2008年06月30日
「緑色の坂の道」vol.4099
聴いてゴクラク、見てジゴク。
■ 先の緑坂で「ここ」とは当時のYOMINETのことである。
詳しくは書かないが、なかなか修行になる場でありました。
当時のお姉さま方、いかがお過ごしでしょうカ。
いずこにありや去年の腹。
「街角の煙草屋までの旅」というのは、新刊で求めその後文庫でも何冊か入手した筈なのだが、書棚から出てこない。
だもので、正確な引用ページなどは省かせていただく。ご寛恕の程。
■ それにしても「泣くことないじゃないのヨー」の下りは的確である。
気がいいホステスであることは自ずから分る。
聴いて極楽、見て地獄だったら、ドウシタラヨカロウ。
と気が付くのはすこし経ってからで、その時はいてもたってもいられないのである。
「緑色の坂の道」vol.4098
赤線オペラ。
■ 客と娼婦のやりとりをオペラにしようという話があったのだそうだ。
阪田寛夫氏と服部良一氏が発起人だそうである。
この名前を眺めていると、さもありなん、とうなづく方もいるやと思える。
■ まあ、ここからが本題。
これらの素案を酒場で話していると、ホステスが味のあるやり取りを挟んでゆく。
「高かないワヨー、聴いてゴクラク、見てジゴクというじゃないのヨーオ」
「だって七百五十円しかないんだヨーオオ」
「泣くことないじゃないのヨー」
金のない男が夜の巷をうろうろしているのである。
■ つまり、切迫してくると人間の元々の部分が顕れてくる。
吉行さんは別の処でこのようにも書いている。
「おまえバカだなあ、あそこは冷たくされに行くところじゃないか」
「女にあたたかくされるに越したことはないのだが、冷たくされる場合もしばしばあって、大袈裟にいえばそれをうまく受けとめることによって人間としてのフトコロが深くなるのだ、という意である」
そこまで書くと一般教養のような気配も浮かぶが、大筋ではそのように言って差し支えなかろう。
ここはセンスの良い女性が多いので、このオペラはまた違った展開をみせるだろうと思う。
○「緑色の坂の道」vol.1573
95年3月
「緑色の坂の道」vol.4097
赤線地帯のシマオ。
■ 吉行さんの本をやおら読み返している。
「街角の煙草屋までの旅」という雑文集があって、これは何時買ったものか。相当若い時であるが、そのころ理解していたのか疑わしい。
■ 疑わしいが、線が引いてある。
鉛筆で細く、というところがなんだか感じがある。
自分で自分に感心していても仕方ないので次に進むが、島尾敏夫氏と赤線にいった時の話があった。
■「ちょっとそこのおめがねさーん、寄ってらっしゃいナアア」
「一まわりして、またくるヨーウ」
「あんたさっきからぐるぐるまわってるじゃないのサアー、いいかげんにしたらどうなのヨーオオ」
「それを見てたのカーア、それじゃここらで成仏するかナーアア、時間でいくらダーイ」
「千円だわヨーウ」
「高いゾオオ、負からぬカーアア」
■ 面白いので続く。
○「緑色の坂の道」vol.1572
95年3月
2008年06月27日
「緑色の坂の道」vol.4096
「緑色の坂の道」vol.4095
北へ帰る豚の群れは誰も無口で ブウ 6.
■ だとしたら、そこからどうやって戻ったのか。
最終的に戻ったからここにいる訳だが、途中でチンボツしたかのような気もする。
■ 全然話は飛ぶが、いわゆる連れ込みと呼ばれるところで一夜を過ごし、昼近い雨模様の頃に起きると、ベットの下にもさもさしたものがある。
いわゆるこれが歴史である。このホテルも古いのだろう。
これをワビサビと捉えるか、まあ著しく不潔、と激しく捉えるかで男の人生は随分変わるものだと言われている。
おばさん、お湯出ないよ。
そうかい、今炊くから。
いたしかたなく、また履いて待っているのである。
「緑色の坂の道」vol.4093
知りたくない気分。
■ 〆切がひとつ終わって数日経ち、資料を片付け始めた。
大体紙袋ひとつふたつがゴミになる。
ついでに棚の辺りをあさって、いつか使うだろうと思っていた書きかけやラフなどを詰めると、東京都推薦のゴミ袋がほぼ一杯になってゆく。
スタッフが戻る時に捨ててもらい、暫く漠然としていた。
■ 二三日前からどうもフラフラするので、ああ二日酔いなんだなと思っていたら風邪である。平熱がいくつあるのか意識したことがないので、定かではないのだが、7度5分を超えると比較的億劫なものだった。
そういう時に限って、急ぎのメールや電話があったりするものだから、同じ事を何度か繰り返して書いたりする。
あ、こりゃ「仲良きことは美しき哉」の先生と似てきたかな。
と、思いながら、アポロチョコレートを摘まんでいる。
2008年06月26日
「緑色の坂の道」vol.4092
2008年06月25日
「緑色の坂の道」vol.4086
「緑色の坂の道」vol.4090
国境の南。
■ ある種、時代の匂いというものがある。
作品が残るか残らないか、と大上段にふりかぶるのも野暮な話だろう。
二大文芸賞と呼ばれているものが巷間あるが、近いところであってもその受賞者名をはっきりと覚えていない。
この辺りなんとも言えないものがあるのだが、これはメディア自体の盛衰であって、私自身、小説を新刊で買うことはほとんどなくなった。
数えてみると新書もである。仕事の資料以外には。
■ 30代はじめで半ばトホーに暮れていた頃、同じくトホーに暮れていた友人がいた。
奴はアパートメントを出たところから、できたばかりの都庁など西新宿のビルが見えるのが案外の自慢だった。
おまえこれ読めよ、と「トラブルバスター」を原作とした漫画を貸してくれたものである。
巷ではマドンナが流行っていた。
「緑色の坂の道」vol.4089
トラブルバスター 3.
■ 一時事務所があったところは、もともと隣が小さなホテルだった。
向かいに、とある国の税金を投入されている楽団があって、よく打ち合わせに使われていた。エントランスに仏車とか古いアルファとか、趣味のいい車が何台も停まっていたことを覚えている。
坂道を、オーディションに通うのだろう、妙齢中ほどが背丈ほどもあるチェロのケースを背負って歩いているのを何度かみかけた。
■ しばらくして、そのホテルが閉業する。
都会の隠れ家のようで私は好きだったのだが、客室を潰し個室のレストランにしたのが裏目に出たのだと素人目には思えた。
■ 数年後、その跡地に新興宗教の建物が建っている。
なかなか立派なもので、夜目にも金色に光るのだった。
反対運動もあったらしいが、その時には周辺のビルやマンションに関係する方々が住んでいて、そうもいかなくなっていたらしい。
2008年06月22日
「緑色の坂の道」vol.4085
「緑色の坂の道」vol.4084
色あせたポロ。
■ 別にいいのだが、補足する。
薄い紫のシャツといっても、70年代後半に流行った、外壁のコンクリートがうねうねしている都市部のマンションに棲んでいたイラストレーターが着ていたようなそれではない。
アウトドアのメーカーが、そうしたものを作っていて、まとめて買ったものの一枚である。
■ ネクタイもそうだが、自分でこれと思うよりも、傍にいる妙齢に選んでもらった方がいい結果が出る場合もある。
すこし美人で、すこし生活感がないひとの方が望ましい。
全くないのもいかがなもので、それについては後で書く。
「緑色の坂の道」vol.4082
海の満月 2.
■ 何時だったか、古い友人が経営している眼鏡屋で薄い色の眼鏡をつくった。
そろそろシニアなんだけどさ。
相談もしたのだが、それだと見えにくいだろうということで、奴の言う通りのものにする。
おまえこの色似合うよ、シャツも薄い紫だしさ。
ま、そうなんだけどね。これ選んだの俺じゃないんだ。
■ フレームはPのつくそれである。
dのつくそれは、奴に言わせるとまだ早いという。
いかにもという気もするのだが、平面のデザイナの眼からみてやはり水準は高いようだ。
品が無くなるぎりぎりのところで踏みとどまっていて、分析をすると長くなるのだが、つまりは密度と軽さである。
微妙な色と。
■ 友達価格で安くしてもらったので、二日後。
デパートの地下で洋菓子を買い、背の高い眼鏡美人に届けた。
ボスがこない間にみなさんで食べてください。
2008年06月19日
「緑色の坂の道」vol.4080
「緑色の坂の道」vol.4077
海沿いの土地で 4.
■ といって、峠の下りで軽トラに煽られる。
地元ナンバーである。
まいったなこれ。
という按配で、左に寄せて窓を開け、先へいけと手を振った。
奴はオーバー・レブさせながら、ハザードを二回点けそこからシフトアップしていく。
■ 一般に峠の下りでは、馬力や車の車種は一切関係がない。
300出るという単車が、ちょっといじった50のCBに抜かれたりする。
頂上で待ち構えていたりして、これは10代の遊びなのだが、膝にコーラの缶を潰したものをくくりつけるのは80年代からだった。
■ 地元ナンバーの軽トラや営業車は馬鹿にできないものである。
配偶者を得る前もしくは得た後の、あり余る自尊心と地元を愛する心と残業代カットの通達が、オーバー・レブを辞さないものにしていく。
「緑色の坂の道」vol.4075
海沿いの土地で 2.
■ 平日の午後である。
曇っていて、本来は見えるはずの富士は空の色にとけている。
944のSはスカイラインをいったりきたりしているようだ。
■ 92年か94年くらいのCGにポルシェ944の特集があって、私は暫く前まで持っていた。
今は何故ないかといえば、書棚から零れ落ちるからである。
924、944というと、どうもバブル期に美人だったいいところのお嬢さんが転がしていたような気配もあって、その方々も今では二度目の離婚をされている頃だろうか。
つまり硬派な車好きからはやや評価が低いのだが、絶対的な性能はなかなか馬鹿にできるものではなく、250は楽に出る。0-100も確か6秒台前半だったと記憶している。
出たからどうだということもないのだけれども。
「緑色の坂の道」vol.4074
海沿いの土地で。
■ なんということもなく忙しく、季節は夏へ変わるようだ。
先日仕事の関係で西へゆき、そのまま伊豆半島をうろうろとした。
温泉のようなものに何度か。
峠のようなものをいくつか。
雨の日もあったが、全体として緑は深い。
■ 車や単車が好きな男というのは、伊豆に縁がある。
首都圏在住の場合であるが。
箱根の先のスカイラインで、ポルシェ944のターボSが一台停まっていた。
中年の男が一人で座っている。
互いに眼が合ったのだが、私はそういう体勢ではなかったのでゆっくりと走った。
暫くいって、見晴らしのいいところで水を飲む。
すると向こう側から、銀の944がセカンドでひっぱってくる。
911ともまた違う、独特の金属音である。
ガソリン高いですよね、ご同輩。
2008年06月06日
「緑色の坂の道」vol.4073
「緑色の坂の道」vol.4071
なんかまちがってる 2.
■ 誤解を招く言い方であるが、カメラマンやデザイナというのは、えてして幼稚である。
玩具が好きである。
傍目にはたいしたことないそのプロセスに拘り、レンズの特性がどうとかフィルターがどうとか、同じ対象を何度も撮ったり外したりする。
銀座にあるプロサービスへいくと、シャッターボタンの軽さをカスタマイズして貰っている方がいて、撮影ジャンルによっては大事なことだろうと納得もする。
■ 使うソフトもしかりである。
これがいいんじゃないかと決まるまで、何種類もテストする。
一般に雑誌等に書かれている通りではないので、実際はやってみなければ分らない。
一見無駄に思えるようなことを、ある職業の方々は延々と繰り返している。
自分なりのワークフロー、スタイルを作るためにである。
イメージと言ってもいい。
■ どんな職業であれ、凝らない人はいないのではなかろうか。
一度徹底的に凝って捨て、うんざりしながらどうでもいいと考える。
しかしまたそこに戻り、これしかすることがないのだと、夜中にもそもそ始めるのだった。
「緑色の坂の道」vol.4067
男の食い物。
■ という緑坂をいくつか書いたのだが、面白くないので没にした。
なんでもいいんだ喰えれば。
というところもある。
いちいち食い物のことであれこれ言うのは、品がありそでない、という感じもある。
とはいえ、普段旨いにこしたことはないので、米と味噌と醤油辺りの話だろうか。
■ 中年になると、外で安価なものを食べているとテキメンに身体に顕れる。
安酒以上のものである。
実は昨年の秋、かつての舎弟分が身体を壊し、原因はと聞くとコンビニ弁当だったそうだ。
見舞いにポテトチップ持ってきて、というメールが入るのだからその時はまだ懲りていない。
2008年06月01日

