2008年07月30日

「緑色の坂の道」vol.4146

 
     ヴェルマ。
 
 
 
■ セントラル街には、黒人だけが住んでいるのではなかった。白人もまだ住んでいた。私は椅子が三つしかない理髪店から出てきたところだった。職業紹介所からまわされたデォミトリオス・アレイディスという理髪職人がそこで働いているはずなのだった。小さな事件だったが、その細君が良人を連れ戻してきてくれたら、お礼をするといったのだ。
 男はその店にいなかった。結局、私はアレイディス夫人から一文も金をもらえなかった。
 その日は、三月の終わりの暖かい日だった。
(「さらば愛しき女よ」レイモンド・チャンドラー著 清水俊二訳 早川書房 5頁)
 
 
------
 
■ 御存知、チャンドラーの長編、代表作の書き出しである。
「全編に溢れるリリシズムとスリルと非情な眼」と、裏表紙には書いてある。
 今読むと、些か甘い処もあるのだけれども、ひとを「酔わせる」という点では、チャンドラーにかなうハードボイルド作家はいないのではないかと個人的には思っている。
 フィリップ・マーロウという魅力的な主人公を設定したこと。
 当時のロスアンジェルスの風景を、見事なくらい切り取ったこと。
 黄色く変色した文庫本をぱらぱらめくり酒を嘗めていたのであるが、ニコルソンの「チャイナ・タウン」という映画を思い出した。
 確か、映画の宣伝に
「その頃、そうした男はそう珍しくなかった。まだ残っていた」
 などという台詞が字幕に流れていたような記憶がある。
 
 
 
■ いい小説の書き出しには味がある。
 これから何が始まるのか、その空気が数行の中に含まれている。
 晴れているのか曇るのか、曇ってはいてもその密度はどうなのか、一杯目の酒のように、無愛想にひとを試しているのだ。
 
「緑色の坂の道」vol.1578
95年3月
 
 

2008年07月29日

「緑色の坂の道」vol.4145

 
     場末にいすぎた 3.
 
 
 
■ 路肩の白線の中に停め、右側のスモールだけを点けて歩いた。
 遅くまでやっている書店に、資料を眺めにきたのである。
 咥え煙草の男や女たちとすれ違う。
 下水の匂いが足元から昇ってきて、うねるようにタクシーが並んでいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4144

 
     場末にいすぎた 2.
 
 
 
■ ふたつみつ過ぎると、美人が降りていく。
 地下鉄というのは残酷で、路線とその駅の界隈で人の背丈もサンダルの皮も違う。
 男たちは細いパンツを履いて、先の長い靴が折れ曲がっている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4143

 
     場末にいすぎた。
 
 
 
■ あるとき、妙にタイミングが合わないことがあった。
 言葉や動作や判断がひっかかり、すっと伸びていかないのである。
 安くて詰まらないものを買う。
 それで得をしたと思う。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4142

 
     夜に鳴く蝉。
 
 
 
■ 都会の蝉は夜に鳴くのだという。
 哀れか、といえばそうでもない。
 遠くで工事の音がする。
 アスファルトを剥がしては塗っている。
 
 

2008年07月23日

「緑色の坂の道」vol.4141

 
     グリス 2.
 
 
 
■ それは写真や言葉にも言えることで、例えばどのフィルムを使うのか、乳剤は現像は、と言っていたのが昨日のことのようである。
 今はどのデジタルカメラの特性が自分の好みか。その後処理をどうするかという世界である。トータルでPCのハードとソフトの範疇になる。
 レンズの特性も露出方式もその補正ももちろんそこに含まれて、一体何を基準にすればいいのかがすぐには分からない。
 分からなくていいのだと思われる。
 
 
 
■ 言葉の世界で言えば、何処で句点を打つべきかということに今でも悩む。
 一定の基準はあるのだが、それはその世界でのお話だったりして、実務の中ではまた少し違っていることも多い。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4140

 
     グリス。
 
 
 
■ 車のハブを替えた。
 フロントのみである。
 何時だったかリフトアップした時に左右に揺さぶると、僅かにガタがある。
 調整でもいけるのだが、この際だからと分解してもらった。
 で、どうかというと、ステアリングが重くなる。
 誤差というか、5パーセント程の違いでしかないのかも知れないが、交差点を曲がると直にそれがくる。
 詰まらないことだとは思うが、微細な単位の違いでデザインしている立場からすると身につまされて困るのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4139

 
     水の近くで_2.
 
 
 
■ 海から帰った男女が赤い肌をしている。
 彼女はすこし外またで、踊りながら歩いていく。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4138

 
     水の近くで。
 
 
 
■ 酒を嘗めた。
 透明にゆれている。
 
 

2008年07月22日

「緑色の坂の道」vol.4137

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「緑色の坂の道」vol.4136

 
     シグロ 4.
 
 
 
■ 信号の先を、ウナギ犬のようなジャガーのXJ-Sが曲がっていった。
 外気が32度だから、エアコンは動作しているのだろう。
 結構な光沢で、緑か紺のメタリックだと思われた。
 ガラス瓶の主は、どこへ避暑にでかけたか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4135

 
     シグロ 3.
 
 
 
■ ガード下にガラスの瓶が沢山並んでいる。
 ゴミではなく誰かが住んでいるのだが、主は今の時間そこにいない。
 夏でも厚着をして、硬い髪と黒い顔をした彼らは、時々自転車でその辺りをうろつく。
 子どもが遊んでいる公園で、前歯が欠けたまま笑うのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4134

 
     シグロ 2.
 
 
 
■ 一部の車はそのうち葉巻、シガーのようになるだろう。
 と、思ったりした。
 仮にシガーだとしても、高ければいいとか、専用のケースやカッターがなければならないという訳ではなく、その時の気分と体調で、細いものや軽いものを選んで差し支えない。
 ところが一部の店舗やバーでは、まずは高いものから薦めたりする。
 トイレに「ソムリエ・バイト募集」とか貼ってあったりして、それもまた舞台裏である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4133

 
     シグロ 1.
 
 
 
■ 先日まで国産の3リッターに乗っていた。
 まだ新しい型で、ホイルは鍛造の名の知れたところのものである。
 ところがボディが追いついてゆかず、走れば緩々である。
 要はオーバー・スペックで、それで一二年経ったものだからボディがタレてきているのだった。
 30分で背中も腰も痛くなる。分厚い立派なシートなのだが。
 それでリッター5しか走らない。
 ひとつふたつ前のポロかルポ、あるいはフォードのKaでクラッチを踏んでいた方が幸せのような気がしていた。
 
 
 
■ このところ都心の一般道はガラガラである。
 首都高にも渋滞のマークは少なく、なんのせいかといえば原油高である。
 来月には大台にという話もあって、車に乗るにも一定の覚悟が必要な時代になった、というところなのだろう。
 ハイオクを満タンにして手洗いなどをすると、ええ、とんでもない話になります。
 ちょっとしたところで妙齢とコースがいける。
 もちろん、夕食である。
 
 

2008年07月16日

「緑色の坂の道」vol.4132

 
     54分のあたりで。
 
 
 
■ ま、その55分がフルコースだとして、54分のあたりで
「ゴーン」
 と鐘の音がどこからともなく聞こえてきたらドウシタラヨカロ。
 ここで我に還るのは大抵男であって、相手のあることだしそうもいかない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4131

 
     ぐずらぐずら。
 
 
 
■ じたじたと、ぐずらぐずらというのは一時、緑坂のテーマだった。
 各地で影響された野郎ドモが出てきて、おかげさんで留年しましたとか言われる。
 その彼も、今ではデーガクの先生である。
 
 
 
■ 前述の「快楽の秘薬」という本は、いわゆるカッパブックスの辺りを編集しなおしたもので、その元になっているものは時々古本屋の片隅に積まれている。
 ふと手に取ることもあるのだが、例えば吉行さんのそれなどはかなり分量が長く、ははあ、後から大分削っているのだなと分かる。
 大体イラストというかなんというかが入っていて「ベアトリ姐ちゃん」という漫画を描かれていた方のそれを見たこともあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4130

 
     伸ばせばのびーる、じたじた55.
 
 
 
■ ま、この話は何度か緑坂やその他に覚えもあるのだが、この当時の吉行さんは暇である。
 こりゃどういうことナンダロウと、友人に電話しまくっているのだから面白い。
 近藤さん杉浦さんのお名前が出ているところを見ると、時期として大体想像が付くわけであるが。

 こういう連中とは、話すに足りぬとおもい、一人しずかに考えることにしたが分かるようで分からない。「じたじた」と快感を滲み込ませて、僅かずつの蓄積で、頂上まで持ってゆくのだろう、とおもうが、具体的なことは分からない(「快楽の秘薬」23頁)。
 
 
 
■ で、吉行さんは水上勉さんの「好色」という作品にその答えがあるということにする。
 かいつまんでいうと、ゼンギ55分ということであった。
 私は今、軽い二日酔いでもあるので、とても漢字で記す気にはなれない。
 手順が上から下まで、ものの見事に描かれている。巻物である。
 ぱらぱらと目で追うと、
 
 じっと、息をしていていいんです。じっとしている。すると女は次第に鼻息を荒くしてくるが、しかしまだ三十分ほどしか経っていない。残りの二十五分は、(以下略。前掲:25頁)。
 
 と、ある。
 しかしまだ三十分ほどしか経っていない。
 というところで思わず笑ってしまったが、時計をちらりと見ているわけで、どの道も極めるには難儀なのだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4129

     じたじた。
 
 
 
■ 本棚から吉行さんの「快楽の秘薬」(光文社文庫)が落ちてきた。
 しばらくその辺りに置いてあったのだが、なすすべもない夜更け、それをめくる。
 引用してみる。
 
 過日、某週刊誌を読んでいて、おもわず立ち止まって考え込んだ一節があった(略)。
 そのときのゲストの桂小文治師匠が、先々代羽左衛門の色道の極意について語り、
「あの人は、女と寝たあと、シーツに皺一つ寄らない」
 という意味のことを言うと、確か近藤日出造さんだったかがおどろいて、
「でも、女性をのたうちまわらせるのが…」
 男としての腕前ではあるまいか、という意味のことを言い、師匠が、
「のたうちまわらせるなんぞは、三流の芸です」
と、いい、近藤日出造、杉浦幸雄ご両人が、
「ははあ」
 と、恐れ入る場面である(前掲:22頁)。
 
 
 
■ 吉行さんはこの後、こう続けていた。
 
 のたうちまわらせるなんぞは三流の芸です、という言い方もおもしろい。たしかに、恐れ入るほかはないが、なんとなく分かったような気持で恐れ入るわけで、具体的には精しくは分からない。少なくとも、私には分からなかった。
 それにしても、反省させられる言葉で、私はさっそく友人をつかまえて、その話をして、
「つまり、じたじた、じたじたとやってゆくのだろうな」
 と言うと、相手は反省のない野郎で、
「そりゃ君、畳の上でやるのじゃあないか」
 などと言う(前掲:22頁)。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4128

 
     着流し 5.
 
 
 
■ 例えばの話である。
 英国製のコートには名の知れたところがふたつばかりあるが、その新品を着ているのは何処か恥ずかしい。
 何度か洗濯をして、生地それ自体が柔らかくなった辺りがいいのだとされる。
 一度わざと汚し、例えば車で踏んでから洗うのだという話まであって、それをやった馬鹿はボタンが割れたと泣いていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4127

 
     着流し 4.
 
 
 
■ アストンと長ネギ。
 という緑坂を書いたのだが、億劫になって没にした。
 右側座席にスーパーの袋があって、そこからネギの頭がはみ出ていても別にいいじゃないかという気がある。
 袋を持参するとポイントがいくつか溜まって、そういうところはしっかりしておきなさいと半ズボンの頃に言われた。
 
 
 
■ 話は飛ぶが、メルセデスW124、その24バブルのクーペが国産軽の新車と同じ価格で出ていた。92年くらい。走行は5万以下。ほぼノーマルである。
 シートが皮でないのが後々の手間がかかるかなと思うのだが、こういうのをシレッと乗るのも、ちょっとはいいのかなという気はしている。クーペというところがいい。
 タイヤを含めた足回りに30.ホースや油脂類のリセットで15-20.
 年間維持がやっぱり30くらいだろうか。まともにやればである。
 
 
 
■ 高いと言えば高いのであるが、500Eなどとは異なり、2-3年でV8の真ん中にあるスロットル・アクチュレーターが駄目になるということもない。
 定番のオイル漏れを気にしなければ、直6は基本的に丈夫である。
 当時のメルセデスはセカンドから出るので、出足はかったるいのだが、それでも220くらいで巡航はできるという。
 できたからどうだということもないけれど。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4126

 
     着流し 3.
 
 
 
■ なにをもって粋とし、そして野暮というのかは難しい。
 50になったらジャガーが似合う男に。
 などという言い方がよくされたものだが、それは車雑誌のエディターがその時ばかりはスーツを着て、タイアップのホテルの前でポーズを取っていたからだろうと最近は思う。
 次の頁には大抵腕時計や高い服の広告があって、つまりそういう構成で媒体というのは成り立っているのだが、ま、そこも流れで。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4125

 
     着流し 2.
 
 
 
■ 眠狂四郎の円月殺法というのは、冷静に考えるとほとんどギミックである。
 大体あの細い刀で、何人もの人間を切れる訳がない。
 この辺り説明すると野暮になるのだろうが、山本七平氏の「私の中の日本軍」の中に、日本刀による100人斬りの可否という主題で記されていたことを覚えている。
 兵器としては、日本刀というのは不完全なものだと。
 折れる曲がる、刃こぼれはする。
 一番いいのは、先を尖らせた円匙(えんぴ。つまりシャベル)だという話があって、つまりHOWAの小銃とAK47の違いみたいなものだろうか。
 
 
 
■ みかけたアストンから何故こうなるのかわからないが、そこは流れである。
 船宿辺りでごろごろしている狂四郎に、ねえ旦那、と年増が声をかける。
 当時の年増というのは20過ぎのことを言うのだが、なんともはや、人生は短い。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4124

 
     着流し。
 
 
 
■ 深夜、外苑西を昇っていると、一台のアストンが停まっていた。
 やや腰高の尻を見せた、6気筒のDB7。ジャガーのXKとプラットを共有した、そろそろネオ・クラシックの範疇にある車である。
 味は薄いとされるのだが、その分普段乗りにも適しているとされる。
 
 
 
■ 鋭角に曲がって坂道が続くこの辺りには、奥まったところにちょっと変わった車が棲んでいる。
 かといって20年前の青山原宿のように飛ばしている訳でもない。
 中ほどにある店の前には、平日の深夜、派手なランボやベントレーなどが停まっていて、車を眺めながらノンアルコールのビールを飲みにくる方々が集っていた。
 ある種、自慢スポットであろうか。
 椅子もテーブルも埃っぽいので私は近寄らないのだが、花束を抱えた妙齢が踊るように歩いているのは、式の二次会があったからである。
 
 
 
■ 薄いメタリックの古いアストン。
 維持費は多分空冷の911を真面目にメンテしたくらい。
 12気筒ではないから車の格としては別物になる。
 魚眼レンズのような流行の腕時計は似合わず、路上駐車でちょっとラーメンを、という訳にもいかないだろうが、やはり嫌いじゃないのである。
 
 

2008年07月14日

「緑色の坂の道」vol.4123

 
     夏日。
 
 
 
■ 蝉が鳴きはじめた。
 激しい雨の後である。
 年に数回、スコールのようなものが降る。
 冬に厚手の背広を着なくなって、くわえ煙草の場所も減った。
 
 

2008年07月12日

「緑色の坂の道」vol.4122

 
     No Blues.
 
 
 
■ しかし、そういうことはなかなか口にできない。
 雨上がりの月を眺めているのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4121

 
     雨の受け皿。
 
 
 
■ ある一定の年齢を過ぎると、人生は総力戦のようになってくる。
 という説がある。
 例えば多少の才能の有無や、それを継続させるための人一倍の努力、または係累や出身などということも、半分はどうでもよくなってきたりするのだという。
 それ以外のものたち。
 自分だけではどうにもならないもの。
 配偶者や長年のツレとの関係だったり、子どものことであったり、その背後にある様々な人たちとの微妙な距離や厄介の問題なのだろうカ。
 つまりは、厚みのようなもの。
 目には見えないのだが、漠然とそんなものが左右しているのだなと感じることもあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4120

 
     リノ・バンチュラの睫毛。
 
 
 
■ 歩き方といえば、ジョン・ウェインは内股である。
 腿が互いに触れ合うようにして、酒場に入り、バーボンを喉に放り投げてから殴り合いをする。騎兵隊の制服は案外にぴっちりしているのだ。
 仏映画ではジャン・ギャバンやリノ・バンチュラなどにも感じるのだが、男らしい外観と行動の中に、ふっと女々しいものが透ける。
 これは分かるひとにしか分からない感触で、また例えば二丁目の現役を退いたママなどには半分だけは同意して貰えるだろうか。
 
 
 
■ あらちがうのよ。
 やぁねえ。
 と、会話が続くのが少し鬱陶しい季節ではある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4119

 
     恋のしずく。
 
 
 
■ 仕事を終え、DVDの「フランク・リーバ」の続きを再生していた。
 アラン・ドロン主演のTV映画の連作である。
 当時ドロンは68歳。出生に異説もあるから、ほぼ70ということだろうか。
 粗筋はそう面白いものでもないのだが、60年代から70年代にかけて典型的な美男だとされた俳優がどう老けていったのか、少しばかり興味があった。
 
 
 
■ イントロは状況説明である。
 二作目あたりから、いかにも仏映画の伝統を継いだかのようなショットと時折の暴力が挿入されてゆく。
 銃器の重さ。過剰な性能のそれを扱わないところがいい。
 横断歩道をコートの裾を翻しながら歩くドロンは、今ではそう大きくもない背丈なのだが、不思議な存在感があって嫌いじゃなかった。
 ずっとこれでやってきたという定番の歩き方である。
 レストランかカフェで、手の甲のアップがあり、そこにはいくつもの染みが目立っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4118

 
     夏のカレー 2.
 
 
 
■ それを冷やしておいた烏龍茶とともに食べる。
 ちょっとサラダ。
 汗かいちゃったりして、じきに蝉も鳴く。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4117

 
     夏のカレー。
 
 
 
■ 思い立って料理をすることにした。
 野菜を煮込み、コンソメを入れ、スープになろうかという時、何故だか分からないがカレー粉を入れようと思い立つ。
 粉では心もとないので、ルーなどを探す。
 フライパンで肉を炒め、もちろん順序は逆なのだが、鍋の中に入れる。
 飯は冷や飯がいいな。
 
 

2008年07月10日

「緑色の坂の道」vol.4116

 
     DISC 5.
 
 
 
■ 妙齢の編集からメールが入っている。
 もうやめようかな、と先日言っていた彼女だった。
 女郎の足抜けみたいなものだな。
 またそういうことをいう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4115

 
     象牙の色。
 
 
 
■ 備え付けのグラスにウィスキーを入れる。
 定番の形をしている。思ったよりガラスが薄い。
 私は浴衣で胡坐をかき、一本の文章の出来に悩んでいる。
 おもいつきでどうなるものではないんだよ、と駆け出しの頃、口を酸っぱくして言われた。
 でも、お勉強の成果を見せるな。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4114

 
     夜のかたまり 2.
 
 
 
■ 自分の裡にある理不尽なものをどう処理しようか。
 というのが、例えば少年期から青年期にかけての隠されたテーマだとする。
 それを実装していくのが、いわゆる中年になってからで、叩きのめされたり追い込まれたり。
 いずれにしても一度負けてから始まるのがこの世界である。
 負けは何度も続いて、それが癖になることもあるようだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4113

 
     夜のかたまり。
 
 
 
■ 東京をすこし離れることで、東京がよく見えるという話がある。
 昔、梅雨の終わりの頃、浅草辺りにある連れ込みに篭って、わたしはなんにもしたくない、という按配で外を眺めていたことがあった。
 平屋ないしは二階建のところを探すのは難しく、大抵はモルタルなのかコンクリなのかはっきりしない、ある種宮殿のようなホテルである。
 夜には豪華だ。
 一人でということもあったし、そうでないこともあった。
 窓から見える町の風景は日常そのもので、洗濯物がぶら下がっていたりする。錆びた自転車と。
 夜になっても白いものがそのままになっていて、他人事ながら心配した記憶もある。
 
 
 
■ そんなところで一日二日。
 全くの無駄なのだが、長い人生にはそういうこともあるようで、これではいかんなという気分が満ちるのを待っている。
 
 
 
■ つげ義春さんには「蒸発旅日記」という作品があった。
 場末の辺りに旅をして、そこのストリッパーとそのまま暮らしてみたらどうかなと夢想する、事実とも虚構ともつかないお話だが、つげさんの場合にはそのまま突っ切ってしまうような凄みがある。
 これを伊集院さんが解説の中で端的に指摘していて、つまりは極道モンなのだということであった。
 極道モンというのは実は相貌に顕れている。
 それでいいや、と腹を括っているのである。
 
 

2008年07月08日

「緑色の坂の道」vol.4112

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「緑色の坂の道」vol.4111

 
     さびしいコップ。
 
 
 
■ 高見順さんだったかのスケッチに、そうした題名のものがあるという。
 古い友人が若い頃、教えてくれた。
 奴は確か全集を持っていて、そのうち貸せよと言っているうちに40を過ぎ、それきりになっている。
 荷風全集を買ったのは何人もいたが、案外にみな真面目で、この辺りが面白いような気もしている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4110

 
     旅の麦茶 2.
 
 
 
■ 麦茶をチェイサーに、酒を嘗めはじめた。
 畳があって、机があって、向こう側にベットがある。
 シングルが一杯だったものだから、これでいいやと思ったのだ。
 
 
 
■ 電話を数本。メールをいくつか。
 廊下に出て、夜更けの自動販売機を眺める。
 ビールの値段が良心的で、だからどうしたということもないのだが、とりあえず買ってみることにした。
 ゴトリと大きな音が廊下に響く。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4109

 
     旅の麦茶。
 
 
 
■ この時間からだと素泊まりである。
 いきつけのところがいくつかあって、案外に安く泊まれるのだが、あまり遠いところは無理のようだった。
 見た目は立派なシートなのだが、どう調整してもぴったりするところがない。
 意味なく厚いのはなんのせいか。
 例えば7人乗りの最後部に乗せられているご老人がいるが、あれも親不孝な話である。
 本来はトランクのある辺りにシートを作ったものだから、ピッチングが甚だしく、つまりは淋しいのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4108

 
     月の影。
 
 
 
■ 離れた処にある空が一部あかるい。
 
 と、いう出だしの緑坂を94年頃書いた。
 私はといえば、マリガンの「Night Lights」をリピートしながら、高速を西に流れていた。
 車は国産の3リッター。
 退屈で、しかももう背中が痛くなり始める。
 
 
 
■ 一日二日、旅に出ることがある。
 煮詰まるから、という訳でもないのだが、東京駅の地下街で買った黒いナイロンのバックにその辺りの資料を詰める。確かこのバックは2000円しない。半分チャックが壊れている。
 ノートPC一台とカメラ。
 今回はライカにフィルム2本である。
 途中、コンビニのATMで金をおろし、それからウィスキーと煙草を買った。
 
 

2008年07月07日

「緑色の坂の道」vol.4107

 
     Night Lights.
 
 
 
■ ジェリー・マリガンの名作である。
 緑坂には繰り返し出てくる。
 この2曲目「Morning of the Carnival (Manha de Carnaval)」と、4曲目「Prelude in E minor」の辺りは、ほとんど対になっていて、白い風の吹く今時分、飽きる程聴いた。
 ボッサのリズムが、夏の終わりを教えるのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4106

 
     枯れ方いくつ。
 
 
 
■ いい車とかいい女とか。
 確かにそういうものもあるのだが、どうもそればかりでは余る。
 または何処かが不足する。
 先日、出先から戻ってくると、両手に一杯の小包を抱えた配送のひとと一緒になった。
 お中元の季節だからである。
 彼は汗をかいている。私よりも少し年上のようだが、それは今の時代、簡単にわからない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4105

 
     アルピナB10 Bi-Turbo 270.
 
 
 
■ PF氏の話を書くと延々と続きそうである。
「ハイスピード・ドライビング」とか、鈴鹿サーキットをS800で走った際のライン取りとか、911の歴史についても半ば教科書や一般教養の世界に入っているのかとも思えた。
 マニアな世界のそれですが。
 
 
 
■ アルピナのセダンにはビ・ターボというものがあった。
 今から20年近く前、空気力学を全く無視した形で270-出たという。
 それよりもハンドリングがPF絶賛で、MTというところと、タービンを今では交換しなければならないだろうというメンテ上の懸念以外、数奇者には堪えられない魅力を持つ。
 街中ではワンダリングも出るだろうし、夏の首都高の渋滞では冷や冷やもするだろうが、そこまで行ってしまうとなんとなく諦めもつく。
 実用セダンのくせに夏は乗らない。
 これは粋なのか、野暮なのか。無駄という説もある。
 
 

2008年07月04日

「緑色の坂の道」vol.4104

 
     アルピナB10 ビ・ターボ。
 
 
 
■ ポール・フレールというモーター・ジャーナリストの大先達がおられる。
 ルマン24時間レースで入賞した経験もあり、最良のアマチュア・レーシングドライバーを経てジャーナリストへ転進された。
 その分野ではほとんど第一号であると言われる。
 ベルギー人。
 ヨーロッパにおけるこの辺りのスタンスがとても面白いとは思うのだが、それはさておき、血気盛んな頃のPFは結構飛ばしていた。
 記憶に残るのは、メルセデスの300に6.3のエンジンをぶち込んだもの。
 そのスクワットした発進加速の写真と、テストレポートである。
 今そのCGが手元にないので引用はできないのだが、70年代に小僧っ子だった世代にとっては、911やフェラリをカモれる唯一のセダンとして記憶に残った。
 五木寛之さんの「奔れ逆ハン愚連隊」という軽い小説にも、その6.3は活き活きと登場してくる。
 また、西風氏の漫画「GTroman」では沼津の若いヤクザが乗る車として出てきて、当時の新型メルセデスとバトルをするのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4103

 
     アルピナB10 4.6.
 
 
 
■ バブル盛りの頃に比べれば、都心の駐車代は下がった。
 一時は月額7~8というのも普通だったのだが、ごく一部のどこかを除いて今は5~6というところだという。
 屋根のあるなしで勿論変わってくるのだが、例えば5年借りているとするといくらになるのか。あまり考えたくないところがある。
 
 
 
■ 古い車の本を眺めていたら、5シリーズのBMW、そのアルピナが出ていた。
 僅かに気になるのだが、一台で済ませるならこの辺りだろうか。
 260少しは出るようだし、ATであるし、例のブルーのラインの入った布シートばかりではなく革のそれもあるのだが、この型のBMWはブッシュと内装が弱い。
 年間メンテのコストは結構いくかな。
 2年も経つとモトグッチや水平対向のOHV-BMWが買えそうである。
 
 
 
■ 湘南を舞台にした漫画「荒くれNigth」だったかには、750のBMWのサイドカーが出てくる。R75.
 どうして高校生にそれが買えるのか不思議なのだが、ま、そこは流れとして、青少年にMVアグスタや空冷4発、カワサキZ1や2などの良さを教えるにはたいへんに宜しいかと思っている。
 いい単車とは、少年の宝のようなものだった。
 ヒルズ界隈をぐるぐる廻っている赤や黄色のフェラリとはスタンスが違っているのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4102

 
     アルピナB10.
 
 
 
■ 今私がうろうろしている辺りは、すこし変わった車が多い。
 先日は極めて程度のいいジャガーのXJ-Sの12気筒がいて、思わず足を止めてしまった。
 その近くにはポルシェラインW124の500である。ほぼオリジナルだろうか。
 なんの変哲もない黒いセダンかと思えば、アウディのRS4だったり、コンパーチブルの911だったり、運転席に座られている方はとある雑誌の編集長だった。
 確か特集で964のマニュアルを買われていて、拝見しましたとは言わないでいる。
 洗車して三日後くらいのものである。
 
 
 
■ 坂道を下っていくと、経済新聞の同系の社があるのだが、この辺りだとまた少し違う。先日は山のようなロールスがいて、マイバッハより偉いんだぜと主張していた。
 運転手は黒いスーツの若い男である。額に剃りこみが入っている。
 顔や背で選べば旧ナチの親衛隊みたいでいいだろうに、と私は思った。
 
 
 
■ 米軍ホテルの辺りから、シャコタンの白いカイエンが加速していく。
 ローダウンとも最近は言うのだが、夜目にも目立つ色合いである。
 2トンを超える重量で、ブローバルブの音を後に残しながら広尾方面に曲がるのだが、どうも上海でみたそれを思い出してしまった。
 偏見はよくないな、とそれから反省もするのである。