2008年05月30日

「緑色の坂の道」vol.4064

 
     冴はほとんど声を出さなかった。
 
 
 
■ 醒めている訳でもない。
しかし、沸いてくるものの密度に薄い空白があるような気がした。
(「夜の魚 外灘」)
 
 

2008年05月29日

「緑色の坂の道」vol.4063

 
     吉原夜話。
 
 
 
■ という本が書棚にある。
 昔、何度か書いたことがあるような気もする。
 
 
 
■ 何時だったか、今は退職されている半ば恩人のような方とメールのやりとりをした。
 そこに「相方」という表現があった。にやりとしたものだが、相方というのはつまり滝田ゆうさんや吉行さんの世界である。荷風もしかり。
 今手元にある、松竹の宣伝マンだった鈴木和年さんの本にも当然のように出てきていた。
 祇園の隅のなんとか楼に居続けたり、洲崎の辺りで銭湯帰りに軽く遊んだりという描写がある。
 洲崎と言えば、ちょっといい日本映画があるのだが、そのスチールは色っぽい。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4062

 
     当時いいなと思ったものが色褪せる。
 
 
 
■ 相方の話ではなく、多分年齢のせいである。
 20代から30代半ばというのは、自意識だけは無駄に高く、そのくせなかなか居場所がないものだった。
 男の場合である。
 金もないのに酒を嘗め、ガソリンを入れ、もさもさと牛丼を食べる。
 
 
 
■ 深夜、床に置いたテレビを漠然と眺め、モノクロの裕次郎が素足にスリップ・オンを履いてポーズを取るのをいつか真似しようとか思っていた。
 バブルの最中だというのに。
 股上がヘソの上までくるパンツは、ことさら脚が長く見えるようにしつらえられたものだとちょっと知る。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4061

 
     本牧ラット 2.
 
 
 
■ 当初の緑坂というのは比較的長い散文で、丁度今書いているような分量だったろうか。
 300を超えた辺りから、数行とかタイトルに一行だけという形式もあらわれる。
 と、ここから表現論に流れると品がなくなるのでやめにする。
 
 
 
■ こういうと誠に失礼だが、先に書いたバーは今や少し田舎臭い。
 NPOかNGOの会合の後のようなご婦人が、黒服と馴れあっていたりする。
 仕方ないのである。
 私とて、ECOバックに財布と書類入れて座っているのだ。
 
 

2008年05月27日

「緑色の坂の道」vol.4060

 
     本牧ラット。
 
 
 
■ 昔、横浜のニュウ・グランドには、水のないプールがあって、私達は
裏口から入った。
 何故かというと、ニュウ・グランドのトイレが好きだったからだ。
 
 
 
■ すりガラスで、中に入っていることが分かる。
 ドアの下に隙間があって、靴先が見える。
 そこで充分に用をたすことができれば、男としても一人前なのだと考えた。
 
 
 
■ 橋が出来、ロビーに中国人の姿が目立つようになった。
 駐車場がつぶされ、その上にガウディばりのモニュメントができた。
 側にいる女も違う。
「本牧ラット」という不良の小説を誰かが書いていた。
 良い題だと思う。
 
「緑色の坂の道」vol.48
 
 

「緑色の坂の道」vol.4059

 
     これから、何処へゆこう。
 
 
 
■ 昔の読者からメールがきて、確かこんなの書いていましたよね、と言う。
 少し索ってもらうと「緑色の坂の道」vol 41 である。
 93年くらいか。この頃、volの後に . は付いていない。
 
 
 
■ ログとってあるんですよ。
 と、彼は書いてきていた。
 勿論面識はないのだが、そういうこともあろうかと思われた。
「とにかくね、ネオ・クラシックってのが一番危ないんだ」
 
 

「緑色の坂の道」vol.4057

 
     霧の180 2.
 
 
 
■ 本パッケージに記載されている製品名の「まいるど」の表現は、本製品の健康に及ぼす悪影響が他製品と比べて小さいことを意味するものではありません。
 
 
 
■ 緑坂はフィクションである。
 日記ではないし、いわゆるブログではないので、その辺りくれぐれもお間違えなきよう。
 と、こういうことを書かねばならない時代というのも以下略。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4056

 
     霧の180.
 
 
 
■ 200と書かないところが、ある意味節度だと考えていただきたい。
 CBの750。K0とかK2とか、いい音がしたのはK0からK1辺りまでだったが、どんなに助走をしてもグリーンのメーターパネル上の針は、180から下がってはくれなかった。
 タンクの上に伏せているのにも疲れる。
 第一、頬が痛いのである。
 
 
 
■ カワサキからZ1が出てZ2になり、これはDOHCだから200は軽いと10代の小僧達が騒いだのが70年代。
 海沿いの国道や県道を意味なく、親を泣かせながら夜な夜な走った。
 刀の1100だったろうか、240という数値を出してあれこれ遊ぶ。
 フレームの捩じれ具合に味があると、口バトルを繰り返す。
 今時、綺麗な刀を見ることはほとんどない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4055

 
     だけど俺には似合わない。
 
 
 
■ エアマスの具合は大丈夫のようである。
 エアクリーナーとプラグと、デフオイルを換えたのが少しばかり前提になって、料金所から廻してみると格別問題はなかった。
 ガツッ、とブレーキを踏むのだが、まあいける。
 911のそれ程ではないが、酷く左右に振られないところを見ると、ブッシュもまだ生きている。
 
 
 
■ 湾岸にあるPAで缶コーヒーを買った。
 暖かいものにするか、冷たいのかで少し迷った。
 こんな時間に、私はナニをシテイルノカ。
 雨を見ているのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4054

 
     明日が似合う奴もいる。
 
 
 
■ 雨は少し酷くなってきていた。
 一段シフトを落とし、トラクションをかけながら流している。
 フロントが少し硬く、指定より0.1上げてもらったのがカンに触る。
 ミシュランのPS2はウェットに強いと聞くが、限界を試そうという気にはならない。
 雨の夜のレインボー・ブリッジは事故が多いのだった。
 
 
 
■ エルグランドに抜かれる。
 これを貼ればチャリティーになりますよ、というステッカーが二枚貼ってあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4053

 
     マーロウの車。
 
 
 
■ 昔、そんな緑坂を書いた覚えがある。
 捜すのも面倒なのでそのままにしておくが、なんの変哲もない、けれども何処か成程と思わせるそれで、チャンドラーはそれ程車が好きだったとも思えないが、風俗を切り取る視線は確かだった。
 
 
 
■ 昼間この辺りは右車線だけ混む。
 芝へ抜ける方角で、タワーを左に見ながら進むと道はゆっくりと上昇してゆく。
 それから大きく右に曲がってちらりと海が見えるのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4052

 
     天現寺。
 
 
 
■ この手前には米軍のホテルがあり、GI達が宿泊している。
 昔、六本木に防衛庁があった頃、すぐ傍にブルースバーがあって、訳あって時々通った。
 男のワケ、というのものには大抵女が付随しているものだが、その時はどうだったか。 ヒルズがまだ出来る前で、六本木トンネルは未完成だったように覚えている。
 
 
 
■ そのバーは半ば伝説的なところだった。
 近くにテレビ局があったせいだろう、そのような方々もくるのだが、バラードを歌わせると今聴いても泣ける「成り上がり」の方もカウンターで飲んでいたという。
 そういう話は何処にでもあるので、だからどうしたと思っていればいいのだが。
 
 
 
■ 店には一枚の写真が飾ってあって、髪の縮れた男の子である。
 背後の車は、どうみても60年代後半のアメ車。
 マイサン。
 私は100円をジュークに入れて、オーティス・レディングをかけた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4051

 
     外苑西。
 
 
 
■ エアマスを換えるとエンジンは嘘のように軽くなった。
 軽くブリッピングする。
 すぐに4000や5000である。
 調子に乗りたいところだが、カメラの手前もあるのでエンジンを切り、ドライバーとプライヤーを片付けた。
 交換はものの10分である。
 
 
 
■ 次に時間ができたのが、雨の夜である。
 外苑西を下って広尾まで出て、そこから首都高のランプに入った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4050

 
     ハナミズキ。
 
 
 
■ 白い花がそこにあって、なんだろうと思うと傘を忘れた。
 
 

2008年05月26日

「緑色の坂の道」vol.4049

 
     月と真空管。
 
 
 
■ アンプのそれを交換した。
 なかなか入手できず、暫く放ってあったのだが、先日届いたとの知らせがあり、送ってもらった。
 埃を払いながら、アルコールで台座を拭きながらようやく設置する。
 かといって面倒なので、音は流していない。
 なんだ、満月だったのか。
 
 

2008年05月21日

「緑色の坂の道」vol.4048

 
     安吾のカレー 2.
 
 
 
■ 生活。あるいは生活感というものを確認したくて発作的にそうしたのではないか。
 という説がブンゲーや文学史の世界にはある。
 それはそうかもしれない。
 
 
 
■ 安吾は畢竟、育ちのいいお坊ちゃんであった。
 ボッチャンであるから長い間の貧乏に耐えられたという話もあって、この辺りは名の知れた革命家の素性を振り返ると分るという。
「革命」とはある意味道楽のようなもので、明日食べるものがなかったらすぐに尻を割ってしまうのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4047

 
     安吾のカレー。
 
 
 
■ 坂口安吾がカレー・ライスの出前を膨大に取り寄せ、それを眺めていたという話は伝説になっている。
 今、全集を捲る余裕はないが、恐らくはヒロポンやアドルムに溺れていた頃だと記憶する。
 
 
 
■ カレー・ライスが正しいのかライス・カレーが正当なのかという議論は、オン・ザ・ロックとオン・ザ・ロックスの違いみたいなもので、この「・」(なかぐろ)の使い方にも流儀やはやりすたりがあるという。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4046

 
     愛と勇気と紅生姜。
 
 
 
■ 途中、久しぶりに牛丼屋に入った。
 メニューが多角化してもいるのだが、中にカップル席があるのには驚いた。
 子供連れもいる。
 カウンターの隅で不機嫌にもさもさ食べる。
 うまくもない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4045

 
     ドサ健博打地獄 3.
 
 
 
■ 低いギアで夜な夜なうろついていた頃の話である。
 第一国道の辺りで、綺麗なリーン・インで回ってくるスクーターとすれ違った。
 無闇に尻を落としていない。
 あろうことか奴は、ジェットヘルにゴーグルをしている。
 
 
 
■ バカジャナイダロウカ。
 と、私も同じなのである。
 
 

2008年05月16日

「緑色の坂の道」vol.4044

 
     マイルス・モード。
 
 
 
■ JAZZの世界にはモード奏法というものがあって、マイルスが多用した。
 池田万寿夫さんデザインの「1958マイルス」というLPを持っているが、今眺めると肩にパットをレンガの厚みくらい入れたそれである。
 それはそれ、格好いい訳ですが。
 
 
 
■ 何が言いたいかといえば、忙しいのである。
 ガスを入れると廻した割りに伸びていて、リッター6-7の間である。
 ああ、セカンドで走ってもそれくらいなのか、と霞ヶ関トンネルの辺りではずっとそうしていた。
 エアマスを注文しようとしているのだが、型番を調べるには外さねばならず、それもまた伸び伸びになっている。
 昔はもうすこし時間があったような気もするのだが、なに自分のことしか思いつかない。
 
 

2008年05月13日

「緑色の坂の道」vol.4043

 
     ドサ健博打地獄 ツー。
 
 
 
■ 男にはおおむね隠遁願望というものがある。
 それも裏返しなことで、死んだフリをしながらここぞという時にアクセルを踏むと速いとかいう「羊の皮を被ったED」みたいなものもある。
 おまえなんでそんなもの持ってるんだよ。
 いや、いざというときのためにさ。
 昔、財布の中に薄いの入れてなかったか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4042

 
     ドサ健博打地獄。
 
 
 
■ 阿佐田さんが以前住まわれていたというマンションを見にいったことがあった。
 奥まったところにある、当時は洒落ていただろうという風情で、隠れ家にはいいのかと心動いた。
 
 

2008年05月12日

「緑色の坂の道」vol.4041

 
     ドサ健メンテ地獄 3.
 
 
 
■ 試みている夜更けの時間と、廻しているあいだのガスと。
 多分今リッター、2-3くらいなんだろうか。
 セカンドで6000とか廻すと100を超える。
 おかげさまで、マフラー後端はいい色である。
 焼いてどうする、とか思ってもいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4040

 
     ドサ健メンテ地獄 2.
 
 
 
■ デフのオイルを換えると、例えばATオイルを交換したかのような滑らかさになる。
 すぐそれには馴れるのだが、そう煩雑にやるべきものでもないので、なるべく良い品物を入れておいてもいいような気もする。
 少し高いパンツ履いているようなものだろうか。
 
 
 
■ プラグの効果は確かにあって、7000近くまできっちり廻る。
 では、ということで料金所から床まで踏むと、三回に一回はボボボッである。
 エアマスはクリーナー一本使って掃除したつもりだったが、いよいよ限界なのかも知れない。
 一気に換えればいいのだが、根が貧乏症なので、じたばたしてみる。
 どうにかならないかと試みる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4039

 
     ドサ健メンテ地獄。
 
 
 
■ どうもエンジンがカブる。
 ソレックスがゴボゴボ言うような按配で、3000辺りで息をつく。
 おまえはインジェクションの癖にキャブ車か、と罵りながら、そういえば廻してやらなかったからなと反省をした。
 
 
 
■ インジェクション・クリーナーを入れてカーボン焼きを一晩。
 城南島の辺りでブリッピングして、まだおかしいと低いギアで走っていると、クラウンの覆面にぴったりと煽られた。
 法定速度で廻していると、ベイ・ブリッジの下であっさり抜いていった。
 翌日の夜、プラグをイリジウムに交換。
 デフ・オイルも交換。-140wのモチュールである。
 エア・クリーナーは芝浦で部品を買って自分で取り替える。
 汚れてはいないのだが、要は基本を押さえるという意味である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4038

 
     The Girl Next Door 2.
 
 
 
■ 今書いていて、この情景は「夜の魚 一部」で使ったな、と思い出した。
 小説の中では、西銀座の地下駐車場に置いてあったカマロのZ28。
 携帯電話が出始めの頃だが、長く停めてあったので主人公は駐車料金を2万ほどとられて唸る。
 灰色にまだらになったカマロの69とか71辺りが、OHVのエンジン音を響かせ、漏水の目立つ古い地下駐車場で目覚めるという設定である。
 この辺り、車が好きなひとでないとニュアンスが伝わらないかも知れない。
 
 
 
■ 93年の師走辺りというのは、まだバブルの気配が濃厚に残っていた。
 バブルという言葉自体、それほど一般的ではなかったと記憶している。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4037

 
     The Girl Next Door.
 
 
 
■ 暫く自分の車に乗らなかった。
 地下へ降りてゆくと、真っ白に埃をかぶっている。
 最後が雨だったからだろう。
 かつて伊丹十三さんは、赤いロータスのエラン辺りに薄く埃がかぶったものをシレッと転がしたいなどと書かれていた。
「ヨーロッパ退屈日記」である。
 まだ監督になる遥か手前、ローレンス・オリビエが現役だった頃の話なのだが、ま、このエッセイ、小田実さんの「何でも見てやろう」と対で読まれるものだろうか。
 
 
 
■ 当時のエランというのは、今のロータスの位置付けからはちょっと想像できないところがある。
 なんといっても昭和40年代。トライアンフTR-4やMG、日本ではS600とか800が出始めの頃だろうか。
 第一回日本グランプリ。または浮谷や生沢という名前を知っている緑坂読者がどれくらいいるかは不明だが、ま、別に知らなくてもいいのです。
 
 
 
■ ここから車の話の流れるのは自制して、私はエンジンをかけた。
 バッテリーというのはある日突然だから厄介なのだが、アイドリングを3分ばかり。
 ウィンド・ウォッシャーを繰り返しかける。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4036

 
     遊園地にて 5.
 
 
 
■ 有線を流すと「ダニー・ボーイ」が流れてきた。
 背中をみないで、と小声でいう。
 
 

2008年05月08日

「緑色の坂の道」vol.4035

 
     遊園地にて 4.
 
 
 
■ スタジアムの辺りは、常緑樹の匂いがする。
 透明な水の中に、使っているファンデーションを溶いたらこうなるのかもしれない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4034

 
     遊園地にて 3.
 
 
 
■ 髪をあげていると皆いい女に見えるんでしょ。
 一瞬の間を置いて、うん。
 なんてつまらないひとなの。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4033

 
     遊園地にて 2.
 
 
 
■ ブツというのは。
 一本のトライエックスだったり、つげ忠男さんの「雨季」だったりした。
 ポケット瓶を茶色の袋から出して相手に勧める。
 フリスコはいくつか持っていたが、中を洗うのが面倒なのだ。
 
 
 
■ 黒いパンツを履いた、昨日三十路になったばかりという担当者が、髪をひっつめにして難しい顔をしている。
 私の仕事が遅いからで、それはそうと、馬車道で焼そばでも食べないか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4032

 
     遊園地にて。
 
 
 
■ 人のまばらな遊園地が好きだ。
 よく晴れた冬の午後や、この季節なら雨の平日がいい。
 ベンチに腰かけて、なにやらブツの受け渡しを待つのである。
 
 

2008年05月01日

「緑色の坂の道」vol.4030

 
     夫の意気地なしを嘆く妻へ。
 
 
 
■ 大正6年3月の「主婦の友」創刊号にそうした記事がある。
 誰が書いているのかと思えば、新渡戸稲造(法学博士・農学博士)であった。
 今私はそれを書き写したい欲求に少しだけかられているのだが、意気地がないからやめにする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4029

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「緑色の坂の道」vol.4028

 
      風来 4.
 
 
 
■ そこでシャワーを浴び、仮眠室で横になるのも旅である。
 かつて、モノクロでそれを撮ると「ドキュメント」と呼ばれたものだが、リアリズムの概念が変わってしまったのでどうということもない。
 トラッカーには学卒がいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4027

 
      風来 4.
 
 
 
■ 仮眠室がありシャワー室がある。
 ドライバーは案外に若い男たちで「なにわ友あれ」の載った雑誌を眺めている。
 自販機にちょっと高いコーヒーがあって、豆から挽くというのだが、それを買う気持は分る。
 携帯のメールで、恋をする気持も分るのだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4026

 
      風来 3.
 
 
 
■ 東京に近づくにつれ、トラックの群れは多くなる。
 パーキングに入ろうとすると、道路の真ん中に建売住宅があるかのように、コンテナが曲がり角にいた。無灯火である。
 すこしオーバースピードなら突っ込むところで、彼らは何をしているのかというと、ETCの割引時間を待っているのだった。
 
 
 
■ 見たことはないのだが、バッファローの群れの中に紛れた砂漠ネズミのようなものだった。
 僅かに空いたスペースに車を停める。
 外に出れば暑い。
 少しばかり曇ってもいるのはアイドリングのせいで、植え込みには葉桜が水銀灯に照らされていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4025

      風来 2.
 
 
 
■ 峠を降りれば半ば夏である。
 風が重くなり、まとわりついてくる。
 湖の近くのドライブインで、乾いた定食を食べた。
 ボクシングの日本チャンピオンの写真があちこちに貼ってある。
 出世龍、と書かれている。
 
 
 
■ 私は少しざらついたものを確認しに出かけたような気がする。
 都会でも地方でもそれは一緒で、こうだろうと望む風景は仕切られたものの中にしかない。
 今こうして書いていると、薄桃色のさくらというのは、誰かの血を随分と薄めたものではないかという気がする。
 実はそういう写真が撮りたいのではないかという気もして、少しうんざりしている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4024

 
      風来。
 
 
 
■ 桜には二日ほど間に合わなかった。
 そのまま峠へと向かう。
 冬の間に路肩が荒れ、ところどころで補修をしている。
 ヘルメットを被った若者が、片側交互通行の棒を振り、時々私と眼があった。
 
 
 
■ こうしたとき、ロケハンに切り替える。
 あるいは眼についたものを捜すだけになる。
 ストレージの替わりにノートPCを持っていったのだが、4ギガを一枚と2ギガの半分を使っただけで終わる。車のシートの上で転送する。これがなかなか時間がかかり、あまり実用的でないことが分る。
 RAW形式で4ギガと言えばフィルムにすれば結構なのだが、ブラケットも併用するので、被写体の数からすればそう多くはない。
 どうもひっかかるものが少なく、べったりとした絵柄ばかりである。
 
 
 
■ 泊まるだけの支度はしてある。
 スタッフにもそう言ってきている。
 それをやめ、夜までに戻ることにした。
 都合450キロばかり。リッター8.75。
 そう飛ばした訳でもない。