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2009年06月02日

「緑色の坂の道」vol.4361

 
     恋はみじかい夢のようなものだけど。
 
 
 
■ と歌ったのは、高田恭子さんである。
 私は山崎ハコさんの「十八番」というアルバムで知った。
 なんというか時々、低く口をついて出ることがあって、霧の出た代々木公園の辺りに車を停め、ぼんやりしていた。
 
 
 
■ 作詞は浜口庫之助さん。作曲もである。
 浜口さんは当時の若い世代などからはあれこれ言われていたようだが、いい曲を沢山作られていた。
 裕次郎の「粋な別れ」と、この「みんな夢の中」は半ば裏表のようなところもある。
 と、概説から入ると面白くはないもので、戻ってから一杯を嘗めた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4362

     みんな夢の中。
 
 
 
■ 泣かないで
 なげかないで
 と、単刀直入なところが歌の力である。
 昭和44年。東大紛争があって翌年は万博で。ウルトラセブンは前の年に終わり、三島由紀夫は中央公論に「文化防衛論」を書く。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4363

 
     どうでもいい。
 
 
 
■ 潜り込むような季節というのがある。
 〆切手前だというのに、何もせず、壊れかけたソファの上に横になっている。
 昔、下北沢界隈にカタバミとかウワバミという名前の御休息があって、金もなかった頃合、少し潜った。
 時々冷蔵庫が唸っていて、中に鮭缶が入っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4364

     粋と野暮のあいだ。
 
 
 
■ 緑坂のvol.15 が初出である。
 昔すこし馴染んだ妙齢がまだ眼張りをしていて、夢は愛育病院だという。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4365

 
     粋と野暮のあいだ 2.
 
 
 
■ 有栖川の界隈にいいマンションがあるのだが、狭い癖に高い。
 どう考えても通勤には向かない坂道と造りである。
 西巣鴨のガスタンクの近くで飲んだことがあったが、そこから電車で戻るのが億劫で困った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4366

 
     本道と脇道。
 
 
 
■ 確かこの題名も「青い瓶の話」で使った覚えがある。
 簡単にいえば、微細なバランス感覚のようなもので、一方では突っ込み、一方ではそれを笑うというような按配である。
 ま、そこは流れで。
 という台詞は随分と流行った。
 
 
 
■ なんのせいか、手元にライカのR8があるのだが、これにフィルムを通すのが億劫である。時々眺めては、重いなとか思ってまた棚に戻す。
 辞書みたいなものだろうか。
 R8というカメラはライカの中では面白い位置付けで、半分枯れた方々が手を出すか、あるいは大企業の部長クラスの方が酒瓶と一緒に並べるものだといわれていた。
 それはそれ、メルセデスでいえばバブル後期の小錦型Sクラスみたいなものかも知れない。
 ホンキにしないように。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4367

 
     コンサル君。
 
 
 
■ 仕事柄、そういった類のこともしなければならないのだが、どうも生命保険の人生設計みたいなところがあって厄介である。
 作る立場とそれを編集する立場というのは本来別のものだが、実をいえば作る際にも一歩後ろに引いて自分の作品やその他を眺めているところがある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4368

 
     人工水晶体。
 
 
 
■ という吉行さんの名作がある。
 インテリにしか分からない諧謔と透明な世界が描かれている。
 インテリ、と書いてしまうと公論や世界の流れになってしまうのが常だが、そういった知的権威云々ではない、妙齢の背中に生えた案外に黒い毛を眺めているようなお話である。
 
 
 
■ 40代の半ばくらいから老眼になった。
 車の中で細かい地図を読む時に、見えにくいなと自覚することが何度かあって、丁度その時隣に乗っていた妙齢本格派の友人が高笑いしたことを覚えている。
 一発小突いた。
 
 
 
■ 背中の産毛というのは、本人にはわからない。
 それを口にしていいものかどうか。
 数年馴染んだ後、剃刀をあてることになる。
 
 

2009年06月15日

「緑色の坂の道」vol.4369

 
     ジェイク。
 
 
 
■ ニコルソンの「チャイナタウン」を惜しみ惜しみ見ている。
 これで何度目になるのか。
 前は確か港区の東京タワーが見える床張りの部屋で、漠然と眺めた。
 14か21インチのブラウン管を床に置いていたような記憶がある。
 ゲーム機はまだ繋がっていない。
 作りつけの棚には酒の瓶が並んでいて、金もないのにバカラのグラスに安ウィスキーを垂らしていた。
 
 
 
■ 私はこの頃のニコルソンが好きだった。
「愛の狩人」という映画があったが、その時の目つきは、例えばこの作品や後の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」あたりまで健在で、ニコルソンは一部の妙齢から不思議にセクシーだと評されていた。
 確かにそれはそう。蜥蜴のような眼で下着の中まで値踏みする。
 そのくせ何処か夢見がちなのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4370

 
     ジェイク 2.
 
 
 
■ 惜しみ惜しみ、というのは、全編を通しては見ないということである。
 物語は知っているのだし、音楽もそうだし、つまりはちょっとした断片を時々見返すというような按配である。
 
 
 
■ 指を入れてすこしひっかかるところがある。
 強く押すかそうでもないかは時と流れによるのだが、沸いて出てくることもあり、そうでないこともあって、昨日誰と寝たのかというのが分かったりもする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4371

 
     青い花。
 
 
 
■ 湾岸のあの辺りで、すこしギアを落とす。
 6000くらいまで踏んで、ちょっと我慢してそれを維持する。
 速い車と言えばPRESSと、表のプレートを空車に置き換えたタクシーが限界まで踏んでいた。
 橋の上で、ここは上海かと思える放送が耳に入る、
 ここに停車するなというアナウンスだった。
 ドップラー効果なのだろう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4372

 
     青い花 2.
 
 
 
■ 左に折れて大黒に入る。
 飛ばしはしない。アンダーが出るか出ないかのところで、リアのグリップを確かめている。
 マニア以外にはどうでもいい話なのだが、この辺りが車や単車の面白いところで、ややベタな表現ではあるが「語り合いながら遥かに」というところなのである。
 
 
 
■ このコピーは70年代初め、ホンダCBの広告に使われていた。
 ツインの250とか350。後者は実際には330と少ししかなかったのが、ただ飛ばすだけではない、そこに味を求めるという姿勢は別にCBに限ったことではなく、元々嗜好品とはそういうものである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4373

 
     青い花 3.
 
 
 
■ 駐車場でぼんやりしていると、セドグロの4枚ドア軍団が集会をしていた。
 千葉や茨城から集まってきて、互いに写真を撮り合っている。
 総数は10数台か。
 近場の青い仕事服を着た彼に声をかける。
 4枚だね。いいね。
 そうっすよ、このロングは平成14年頃まで現役だったんすよ。
 
 
 
■ ところで、どの車でこられたんですか。
 いや、向こうのボロなんだけどさ。
 はぁ、先輩はどちらから。
 
 
 
■ 先輩じゃないけどさ、私はこういう奴らが好きである。
 なんというか、日頃お世話になっている宅急便やバイク便の彼らを思い出す。
 工業や商業を出て、一足先に大人になった友人たちがいたが、彼らは仕事服の着こなしが旨かった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4374

 
     青い花 4.
 
 
 
■ メインになっている車が一台あった。セドのロングである。
 後部座席のドアを開け、矢代亜紀さんを流し、天井はLEDの配線とチカチカだらけだった。
 20歳前後のその世界ではまだ若いもんが、小さなデジカメに三脚を立て、その内部を撮ろうとしている。
 ストロボ炊くと写らないぞ、と言おうとしたが、まあ三脚を持っているだけ感心である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4375

 
     青い花 5.
 
 
 
■ 随分前の緑坂に、東北高速道脇のトラック・ターミナルのことを書いた覚えがある。 エロ本の自動販売機があり、まだ中にDVDは入っていなく、半分は砂利が敷いてあった。
 故郷に妻子を置いて、月の半分は大型トラックやトレーラーの運転席後ろで仮眠を取る男たちの物語である。
 妻子がいない場合には、当時のアイドルを飾った。
 
 
 
■ これらは、例えばWWⅡの時のB17の搭乗員にも似ている。
 戦略爆撃機のノーズに女性のヌードを描いて、高射砲やメッサーの待ち受ける空域に突入する。
 今は、と言えばETCの割引時間に左右された。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4376

     青い花 6.
 
 
 
■ 六月は青い。
 花がそうである。
 植え込みのところにそれがあって、誰も気づかない。
 襟足を剃っている。
 
 

2009年06月18日

「緑色の坂の道」vol.4377

 
     洲崎パラダイス。
 
 
 
■ 先日、川島雄三監督の「洲崎パラダイス赤信号」を斜めにみた。
 斜めというのは、時々早送りしながらということだが、モノクロームの画面にある1956年の東京は不思議に新鮮だった。
 イントロとラストに出てくる橋は、勝鬨橋。
 そこからバスに乗って今で言う東陽町の辺りまで流れるのだった。
 
 
 
■ 映画にはアーチがあって、そこには「洲パラダイス崎」とネオンがかかっている。
 埋立地から盛んにダンプトラックが出てきて、この辺り一体が再開発されているのだと知れる。
 敗戦、第二次世界大戦が終わってからまだ11年。赤線廃止は映画の2年後である。
 
 
 
■ ぐずらぐずらとした男女関係というのはいつの時代にもあるものだが、単に性的な繋がりだけでなし、先へゆこうとするでなし。
 生活力のない男と少し蓮っ葉な狐顔の女というのは、ちょっとばかし絵になっていた。 
 

「緑色の坂の道」vol.4378

 
     洲崎パラダイス 2.
 
 
 
■ 川島監督といえば、ダンディで紗に構えたインテリヤクザの風貌である。
 少し大きめの背広が似合うというか困ったもので、女泣かせだったこともあったのだろう。
 友人にこうしたタイプの奴がいて、結構モテたが時々煮詰まって自爆した。
 今は相変わらず痩躯で、会うと娘自慢をしている。
 
 
 
■ 私はどちらかというと、旧赤線地帯にあったような御休息が好きだった。
 なにもせず、二階の窓から雨どいに流れる水をみているのだが、そういえばこの浴衣は随分薄いものだなと思う。
 今も時々それに近いところに逃げ出す訳だが、小型のPCを持っていかねばならないこともあって、俗世である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4379

 
     洲崎パラダイス 3.
 
 
 
■ なにを言問う、言問い通り。
 東京というのは不思議なところで、通り一本隔てて、住む人たちの職業や階層やその文化までもが異なる。
 都市化の故なのだが、NYで言えばブロックのようなものだろうか。
 
 
 
■ 暫く前、いわゆる花街についてあれこれを読んだことがあった。
 皆さんそれぞれに格式を競い、差別化を図っておられる。
 それはそれ、地方都市の観光誘致としては有効なのだろう。
 あるいは温泉場だろうか。
 そうしたパンフレットを一同に並べてみると、ここは何処なのか分からなくなる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4380

 
     洲崎パラダイス 4.
 
 
 
■ 川島監督の代表作と言われている「幕末太陽伝」は品川の宿場町が舞台だった。
 旧東海道、ここから先は江戸ではないと言われた界隈。
 花魁とは呼べない、宿場の飯盛女とのやりとりがリアルに描かれている。
 裕次郎とフランキー堺が出演するのだが、芸達者なのはフランキーさんの方である。
 裕次郎演ずるところの大義名分を揶揄しながら見事に人を喰っていた。
 が、基調はどちらも似たりよったりである。
 
 
 
■ 土地というものは境目のようなものがあって、例えば品川宿なら八ツ山の橋である。 その傍に教会があって、川崎方面に流れる時、十字架が嫌でも目に入る。
 垂れ幕のようなものが下がっていて「青年は幻を見、老人は夢をみる」とか書かれている。
 私は、少しうんざりしながら馴染みのとんかつ屋か蕎麦屋に向かうのだった。
 

「緑色の坂の道」vol.4381

 
     低い雲。
 
 
 
■ コンビニの前に男がいる。
 大型スクーターの上で何かを食べている。
 携帯を耳にした若い女が、くわえ煙草で歩いてくる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4382

 
     ドライジン。
 
 
 
■ うんざりする仕事をひとつふたつ終え、半日さぼった。
 芝浦のディーラーで、デフオイルを換えてもらう。
 オイルはレッドラインの上が140まである奴で、紙袋に入れて持ち込んだ。
 まだ当分いけるのだが、そこは流れというか、換えると微妙に滑らかになるのだ。
 作業のあいだ、パーツの顔見知りの方のところへいって、これってどうなんですかと尋ねたりする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4383

     ドライジン 2.
 
 
 
■ 一杯25000という酒を嘗めたことがある。
 内緒ですよ、と黒服の奢りで、つまりはティスティングみたいな感じなのだが、HOYAかササキの足の付いたグラスに指二本ばかり。
 誰が飲んでんだろうね、こんなの。
 それがですね、IT系の金融の40代くらいの女性なんですよ。
 へえ、それもいいかもだね。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4384

 
     ドライジン 3.
 
 
 
■ なにがいいのかはわからない。
 味はといえば、複雑で奥行きのあるそれである。
 ちょっといいシガーがあれば、後はぼーっとしているという。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4385

 
     ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン。
 
 
 
■「あ、雨が突然降ってきた」
「暫くすると、こちらにくるな」
「どうして雨なの」
「ま、大人だからじゃないか」
 
 
 
■「いくつから大人なの」
「ひとによるよな」
 そこで、毎朝小便をするに困らなくなった頃からなにかが始まると説明したかったのであるが、割愛した。
 
 
初稿:「緑色の坂の道」vol.871

「緑色の坂の道」vol.4386

 
     風景と男と。
 
 
 
■ 外に出て食事をすることがある。
 昼時である。
 私の場合、車で出ていることが半分ほどなので、畢竟駐車場のあるところに落ち着く。 廻りを眺めると、ランチ時の奥様方や、背広が着崩れたタクシーの運転手さんが目立つ。
 
 
■ よお、なにちゃん。
 そう言って入ってくる彼がいる。
 白髪なのだが、腕時計だけが派手である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4387

 
     切れていない油揚。
 
 
 
■ 隣のテーブルでは修士までいったとか言っていた。
 前髪の長い、形状記憶のシャツを着た30代である。
 私はと言えば、野菜カレーに付いていた味噌汁を飲んでいる。
 トマトは残した。
 
 

2009年06月24日

「緑色の坂の道」vol.4388

 
     風景と男と 2.
 
 
 
■ スロープをメルセデスのW124/E500が下ってきた。
 初期型だろうと思う。グリルが大きく、垢抜けてはいない。
 見事に手入れされていて、ドライバーは初老の紳士である。顔は見えなかった。
 私はといえば、チャックの部分が壊れた黒いバックを持っていた。
 中には資料の山が入っている。普段使っているカメラバックを型に、カーボンの三脚を片方の手で握っていた。
 すこし腹が減っている。
 
 
 
■ グレーの500Eの後部座席には、細い姿が影になっている。
 少女であるかもしれない。ふたりいる。
 タイルの上をスキール音をさせずに曲がり、向こう側にいく。
 別になんでもいいのだが、こうした風情は好きである。
 半ば痩せ我慢のような気もする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4389

 
     風景と男と 3.
 
 
 
■ 後期型の500Eには暫く乗った。
 始めにEがついている方が初期型だとか聞いた覚えもあるが、ま、そこは流れで。
 もちろん借り物だったが、アクセルを床まで踏んだ時の水平移動の感覚が忘れがたい。
 氷の上で金庫を滑らせているかのような、止まる時も僅かに甘い感じは残っていた。
 くるくると廻るステアリング。ボール・ナットの精度。
 右から左へ移動する。燃費がどうという世界とは無縁なのだが、これはまだ私ごときでは飼いならせないなと思った覚えがあった。
 
 
 
■ 性能のことを言っているのではない。
 例えば今のスカイラインの3.7リッターは0-100が5秒台である。
 同じエンジンを積んだ個人タクシーは夜になるととたんに繁殖し、急な坂道を結構なペースで流していく。
 500Eの加速はそれにはとうてい及ばないのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4390

 
     風景と男と 4.
 
 
 
■ 及ばなくていいのである。
 十代かその辺りの頃、ヌカ六とかすったもんだを耳にした。
 すげえなあ、と思ったものだが、さて相方はどうだったのかというと、とても聞けるような段階ではない。
 あんないい女とロクかよ。
 
 
 
■ その後、あれこれあったとする。
 あんないい女としみじみする機会があるとする。
 あのね、瞬間風速なの。
 は。
 で、先輩はどうされているんですか。
 知らないけどね、新宿から十番にいって今は房総らしいわよ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4391

 
     風景と男と 5.
 
 
 
■ 一気に格調が下がるのが緑坂である。
 500Eに話を戻すと、この車は維持するだけで小型車一台が買えると言われている。
 年50程度。
 大体ロールスかベントレーの少し前と同じだ。
 年間5000ばかり走ったとしてである。
 
 
 
■ 男の世界には無駄があって、酒や煙草や賭け事や、例えば新刊を買ったり買わなかったり。今時新刊一冊を買えば、とんかつ定食の並みか場所によっては上が喰える。
 喰えるのになあ、と思いながら牛丼屋のカウンターで文庫を読んでいる男というのはそう悪いものじゃない。
 

「緑色の坂の道」vol.4392

 
     風景と男と 6.
 
 
 
■ 例えば維持できず、相場が底値に近づきつつある500Eを、今現在そ知らぬ顔をして乗っているというのはダンディズムだろうか。
 そんなことは気にならず、ただ好きなだけなのだが。
 
 
 
■ マーチの12SRに乗っている若い者も半分はそれに似ている。
 都筑PAで走りこんだ彼がいて、ボンネットを開けてくれた。
 そうこうしていると彼女が手洗いから戻ってきて、いい娘だよなと小声で言った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4393

 
     風景と男と 7.
 
 
 
■ いつだったか、高倉健さんが煙草を口にくわえているポスターが街に溢れた。
 飯倉の交差点へ曲がる時、何時もそれが眼に入る。
 高倉健さんはその時還暦を超えておられたとおもう。
 私はいくつだったか、酒は何を飲んでいたか。
 車は女は、と数えてみてもおぼつかない。
 
 
 
■ 上等じゃねえか。
 と、火の点いてない煙草を唇の脇に、ポケットに手を突っ込んでつっ立っている。
 着ているスーツは生地のいいもので、モノクロであるものだから光り方が目立つ。
 簡単に言えばライティングその他、プロ中のプロの方々が参加されたCMだったのだろうと思う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4394

 
     風景と男と 8.
 
 
 
■ 勝新太郎さんと高倉さんが初めて共演した映画があった。
 なんという題名の映画だったか、確か「宿無し」というタイトルで、健さんが東映を辞めフリーになったんばかりの作品だと記憶している。
 ラストで二人ともあっけなく死んでしまうのだが、仁侠映画の英雄に飽き飽きしていた時期だったからかも知れない。
 
 
 
■ それはそれとして。
 その映画の中でも、高倉さんはことある毎に「上等じゃねえか」の眼つきをする。
 また出たよ。と、私はにやりとしながら眺めていた。
 ベースがそれなのである。
 別にいいじゃねえか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4395


     風景と男と 9.
 
 
 
■ たった独りで立っていた時。
 あるいは座ってびくびくしながら煙草を吸っていた時。
 男たちというのはどんな顔をしていたのだろう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4396

 
     水の底で。
 
 
 
■ 向こう側に森のようなものがある。
 窓を開けようと手を伸ばすと、小さな蜘蛛が昇ろうとしている。
 私はぺたぺたと廊下を歩き、自動販売機でビールのようなものを買った。
 
 

2009年06月28日

「緑色の坂の道」vol.4397

 
     水の底で 2.
 
 
 
■ 伊豆で風呂に入ったのはいつだったか。
 深夜、ちゃぽんと浸かっていた。
 姿は河童である。洗うのめんどくさい。
 なんでこんなところにいるのか、一向に定かではないのだが、雨の頃合、この辺りをうろうろすることは多い。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4398

 
     水の底で 3.
 
 
 
■ 誰かが亡くなるとかそうでもないとか。
 そうしたことを書くのはどこか品がないような気がしている。
 私は「花影」という大岡さんの作品が好きで、緑坂に何度も書いた。
 この作品にはモデルがあるのだが、それを知ったり書いたりしても仕方ないだろうという気になっている。
 表現には一定の節度のようなものがあって、これをやればこう流れると思いながらそうしない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4399


     水の底で 4.
 
 
 
■ 私は小型車に乗ってきていた。
 なんのせいか、といえば流れである。
 セカンドに落として峠を昇るのだが、時々横っ飛びして倒した後部シートの辺りがごとごと言う。
 何時オイルを換えたか忘れたが、その時ディーラーにWAKO'Sが置いてあって、少ししか入らないからこれでいいだろうと選んだ覚えがある。その時はカメラバックを積んでいて、チーフだと思われる方が傍へ寄り、暫くその話になった。
 
 
 
■ 小型車で床まで踏むのは楽しい。
 三人乗って坂道にさしかかり、エアコンが入っていると40まで下がる。
 罵りながら窓を開け、コンプレッサーを切ったりして無駄なことをする。
 それでいて平坦では170まで出たりするのだから充分以上で、強いて言えば下りのブレーキだろうか。
 と、適合するパッドを捜したりすると何時もの脇道である。