2008年03月31日

「緑色の坂の道」vol.3989

 
      湯女絵図。
 
 
 
■ ぱらぱらと古い書籍をめくっていたら、一枚の写真が出てきた。
 熱海美術館、現在はMOA美術館所蔵の、湯女図(重文)である。
 髪を後ろで軽く縛った湯女が、ぼんやりと遠くを眺めている。
 何人かいる女たちの真ん中に立って、腕は懐にはいっている。
 着物にはさくらの模様が描かれていて、17世紀初頭ではまだ友禅が出来ていない頃合だから、手描きの「辻が花」か小袖だろうか。
 
 
 
■ さくらの模様はかなり大きい。
 身体の線は一筆で柔らかく、無造作な前髪の辺りと相まって、濃艶な色気を撒き散らしている。
 湯女は放心したかのように空を見上げているのだが、じきに夕刻である。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3988

 
      踊りながら北へゆくひと 2.
 
 
 
■ 列島、北端の桜というのを見たことがない。
 未だ見たいというところまでは切実ではないのだが、これが後20年もすると別の気配になってゆくような気もしている。
 
 
 
■ 西行というはぐれた男が中世にいたが、残るのはその句から知れる彼の自我である。
 似たようなことを思っていたのだなと、時の隔たりを忘れて、なんということだろう。 
 

「緑色の坂の道」vol.3987

 
      踊りながら北へゆくひと。
 
 
 
■ 桜の頃、どうもそわそわするのは人の常のようである。
 合理的な理由などないが、別にそんなものはいいのであって、この週末はよく晴れた。 
 
 
■ ちょっといってみようか、と車を出したのだが、都心のいくつかのスポットへの道は大渋滞である。
 北の丸辺りにいいホテルがあって、その一室はこの時期、大手代理店が接待用に押さえているという噂があったものだが、その真偽は知らない。
 いわゆるバブル期の、爪先立ったお話だろうか。
 私はクラクションを軽く鳴らして、ハンドルを右に切る。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3986

 
      そこに置く色。
 
 
 
■ 坂道を昇り降りしていていると、白や薄い桃色のひとかたまりが目に入る。
 これが全て桜なのだが、こんなにあるのかと俄かに驚く。
 普段はただの緑色か、または灰色の雑木のようにしかみえていないのだった。
 
 
 
■ 夏の花火と等しく、花は遠目に限ると私は思っているところがあった。
 ことさら近づいたり、種類の薀蓄を語ったり、写真を撮りにわざわざ出かけたりというのはどうも体質に合わないような気もしている。
 
 
 
■ 山に近い小学校の校庭に花があり、赤や青のナイロンのジャンパーを着た子供たちが走ってゆく。下校時間なのか。
 なんてこったい、カメラ持ってきてないじゃないか。
 と反省したことが何年か前にあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3985

 
      花の雨 5.
 
 
 
■ すぐに会合がいくつかあって、〆切がひとつふたつあって、それはメールでは済まない性質のものである。
 私は背中が痛く、湿布らしきものを一面に張って列車の窓側にいた。
 畑仕事をしたからである。山の樹木の伐採をしたからである。
 ええ、ホンキにしないように。
 
 
 
■ 若い頃、こうした座席ではなかなか眠れなかったものだが、今はポケット瓶などなくてもうつらうつらはできる。
 単に移動だという気もする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3984

 
      花の雨 4.
 
 
 
■ 暫く東京を離れていた。
 車のこともあったし、列車でということもあった。
 年相応の厄介が少し。
 仕事が少し。
 最近、撮影機材は分散して、その土地土地に送ってもらうことにしている。
 
 
 
■ いつだったか戻ってきて、緑坂を入れたUSBメモリがなくなっていることに気づいた。
 出先でもたまに書いていたのだが、そこは流れる雲のようで、いつもとりとめがない。 
 

「緑色の坂の道」vol.3983

 
      花の雨 3.
 
 
 
■ 乾いた花弁は、ほとんど白に近い桃色である。
 こうしていれば、そう捨てたもんじゃないだろう。
 結構いい酒に浮かべているのだが、私は古い女友達の顔を思い出した。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3982

 
      花の雨 2.
 
 
 
■ 二輪ばかりの桜の房を探した。
 上着のポケットに確か入っていたはずだが。
 別れ際にいただいた名刺とともに、すこし乾いたそれが出てくる。
 
 
 
■ 指先で伸ばして、器に入れてみる。
 なんだか毎年そんなことをしているようで、冷酒の酔いは後からきく。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3981

 
      花の雨。
 
 
 
■ 春というのはこころいそぐものだが、年によって、またその時々の立場によって、そのコクは変わってきているようだった。
 外は薄い雨である。
 窓ガラスから、ライトアップされた桜を眺めている。
 なんということもなく、冷酒を嘗めはじめる。