2008年04月27日

「緑色の坂の道」vol.4023

 
      残花 2.
 
 
 
■ シャツの上にベストを着るのである。
 カメラメーカーが作っているのはどうも丈が長いので、私はアウトドア用のそれを使っているが、最近はフィルムをポケットに入れないので、半ば格好だけというところだろう。どこにライターを入れたかを忘れる。
 
 
 
■ 昔、なんとなく新橋辺りで買った釣りのチョッキを着ていて、これで結構間に合った。地方へいって首からカメラを二台ぶらさげていると、子供達がよってくるのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4022

 
      残花。
 
 
 
■ 先日、思い立って花を追うことにした。
 どうせ仕事が進まないのだから、半分は逃避である。
 デジタル一眼を二台と銀塩一台。そこに最近はほとんど使っていないコンタックスのコンパクトカメラである。
 確かベルビアが入っていたはずだ。
 
 
 
■ 出発が〆切などのせいで二日ばかり遅れる。
 明け方近く、地下の駐車場に降りてエンジンをかけた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4021

 
      同じセビロ。
 
 
 
■ 最近、会合の時、大体同じ背広を着ていく。
 本来は三着作るものらしいが、そこまで余裕はないので二着である。
 色は黒っぽいもの。または紺。
 革のベルトの時計をしようとすると、大体電池が切れている。
 
 
 
■ 昔からどうも堅気には見えないらしく、それで困ったことが何度かあった。
 かといってその筋の方々と厄介になったことは一度もなく、あいつは別だと匂いで分るのだろうか。あれはあっちだからと。
 一時期、豚のような逆輸入車を洗いもせず乗り廻していたのは半ばその反省とも言え、なるべく目立たないようにしようかな、と思うところもある。
 今もその気分は濃厚だが、いい歳になったのである程度はどうでもいいやというところもある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4020

 
      ブルー・スェット。
 
 
 
■ 薄っすらと頭が痛い。
 疲れと寝不足と二日酔いのせいだが、誰が悪いのでもない。
 
 
 
■ 会合が数回、深酒が一回。
 あっさり消えて、なんとなく独りになったのが一回。
 手元にパルタガスを持っていたので、シガーのあるバーへ行って半分だけ吸った。
 カウンターに近場のOLらしき妙齢がいて、バーテンと馴れ合っていた。
 妻帯者はパスということで。
 どこのホテルのポイントカードが。
 
 
 
■ いいたい年頃なんだろうなあ、と思いながら疲れている。
 ギネスはカチカチに冷えていて、それもまた困ったものである。
 
 

2008年04月21日

「緑色の坂の道」vol.4019

 
      春の鯵。
 
 
 
■ 尖ったものを、ひとつ選りわけている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4018

 
      春驟雨 2.
 
 
 
■ 一人暮らしをしたことがあったの。
 彼とは別れてね。
 肝心なことは言わない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4017

 
      春驟雨。
 
 
 
■ 細かい雨が斜めに流れている。
 君は曇っていて、それでよかったかと考えている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4016

 
      駒沢の912 4.
 
 
 
■ 色々と語弊はあるのだが、ナローの912が停まっていたとして、これが夜の葛西臨海公園だとまた違うものになる。
 ナンバーマッチングしたりして、メッキのホイルを履いていたりする。
 それもいいのだが、決して嫌いではないのだが、全てにタバスコをかける妙齢と食事をした後のような、河沿いの気分になるのはこちらの勝手である。
 
 
 
■ 寝た後によく喋る。
 または壁に頭を打ち付ける。
 ドーシタラヨカロ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4015

 
      トパパ派。
 
 
 
■ グッチの850はほとんど名車である。
 というようなことは何度も書いた。
 手に入れようと思っても、まずは数年がかりで、その後のレストアを含めると、ほぼ一生付き合う覚悟が要るだろうか。
 それはそれ、考えてみれば安い道楽なのかもしれない。
 
 
■ 883、通称パパサンと呼ばれるハーレーの軽い奴に乗っている大人達を時折みかけるが、その辺りで軽く流すのも粋である。
 あれもいいバイクで、下道を小さなカメラバックと共に走りたくなる。
 トパパパパ、と排気音がMFのカメラのようなのだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4014

 
      駒沢の912 3.
 
 
 
■ 車好きというのは馬鹿なもので、買えもしないのにあれこれを想像する。
 これが単車となると、少なくとも私の場合、ひとつかふたつの選択肢しか思いつかず、少年期からを振り返る。
 
 
 
■ 何時だったか、有楽町の近く、ガード下にモトグッチのルマンの初期型が停まっていたことがあった。
 その風景は今でも覚えている。
 多分今の私と同じくらいの年齢、平日だったから恐らくはクリエィティブな仕事をしている方がオーナーではないかと想像もした。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4013

 
      駒沢の912 2.
 
 
 
■ 向こう側に白いポルシェが停まっている。
 メッキバンパーの、車体の細い奴である。
 頭の方が少し上を向いていて、4気筒の方ではないかと思われた。
 ドライバーの姿はなく、彼も散歩をしているのか。
 適当なヤレ具合が悪くない。
 ホイルはスチールのままである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4012

 
      駒沢の912.
 
 
 
■ 桜の頃合、駒沢公園の辺りで一服をした。
 路肩に車を停め、階段の辺りまでいって座るのである。
 向こう側に背の高いマンションが建っていて、当時色々と物議をかもしたと聞いたことがある。確かに空は狭まったろうか。
 
 
 
■ サックスを吹いている若者がいる。
 こちらではダンスの練習をしているのか、10代の少女たちが集まって、その廻りに少年達がいた。
 私はブルゾンの腕まくりをしていた。
 今時珍しいひとだよね、と言われたことがあって、そういえばジャケットでも右手だけはついひっぱってしまう。
 月は見えない。
 それほど寒くもない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4011

 
      黄色いシビエ。
 
 
 
■ 横浜界隈にある一室でこれを書いている。
 打ち合わせでこの辺りにきて、一杯を嘗めることになり、車を置いていくのも億劫なので流れた。
 味も素っ気もない安宿で、私は乾いたハムカツが食べたくなった。
 
 
 
■ 公園の辺りを見下ろしていると、一台車が停まっている。
 シルバーのシトロエンCXのようだ。
 街路樹が雨を吸い、繁ろうとしている。
 
 

2008年04月17日

「緑色の坂の道」vol.4010

 
      エバンスは甘いわね 2.
 
 
 
■ なるべく望遠で。
 とか、私は言う。
 風景は広角もいいものだが、人物やその他は余計なものが入りすぎるのである。
 広角で、しかも絞って妙齢を撮ると後で確実に恨まれる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4008

 
      Dewar's 4.
 
 
 
■ 速さというのは相対的なものである。
 リミッターが効いて250だという車があったとして、新幹線のようにコンスタントにそれを維持できる訳では勿論ない。
 例えば雨の日のサーキットで、F1がタイトコーナーを曲がる映像を見た方は多いだろう。
 信じられないくらい速度を落としている。
 そこからの立ち上がり、加速の仕方が並ではないのだけれども。
 
 

■ 小さな子供が通学している路地で0-100キロを競う奴がいたら愚かであって、何故こんなことを書いているかというと、表現の世界にも似たようなことが言えるような気がしているからだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4007

 
      Dewar's 3.
 
 
 
■ 昔一緒に仕事というかなんというかをした方がこの辺りに住んでいる。
 表敬訪問をするには遅い時間だった。
 
 
 
■ 知人の小説家も海沿いのマンションに棲んでいて、夏の雑踏を避け、敷地のフェンスには厳重な金網が張ってあった。
 奥まったところに、ローバーのMG、V8が駐まっているのだが、かつてのBではなく、パワーステアリングの付いていない箱スカみたいな奴である。
 私が今いる辺りにも一二台棲息しているので、なんとなく苦笑いしてしまう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4006

 
      Dewar's 2.
 
 
 
■ 何時の間にか葉山だった。
 一色海岸で煙草を吸う。
 海は少し曇っていて、遠くまで見通せない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4005

 
      Dewar's.
 
 
 
■ 油膜の感じというのは、妙齢の月の満ち欠けに似ている。
 指に触れサラサラしていると、例えばこのひとの場合にはもうじきだとか、後のシーツがすぐ乾くとか。その後に銀色の鱗のようなものが光っているとか。
 
 
 
■ 手を置いておくとじっとりと汗が浮かんでくるような肌というものがあるが、単車や車のエンジン、そのオイルというのもそれに似たところがあるような気がするのは、春のせいだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4004

 
      FUCHS TITAN SUPERSYN SL.
 
 
 
■ 車の世界は、ある一定のラインを超えると、ほとんど単車乗りの世界と変わらなくなる。
 BASのゴールドスターなど、まず見ることはないが、もしそれが首都高の一号線、羽田トンネルの辺りを下っていたら、私は窓を開けてその排気音を聞くだろう。
 暫く付いていくかもしれない。
 川崎のW1Sも同じことで、今走っている個体はヘッドを無鉛対応に換えたそれである。振動でエア・クリーナーが落ちないよう、特殊な接着剤を塗っていても不思議ではない。 
 
 
■ 今の化学合成のオイルは相当よくなっていて、0W-50とか5W-50を使うとエンジンが軽くなる。エステル系だと尚のことだが、その分耐久性は落ちてしまう。せいぜい3000が寿命だということも多い。
 また、乗っても乗らなくても、6ヶ月に一回はオイルを交換した方が車には良いものだとされていた。メーカー指定が例え1.5万キロだとしてもである。
 道楽で乗っている場合、実際は季節ごとということになるわけだが。
 
 
 
■ 私は湾岸の外れから海の方角を目指した。
 ちょっと確かめるようにアクセルを踏む。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4003

 
      オイルオタク。
 
 
 
■ 週末、色々と面白いことがあったのだが割愛する。
 昔ならこうしていたな、と思いながら、そうもいかないよなと自重する訳である。
 
 
 
■ まだ2000キロ少ししか走っていないのだが、なんとなくオイルを換えた。
 虎ノ門や恵比寿のバーで、18年のボトルを入れられる額である。
 高いなあ、どうしろっていうんだよ。
 はあ、わたしにイワレテモ。
 それは誠にそうなので、ただ言ってみたかっただけなんだ。
 
 

2008年04月12日

「緑色の坂の道」vol.4002

 
      草競馬流浪記 2.
 
 
 
■ この本は、名作「世相講談」の随分後に書かれたものである。
 内田百閒の「阿呆列車」シリーズを下敷きにした道中記なのだが、山口さんは内田さんの半ば弟子のようなものだったから、流れとしては自然である。
 馬の名前を漢字に置き換えたりしているところは、すなわちそうだ。
「世相講談」というのは山口さん初期の傑作で、向田邦子さんが「わたしはそれ以外認めない」と、言ったとか言わないとか。
 仲の良い者同士のじゃれ合いのようなものだが、奇妙に納得もしてしまう。
 実を言うと私もこれほどコクのある、つまり元手がかかっている短編は、そう多くないだろうと思っていた。
 
 
 
■「草競馬流浪記」も「世相講談」も、一晩で読み通すには辛い。
 思い出したようにぱらぱらと捲るという性質のものである。
「世相講談」と確か同時期に、開高健さんの「ずばり東京」という傑作ルポがあったが、これもかなりのモトデがかかっていて、緑坂で何度か書かせていただいた覚えがある。
 
 
 
■ そういう話をしているのではなくて、ええと。
 つまり
「いかがわしいという感じが好きだ。それから、何事によらず一生懸命というのが好きだ。むろん祭りが好きだ。
この競馬場、それが渾然一体となって充満している。
僕は有頂天になり、ほとんど狂喜した」(前掲:17頁)
 いかがわしさ、というものについてなのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.4001

 
      草競馬流浪記。
 
 
 
■ 春霖もすっかりあがる。
 緑の彩度が高く、これが五月まで続くのだと思われた。
 緑坂の回数がいつのまにか4000になっていたが、特別の感慨はない。
 山口瞳さんの「草競馬流浪記」をぱらぱらと捲る。
 
 
 
■ 私個人はギャンブル一般というものをほとんどやらない。
 麻雀パイの読み方も実は詳しくは知らず、廻りから意外に思われることが度々あった。
 その理由は自分なりに分ったつもりになっているが、果たしていかがなものだろう。
 山口瞳さんはこう書いている。
 
「僕は、こう思う。飲む・打つ、買うというのは人間の本能である。これをおさえると結果はよくないし、第一、そんなことは不可能である。しかし、飲む・打つ・買うの三つを同時に行うと人間は破滅するとも思っている」(新潮文庫:22頁)
 
 
 
■ 至極当たり前のことを端的に書く。
 山口節の基本であるのだが、読者は山口さんの句点の使い方に注意していただきたい。これがひとつのリズムを生んでいる。
 
 

2008年04月10日

「緑色の坂の道」vol.4000

 
      桜雨。
 
 
 
■ 細かな雨が降り続いている。
 本当は「春霖雨」と呼ぶらしいが、ま、そこは流れで。
 私は頭がぼんやりと痛く、さきほど生理痛の薬を噛んだ。
 そんなもの、まだあるのかって。
 ええ、もうじきです。
 
 
 
■ 確か芥川だったかに、隅田川を下る蒸気船から向島の桜を眺める箇所がある。
 どんよりと曇った午後、江戸以来の桜の一群に彼は自分の姿をみる。
 いかにも重い桃色か灰白色の塊はいかばかりのものか。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3999

 
      夜来風雨声
      知花散多少 2.
 
 
 
■ 屋台が雨に濡れている。
 向こうに緑がみえている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3998

 
      夜来風雨声
      知花散多少.
 
 
 
■ 鳥の飛ぶ音。
 
 

2008年04月09日

「緑色の坂の道」vol.3997

 
      花の雨 6.
 
 
 
■ あるとき仕事場に篭って、黙々と作業をしている。
 留守にしていたあいだ溜まっていたものがあって、その整理である。
 なかなか次にいけない。
 途中強い風と雨の日があって、花はとどめをさされたようだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3996

 
      春のまぼろし。
 
 
 
衰えし舞姫あはれ圓山に来ては
落花を踏みてかえりぬ
 
 
■ 吉井勇さんの歌である。
 吉井さんにはこんなものもあって、今うろ覚えで書いてみる。
 
病み上がり吉弥がひとり河岸にでて
河原蓬に見入るあはれさ
 
 
■ 字句の使い方など間違っているかもしれない。ご寛恕のほど。
 吉井勇さんと言えば「かにかくに祇園は恋し」の句で知られる程京都好き、また遊び好きと言われていたのだが、果ての景色をきちんと眺めておられた。
 
 

2008年04月04日

「緑色の坂の道」vol.3995

 
      四月のおもいで。
 
 
 
■ クリフォード・ブラウンというトランペッターがいた、
 ややマニア好みなのだが、ちょっと枯れた音色は30を半ばほど過ぎると、その良さが分るという。
 何時だったかの夕刻、西参道の辺りを流していて、それを聴いた。
 桜はとうに散っていて、古い恋のからくりのようである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3994

 
      春は名のみの。
 
 
 
■ 風の寒さや。
 という歌を口にしながら、坂道を下ってきた。
 放っておくと花弁がアスファルトの上を舞う。
 
 

2008年04月03日

「緑色の坂の道」vol.3993

 
      覚めても胸の騒ぐなりけり。
 
 
 
■ 今、私のいるところから一群の桜の枝がみえる。
 散策しているひとたちもいて、そこへ入ればいいのにとも思うが至らない。
 ここ数日のあいだなのだが、桜の白や桃色よりも、周辺にある緑の色と分量が、次第に多くなってきていることに気づく。
 枯れ枝だった大きな欅の先の辺りが、薄く煙ったようになって、次第に上を覆うのである。
 表参道の辺りを車で行き来すれば、もう空は半分しかない。
 
 
 
■ この浮き足立った感情を抑えるのにすこしばかり苦労する。
 このまま吉野へいこうとか、嵐山界隈でぼんやりしようとか。
 または海沿いにある桜の樹を捜しにいきたい、などと考える。
 いったら最後、暫くは風来である。
 悔しまぎれに、ソメイヨシノはどうも埃っぽくていけない。
 など、知ったようなことを言って、乾いた寿司を摘まむのである。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3992

 
      花の下にて春死なん。
 
 
 
■ 西行法師の住んでいた庵室は「花の寺」の名で呼ばれた。
 桜の歌はたくさんあるが、私が好きなものは、もっとも有名なこれである。
 
願わくば花の下にて春死なん
そのきさらぎの望月の頃
 
 

「緑色の坂の道」vol.3991

 
      霞かな。
 
 
 
■ 新古今和歌集の春歌・上下は130数首である。
 なかで桜をうたったものが100余首ほどもあった。
 西行も随分と詠んでいて、彼の旅した先、いたるところに「西行桜」なるものがうまれたのも世の流れだったのだろう。
 新古今からひとつ。

ながむとて花にもいたく馴れぬれば
散る別こそ悲しかりけれ
 
 

「緑色の坂の道」vol.3990

 
      湯女絵図 2.
 
 
 
■ 湯女というのは江戸の頃生まれた一種の遊女である。
 ここから微細な薀蓄に流れてもいいのだが、緑坂の読者には野暮なことだろうからやめにする。
 そういうサービスのようなものがあったということで。
 どこかで江戸の町の独身率を調べた文献があったような気もするが、今、捜すだけの気力はない。
 
 
 
■ 風呂あがりにさくらを眺める、というのは思い切りベタである。
 俗の極みのようなものだが、それはそれ、昔の銭湯の背景に富士山があったり桜の絵柄が描かれていたことと相通じるところもあるだろう。
 一般に、市井の人たちが花見をするようになったのは、秀吉の頃からと言われる。
 吉野の花見、醍醐の花見など、残る絵巻には人物よりも桜の方が大きく描かれていた。