでしたか、彼女ならなんと答えるでしょうね」
「おまえさんの仕事がしやすくなっただけじゃないのか」
 
「そうですよ。お陰で何でも安く買えるようになった。この街の住人のように、目の色を変えて一流になろうとする処もあれば、心の空洞を学習や修行によって埋めようとする人たちもいる」
 北沢は右手を胸ポケットに差し込んだ。銃ではなく、銀色のライターを取り出して煙草に火を点けた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.143

 
       五四 取引
 
 
 
 
■「なんで軍まで出てくんだよ」
「放送局には軍隊が常駐しているんです」
 中国兵は七人くらいだろうか。一歩前に出てくる。拡声器が銃を捨てろと言う。
 私は呆れていた。ベレッタを放り投げた。背中に掛けてあったイングラムは転倒した時に芝生の上に転がった。走羽もランチャー付のAR一六を放った。
 芝生の向こうには低い樹木が繋がっていた。その脇には水の出ていない噴水がある。移植したばかりなのだろう、ところどころ地肌がみえている。月が高いところにある。夜が更けると風が冷たく感じられる。上海は一足先に秋の空気になっている。
 地面が細かく揺れている。次第にそれは大きくなり、樹木が割れて黒い塊があらわれた。ディーゼルエンジンの排気音が聞こえる。
 戦車だ。背の高い旧式の戦車が近づいてくる。
 ふたつの前照灯に照らされ、砲身からぶら下がっている人影がみえた。赤と白でゆっくり揺れている。
 
 葉子だ。上を向けた戦車の砲身の先に葉子がぶら下げられている。両手をロープで縛られ、口には黒い猿ぐつわがはめられている。
 戦車の上には兵士がひとり乗っていた。白いワイシャツ姿の真壁が後ろ手に縛られ、AKを突きつけられている。
 二十五メートル程の距離で戦車は止まった。
 ハッチが開き、北沢が姿をみせた。白っぽい麻の上下を着ている。
「どうも」
 北沢は長い脚を折り曲げ戦車から降りた。ズボンの裾を一度払い、オイルのついていないことを確かめると、煙草を取り出して唇にくわえた。
「素人にしてはよくやりましたね」
「葉子をおろせよ」
 北沢は薄い唇を歪めて笑った。左手を伸ばし、半ば降りていた葉子の背中のジッパーを下まで引き下げた。
「日本の女ってのはこっちでは高値でね」
 兵士の視線が注がれる。葉子は首を振って声を出そうとしている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.142

 
 
 
 
■ 転がったのは芝生の上だった。
 唸りながら振り返ると二階建ての建物があった。下が女性用トイレになっている。清掃用具を入れておく小部屋が地下鉄に繋がっていたのだ。
 
 私はモップを抱えていることに気付いた。捨てる。
「ここは何処だよ」
「公園ですよ」
 走羽が後ろに立っている。私たちはよろよろと前へ歩こうとした。半袖ではすこし寒い。
 その時、四隅から強力なライトが浴びせられた。
「不要走」
 甲高い中国語が続く。拡声器の音だ。動くなと言っている。
 目を細めそれから開けてみると、武装した中国軍兵士が並んでいる。カーキー色の制服を着ている。AK七四の銃口がこちらを向いている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.141

 
       五三 地下道
 
 
 
 
■ 階段を降りるとき一度転んだ。スピードが出ていないので大したことはない。小さなモトクロッサーに二人乗りではバランスが取れない。
 
「本当に免許持ってるんですか」
 走羽が膝の埃を払いながら言った。
 大ぶりのマグライトをガムテープでハンドルにくくりつけた。地下道は照明がなく、バイクにもヘッドライトはついていない。
 こんな処に地下鉄が通る予定だとは知らなかった。
「足、チェーンに挟むなよ」
 体勢を立て直し私はスロットルを捻った。
 フロントが僅かに浮く。甲高い2ストロークの排気音を響かせて、私たちは地下道を走った。走羽は私の腰を片手で持ち、両足を広げ宙に浮かせている。
 ああ、とか、おお、とかいう声を出しながら速度を上げた。線路の間がすこし窪んだ側溝になっている。前輪を合わせバランスを取る。
 
「だけど、なんでここまで付き合ってくれるんだ」
 私は逆立つ髪の毛を意識しながら走羽に聞いてみた。
「さあ、供養ですかね」
 よく聞き取れなかった。大声を出すべきだ。
 目の前に段差があり、ギアを落としてハンドルを引いた。車体が浮いてそれから大きく揺れた。側面のコンクリを右足で思い切り蹴った。痺れる。
 正面に灯りのようなものが漏れている。勢いをつけて階段を昇った。こんどは転ばない。左に折れてゆく。通路の奧に鉄製のドアがある。
 走羽が私の肩越しにグレネードランチャーを撃った。目の前が真っ白になる。大声を出しながらぶつかった。バイクの前輪が潰れドアが壊れた。ふわりと車体が揺れ、そのまま横滑りになった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.140

 
 
 
 
■ 私は走羽の顔をみた。
 走羽はナイロンザックの中から湾曲した弁当箱のようなものをふたつ取り出した。クレイモア対人地雷である。髪の短い男に渡している。
 入口に地雷を仕掛け、ここでくい止めるよう指示した。走羽の手下が粘土からの細いコードを地雷の起爆スイッチに繋いでいる。粘土はプラスチック爆薬なのだろう。包み紙にゴシック体の英語がみえる。
 クレイモア対人地雷の中には鋼鉄の小球が七〇〇個入っている。指向性であり、半径一〇〇メートルに渡って扇状に小球が飛び散る。〈FRONT TOWARD ENEMY〉と書かれた面を相手に向けるようセットする。ベトナムで使われたボール爆弾と同じ原理だ。
 走羽がベレッタを取り出し、ディスプレイに撃ち込んだ。
「電視塔です」
「え」
「さっき、車の窓から電視塔の灯りがみえました。北沢はそこから話しています」
 走羽がナイロンザックを肩に掛けながら言った。
「この下に地下鉄の路線があります、工事中ですが。そこから浦東公園に出られます」
 浦東公園は東方明珠の前に広がっている。
 低い樹木があり、黄浦江を隔てた対岸は外灘の旧租界地帯だった。
 
「あなたが運転して下さい。わたしはバイクに乗れない」
 走羽がドアの外に出た。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.139

 
 
 
 
■ その時、右端の机にあるディスプレイのスイッチが入った。
 辺りが白くなる。
 荒い八ミリビデオの映像が流れた。移動する車の中のようだ。白と赤がちらつく。紺色の帯のようなものはネクタイだろうか。
 真壁の顔が映った。眼鏡のレンズが片方割れている。額から血が流れている。
 
 葉子の中国服がまくれていた。黒い猿ぐつわをされ、トカレフが突きつけられている。白いのは太股のアップだ。
「ごくろうさま。葉子はまたお借りします」
 北沢の声だ。実際よりも高く聞こえる。
 上の階に残してきた葉子と真壁が襲われた。
「こんなに早くみつけるとはなかなかやりますね」
 映像は葉子の横顔をアップに揺れながら止まった。
 私たちは画面の前に集まった。
「どうしろっていうんだ」
 私は画面に向かって大きな声を出した。
「そっちにも聞こえているんだろう。条件はなんだ」
 微かにサイレンの音が聞こえる。反響している。
「待っていてください。今迎えがゆきますから」
 そこで画面が切れた。黒くなる。
 公安が近づいてくる。北沢が公安を利用している。奴は党幹部の子息達との関係を誇示していた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.138

 
 
 
 
■「スタン・グラネードです」
 西ドイツで開発された対テロリスト用の手榴弾である。閃光と金属音で相手の神経を一時的に麻痺させ、その間に襲撃を加える。
「これは南ア製ですが」
 私は何を聞いても驚かなくなっていた。南アフリカから上海に武器が流れてきてもそう不思議ではない。
 走羽の配下がシェルターの中を物色した。小さな工場のようになっている。ステンレス製の清潔な器具がいくつもあり、それらは複雑な配管で繋がっている。ダクトがあり、それは空気清浄装置に集約されている。
 髪の短い男が首を振った。ナイロンでコーティングされた包みをふたつ持ってきた。中には白い粉が入っている。北沢は覚醒剤をあらかじめ持ち出していたようだ。僅かに残ったのがこのふたつなのだろう。
 ドラム缶に入った薬品が数本残っている。走羽は白い粉の包みをナイロンザックの中に入れた。
「爆破します」
 走羽がナイロンザックの中から粘土のような塊をいくつか取り出した。髪の短い男ともうひとりがその包みをふたつに引き裂き、部屋のあちこちに分散して置いた。細い信管を差込み、コードを伸ばしている。コードは一本に縒られる。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.137

 
       五二 つぎの扉で
 
 
 
 
■ 階段は狭くなかった。私はバイクの上に立ったまま、腰を後ろに引きローギアで階段を降りた。半クラッチを多用する。何度か足をついた。
 廊下が続いている。走羽達が一番奥のドアの前に待っていた。
 走羽が磁器カードを壁のリーダーに滑らせる。ドアが開いた。
 中に入るともうひとつ扉がある。軽合金製のようだ。この奧がシェルターになっているのだろう。
「待ち伏せしている筈です」
 走羽は黒いナイロンザックから手榴弾のようなものを取り出した。髪の短い男に渡す。
「下がって」
 廊下まで下がった。走羽がグレネードランチャーにオレンジ色の弾を込め発射した。爆発とともに軽合金のドアに穴が開いた。装甲用の弾だ。
「目をつぶって耳をふさいでください」
 走羽が言う。髪の短い男がドアを開け、中に手榴弾を放り投げた。私は言われるまま目をつぶった。
 瞼の裏が白くなり、ふさいでいる耳に鋭い金属音が響いた。神経に障る。何秒続いただろうか、一連の銃声が二回聞こえた。
 部屋の中に入ると、入口の近くに黒っぽい背広を着た何人かがAKを持ったまま倒れていた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.136

 
 
 
 
■ 私は惚けたような顔で立っていた。真壁の顔をみていて自分もそうだと気付いたのだ。
「自衛隊に入ろうかな」
「歳だからダメよ」
 葉子はドアの千切れたバンの傍にゆき、倒れた若い男の手当をしている。中国語で何かを話している。男の顔は二十歳を幾つも出ていない。
 それにしてもと真壁が言う。まるで戦争ですね。
「これは北朝鮮なんかでも使っているBTRー四〇という水陸両用の上陸艇です。もしかすると軍が絡んでいるのかも知れない」
 真壁の言うとおりだった。横転し燃え続けている装甲車の腹の底には小さなスクリューが付いていた。デフが前後に突き出ている。
 一介のテロリストがこんなものを用意できるとも思えない。そうとは言え、こちらも対戦車バスーカで応戦している。
 
 タイアの燃える匂いの中に生臭いものが混じっている。
 走羽が放ったランチャーで北沢の配下が二人死んでいた。手足は千切れていないが、破片が躯を貫いたのだろう。装甲車の運転手もうつぶせに倒れている。
 肩に挟んである無線機が鳴った。早く降りてくるよう走羽にせかされる。
 私は倒れているバイクを起こした。肩口と脚から血を流し、座り込んでいる若い男が私を見上げた。葉子が彼の脚の付け根をベルトで巻き、止血している。彼は親指を立て私に笑ってみせようとした。
 
 バイクのエンジンがかからない。キックを繰り返しても手応えがない。
「キル、キル」
 若い男が首を振って言う。スロットルの傍についたキル・スイッチがオフになっているのに気付かなかった。ガソリンコックを押し下げキル・スイッチを指先で直すと、甲高い音でエンジンがかかる。
 私は若い男に親指を立て、上着を脱いだ。イングラムを肩から下げ、バイクを地下への入口に向けた。入口の傍には走羽の手下が踊るような格好で死んでいる。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.135

 
 
 
 
■ 装甲車が加速した。二十ミリがバンの横腹を裂いた。紙屑のように鉄板が千切れている。引火しないのが不思議だ。
 コンテナの横から、髪の短い男がM七二を発射する。
 後部にフィンのついたロケットがゆっくり飛び出した。装甲車に向かってゆく。同時に、背負った筒の後ろから大量のガスが放出された。その一部は赤くも白くもみえる。床の埃が一斉に舞い上がった。
 
 真壁を移動させたのはバックブラストを避けるためだったのだ。背後から放出されるガスの直撃を受ければ、真壁は焼けてしまうのだろう。車やヘリの中からバズーカを撃てる訳がない。
 ロケットは装甲車の下部に命中した。
 爆発が起こる。横転する。
 倉庫の中の爆発は耳栓をしていないことを後悔させた。
 上部ハッチが開かれ、男が飛び出てくる。
 葉子がベレッタを両手で持ち、その背中に命中させた。片膝を立てた股が白い。
 装甲車の背後にいた男達が逃げてゆく。
 倉庫の角にあるドアを開けているのがみえる。
 
「よし、分散して地下へ潜る。あなたは真壁さんとここで待機してください」
 走羽は葉子に指示した。
「バイクの運転はできますね」
 走羽が私に尋ねる。
「バイクで階段を降りてきてください」
 走羽と髪の短い男は、ダンボールから武器を各自のナイロンザックに入れている。ザックを肩にする。手下をひとり引き連れ、倉庫の角にあるドアの方角に歩いてゆく。
 途中、倒れている男達のAKをベレッタで破壊し、その内の一人に撃ち込んでいる。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.134

 
       五一 バックブラスト
 
 
 
 
■ 私はイングラムを撃った。引き金を引くとマガジンがたちまち空になった。銃身が暴れ、右を向いてから円を描く。あたらない。
 
「セミオートにするのよ」
 葉子がベレッタで応戦している。真壁は床に伏せている。
 走羽の手下がバンの荷台から積み込んだ武器を全て降ろしていた。
 装甲車が角を曲がった。
 正面がみえる。五十メートル程までに近づいている。
 二十ミリ機関砲がバンのガラスを割った。我々はコンテナの影から動けない。
 バンの荷台には小さなモトクロッサーが積まれていた。シートを剥がすと黒く塗られた小振りな車体がみえた。八十か百二十五CCのモトクロス用バイクである。
 AKの銃弾を受けて走羽の手下がバイクとともに倒れた。
 死んではいない。
 走羽がグレネードランチャーを発射した。
 短い発射音とともに、弾は弧を描き装甲車の背後に落下した。
 黒っぽい背広を着た男達が二人ほど吹っ飛んだ。
 走羽が髪の短い男に指示した。彼は手元にあるダンボール箱から一本の筒を取り出し、背中に背負った。バズーカ砲、M七二LAWのようだ。
 
「援護」
 走羽の指示で私たちは一斉に銃を撃った。セミオートにするとイングラムの銃身は比較的安定する。銃の先端にぶら下がっているナイロンのハンドストラップを絞る。
 髪の短い男が右斜め横のコンテナの影に隠れた。
 丸い筒を引き出し、腹這いになって躯を斜めにした。
 一度振り向く。
 真壁に向かって脇によれと手で合図している。真壁は背後のコンテナから四つん這いで離れてゆく。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.133

 
 
 
 
■ 音がしない。しないくせに空気が澄んでいる。全ての空気を入れ換えたような清潔な密度がある。
「急ぎましょう」
 走羽が私にイングラムとマガジンベルトを渡した。私は銃の背後についているバットプレートを起こしストックを伸ばした。私の腕では肩で固定しなければ銃が暴れてしまう。三十発のマガジンを装着する。腰にベルトを巻く。
 
 その時、天井から一本のスポットが照射された。
 誰かいるのだ。
 スポットはゆっくり動き、倉庫全体を探るように廻っている。
「散れ」
 走羽が短く声を出した。
 隣り合わせたコンテナの背後にしゃがんだ。
 離れたところで大型エンジンの始動音が響いた。
 動物が唸るように何度か空吹かししている。
 スポットが倉庫の一番奥にあたった。四輪式の装甲車だ。
 エンジンを吹かしゆっくりこちらに向かってくる。
 
「なんでこんなもんがあるんだ」
「わかりませんよ」
 装甲車の上から小銃が発射された。入口を捜していた走羽の手下が撃たれた。躯をくの字に曲げ壁の傍に倒れる。
 重い音がした。音には間隔がある。コンテナに穴が開く。
 装甲車の前部に二十ミリ機関砲がついている。コンテナの前方に駐めてある小型トラックに当たる。ドアがバラバラになるのがみえた。薄い紙が舞っているようだ。
 走羽がライフル、AR一六を撃った。
 装甲車の前部に火花が散っている。装甲車の後ろには何人かいて、AK七四を持っているようだ。
 北沢は先を読んでいたのだ。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.132

 
       五〇 COLLECTORS' ITEMS
 
 
 
 
■ ゲートから敷地の中に入った。広い。単純なビルの現場ではなくひとつのブロック程の広さがある。ところどころ強力な水銀灯が照らしているが、こちらまで届かない。
 舗装された細い道を進むと完成図の看板が立っていた。
 その前で一度車を停めた。
 地上六十階のビルが二つ並んで建っている。先にゆくほどなだらかに細くなり、背の高いリキュールの瓶を並べたようなかたちだった。
 両方のビルの中程に透明な通路が二カ所かかっている。双方のビルをそれで行き来するのだろう。その間に丸いオブジェがぶら下がり、どうやら地球儀のようだ。
 大陸の中程が赤く塗られている。塗られた部分は正面を向いていて、そこを中心に地球儀が廻るようになっている。中華思想は健在だった。
 
「完成は二○○五年だそうです」
 走羽が気もなく説明する。ふたつのビルの間には低い屋根のドームが広がり、センターや駅になるようだ。
 走羽が合図し、車はゆっくりと進んだ。
 大きく地面が抉られている。基礎工事の現場だ。抉られた一角に道路は下っている。滑り止めの塗装が施されている。
 抉られた地面の中程に鉄製のドアがみえた。内部への入口だろう。黄色と黒に塗り分けられ、大型トラックがすれ違える高さと幅だ。
 私たちは滑り止めのゴム舗装が敷かれた坂道に車を乗り入れ、下った。
 ドアの前で停まる。
 走羽の手下が入口の配線を操作した。ゆっくりとドアが開く。
 中は巨大な倉庫になっていた。倉庫にしては天井が高い。ひとつのドームのようにも思えた。これが駐車場なら五百台は入るだろう。
 何台かの大型トラックや工作機械が放置してあった。コンテナが幾つも積まれている。ところどころ常夜灯が点いていた。
 私たちは倉庫の中に車を入れた。真壁の運転する日本製のバンはドアの外に停める。
 コンテナの影に車を隠し、私たちは外に出た。走羽が配下の者に指示をしている。ひとりが小無線機を持って地下シェルターの入口を捜しにいった。
 葉子と真壁がコンテナの背後に集まる。
 
 走羽がおかしいと呟いた。私も奇妙な気配を感じていた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.131

 
 
 
 
■ バンの後部ドアが上に開かれた。
 髪の短い若い男が腹這いになっている。
 空気の抜ける音がして、詰め所のドアの前の男が倒れた。
 もう一人、歩道まで出かかっていた男が慌てて銃を捜す。警棒と一度間違えた。
 脇のホルスターから銃を抜こうとしている。数発撃ち込まれた。ホルスターは実戦向きでない。
 バンの後部ドアから髪の短い男が降りる。銃の長さ程もある消音器がイングラムに取り付けられていた。消音器は銀色のものではない。
 彼は詰め所に走りスイッチを操作した。ゲートが開く。
 私たちに合図する。
 エンジンをかけた。
 
 龍の口にくわえられた携帯電話は日本製だった。〈龍的成功〉と中華書体で書かれている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.130

 
       四九 龍的成功
 
 
 
 
■ 灰白色のフェンスが周囲を囲んでいる。フェンスには大型のポスターやスローガンが貼られている。私のつくったものもあった。龍の口に携帯電話がくわえられ、空を飛んでいる。ポスターにスポットがあたっている。
 
 詰め所があった。二重のゲートになっている。一度やりすごしその先の交差点でUターンした。街路樹の下に停めてエンジンを切る。葉子のバンを待った。煙草は吸わない。
 ボックス型のバンの中には走羽と私、それから若い男が二人座っていた。後部荷物室にもうひとりいる。
 五分程たったろうか。日本製の小型バンが来た。運転しているのは真壁のようだ。
 詰め所の前でバンは急ブレーキをかけた。タイアを鳴かせ白い日本製のバンは斜めに停まる。
 
 助手席のドアが開かれ女が飛び出てくる。
 中国服を着た葉子だ。赤い。
 真壁がクラクションを鳴らす。何度も鳴らし早口で何かを言っている。
 葉子はラメの入ったヒールで逃げようとする。甲高い声を出している。
 詰め所の扉が開かれた。男がふたり顔を覗かせた。
 真壁が車から降り葉子を追おうとする。
 葉子は転んだ。真壁が近寄る。
 好色な日本人が上海娘の誘惑にしくじったという案配だ。
 真壁のネクタイは緩めてあるが、やはり地味だ。両手を広げながら葉子の傍による。
 詰め所にいた男のひとりが真壁の方に歩きだした。
 腰のベルトに伸張式の特殊警棒が挟まっている。一度後ろを振り向き、詰め所のドアの前に立っている相棒に笑いながら合図した。