2006年03月24日

「緑色の坂の道」vol.3693

 
       塩まぶす。
 
 
 
■ などと口にしようものなら、今日では、ドーナッテモシラナイヨの世界である。
 いつだったか妙齢中ほどに、ミョウバンでも使えば、と言ってどうしてと聞かれ、色止め、と答えたら灰皿が飛んできた。
 なに、安い方である。
 バカラはしまってあるそうだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3692

 
       殿山泰司さん。
 
 
 
■ そもそもオレは女ギライである。オレはスケベェであるが、女ギライである。そこのところが女どもには分かっていない。だから女はキライなんだ。まったくパンティをヒッペがして、塩でもぶちかましてやりてえな。マアヒドイオ下劣、アンタとは絶好ヨ。
 まったく、この世の中で、オンナくらいウルサクてイヤラシイものは居ない。どうして、あんなモノが、ノウノウと存在しているのが、オレにはサッパリ判らない。それも、ニッポンだけじゃなくて、世界中に存在してるってんだから、全く不思議なことである。
 オレの友達に、スケベエは沢山いるけど、オンナを人間と思ってる奴は、一人も居ない。もし居たとすれば、それはオレの友達ではないぞ。
みんなオンナのためには、口に出して言えない程苦労しているのである。泣いているのである。死ぬ程の思いもしているのである。唯々、夜イヤ昼間でもいいけれど、オンナとオネンネするのが大好きなために、じっと辛抱しているだけのハナシである。オレは友達諸兄の健闘を心から祈ってやまない。
 頑張って下さいよ。
 

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■ これは、俳優、故・殿山泰司さんの文章である。
「漫画読本」というセンスの良い雑誌に、昭和三十七、八年頃連載されていたもので、確か題名は「三文役者の無責任放談」とかいうものだった。
 実におもしろい。
 内容もおもしろいけれども、まず、語り口がいい。
 なにものかをブラ下げていることに対するある種の覚悟と、好きでブラ下げてんじゃねえや、とでも言うべき裏腹の哀愁が、ソコハカとなく滲みでている名文である。
 殿山さんは、飲む、打つ、買う、三道楽の大ベテランとして、つとに勇名をはせられた。
 女性にモテルことでも有名であった。
 沈鬱な顔で人生について語るより、愛だの恋だの蜂の頭だの並べるよりも、こちらの方がなんぼか宜しい。第一、根性が座っている。
 あんた、馬鹿ね。と言いながら、女性もそこで笑っているのだった。
 
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○「緑色の坂の道」vol 5
93年あたり
 

「緑色の坂の道」vol.3691

 
       若いってすばらしい。
 
 
 
■ 男なら大抵そうだと思うのだが、自分の若い時の写真を見るのが嫌である。
「なんて生意気な奴だろう」
「何もワカランくせに、どうしてこんな顔をしているんだろう」
 等と、声にはしないが、胸の中で苦々しくおもう。
 
 
 
■ じゃあ、今の方がいいかというと、そこは微妙で、失われた髪の毛や肌のハリや、回復力などについて惜しむ気持ちは強い。
 それとはまた別の次元で、
「あの時こうしなければ、いまはこうなっていたカモシレナイ」
 と、配偶者を眺めてみたりする午後もある。
 役者の、故・殿山さんは「、傍におられた女性のことを「側近の女」と呼んだり書いたりしていたが、時々の対談でそこに触れると、終いには泣きだしてくるのが常であった。 なんでああ、コワクなるかね。
 何処からあの自信はくるのかね。
 植民地ニッポンの男性諸君。
 いけね、独立国だった。
 
 
 
■ わからないが、話が逸れてゆく。
 ともかくコワイのであるが、何も分からない裡、つまり若いあいだは、そのコワサの質が違っていたように私には思える。
 
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○「緑色の坂の道」vol 794
94/05/01
 

「緑色の坂の道」vol.3690

 
       諸君。
 
 
 
■ という言葉を久しぶりにテレビで聞いた。
 誰が、というのは野暮なのでやめておこう。
 山口瞳さんの時代だな、と私は懐かしく思った。
 毎年、成人式の頃合に、諸君と呼びかける洋酒の新聞広告があったのだ。
 
 
 
■ 諸君を英語でいうと何というか。
 恐らくは、チャーチルが英国兵士に呼びかける原文を当たれば良い。
 ヤローども、よくやったぜ。それをもうすこし上品に言いかえればよろしい。
 山口瞳さんの「男性自身」には、気に入った靴下を深夜、ホテルの風呂場で洗う男の姿が出てくる。
 だって気に入らないものを履くのは嫌じゃないですか。
 と、彼は言う。この彼が、先日テレビでみた男性であった。
 こうしたことがお洒落だと、私は若い頃に感じ入った。
 靴下などは、気に入ったものが二足あればいいのだと考えた。
 
 
 
■ 山口さんは一方で、そこいらにあるものを適当に着て、それでいて似合ってしまうという男のことも書いている。こちらは吉行さんの着物姿である。
 どことなく、下にパジャマを着ているような風情だったのだろう。
 あてがわれたものを着て、それでいいじゃないかと考えるのは、またそう見えてしまうのは、先ほどの靴下を洗う男とは正反対にみえながら、裏と表の姿かもしれない。
 随筆の冒頭で「諸君」と呼びかけていたのは、俳優の殿山さんも同じである。
 殿山さんについては、昔緑坂でいくつか書いた。
 えと、どこにあったか、あとでね。

 
 

2006年03月21日

「緑色の坂の道」vol.3689

 
       あと千回の晩飯。
 
 
 
■ 山田風太郎さんの名随筆である。
 結構コクがあるので、時折数ページをめくるだけにしている。
 男の場合、後何回できるかというカウンターがついていることもあって、最後に赤い玉がポンと出る。
 ううむ、ここで使うのはもったいないぞ。
 と考え込んでいる先輩がおられた。
 その気持は、やや分かる。
 
 
 
■ 後一年だから、今のうちに上天丼を。
 と、毎日昼飯を掲載されている我が青春のニコマートの方もおられた。
 急がないで、その前にマクロ撮影のボタンを押してくださいよ、とか遠くから思っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3688

 
       夜の梅。
 
 
 
■ 急ぎ足で歩いていて、花が咲いているなと思うことがある。
 例えば交差点で停まっている車の右側である。
 洗車をしても、ガラスの端までは綺麗にならない。
 
 
 
■ あの色は梅だろうか。
 などと思いながら、先を急ぐ。
 毎年春は薄いとりこぼしをしていて、そういえば昨日シャツを買った。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3687

 
       センノーいまだ解けず。
 
 
 
■ 男は教義を信じるが、女は信じた自分を信じる。
 という台詞があるのだと聞いた。
 つまりはまあ、そういったことで、そうよわたしはそういう女。
 でも誠実に生きているんだからいいじゃない。昔のことに触れるなんて、あなた男らしくないわよ、ということなんだろうか。
 はあ、ゴモットモなことでゴンス。
 
 
 
■ こういう場合には何を言っても仕方がないので、古来、そこは流れで次にゆくことにしている。
 
 

2006年03月18日

「緑色の坂の道」vol.3686

 
       夜の海で。
 
 
 
■ また、短い旅に出ていた。
 重くてすこし密度がある。
 48時間ばかり続けて座っていると、こんどは尻のあたりが不調になる。
 途中いくつか仮想のバトルを眺めていた。
 すると実は相手が屈指の業師であることが分かってくる。騙されたり騙したり、他人を操作する術は一定部分で成功したが、それがあまりに性急なので、知らずに糸がほころんでくる。
 
 
 
■ 一体に、緻密な計算というものは、そのひとつの前提が崩れると後が続かないものである。旧日本軍の参謀には、そうしたタイプの男がいたと何処かで読んだことがある。
 筋書が狂うのはたいてい中心にいる女からで、今まで重要な役を果たしていたものが突然裏返る。
 彼女にとっては自然な流れなのだが、その自然さが理解できない。
 
 
 
■ 何時だったかの夜、私は車を流して東金にいった。
 海を眺めにである。
 時間が早かったので、浪打際の有料道路には係員がいて、小銭を払って窓をあけた。
 ふと思うのだが、例えば近くに住んでいて、そこに自転車で通い、窓口で帽子を被っている男達の昔はどうだったのだろう。
 
  

2006年03月10日

「緑色の坂の道」vol.3685

 
       花曇り。
 
 
 
■ 旅の後遺症なのか、身体の奥がだるい。
 眠れない日が続いたからかもしれない。
 ひとのために眠れないというのは、滅多にあることではなく、そういうことを口にすると、いかに勝手な今までだったかとも言われる。
 
 
 
■ 落ち着いて文章を書くことができなかった。
 コンビニで珍しくエロ本を買ってみたが、どうしてくれるんだこれは、というような方ばかりでトホーに暮れた。脇についているコピーも甘い。
 人生は膨大な無駄のあいだに、すこし意味あることが挟まっている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3684

 
       三月。
 
 
 
■ 夜の打ち合わせに外苑西通りを急いだ。
 青山墓地界隈を昇る。
 一台のSUVが、バックをして道をふさいでいた。
 女を降ろしているらしい。
 
 
 
■ 私はボッシュのクラクションを鳴らす。
 基本的に、クラクションを鳴らすことは下品であると認識している。
 SUVの彼は、隣に並んだ私を眺めている。
 私はサイドのウィンドゥを薄く明け、とろとろしてんじゃないよ、と唇の形で言った。
 彼らはヒルズ帰りなのだ。
 
 

2006年03月08日

「緑色の坂の道」vol.3683

 
       新月と二月尽。
 
 
 
■ 短い旅のようなものを続けていて、昨日戻ってきた。
 身体は泥でできたように重くなっている。
 ぎしぎしと背中も鳴る。
 途中約束していた会に出席できず、担当者にお詫びの電話を入れた。
 数日、使い物になりそうにないのだが、〆切はすぐ傍にあったりする。
 
 
 
■ 緑坂というのは私生活を書く日記ではないので、背後でどのようなことがあったとしても直接の形で記することはしない。
 例えばひとの生き死にとか病とか、いわゆる文士と呼ばれていた方々はかなりの頻度でテーマにしてきたが、それはこの国にとって家族というものが近代化への過程の中で大きな問題だったからでもあった。
 極めて狭い範囲での私小説が、公共性を持っていた時代もあったのだと思っている。
 今はどうかというと、ここで仔細に分析するまでもない。
 ここからあちこちに論が分かれるのだが、この辺りでやめておく。
 
 
 
■ いずれにしても季節は廻って、街角に花の姿を見るようになっている。
 花を眺めながら、思うこともあるのだが、そうした時に浮かんだ言葉が本当かどうかは時間が経たないと分からないところもある。