2009年5月 Archive

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     顔の大きな佐分利信。
 
 
 
■ 例えばビール瓶を出すという。
 始めは大瓶を使い、その後のカットでは小瓶に置き換えたりする。
 大瓶のままだと、画面上で目障りに成り過ぎるからだが、考えてみれば小細工なんてものじゃない。ほとんど広告写真の世界である。
 同様に、ある女優を2.5メートルで撮って、その後佐分利信に切り替わるとき、すっと3メートルまで引く。
 同じ位置とレンズでは画面に大きく写りすぎるからだという。
 
 
 
■ 今ならズームか、というとまたそうでもなくて、微妙に背後のボケ方が変ってしまう。
 基本は50で、そしてゴザの上に置いた「蟹」と呼ばれた三脚というか台座で、這いずりながら構図やカットを決めていく。
 動画と静止画というのはまた別の文法だが、確かにこれ一本で撮ると決めた時の方が実は良いものが出来たりもするものである。
 
 
 
■ 撮影後の小津組のスナップを見ていると、確かに佐分利信の顔は大きい。
 小津監督より一回りくらい膨らんでいるような感じもして、あれはなんという映画だったか、セットのバーにふらりと入ってくる場面を思い出した。
 田中絹代さんが奥様役のそれである。

 
     小津の50.
 
 
 
■ 原田雄春さんのインタビューを蓮實重彦さんがまとめた本を読んでいた。
「小津安二郎物語」(1989:筑摩書房刊)である。
 原田さんは松竹での小津監督のキャメラ担当。「戸田家の兄弟」以来、コンビを組んでキャメラを廻した。
 活動屋ってのは基本的にヤクザなもので、その底には道化と反骨の気概があるのだが、そうしたことを伺わせるに足る、渋味溢れる一冊だった。
 
 
 
■「あいつはワーナー・ブラーザースだよ」
 その心は当時流行っていた映画「名犬リンチンチン」
 説明は不要、であるとか。
 「ワン・ナイン」という隠語が出てきてにやりとする。
 F1.9のレンズが出始めた頃で、絞り開放という女性相手の軽口である。
 ったくどうしようもないなあ、という世界のやりとりだが、撮影所の雰囲気というのは基本的にこんな感じだったのだろう。
 
 
 
 
■ 独特のローアングルでは、ほとんど広角を使わなかったという。
 50ミリだと。
 広角特有の歪みが出る事を嫌ったからだが、成程と思わせる逸話だった。
 晩年、松竹と一年一作の契約を結んでからは、ほぼ一月以上をロケハンに歩くと。大体が真夏で、皆汗だくになる。
 その写真を見ると、小津監督だけがカラーの大きな白いシャツを着ている。
 顔の大きな小津監督は、そうしたシャツだけを好んで作らせていた。

 
     雨上がりのマセラティ。
 
 
 
■ ライトが四角い頃のクアトロポルテが、坂の途中に顔を出す。
 乗っているのは30代後半程の妙齢である。この場合、本格派を省いた。
 ところが、実際にはプラス10からなのであって、見た目の若さについては一定の場所と時間によっては特定できないことがある。
 顔付きは狐系とは限らない。
 するりと流れに乗るとき、そのひとは軽く会釈をしていた。

 
     堅気のマセラティ 3.
 
 
 
■ とあるハードボイルド作家がマセラティに乗っていた。
 ビトゥルボから始まって、あれこれであるが、当時の私は少しにやにやしながら眺めていた。
 一度も浮気をしたことのない男が女について語る時、どうしてもオクターブ高くなる。
 いわゆる中年デビューである。

 
     堅気のマセラティ 2.
 
 
 
■ ST220はゲトラグの6MT。
 3リッターで220の0-100が7秒ほど。
 適宜な性能の割りに、ゲトラグときているところが困ったものである。
 
 
 
■ ヨーロッパフォードには、名の知れたチューナーというかプロデューサーがいて、最後の最後までセッティングを詰めるという。
 飛ばしはしないのだが、いつもの道を曲がったり止まったり。
 それを勤めるのはイングランド出身の元F1レーサーである。
 チューニングはたった5%の割合でしかないのだが、その出来不出来で車そのものの仕上がりが全く違うという。
 この辺り、デザインにも写真にも、または文章の世界にも通じるところ。
 もちろん、プログラムの世界にもである。

 
     堅気のマセラティ。
 
 
 
■ どうもセダンが好きで、指折り数えるとその割合が多い。
 いくらチューンしても骨格そのものから違うのだが、それでもドアの4枚ある箱が好きだった。
 ヨーロッパフォードにモンディオのST220という車があるのだが、これがどうもよく出来た箱らしく、やりすぎないB4といった按配らしい。
 バッチを外せばふたつ前のトヨタかヒュンダイかというスタイルなのだが、こういうのが好きな人達というのはいるもので、時折集まられてはその屈折の度合いを自慢されているという。
 30代後半-40くらいだったらそうしてたな確実に。

 
     複雑なボール。
 
 
 
■ アトリエというか仕事場というか、あちこちの蛍光灯を取り替えた。
 私は電球色のそれが好きで使っているが、まだ寿命ではない時期なのに替えてみると随分明るさが違う。これで同じ消費電力だったのかと思うとそういうものである。
 メーカー毎に微妙に色温度が違うので、同じメーカーのものにしなければならない。
 ポジを確認するライトボックスがあって、こちらもそろそろ交換時期。
 うっすら埃が被っている。

 
     かげが光る 2.
 
 
 
■ 濫読の時期というのが周期的にあって、積み上げては捨てる。
 メモを取ることも取らないこともあるが、いずれにしても一定の量が溜まり、それがじたじたと発酵するのを待っている。
 日が暮れら。

 
     かげが光る。
 
 
 
■ ある程度不幸な方が仕事がしやすい。
 と、考えていた時期があった。
 40代始めまでは確かにそうである。
 半ばを過ぎ、大台に乗るようになると、また別の考えも出てきて、実はあらかじめ決まった場所に片足を突っ込んでいなければ仕方がないと思うようなところもある。

 
     冷た優しい。
 
 
 
■ 緑坂に仕事の話を書くのは野暮である。
 このところ外苑西通りには、駐車違反の取締りの方が薄い緑の制服であらわれる。
 ランチや茶を飲んでいる間、つい時計を見てしまう。
 この辺も混んできたよね。
 陸の孤島とか呼ばれた頃合、私はたまにチョコを買いにきた。

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