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2009年04月01日

「緑色の坂の道」vol.4285

 
     阿呆面のお前たちとどこかでばったり出会っても
     そしらぬ顔でいような 3.
 
 
 
■ 粋とか野暮という概念は、都市化の流れからである。
 誰もいない山里で青いシャツを着ていれば、エノケンの歌そのものになる。
 俺は村中で一番モボだと言わた男で、親父は村長でエライと。
 
 
 
■ 前に緑坂「甘く苦い島」でオードリー・ヘップバーンのことを書いたことがあった。
 映画、「ティファニーで朝食を」の中にNYのバス・ストップで、昔の旦那とあれこれする場面があり、垢抜けたオードリーに比べ最初の旦那はいかにも野暮ったく描写されていた。
 実はこれもかなり苦い場面なのであって、似たようなシーンはモンローの映画にも繰り返し使われている。アメリカの長距離バスに私は乗ったことがないが、ある種文化と階層の交差点になっているという声もあって、それはその通りなのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4286

 
     阿呆面のお前たちとどこかでばったり出会っても
     そしらぬ顔でいような 4.
 
 
 
■ この緑坂の題名は、ウィリアム・ホールデンの台詞である。
「第17捕虜収容所」あたりから。
 収容所ものの映画というのは男たちに人気がある。
 抑圧と抵抗、諧謔とユーモアが集約されたかたちで顕れるからかも知れない。負けたことのない男などいないからだ。
 
 
 
■ ビリー・ワイルダーの風貌は、全盛期の山口瞳さんによく似ていた。
 眼鏡と輪郭がそうだ。若い頃、不安定で少しばかり無頼の世界に片足を突っ込んでいたところもそうである。「サンセット大通り」の試写会で、社の役員に、べらんめえと啖呵を切る辺りも、山口さんが時の首相に「男性自身」の中で噛み付いたことを思い出させる(「卑怯者の弁」)。
 ただワイルダーは社交の術に長けていた。自分の価値を知っていて、それを映画とはまた別の世界でも密かにしかも十分に活かした。
 ハリウッドという実態のありそうでない世界で生き延びていくには、つかず離れずの間合いと冷酷さ、それを包むジョークやウィットが必要だった、と言いかえることもできようか。
 
 
 
■ どうも。この辺りの屈折と厄介さが、私を不機嫌にさせているのではないかと思われた。水面下にあるだろうものである。
 ワイルダーは、常に「ワイルダーならどうする?」と問いかけられていたような気がしている。他人にも、自分にもである。
 
 

2009年04月02日

「緑色の坂の道」vol.4287

 
     オール・ザ・シングス・ユゥ・アー。
 
 
 
■ 雨である。
 久しぶりに一杯を嘗め、雨の庭を眺めている。
 チェイサーは中国の茶で、それでもいいのかと思われた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4288

 
     オール・ザ・シングス・ユゥ・アー 2.
 
 
 
■ 雨の中、車を走らせるのは嫌いじゃない。
 嫌いなのは、手に蝙蝠傘を持つことで、少しくらいの雨ならと粋がってその後で風邪をひく。
 生理痛の薬くれ、と時の妙齢にねだっていたものだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4289

 
     タイプEは雨に汚れる。
 
 
 
■ 先日、壊れかけたソファに寝転んで古いCGの別冊を眺めていた。
 XJ40辺りまでのジャガーの特集である。
 これはこの世界の古典か教科書みたいなもので、若かりし頃の小林エディターが村山のテストコースでタイプEを駆る。
 600メートルしかない直線で105mhp.168kmを出していたのが1962。
 1962年と言えば、東京タワーが建って4年しか経っていない。
 
 
 
■ タイプEの話をすると長くなる。
「夜の魚 外灘」で12発のそれが出てきて、出来たばかりの上海の高速をフェラリと競う場面がある。ま、御伽噺なのだが、それを書いていた10数年前から個人的にはセツボーしていたというところなのだろう。
 この場合はカタカナなのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4290

 
     タイプEは雨に汚れる 2.
 
 
 
■ 若い頃、川口の辺りで赤いEタイプをみかけたことがある。
 近場に住む、今の私くらいの年齢の方が乗られていた。
 建築か工場か、そういった会社のオーナーだと聞いた覚えがあった。
 単に私は若造で、その時の値段だけに驚いてもいた。
 知人のフィアット乗り、X1-9をシャコタンにしていた彼に子供ができたというので、なんとなく集まったのである。
 
 
 
■ それから暫く経って、大崎の辺りでレストア中のそれを見せてもらったことがある。 ベージュというか初期型の6発。ジャガーのフレームというものに私は初めて見て触ったことになる。
 入り口にモーガンのスリー・ホイラーと、ボルボのグラス・ハッチの奴が並んでいた。スポーツ・ワゴンと称するそれである。前後屈伸運動を強いられるシフトさえ我慢すれば、実を言えば今でも欲しい。
 
 
 
■ 入り組んだ路地の奥のガレージで、その先輩筋の方はこう言った。
 水道と電気代が高いんだ。
 娘がいるんだが、ここ5年会わせてくれない。
 
 

2009年04月03日

「緑色の坂の道」vol.4291

     花狐。
 
 
 
■ 満開の下で化粧を直している。
 すこし曇ってきた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4292

 
     東京の桜。
 
 
 
■ 先日、北へ出向いた。
 橋を渡る手前、境目のあたりである。
 右へ左へとそれると上に高架がある細い道がある。金網が貼ってあって、その中に一本の桜の木が咲いていた。モルタルなのか、灰色の建物の前で、そこだけが薄明るい。
 子供が飛び出してきたり、青シートを抱えた家のない男たちがのろのろと歩いている。 学校がありスーパーがあり、商店街が短く続いて、それから線路があった。
 
 
 
■ 東京の桜といえば上野だという。
 もともと吉野あたりから植樹されたものが広まったということだが、満開の頃、出向いたことはない。
 広重に「上野清水堂忍ノ池」という作品があるが、どちらかと言えば凡庸な構図で広重らしさはあまり感じられなかった。それよりも「王子音無川」に配された青がよく見えてくるのだから不思議である。青と緑と花色の対比、と言えばいいか。
 広重には夜が似合う。あるいは雨や雪である。
 
 
 
■ あるとき花というのは俗っぽさの象徴である。
 俗を拒絶しようと思ってもできないのが生身の人間なので、例えば西行の歌などには案外に生臭いところが残る。
 だからどうした、ということはないが、線路沿いの団子屋によるべきかを考えていたら、携帯に催促が入った。
 
 

2009年04月06日

「緑色の坂の道」vol.4293

 
     ペッパー・リターンズ。
 
 
 
■ 戻ってから仕事をし、ライトアップされた花を眺めていた。
 色男のアート・ペッパーが復帰した後の奴を聴きかえす。
 適宜に枯れていていいのかも知れない。ボリュームを絞る。
 
 
 
■ ペッパーは麻薬に溺れた。
 当事のJAZZメンはおおかたそうである。
 が、先のワイルダーの本などでも、れっきとした医師が注射針の先にコカインの粉を溶かしたものをつけ、ハリウッドのスターに処方していたというのだから仕方がない。
 ケイリー・グラントがLSD中毒だったこと。モンローの死因が麻薬の過剰摂取によるものだと言われていること。
 知らなくてもいいようなことを知って、また見返したりする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4294

 
     花の影。
 
 
 
■ 花もそうなのだが、日ごとに緑の量がふえていく。
 北の方では、一気にという按配らしい。
 どなたかの本で、ただ蝦夷と呼ばれた国では庭先に桜の樹を植えることは忌み嫌われたという話を読んだことがある。桜を植えると家が滅びると。
 これは縄文と弥生文化の相克というところからきているらしいが、確かなことはわからない。桜は西の花だ。南でもない。
 
 
 
■ 私個人は、満開の桜というのがどうも苦手だった。
 そのくせ、緑坂の確かvol.1だったかに桜のことを書いているのだから不思議なもので、うんざりしながら春なのである。
 
 

2009年04月07日

「緑色の坂の道」vol.4295

     うたかた。
 
 
 
■ 詰めた仕事をしていて、背中が痛む。
 ちょっとばかり適した椅子は使っているつもりなのだが、長い時間であるとどうしても猫背になってしまう。
 先日、車のフロアマットを交換した。
 定番の麻の奴にしようかと迷ったのだが、いわゆる純正のものにする。
 ロゴが入っていて恥ずかしい。
 しかし、入っていなければ何処のものだかは分からない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4296

 
     PATRICIA.
 
 
 
■ 私は車に関しては、あまり浮気しないタイプである。
 というよりも、2年や3年ではよく分からないというのが本当のところで、しぶといというか結局はマニアの入り口辺りをうろうろしている、というところなのだろう。
 昔、ゼンギなどはしない、とうそぶいていたことがあったが、車の暖気はしている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4297

 
     ランチアの彼。
 
 
 
■ これでいいや、というところと変に凝るところと。
 何時だったか、バッテリーからのマイナスの端子を新品に換えてみる。
 部品は芝浦から取った。在庫がなくて、取り寄せになる。
 確かとんかつの並くらい。
 
 
 
■ そのままトランクに入れて数ヶ月経つ。
 西の方に打ち合わせに出かけ、思い出し、いきつけの電装屋に寄る。
 自分でもできないことはないのだが、バッテリーのバックアップ電源がなかったのだ。 時間は5分。工賃うなぎの蒲焼。国産である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4298

 
     モンテカルロの靴下。
 
 
 
■ そういう話をしているのではなかった。
 ランチアにモンテカルロという2シーターのクーペがある。
 私はそれが好きで時々捜すのだが、ほとんど出廻っていない。
 排気量は2000.カタログでは190とあるが、イタリア式なので実際は160とかその程度だろうか。
 全長はかなり短く、X1-9よりも寸足らずである。
 当事のランチアの常で錆に極めて弱く、雨の後は1500ワットのドライヤーをかけねばならない。
 
 
 
■ 何時だったか、葉山の方角に車を走らせていた。
 ちらりと見えたのが銀色のモンテカルロで、フロントグリル周辺の黒い帯で分かった。 絶妙の面積である。
 一体にイタリアのその手の車というのは、フロントグリルが妙に端正で、例えばマセラティの角ばったそれなどもフロントとリアの造形で決まる。他は外しているのにである。
 銀のモンテカルロは時々朱色に見えた。
 スロープを登り、黒い林の方に消えていく。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4299

 
     モンテカルロの靴下 2.
 
 
 
■ モンテはマニュアルである。
 例えばこいつを、妙齢中程や本格派が簡単に転がしていたら出来過ぎである。
 エキパイの辺りが錆びていて、それを気にしない。
 これがストッキングだとそうもいかないわけだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4300

 
     モンテカルロの靴下 3.
 
 
 
■ 元はフィアットであるから、ざわついた音である。
 その分タフで、この感じは117クーペやその後継の奴にも似ている。
 ターボのついた後期を横羽で流したことがあったが、180で尻が跳ねた。
 峠ならどうだったのか。ステアリングはそれ程クイックでなかった覚えもあって、ずるずるいけば私ではまにあわない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4301

 
     色気について。
 
 
 
■ あるとき妙齢と無駄話をしていた。
 所用あって会っていたのだが、そこから流れ、どうでもいいことを話す。
 ところで、立ち入って悪いのだけれども君はどの辺りに住んでいるの。
 辺り、というところに気づいてくれるひとは稀である。
 
 

2009年04月08日

「緑色の坂の道」vol.4302

 
     Danny Boy.
 
 
 
■ 誰の演奏か古いアイルランド民謡が流れる。
 それを聴きながら、霞町の交差点は混んでいた。
 両列にタクシーの群れが並び車線はふさがっている。
 ここで待っていても仕方ないことは知っていて、行くところがないのだろう。
 
 
 
■ 軽に煽られる。
 こんな時間まで仕事だと苛だった運転である。
 その気持は分かる。
 先にいかせ、墓地の坂道へと曲がった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4303

 
     Danny Boy 2.
 
 
 
■ 桜という花には、どこか禍々しいところがある。
 買ったばかりの煙草の銀紙を小指の爪で開け、ぼんやりしていた。
 足許には踏まれた花弁が散っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4304

 
     Danny Boy 3.
 
 
 
■ 少女がひとり、手をかざしている。
 落ちてくる花弁を手にしようとしている。
 春信の絵柄に似たまだ細い手足である。
 その隣を、杖をついた老婆が歩き、黒い樹の角を曲がって消える。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4305

 
     水辺夜桜単衣。
 
 
 
■ 清少納言は、絵にかき劣りするもののひとつに桜をあげている。
 これは全くその通りだと思う。
 桜の写実絵、または写真というのはかなり難しい。
 定番の銘木と言われるものの前に並んでも、いつか誰かが撮ったようなものになって、その先に落ちていかないことが多いような気がしている。
 桜の花弁ひとつひとつは小さく可憐である。それが無数に群生して全体としての豪奢に繋がっている。それを視覚的にどう表現するかと言えば、幾重にもフィルターをかけ別のものに昇華してしまう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4306

 
     水辺夜桜単衣 2.
 
 
 
■ 淡い墨色の地に、霞に桜。
 桜と波と白鷺。金の糸による弦月。
 全体を眺めていくと夜桜だと分かる。
 江戸時代、御所関係の夏衣だという。
 つまり後の月という。
 
 

2009年04月09日

「緑色の坂の道」vol.4307

 
     うたかた 2.
 
 
 
■ 美意識というのは場合によっては半ば病んでいるようなところもあって、戻ってくるのに難儀する。
 若い頃、英泉の浮世絵が気になって、その仔細な睫の描写や紫を加えた紅の辺りに惹かれた。いわゆる退廃美である。
 いい歳になってくると、英泉もやっぱりお坊ちゃんだったのだろうかという感想が混じってくる。退廃は少し脇に置いてという按配である。
 退廃的ということと本物の退廃とは別のものだからだ。
 なんにせよ、表現するには一度こちらの世界に戻ってこなければならない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4308

 
     うたかた 3.
 
 
 
■ 旅から戻った頃だろうか、私は車のブレーキ・パッドを換えた。
 小型車ではない方の奴である。
 フェロードにDS2500という定番のセミ・レーシングパットがあってよく効くのだが、暫く乗っているとホイルが真っ黒になる。迷った末、別の製品にした。歳だし、そう飛ばさないし、と言うと店の担当者から虚しい笑いが帰ってきた。
 ローターの交換はしなくて済んだ。ローターはちょっといい値段なのである。外してみると綺麗に減っていて、研磨の必要もなかったようだ。
 
 
 
■ 一昔前は、パッドの焼き入れというのをしたものだが、最近はそういうこともなく、当りがつくまでSRのドラムブレーキに乗っているつもりでいればいいという。
 CB750 Four のディスクみたいなものか。K0高い。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4309

 
     うたかた 4.
 
 
 
■ その話がなぜ「うたかた」かというと、愛はいつもつかのま。
 車もカメラも、別になんでもいいじゃないかと思う。
 3000回転を超えてからの加速が、開放でのボケ方が、と細かく述べる男に限っていざとなると下手だったりするらしいが、その感じは分からないでもない。
 何時だったか、そろそろ中ほどになろうかという狸みたいな目張りをした妙齢と話した。
 男なんてみな同じよ。
 それはそうだけどなあ。
 通い同棲をしていた彼と別れて半年になる頃だった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4310

 
     霞かな。
 
 
 
■ 菜の花畑に入日薄れ
 で始まる歌がある。作詞は高野辰之。
 誰もが知っているあの唱歌である。
 
 
 
■ 春霞というのは山の輪郭を曖昧にしていた。
 秋口だとこうはならない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4311

 
     夕月。
 
 
 
■ 春の月というのは、だいたいオボロであるという。
 じきに満月なのだが、まだ見上げていない。
 窓を薄く開けておくと、夜になればひやりとする。
 茶碗を取り出して、滅多に飲むことのない日本酒を取り出した。
 そういえば、拾ってきた花があったとおもう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4312

 
     鳥の声。
 
 
 
■ せんだって、雀だろうか、鳥が桜の花弁の中に顔を突っ込んでいるのをみた。
 何をしているのか、訳があるのだろうが、そんなものを眺めている私にはたいした理由もなく、蛍光色のベストを着た区の見回りの方々とすれ違った。
 おかしな人が多いからね。
 うかうかできねえ。
 
 
 
■ 男同士であまり話題にはならないのだが、例えば40を過ぎると妙に鼻毛が伸びてくる。もっと具体的に言えば、耳の辺りにも数本不思議なものが生えてくる。
 この手入れを、紳士の皆さんはどのようにしているのか。
 鰯雲 ひとに告ぐべきことにあらず
 
 

「緑色の坂の道」vol.4313

 
     おぼろ月夜。
 
 
 
■ 深夜、茶碗酒を嘗める。
 拾ってきて数時間経った桜の花弁は、酒に浮かべておくと皺が伸び、色があるかないかに白い。
 私は、そのあたりにある大きめの茶碗を使った。
 萩とか備前という感じでもない。
 これが白磁だと、パジャマの前をはだけていると叱られそうである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4314

 
     西行の皺。
 
 
 
■ 確か国立博物館あたりに収められていると思うのだが、西行が半分口をあけ、満開の桜を眺めている硯箱がある。
 いわゆる花見西行である。
 江戸時代のものか、仔細な細工が施されていて見事なものだが、この時の西行は既に老僧姿であった。
 
 
 
■ 酒を飲んだのかどうか。
 普段何を食べていたのか。
 金玉の裏側には白髪があったのかまだ恋をしていたのかなど、考えていけば謎は深まる。
 
 

2009年04月10日

「緑色の坂の道」vol.4315

 
     日の移ろい。
 
 
 
■ 島尾敏雄さんの日記文学の傑作である。
 緑坂には何度も書いた。今、結構な厚みのあるその本がどの辺りにあったかと書棚を眺めたが、眺めただけである。
 このタイトルも非常に優れたものだ。
 例えばこの季節、何度か口にしてみるとゆっくり滲んでくるものがある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4316

 
     日の移ろい 2.
 
 
 
■ 春というのは薄い気鬱を含んでいるものだ。
 若いときは若いなりに。40手前は少し気負って。
 どうにかやり過ごしてここまで来ている、としよう。
 よく生き延びられたものだ、と思う瞬間が何度もあって、これを対外的にはハクヒョーを踏む思いとかいう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4317

 
     残花。
 
 
 
■ 洗面台で白髪を一本みつけた。
 前の方である。なんのせいか、私は白髪が少なく量自体も全盛期からそれ程変わっていない。全盛期ってのが厄介だが。
 毛抜きというものがあったので、それを使って抜いてみる。
 酒のせいか、顔がかさかさしている。何塗ればいいんだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4318

 
     残花三昧。
 
 
 
■ なんにでも三昧や物語をつけるのが流行ったことがある。
 しばらくすると「私のなんとか物語」である。
 私の不倫物語。または、私の育児物語。主人公は同一である。
 また明日もこの時間にね、と廻りに聞こえる声で美術館の庭辺りで遊ばせている。
 ここは有料であるが、お菓子などは持ち込みである。
 私は性格が悪いので、ライカを見せびらかした。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4319

 
     道に敷く花吹雪とはなりにけり。
 
 
 
■ 緑坂の短いものは、2-3分で書いている。
 数打てばいいってことですか。
 いやそうでもなくて、一応は印刷などもして後で直したりもする。没にするのもいくつかあって、そうなると番号がとっちらかる。
 掲載は、私がやることもあればスタッフに頼むこともあった。
 いい迷惑かも知れない。
 
 

2009年04月15日

「緑色の坂の道」vol.4320

 
     女人返し。
 
 
 
■ いろは坂の辺りで夕方になった。
 馬返しと書かれた立て札があり、昔はここから先には牛馬と女人は登れなかったのだという。
 すこしひやりとする。
 山肌が殺伐としていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4321

 
     女人返し 2.
 
 
 
■ 北へ向かう山はどことなく黒い。
 空も、時々置かれている薄桃色の山桜も、ここは違う国だったのだよと言っているかのようである。
 神様が違う。
 春の匂いもそうである。
 
 

2009年04月16日

「緑色の坂の道」vol.4322

 
     女人返し 3.
 
 
 
■ 春先の獏とした風景にはライカのレンズは合わない。
 印刷ならそれも出るのだが、ほぼ液晶で眺めているWebの世界では尚である。
 イエローかオレンジ、またはPLを付ければコントラストは上がるものの、暫く眺めていると飽きてくる。
 私は峠の途中で数カット撮った。
 ポジはカメラの出した露出で、もう一枚は僅かにアンダーで。
 デジタル一眼の場合には-2近くまで落としてみる。
 
 

2009年04月20日

「緑色の坂の道」vol.4323

 
     知りもしないで。
 
 
 
■ 壊れかけたソファの上に寝転んでいた。
 空が見えたりもするのだが、別に感慨はない。
 私は〆切に詰まるとここへきて、一行か二行のために不貞腐れる。
 つまんねえな。
「飽きたんだ」
 
 
 
■ この台詞は「赤い波止場」で裕次郎が吐き出すように使った。
 真っ白な背広を着て大股で歩いて、ほとんど銀座四丁目のチンピラなのだが、その舞台は神戸である。
 中華街はまだ南京街と呼ばれていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4324

 
     知りもしないで 2.
 
 
 
■ ローレン・バコールの低音というのは作られたものである。
 ハワード・ホークスにそう言われ、まだ20そこそこだったバコールは裏山で声を潰す練習をした。
 1944年の映画「脱出」でバコールはボガートと共演し恋に落ちたが、どちらが粉をかけたかと言えば、乗ったのはボガートである。
 目線でそれが知れる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4325

 
     用があったら口笛を吹いてよ。
 
 
 
■ ハード・ボイルドを齧った方ならご存知の、いわゆるあの台詞である。
 原作はヘミングウェイ。
 映画はその骨子だけを使ったもので、ホークスの仕事である。
 ハワード・ホークスのカメラの位置は立位置が多く、小津安二郎のように低くはない。またクレーンを使った俯瞰なども滅多に使わなかった。これはと思うところだけ、ロングで撮る。
 粋な照明の使い方もしていて、例えばバコールがくわえる煙草にボガートが火を点ける場面など、愛煙家には困ったものだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4326

 
     用があったら口笛を吹いてよ 2.
 
 
 
■ それから夜になり、仕事場へ戻って郵便の点検をする。
 スタッフが分けておいてはくれるのだが、中を開け、シュレッダーと未決に閉じる。
 オープナーは誰かに貰ったものだが、電池が切れ、面倒なのでそのままにしてある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4327

 
     用があったら口笛を吹いてよ 3.
 
 
 
■「脱出」当時、ボガートは40代半ば。
「カサブランカ」など、結構な作品に出演していた頃である。
 バコールとの年齢差は一廻り以上。定番といえば定番の、男と女の厄介である。
 ただ、いわゆるハード・ボイルドと呼ばれる小説もその映画も、男だけでは成り立たない世界であって、必ず補助線としての女性、妙齢がいる。
 主人公が困った時に助けてくれるのは大体がワケありの妙齢で、つまり今や先は知らないが、昔一度か二度は寝たことがある間柄、またはその手前である。
 そうでなければオフクロだけだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4328

 
     用があったら口笛を吹いてよ 4.
 
 
 
■ 胸元にひらひらをつけた女がいる。
 うふふと薄く笑う。
 立派なそれかといえばそうでもなく、ただ胸元が開いている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4329

 
     用があったら口笛を吹いてよ 5.
 
 
 
■ いいファンデだね。どこの。
 と、尋ねる訳にもいかない。
 
 
 
■「脱出」の中のバコールはやや背伸びをしていた。
 照明の関係で獏連にみえる瞬間もあり、実際それはそうだったのかも知れない。
 
 

2009年04月24日

「緑色の坂の道」vol.4330

 
     微妙な按配。
 
 
 
■ 退屈な車の話である。
 先日、芝浦のディーラーでLLCとブレーキフールドの交換をした。
 今乗っている古い方の奴の場合、冷却水は1年に1回が基本である。夏場はかなり熱くなるので、高速を飛ばしてきて駐車場に入れた後などはボンネットを薄く開けておくこともあった。雨の後などは、白いものが立ち上る。屋外だとそうもいかないが、駐めてあるところは部外者は一切入れない仕組みになっているので、1日2日ならそのままでも問題はない。
 夏場、ボンネットを薄く開けているのは私だけではなく、車名は書かないが御同輩というか諸先輩方も近場に複数おられる。アバルトじゃないよ。
 
 
 
■ LLC、クーラントの交換は機械を使って一気にという店もあるが、ホースやサーモに負担がかかる。時間をかけゆっくりと全量交換する方が望ましい。朝入れて夕方できるかというようなところだろう。
 昨年はFUCKSを入れたが今年は純正である。
 面白いなと思うのは、いわゆる量販店とディーラーで工賃が1000円しか違わないということだった。町場のショップと同じか、または安いかも知れない。パーツの持込も可能である。工賃は同一。
 
 
 
■ 今回入れたブレーキフールドはATE社のブルーレーシングというものである。
 ダストが出にくいセミレーシングにパットを換えてから、初期制動がやや甘く、どうしたもんかいなあと遊んでいたら、フールドを換えてみるといいという話があって、それに従った。ブレーキホースは前からステンレスなので、どうにかするとなればそこしかないのである。
 車に乗ってみると、確かにその通りである。敏感でしかもダイレクトな感じ。ローター面の微妙な凹凸まで足の裏に伝わるかのようだった。
 新油効果かも知れないが、前に換えてから一年は経っていない。
 こんなに違うものかな。
 これならブレーキ残したままちょっと傾けるかな、と思ったりもする。
 荷重移動ですね、詳しく言えば。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4331

 
     乗りたい車がない場合。
 
 
 
■ どうでもいいといえばどうでもいいことなのだが、例えばニコンでプロ登録されている方々は、シャッターボタンの感度を改造したりする。風が吹いても落ちるようにしている方もいる。チタンがどうしたというのも同じような理由からである。
 一般に何処に金をかけるかというのは、その男や女のあり方に薄く繋がっていて、世の中というのは面白いなと思うのだった。
 
 
 
■ いつだったか仕事で川口の辺りに出かけ、脇道から濃い色の964が出てきた。
 助手席に派手な外観の妙齢が乗っている。
 運転しているのは、それに相応しい地元の二枚目である。
 ちょっと車高が下がりすぎていて、80キロ以上で動作するというリアのスポイラーがあがっていた。
 964も一時買いやすくなったので、荒れた車が多いという。
 ジャガーXJの308なども手入れされないままだとかなり寂しく、いわゆるVIPカーの仕様になっていたりすると、あちこち光物だらけである。
 それもまあデモクラシーなのだが、窓から煙草もった手をひらひらさせるのは古い。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4332

 
     乗りたい車がない場合 2.
 
 
 
■ 考えてみると、クーラントの交換などは以前は自分でやっていた。
 国産も外車もである。
 オイル交換もかつては自分でやったものだが、今は廃油処理の手間からまかせるようになっているだけで、オートバイ、単車に乗っていた奴なら簡単な整備は自分でやるものである。
 歳をとったのか暇がないのか堕落したか、その全てなのだが、それはそれとして、正直なところこの人にならというような職人が少なくなったような気もしている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4333

 
     乗りたい車がない場合 3.
 
 
 
■ 芝浦は車好きの半分聖地みたいなところがあって、たまに細かなパーツを買いにいく度、これはと思うような車をみかける。
 300SLの本物とかノーマルの500E。信じられないくらい程度のいい126のロングや280SLなど、せんだっては外ナンバーのAMGのSLがいた。リアの様子をみると7.2リッターのそれかとも思うが、その割りにタイアがダンロップのそうグリップする訳でもない奴だったので不思議だった。
 尻滑らせるのが好きなのかも知れない。
 
 
 
■ 首都高でも第三京浜のS字でもいいのだが、湿った雨の夜などにテールを流しながら外国ナンバーのAMGが斜めになってきたらちょっと怖い。
 治外法権である。