2007年08月20日
「緑色の坂の道」vol.3770
タイプ E-4.
■ Eタイプについては、「夜の魚 外灘」で使った。
フェラーリの456とバトルをするシーンがあって、まだ空いている上海の高速で250まで出す。で、ベルトが切れる訳である。
確かこれは初出が94-5年だったと記憶している。
今の上海では、そんなに飛ばすことは非現実的だった。
大体高速に大きな穴が開いていて、いつ突っ込むか分からないのだ。
■ 上海には何度か行っているが、このところはカメラを持たない。
せいぜいが小型のデジカメで記録するだけである。
夕方から夜にかけ、旧租界の辺りで席を取っている。
タワーと、その向こうに見える煙突の群れを眺めるのだが、ちょっと前の日本も似たようなところがあった。
――――
一 外灘(バンド)
対岸に背の高い塔がみえている。
手前の低い森は次第に暗くなってきて、塔とその背後に直立している幾つもの高層ビルに灯りが点き始めた。
全部にではない。未完成のものも随分あるからだ。
低い日が翳った。雲が流れ、すこし風が吹いてきた。茶褐色の黄浦江はところどころ斑に色を変えている。
埠頭のこちら側を眺めると、灰色に曇った旧租界地帯の建物が並んでいる。建物の高さはそれほどでもない。柱に飾りがあり、照明を浴びるとそれが複雑な影をつくっている。その隙間に赤や紫のネオンが増え始めた。
私は船のデッキに立っていた。思ったよりも船体は小さく、混雑している印象はなかった。貨客船なのだろう、忙しくコンテナが積み込まれている。
(夜の魚 外灘)
「緑色の坂の道」vol.3769
タイプ E-3.
■ ややマニアな車になると、オイル代が一回について3~4である。
メーカーが提唱する15000キロ毎の交換なんてもなあ、新車で購入されて数年で売却される方用のコスト計算で、実際はかなりシビアなものだった。
例えば欧州車の場合、熱を持つからである。
■ これは大体、酒場でシングル・モルトのボトルを一本入れるのと同じくらいなのだが、畢竟、飲みに行く回数は減る。勿論、ゴルフのコースも廻れない。
そうは言っても、デザイナや写真家、あるいはあれこれの職種の方々で、週末に打ちっぱなしに通うのが大好きだという方がいれば、それは又違う理由からだとは思う。
「緑色の坂の道」vol.3767
タイプ E。
■ Eタイプというのは、ジャガーのことである。
伊丹さんは「ヨーロッパ退屈日記」の中で、ジャグヮーとか書いていた。
薄っすらと埃を被ったロータスなどという話も出てくる。
■ 一度所有してみたいもんだよなあ、と思って20年近くが経つ。
国産のあれこれを買うよりは遥かに安価なのだが、要は踏ん切りと覚悟がないのである。
ゼニス・ストロンバーグ、のキャブ。
と書けば、12気筒の対米仕様で、恐らくはそのままでは実速200程度だろうか。
スタイリッシュなのはシリーズⅠと呼ばれた直6の方だが、これはMTしかなく、都心で足にするにはやや厳しい。
足にしようとすること自体間違っているのだが。
「緑色の坂の道」vol.3766
海沿いの雲 2.
■ 友人には車好きな奴らがいて、坂道を下った辺りにある店で時々顔を見る。
皆かなりの大人なものだから、一週間交換しようぜということも、時々はある。
ほとんど単車のノリなのだが、相手のことがよく分からないと、例えばバイク、単車というものは跨らせるだけでも嫌なものだった。
■ 彼の会社のハイエースなどは助かった。
返す段になってガスを入れると、オイルが半分も入ってないですよ、とか言われる。
それじゃ足しといて、と、2リッター入れてもらった覚えもあった。
彼の会社は上海辺りと貿易をしている。
埠頭にある倉庫前コンテナの傍で、握り飯とペット・ボトルの茶を飲んで海を見ていた。
「緑色の坂の道」vol.3764
色の決め方。
■ 今、スタジオというか仕事場には複数台の液晶モニターが並んでいる。
色の出具合から言えばCRTが好みなのだが、暫く前に生産中止になって、致し方なく導入した。いわゆるプロ用のそれである。
厳密には二週間に一回、専用のソフトを用いて色合わせをしなければならない。
スタッフに頼むこともあるのだが、最後のところは自分で行う。
同時期に買った同じ型番のモニターでも微細に色目が違い、どの辺りまでを誤差とするかは曖昧である。数値表示されるソフトを使ってもである。
ただそれよりも。この色かな、という決断は数値とは違うところからくるようで、それを掴む方が厄介なような気もする。
昨日だったか、夕方の空がきれいだった。
2007年08月09日
「緑色の坂の道」vol.3762
ドウシタラヨカロ。
■ この台詞は随分と流行った。
元は吉行さんなのだが、ある意味で落語の演題に似たところがあって、初版とその後のものでは表現が違う。
つまり無駄が省かれてゆくのだが、概ねコピーやネーミングの精製過程にも似ているだろうか。
■ 昔、あるところでセンセをしていたことがあったのだが、そこはネットを用いるところだったものだから、畢竟ここに書いているような按配になった。
「按配」とは正確には塩梅ではないのカ。
いやいや、按排が正しい。
などという議論がなされる。
正解はいかに。
■ というネット上でのやりとりがあって、私はすこしばかりうんざりして腹が減ったことを覚えている。
「緑色の坂の道」vol.3761
そういった按配で。
■ 何故そういうことを思い出したかというと、メールが来たからである。
そこに書いてあった。
緑坂というのはコアなファンがいたらしく、あの雑誌にコラム書いていたのは北澤さんでしょっ、とか言われることが何度かあった。
覚えがないのだが、ま、そういうことにしておく。
■ この「ま、」というのは吉行さんの影響である。
句読点まで括弧に入れておく。
通常は「まあ」などと書く場合が多い。微妙にニュアンスが異なる。
吉行さんというと「砂の上の植物群」や「夕暮れまで」など、純文学が有名であるが、その真骨頂は随筆・エッセイ、あるいは対談の妙味などにある。
それから、いわゆる風俗小説の一群だろうか。
夢もチボーもない青春後期、ベランダで小さなトマトと桔梗に水をやりながら、繰り返し読んだもののひとつがそれであった。
意味を理解するのは暫く経ってからで、今手元に「軽薄のすすめ」(角川文庫版)があるのだが、解説は山口瞳さんである。
■ この本の愁眉は「戦中少数派の発言」だろう。
何度か書いたので、書き写す気にはなれない。
皆が右を向いているとき、自分独りだけがそれを拒否する。
それはイデオロギーとか思想の問題ではなく、生理的な拒絶なのである。

