2008年08月07日

「緑色の坂の道」vol.4163

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「緑色の坂の道」vol.4162

 
     Orfeu Negro.
 
 
 
■ 私は「黒いオルフェ」のサントラが好きである。
 ゲッツのそれも定番ではあるが、明るすぎ、貧しさの中の祝祭という色が出ていない。
 メインテーマの「Manha De Carnival (Morning Of Carnival)」が、映画の中で幾度となく繰り返される。
 子ども達は裸足である。
 大人は、あっという間に老けてしまう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4161

 
     水のかたち。
 
 
 
■ 雲が流れている。
 あれは水なのだな、と思うと不思議で、傍にいた子どもに話しかける。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4160

 
     低い靴とお香。
 
 
 
■ 雲がむくむくとわきあがっている。
 雨の後だからだ。
 エンジン洗浄は一定の効果があったようだ。
 新油ということもあるが、軽く踏んだつもりで吹けあがる。
 いずれ慣れるものだし、だからどうしたということもないのだが。
 
 
 
■ 昔、カブ系のエンジンをいじる時、フラッシングに灯油を入れて暫く廻し、中を洗ってやったことを覚えている。
 灯油というのはパーツを洗うに最も適していて、今でもスプレーの中に入れてピット近くに置けばいいという話もある。
 もっとも、十分乾燥させないと暫く匂うのではあるけれども。
 そんなことを繰り返していたのも、恐らくは夏の時分だった。
 友人と一緒だったか、その後走りにいったのか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4159

 
     水菓子。
 
 
 
■ 汗をかくと、シャツに色がつくかと心配しているからかも知れない。
 すると昼寝が前提である。
 夕方近く、近場で打ち合わせがあったのだが、私は水菓子を三つ買った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4158

 
     高いゴザ。
 
 
 
■ 銀座に洒落たデザインの茣蓙が売っている。
 女性のデザイナが作ったもので、モンドリアンの絵柄と和の色使いを組み合わせたもの、あるいは八丈の格子柄である。
 毎年買おうかなと思うのだが、果たせず、屋上で一服して戻るのが常だった。
 
 
 
■ 先日は時計台が色の塗り替えをしていた。
 鳩に餌を与えないでください。
 と、小さな看板に書いてある。
 
 

2008年08月06日

「緑色の坂の道」vol.4157

 
     重い斜面で。
 
 
 
■ 夏がゆっくりと後ずさる。
 誰もいない公園に立ってみた。
 
 

2008年08月05日

「緑色の坂の道」vol.4156

 
     遠雷。
 
 
 
■ 夏の去る音。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4155

 
     遠花火 2.
 
 
 
■ 浴衣は、次の年には着れない。
 今しかないものである。
 黄の帯を締めた妙齢が前を歩く。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4154

 
     遠花火。
 
 
 
■ 住宅地の前で炎がみえた。
 藁と野菜を焼いている。
 夫婦一組。
 誰を送っているのか、また会おうという煙なのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4153

 
     好きで乗ってる。
 
 
 
■ 裏返ってすいません、の彼女は駐車場の傍まで見送りにきていた。
 多分、車が少し変わっていたからだと思う。
 好きで乗っているものと見栄のそれというのは微妙に違うもので、麻布へ向かうモデナは例えば音だけである。
 音はいいけど、まだそこにいたのかと。
 
 
 
■ 普段のつもりで踏んだら、EPSが一瞬点滅した。
 あ、なるほど。と、ゆっくり流す。
 程度のいいユーノスの古いものと暫く併走し、それから橋を渡ろうとする。
 黒い997のポルシェが抜いていった。
 私は法定速度で、ギアを換えながら、得体の知れないものを確かめている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4152

 
     洗えば流れる。
 
 
 
■ 途中、スタッフに戻っていいと電話した。
 腹が減ったので、牛丼屋に入る。
 ハイオク3リッター分で腹だけは膨らむのだが、それも不思議な話である。
 味噌汁が塩辛かったので水で薄めた。もちろん不味い。
 
 
 
■ 界隈には高層マンションが乱立している。
 大きなスーパーやアミューズメントのようなものもあって、ここで全てが足りるのだが、橋を渡って向こうまではいかない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4151

 
     裏返ってすいません。
 
 
 
■ 洗浄作業の担当は若い女性だった。
 大丈夫なのかな、とも思ったのだが、それは私の世代の偏見で、このところどの世界でも若い女性の方が仕事をきっちりこなしている。
 ここ10数年ほどがそうだと思う。
 
 
 
■ 一時間ほどかかり、洗浄とオイルの交換が終わる。
 ゲージの上限より0.2リッター程足りなかったのだが、オイルは入れすぎると泡だったりして負荷がかかる。1000キロくらいで点検し、モービルのRFだったかを入れればいいかと話し合った。あれならスタンドにも置いてある。私の入れたオイルは5リッター容器しかないのである。
 汗をかいた彼女は、声が裏返ってすいませんと言う。
 暑いから疲れてんだよ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4150

 
     質について。
 
 
 
■ 夏を乗り切るために、エンジン内の洗浄をした。
 スタッフに後をまかせ、ちょっと出てくると地下に降りる。
 暫く走らせていなかったものだから、薄っすらと埃を被っている。
 暖気のあいだワイパーを往復させ、それからウェスで窓を拭いた。
 
 
 
■ 今都心部ではハイオクがリッター辺り200を超えてきていた。
 数年前のほぼ倍である。
 こうなると、ETCを使って首都高速を使った方が場合によっては節約で、特に夜などは時間も半分以下になる。
 前から3500キロくらい走ったので、僅かに回転が重い。
 ほとんど体感誤差なのだが、当時の雑誌などによると、このエンジンはオイルを燃やして冷却するという話もあって、10-w60を3000で換えろと真顔で書いてある。
 ならばオイルは徐々に減る訳だが、ロータリーの如く燃えたりはしていない。
 10-w60ってあなた、レーシングオイルですな。売ってないよ。
 ベースオイルの質にもよるのだろうが、今のところ60というのは飛ばしても必要ないような感じである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4149

 
     東京湾岸道路。
 
 
 
■ 同名の小説が確か片岡義男さんにある。
 映画になったような記憶もあって、草刈正雄さんがハーレーに跨っていたのではなかろうか。ハーレーは、ベルトドライブになる手前くらいの奴である。
 村上春樹氏と片岡さんを並列で読むような時代が確かにあった。
 私は遅れて入ったが、決して軽くは置けない部分が残り、例えばコピーを数本という注文の際、書店で束にして買ってくることもあった。
 端的に切り取りが旨いのである。
 その空気、間合いの取り方を読んでいく。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4148

     場末にいすぎた 5.
 
 
 
■ 場末とは土地柄のことではなく、精神のありようのようなものである。
 これを自分らしく保持するのは、かなり厄介な作業である。
 もともと自分なんてものは相対的なものでしかないのだが。
 退屈しのぎに、男たちは車をいじる。
 酒や煙草やシガーにカメラ。
 ゴルフとなると半分は仕事絡みなのだが、それぞれにドラマのようなものがあって、それなりに流儀というか傾向のようなものがあるようだった。
 
 

2008年08月01日

「緑色の坂の道」vol.4147

 
     場末にいすぎた 4.
 
 
 
■ 昔坂を引っ張り出してきた。
 チャンドラーのこの作品は、確か「ヴェルマのいったところまでは見えなかった」で唐突に終わっている。
 考えようによっては、漱石の「三四郎」のラストと同じくらいぶっきらぼうである。
 この作品は半ばメロドラマのようなところもあって、それがハードボイルド小説の魅力のひとつでもあるのだが、つまり男女間の厄介がリアルに描かれていないと、やせ我慢というか探偵の徒労感に味わいが出てこない。
「結局、私はアレイディス夫人から一文も金をもらえなかった」
 と、イントロから見事に描かれているのはその予兆でもあろうか。
 
 
 
■ 一般に男というのはしみじみと無駄な生き物である。
 この時間に緑坂を書いていることもそうであるし、それを読んでいるあなたもそれに近い。
 私は今、NYで流行っているという青い瓶のウォッカにオレンジ・ビタースを垂らし、ビタスの口をタオルというかダスターで拭くべきかどうかを迷っている。
 本来は洗えばいいのだった。