2006年07月27日

「緑色の坂の道」vol.3719

 
       ル・マンのヘッド。
 
 
 
■ 新橋から銀座にかけてのガード下に、赤いモトグッチが停まっていた。
 70年代後半の、ル・マンの850である。
 だから銀座は怖いよね、と思いながら暫く眺めた。
 V型2気筒のヘッドからオイルが滲んでいて、本気で廻すとパンツが汚れる。
 スイング・アームに錆があって、そのままにしてある。
 

2006年07月20日

「緑色の坂の道」vol.3718

 
       雨のちブルーノート。
 
 
 
■ 曲名などいちいち覚えていないが、チェンバースのベースだ。
 なんで小林旭の後にこれが流れるのか、設定だからだが、バブルの頃のストーンズよりはいいかも知れない。
 ボクスターが一台いて、途中で並んだ。
 加速では同じ程度なのだが、私は気が乗らなかった。アクセルを緩める。
 五秒後に赤いランプが近寄る。
 奴ら、ライトを消していた。
 抜いたばかりのトレーラーの影にいたのだ。
 川崎で降りて、不味い牛丼を食べる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3717

 
       マニアなバランス。
 
 
 
■ もっと馬力のある奴はあるだろうな。
 と思いながら首都高速のコーナーに入る。
 今までFFのセダンだったものだから、ついタックインを想定してしまう。
 これは違うよ、その前の感じだよ。
 と、アクセルを踏んだりするのだが、小ぶりなので車線が広く感じる。
 トン、トンとブレーキを踏んで、昔乗った空冷911のそれとよく似ていた。
 革シートからカメラバックが下に落ちる。
 こうやってローターが削れていくんだよな、と思いながら、パーキングで缶コーヒーを飲んで戻る。
 何をしているのか。
 何もしていない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3716

 
       水際で。
 
 
 
■ 車がきたので、夜になるとテストしていたりした。
 雨上がりなので、尻が流れる。
 純正はポテンザなのだが、これがピレリのP0辺りだとどうなのか。
 ステアリング・ダンパーはまだいけているのか。
 横浜、水上警察の前に「薬物・拳銃を水際で防ぐ月間」とある。
 
 

2006年07月14日

「緑色の坂の道」vol.3715

 
       エバンスの月。
 
 
 
■ 打ち合わせが終わって、髪を切りにいった。
 今度は予約をしてからゆく。駐車場が空くのが何時ごろだから、その頃でいいですかと言われ、そうだねと食事をする。
 今時、1000円で髪は切れるのだが、何故5倍も8倍も出すのかが分からない。
 そう考えると、私のデザインもコピーも、成り立たなくなる訳である。
 
 
 
■ 夜になって雲が出た。
 時折、白い月が見え隠れしている。
 雲への反射だろうか、周辺の色が不思議だ。
 私はエバンスをかけた。
 

2006年07月12日

「緑色の坂の道」vol.3714

 
       月夜の汐路のむこうから。
 
 
 
■ 口笛が 聞こえる港町
 と、続く。
 作詞は猪俣良さん。
 
 
 
■ この曲には何度か「兄貴」という言葉が出てきて、兄貴は二人の幸せを祈りながら旅に出たことになっている。
 私はリピートをかけながら、窓ガラスに雨のしずくが斜めに走るのを見ていた。
 夜になって風が出る。
 
 
 
■ ひとつ前のAMGは、ディーラーで整備をしているところである。
 芝浦でもない。ふたつあったエクボの修復は終わったと電話があった。
 メルセデスには70年代に280SLというとても綺麗な車があって、後からクーラーも付けることができた。ハードトップの天井が僅かに窪んでいる縦目のそれである。
 かつて仕事で一緒になった某氏が、顔に似合わず好き者で、若い頃それに乗っていたという。私は呆れて尋ねたのだが、所帯を持つ時にそれが資金になったと言って笑っていた。彼はMBAを持っているが、その反面、埠頭の辺りを斜めになって走り回るのが好きだと聞いて、馬鹿だねえと思った。
 裕次郎の歌からどうして車の話になるのか不明だが、あの頃の歌謡曲の歌詞にも、時折はっとする言葉が混じっているのである。
 

「緑色の坂の道」vol.3713

 
       梅雨時のひばり。
 
 
 
■ 昭和23年、美空ひばりは「星の流れに」を歌って舞台にデビューする。
 場所は浅草。
 時に煙草をもつしぐさ、時に涙ぐむ姿。
 この時ひばりはいくつだったのか。
 
 
 
■ そんなことを漠然と思い出しながら、CDを聴いていた。
 今年の梅雨はすこし変わっていて、東京は雨が少ない。
 海の傍もそうであろうとおもわれる。
 

「緑色の坂の道」vol.3712

 
       いつも無駄の効用。
 
 
 
■ 夏風邪が長引いていて、そのせいか酒を嘗めていない。
 珍しいことでもあるが、考えてみるとそろそろと酒の量は減っているようである。
 数年前までは、一晩にボトル半分くらいのことが、ままあった。
 で、翌日チンボツしているのだから仕方がない。
 
 
 
■ 夏の手前というのは、毎年自分の中に潜っていたような記憶がある。
 今年はそれが車の選択として表に出て、なんてこったい、思春期に友人とバイク雑誌を眺めてはああでもないと言いあっていたことと変わりがない。
 あのとき俺たちは、バイクの排気音を全て口で言えた。
 ローギァに入った時の、ホンダとカワサキの違いまでも再現していた十代の馬鹿。
 
 
 
■ 潮見坂を曲がって、銀色のジャガーのクーペが曲がってくる。XK8である。
 後姿を眺めていると、やや腰が高い。
 やはりすこし落とさないと駄目かね、などと、その内装のことを思い出している。
 使い物にならないナビや、案外に質感のないシフトカバーの辺り。
 ちょっぴり緩いダンディズムだと思っていたことが長いことあったのだろう。
 そっちにゆかず、こちらへゆく。
 今度何にしたの、うん、ヤンキー車だよ、と最近答えているが、気分は緩い。
 

2006年07月10日

「緑色の坂の道」vol.3711

 
       飽きる 2.
 
 
 
■ 前の緑坂に一文を付け加えるのを忘れた。
「と、思い上がった気分になってしまっていた」
 を最後に付与。
 ま、そう甘いもんじゃないよね。
 

「緑色の坂の道」vol.3710

 
       飽きる。
 
 
 
■ 仕事でもなんでも、何か新しいことをしようとするとき、資料を眺める。
 膨大に積み上げて、そこから何枚かを切り取り、後は捨ててしまう。
 何かひっかかってくるものがあればよし、そうでなければそれが見つかるまで。
 今捜しているのは、古いAMGのメンテの記事である。
 なんのことはない、一眼レフカメラの場合とそう変わりはないようだった。
 
 
 
■ ここで告白すると、私には純粋に趣味と呼べるものがない。
 スポーツ観戦もゴルフも、ほとんど興味がなく、酒にしても普段手に入るものの中で一番旨いものが基本になっている。
 複数台のカメラを持っているが、そしてその中には普段滅多に使わないライカなども含まれているものの、これは半分が仕事なのでイタシカタがない。
 仕事は結果が全てであるから、触っていて質感の乏しいデジタル一眼なども使う。
 ここだけは、というような時、それは滅多にないことだけれども、コダクロームを入れたニコンを持ち出してレリーズを切ったりしていた。
 が、総じて私は機材にはそれほど拘らない方だと思っている。
 
 
 
■ 簡単に言えば、つまらないのである。
 何かに飽きたのである。
 酒も女も、偉そうに何を書いているのか分からないが、例えばこれからやろうとする仕事にしても、なんだこんなものかという予感と気分が抜けてゆかない。
 7人とか8人乗れる車があったとして、本当はそれが一番いいことなんだろうが、後部座席を外して畳を引いたら一番だろうとも思うのだが、最後のところで割り切れない。
 別にこんな仕事をしていなくてもいいじゃないか、とも思う。
 かといって、他にすることも、できることもない。
 

2006年07月08日

「緑色の坂の道」vol.3709

 
       自動車ショー歌。
 
 
 
■ 小林旭を聴きながら、第三京浜を流していた。
 ノー天気さが夏にふさわしい。
 ところが作詞が確か星野さんで、御大というかカミサマみたいな方である。
 隣を新しいメルセデスが飛ばしてゆく。
 まだ時間が早いので、覆面がいることもあって、私は都筑でトイレに入った。
 夏はうろつくことになる。
 

「緑色の坂の道」vol.3708

 
       見栄と車と知恵熱と。
 
 
 
■ 身体がだるく、夏風邪をひいたらしい。
 ま、車に関してマニアをしてしまったからだとおもわれる。
 知恵熱ですな。
 馬鹿ですな。
 

「緑色の坂の道」vol.3707

 
       ひとつ前のAMG.
 
 
 
■ と、長々と書いてきたのだが、結局はメルセデスを選ぶことになった。
 ひとつ前のAMG。その最終型である。
 型番などは書くのを止めておく。排気量もである。
 
 
 
■ 北澤がメルセデスというのは、私自身も不思議である。
 最も似合わないと自らも自覚し、また廻りからも言われていたからだ。
 ここで90年代のAMGの歴史について語らねばならないのだが、まあ、エンジンとシャーシの最もバランスが取れた型番。その3万キロ余のものが見つかったのである。
 相場よりも随分だったが、この辺りの車は年式よりもその程度だという。
 BMWのアルピナのように敏感にハンドルが廻るというものではなく、定番の安定志向のものであるのは、30分走っただけで分かった。50キロ程度では脚が硬い。
 調整式のビルシュタインが組まれている。強化されたブッシュも入っている。
 これは横浜にあるその世界では知られたところで組まれたもので、私は別のメルセデスを見にその店にいったことがあった。
 ビルシュは一番柔らかいところから詰めてゆくことになるだろう。ホイルは新しい型番のものに交換されていた。あの年式のAMGホイルの塗装は弱く、細かなひび割れが例外なく生じている。
 この型番はライトが暗いのだが、キセノンが入っていたので後からいじる必要はなさそうである。夜でも薄いサングラスの私には、ライトは命なのだ。
 
 
 
■ 元々、ジャガーが欲しくてあれこれと動いていた。
 それが何時の間にか、最も嫌いだったメルセデスに変わる。
 今でもあのグリル、どうにかして欲しいものだと思っているが、考えてみると主に乗っている人たちが嫌いなだけで、車自体にはそう罪はない。
 それを証拠に、W124の形式の300CE、またはそのカブリオレなどは今でも大層魅力的である。
 300CEというのは3リッター、ツインカム。AMGがそのエンジンを手がけたと言われる。
 カブリオレも元の価格が1100.
 今では随分安くもなっているが、メンテナンスに同じだけ費やす必要もある。今回捜してもみたが、なかなか良い程度のものはなかった。
 いわゆる車好きの間では、メルセデスは、ひとつ前のものをシレっと乗るのが良いとされていた。
 シレっというのは二日酔いとは違う。
 寝癖を、空けたサンルーフの風でなびかせる程度だと理解すればいいともいえるが、果たしていかがなものだろう。
 

「緑色の坂の道」vol.3706

 
       新橋のクーペ。
 
 
 
■ XJ-Sのメンテが非現実的だということになって、現行ジャガーのXK8のクーペを捜した。セダンは駐車場に指折り駐まっているからというのが、最も大きな理由だった。
 XJは中が狭いのであるが、どうせ狭いのならクーペにしてしまえ。
 正確にはこの7月に新しいものが出て、ほぼ9年近く生産されたXK8は旧型になっている。
 手が届きそうなのは、00年以前の初期型。4リッターのそれである。
 スーパーチャージャーの付かない素のエンジン。どちらかというと鰻犬のような形をしているが、Eタイプもそんなものだから致し方ない。
 
 
 
■ 関東のジャガー認定の店にいい出物があったのだが、ドウシタラヨカロとびびっていたら売れてしまった。
 自分に似合うだろうかと自問したり、残高を眺めて途方に暮れていたら時期を逸した。この辺り、男女の関係にも似ている。
 その後、その店の社長が下取りの1.1万キロというのを見つけてきて、予算と按配を尋ねてきた。年式はやや古いものの、車庫保管の極上であるらしかった。
 が、交渉中、オーナーの方がより高い方へと流れてこの話は破談になる。
 どうしても、と粘れば良かったのだろうが、熱くなると車の場合大抵はしくじる。
 私は大体この辺りで見切りをつけてしまった。
 それよりも、ここで無理をするとなんとはなしにムゴーイ目に会うような予感もしたのだ。
 
 
 
■ 白金台のスタンドで、このクーペのグレーを見かけたことがある。
 こちらはスーパーチャージャーのついたXKRの方で、タイアもやや大きい。
 このスタンドは、とんでもない車が時々来る場所なのだが、店員は気さくである。ポイントのスタンプが溜まる。
 グレーのクーペには50代後半の紳士が乗っていた。
 彼はトランク(ゴルフバックがふたつしか入らない。が、私はゴルフはしない)からスーツケースを取り出し、それから横断歩道の階段を登ってゆく。
 給油と洗車を頼んで、所用を済ませにゆくらしい。眺めていると、手洗洗車の方である。ジャガーは塗装が弱く、機械式ではすぐにスクラッチが出る。そのためかと思われた。
 その方は太っていたが、髪はやや長く、勤め人ではなさそうである。普通の社長でもあるまい。
 時折、大抵は午後だが、天現寺から曲がる辺りで、ブリティッシュ・レーシング・グリーンのXKクラシックも見かけることがある。
 後ろから眺めるとやや腰高で、だから18インチのホイールを履いて車高をすこし下げるのが定番になっているのだろう。このシャーシではドタバタしてしまうのだが。
 何時だったか、新橋から銀座に向かう時、渋滞の中で黒いこのクーペと並んだことも思い出した。
 髪を後ろになでつけた壮年の男が運転していて、隣だったから見えたのだが、腕時計がピアジェだった。ハンドルが左だから、平行物だったかも知れない。
 ピアジェかあ、と思った記憶がある。
 車に罪はないが、そのように乗られては変わったメルセデスのSになってしまう。
 つまり、私にはまだ手に余るところがあったのかも知れない。
 価格ということを抜きにしてもである。
 

2006年07月07日

「緑色の坂の道」vol.3705

 
       これから、何処へゆこう。
 
 
 
■ というコピーを書いたことがある。
 EPSONの仕事だったと記憶している。
 元々は緑坂で、その意味で緑坂とは仕事の引き出しになっていることもあった。
 残高と相談しながら、これから数年、自分が何に乗ろうかと考えたりする。
 私が雪国に住んでいるとするならば、容赦なく4WDだろう。
 スバルの3リッター水平対向の6気筒は、そのデザインさえ我慢すれば、比較的いい選択だと思われた。だが都心では、雨の高速くらいしかその恩恵に預かれない。
 
 
 
■ 途中、E28型のBMWを見に行った。
 私は四角いセダンが好きで、80年代のBMWの5シリーズは、02と同じ程度に好きである。 M535。86年式。3.5リッター。最高速度は210。
 となると、かろうじて現代でも使えそうな車である。車自体は安価なのだが、外装を仕上げて50.内装を張り替えて同じく。
 これがアルピナのB9辺りになると、200から必要になる。整備や維持に100.
 こちらはEU仕様の、外側が大きなヘッドライトに交換されている。
 それもいいのだが、サーブ900の3ドア、ターボの160馬力というのにも心惹かれた。
 色は黒ではなく、深いグリーン。
「夜の魚」一部で、敵役がこれに乗り、カマロとバトルを繰り広げる。
 調べていると、走行が3万台のそれが100の前半で出ていたのである。
 これも最終型の93年。多分残存する最も程度のいい一台だろう。
 割と安く仕上げられるかな、と思いながら、書棚からサーブ関係の資料をあさる。
 この年式のサーブはGMのプラットフォームを使っていない。サーブらしさが最後に残るモデルだとも言われている。ATが3速。当時はそれが普通だった。
 ただ、160も出すとフロアがぶるぶる震えるという欠点があった。
 出してはいけない、と言われればその通りなのだが、これは100でも微妙に生じる現象なのだから、つまりフロアの剛性である。下り坂ではやや怖い。
 
 
 
■ それらはさておき。
 こうした古い車の場合、その後どの店に持ち込んで修理・メンテナンスをするかが問題になる。まずはそれを捜すことである。
 サーブの場合、川崎にそれがあるのだが、私はついにそこに顔を出すことはしなかった。
 不思議なのだが、今この車に乗るのはまずいかな、という気分が働いたのである。
 車そのものは好きなのだけれども、ちょっと待てと。
 この辺りのバランスについては、どの辺りで線を引くか、やめるかというデザインや文章のそれに似ているところもある。
 要は自分とは何か、主観的な意識と、外から見てどうなっているかのということのせめぎあいである。
 

「緑色の坂の道」vol.3704

 
       無駄の効用。
 
 
 
■ 薄い頭痛がして、夏風邪をひいたようだった。
 しかし〆切があったりして、PCの前に座っている。全くやる気がしない。
 緑坂の読者はご存知だろうが、私は比較的車のマニアである。
 しかし当節流行のものではなく、一つ前か二つ前、その欧州車かアメ車が好きだという癖があった。厄介を呼び込む。それでいて短時間に乗り換えるということは滅多になく、10万キロを超えて、ああエアコンのコンプレッサーが駄目になってますね、タイミングベルトも交換かな、というところまでひっぱるのが今までの常であった。
 要は潰すのである。気にいると同じ車を二台続けたこともあった。
 
 
 
■ 今回、93年型くらいのジャガーのオープン、ドイツで改造された4人乗りというものを検討していた。XJ-Sのアーデン仕様である。これは12気筒。5.3リッターのものだった。アーデンではないオリジナルのオープンは2人乗りである。
 いつだったかの冬、外苑西通りにあるスーパーの前に、初老の男性がこのグレーを停めていて、奥様の買い物を待っている。そうしたかたちをみかけたことがあり、それ以来、心揺れていたのである。身分不相応ではあるのだが。
 無駄の塊といった12気筒。その長いボンネットと低い幌。
 都心を流す以外に使い道はないような、パーキングスペースにも簡単に入れられないかのようなところに、意味なく惹かれていた。
 価格は国産3リッターセダンの新車程度。元が1200~1400くらいしたものだから安価になったとも言えるのだが、ここには落とし穴があって、12ヶ月点検でほぼ40ほどかかるのが常である。ダイムラーのDD6同様、12気筒というのはとんでもないのである。
 これはメルセデスのS600なども同様で、すこし分かった人は240や320を選ぶのだと。
 
 
 
■ XJ-Sにも6気筒の4リッターがあり、こちらもメンテの安心感から人気がある。
 ただハーフレザーになって、この年式だと真ん中のモケットが痛んでいることが多い。 あの年式の4リッターでは、すこし遅いかも知れないな。
 そんなことを、古い車雑誌のバックナンバーを捲りながら考えているのだからマニアというのは愚かである。0-100のデータに赤ペンを入れたりする。
 
 車なんて動けばいいという説も全く正しく、ある側面ではそちらの方が粋にも見える。 夏場、80年代から90年半ばまでのジャガーがどれだけ高速脇に止まっていたことか。
 ルーカスの冷蔵庫は暖かくなる。という冗談が、冗談ではなく通用するのが暫く前までの英国車だった。燃料を送るポンプがいかれて、その交換が数年に一度。放っておくとガソリンが漏れて燃えることもある。昔の単車のキャブのようである。
 津々浦々、我にも還るのだが、かといって国産7人乗りが欲しいと思えないのが困ったところだった。
 この辺り、自分の気持や状態がどちらを向いていたかが薄く分かってくる。
 

2006年07月06日

「緑色の坂の道」vol.3703

 
       ホストカー。
 
 
 
■ 車のことを具体的に書くと、品がなくなりやすい。
 それは、恐らく靴や靴下とはまた違うものになっているからだろう。
 どちらかと言えば、機能以外の目的を前面に出した腕時計のようなものだ。
 
 
 
■ X308のジャガーの隣にはベントレーがいて、確か比較的安価な2ドアの方だった。
 どんな方が乗っているのか、見たことはない。
 グリーンの308は奥様が運転をされ、隣にご主人が乗られている。暑いのにネクタイを締められていた。エレベーターのボタンを押して待っていると、挨拶をしながら乗り込んできて、そういえば私はお土産の餃子をビニール袋にぶらさげていることに気づいた。
 匂わなかったかな、と考えるのだが、その時には遅い。
 それにしても、今流行のクール・ビズで紙袋を持っていると情けなくないだろうか。
 官房長官の姿をテレビで眺め、そんなことを考えていた。
 
 
 
■ 横浜にあるジャガー専門店にいくと、新宿ではホストが務まらないだろうというような若い男性が営業である。縞模様の背広を着ているのだが、ややキツイらしく、盛んに襟口に手をやって気合を入れている。黒系統の上下に、茶色のブーツというところがセンスである。尖ったブーツは汚れだろうか、半分にオイルの染みのようなものが付いていた。 彼が薦めたXJの4.0は、比較的革の状態がよく、ディラー物で距離も出ていなかった。
 負けろよ、と言うと20万安くなる。
 あれこれの保障も付くのだという。
 一応見積もりを書いてもらい、名乗らず、そのまま戻ったのであるが、翌日ネットで価格を調べてみると、全く同じ店の同じ車が30万値下げされていた。在庫整理であるらしい。
 書類を仔細に眺めると、税込み価格の癖に税別で計算などされている。
 そりゃないだろうねえ、と面白がって電話をしてみる。
 すると、代理店のせいにしていたりして、彼も知らなかったんだろう。経営は別だ。
 そこには、外観だけは見事に磨かれた車が何台も停まっていた。
 大きなメッキのホイールを履いている。
 ドアモールなどに触ると、多分露天駐車だったもののようである。

 

2006年07月04日

「緑色の坂の道」vol.3702

 
       緑坂ふたたび。
 
 
 
■ 夏が近い。
 かといって空は低く、きつい服を着込むと僅かに食い込んだ。
 暫くのあいだ、旅のようなものをしていて、そろそろいいだろうという気になっている。
 大体の結果が出たからであって、そこもまた巧妙に仕組まれてはいるものの、遡れば素朴な現世利益の世界であった。
 
 
 
■ 途中、車が壊れ、代替のために動いていた。
 私がいるところの駐車場にはジャガーの生息率が比較的高く、中には黒いXJRなどもいる。XJRはご存知 375ps。AMG E55 と並ぶ快速セダンである。270は楽に出る。
 型番はひとつ前のものである。
 時折、50代の紳士が小さな女の子を二人乗せ、日吉坂の方面に曲がってゆくのをみかけたことがあった。
 程度のいいものを捜していたのだが、そう旨くはゆかない。
 手の届きそうなものは、西ドイツから平行輸入されたもので、実に何キロ走っているかが定かではない。内装は黒で、こちらの方が良いのであるが。
 昔はどの店にいたのだろうといぶかしい、ロレックスをはめた狐顔の妙齢中ほどに薦められる。車屋というのは面白いもので、サイトの造りや雑誌広告が派手なところほど、実際にいってみると別物である。
 
 
 
■ ジャガーの内装の皮、その6割はよくできた塩化ビニールである。
 身体にあたるところだけが、コノリー・レザーでできているが、その後ろなど、試みに爪を立ててみるとその皺はすぐに回復する。回復するところがフェイクであって、この辺りは元々の車の階層に準じている。英国では中産階級の車と永く定義されてきたのだ。
上層が滅びたものだから、相対的に高級に見えているだけだという話もある。
 3.2と4.0とではウッドの色と素材が異なり、例えばハンドブレーキの部分がプラになっていたりする。
 車のことを書くと「夜の魚」ではないが、とまらなくなるので続く。