2006年02月25日

「緑色の坂の道」vol.3682

 
       暑苦しさについて。
 
 
 
■ ニュースを眺めていると、その典型の方が病院に隠れていた。
 坊ちゃん、おボッチャンを知る。
 という按配で、前に後ろに引いた長老がその肩を持っていた。
 何がわるいんすか。
 それは、顔の相かもしれない。
 オレがオレが。
 
 
 
■ 緑坂は品があるなしなので書いてみるが、つまりはゴムを三枚重ねてやっているみたいなもので、最後のところで野蛮ではないのだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3681

 
       さわやか馬鹿。
 
 
 
■ 高い腕時計をしている体育会系の不動産屋とあれこれしたことがある。
 君さ、ここはこうした方がいいんでないかい。
 はい、それはその通りで。
 ほれ、メモしないでいいのかい。
 国土交通省の基準に従うっていうけど、そのソースは具体的には何処なの。
 それはですね、国が定めた基準のひとつで。わかりません。
 
 
 
■ ヒルズ近くの、わりかし有名な不動産屋さんの受付には、アイドルになりそこねたという妙齢半ばくらいの方が二三人たむろしていた。
 彼女達は車と背広で客を値踏みした。
 うちの会社はプロダクションもあるんですよ。
 ナルホド、サヨデッカ。
 と、互いに缶コーヒーを裏手の駐車場で飲んだのが数年前だ。
 彼は新しい天地を求めると言って転職をした。
 北澤さん、辞める時には連絡をしろと約束したんで、今電話してます。
 と、彼の携帯からあったのが数ヶ月前だった。
 落ち着いたら飲みにゆこうぜ、と言うと、営業だった彼はありがとうございますと言ってそのまま姿を消した。
 爽やかにはなりきれなかったが、バブルの頃の20代よりは心に残る。
 その時計でさ、スーツ3着買えるよな。
 と、ずっと思っていたが口にしなかった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3680

 
       上天丼もテイネンまでか。
 
 
 
■ 相当にお世話になった、また今もなりつつある大先輩がそのように書かれていた。
 ブログを始められたらしい。
 控えめに、とりあえずのパスワードなどをかけておられる。
 でもさあ、それって、江戸っ子なら分かる奴っすよね。
 
 
 
■ 遠くから時々眺めては、日本橋の寿司屋や神田の蕎麦屋を思い出している。
 夜でもサングラスをかけているような仕方のない者を(緑坂)、色々ご配慮いただいて、誠に遺憾に存じます。用語が違うなと。
 何が言いたいかというと、男の世界というのは出たガッコや出身は違っていても、脈々と流れているものがあって、別にいいんだ浪花節。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3679

 
       そういうわたしを許してね。
 
 
 
■ と、置手紙があった。
 次の男にいったのだという。
 なかなかそれは正しいのだけれども、洗濯物は畳んでもいいんじゃないかという気がした。
 だって、それどころじゃないんだもん。
 まあなあ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3678

 
       紋切り型について。
 
 
 
■ 緑坂は、歯切れがいいとか悪いとか、時々言われることがある。
 確かにそういう部分もなきにしもあらず。
 ではあるけれども、考えていただきたい。
 男が40を過ぎて、白なのか黒なのかはっきりと明言できることがどれだけあるだろうか。
 35くらいからそのように傾いていたような覚えもある。
 
 
 
■ 反権威であるとか夢はあきらめないとか。
 あるいは民主主義とかを簡単に口にする男も女も、実際のところはそう信用できるものでないということが知らず知らずに分かってくる。
 あるいは六月の花嫁が幸せになるという言説にも似ているのだ。
 
 

2006年02月23日

「緑色の坂の道」vol.3677

 
       ヒアシンス。
 
 
 
 
■ サブというか仕事机の傍にあるPCのスピーカーを、どうにかできないものかと考えていた。
 動画の仕事もあるので、WSにはいわゆるモニタースピーカーを付けている。スタジオで使われるものの、比較的手軽なものだろうか。
 原音に忠実なのは良いが、長く聴き続けると疲れてしまう。
 寝起きの妙齢の素顔のようなもので、私は眼鏡をかけていないから耐えられているのだろうが、ええと、そういう話ではなかった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3676

 
       浅い夢。
 
 
 
 
■ タクシーから足首が降りる。
 そっと立ってゆく訳だが、私は長いこと後ろで待たされていた。
 停まってから財布を捜すのは女の常だ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3675

 
       サルにもワかる緑坂。
 
 
 
 
■ これってあたしのことっ、とかきいてくる妙齢がいた。
 すこし嫉妬もしたアルヨ。
 まあなあ。
 と、棒読みで返事をしていた。
 
 
 
■ 一体に、緑坂の意味が分からないという問い合わせが時折ある。
 これはどうしたことだろう、と読んでしまうのよねえ、とか言いやがる。
 つまり、男は皆マザコンであるけれども、その反対もしかりということで、鞍馬天狗のおいちゃんの役柄をするには寝癖があった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3674

 
       月に風花。
 
 
 
 
■ 月が黄色にみえる。
 彼は左をむいている。
 私はといえば、昼間の厄介をひとつ終え、ゆるく続いてゆくのだなと何時もあたり。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3673

 
       風花。
 
 
 
 
■ 午後、海の傍で、アスファルトを眺めていた。
 空は晴れているのだが、雪だと気づくにしばらくかかる。
 すこし海鳴り。
 
 

2006年02月16日

「緑色の坂の道」vol.3672

 
       ゆるく老いる。
 
 
 
 
■ 雨が降っているな、とおもうことがある。
 今日の月はすこし綺麗だ。
 その下の君も。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3671

 
       朝比奈峠で。
 
 
 
 
■ 後ろから新しいホンダに煽られた。
 背のやや低いミニバンのひとつである。色は白。
 私はセカンドに落とし、ハンドルを抱え込むようにした。
 豚のようなセダンだが、ミニバンには負けられない。
 
 
 
■ 血が騒ぐというような歳でもないが、こんな時、ウッドのナルディに戻しておけば良かったかなと考える。
 すると保険料が変わることを思い出したりした。
 下り坂でもタイアは泣かない。トラクション・コントロールもONにしたままだ。
 道幅は尻を振るには狭すぎて、たったバトルの六割くらい、つまらないプライドと暫く遊んだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3670

 
       二月の海辺で。
 
 
 
 
■ 長い時間、車を運転した。
 時々高速だったが、神奈川の細い道を、左手に広い野原のようなものを見ながら走った。
 海へ出る。
 すると砂紋があって、昨日満月だった月が高いところにあった。
 なんてことはない、海岸沿いの不良たち。
 
 

2006年02月14日

「緑色の坂の道」vol.3639

 
       ロッキード、オウム、ライブドア。
 
 
 
 
■ こう並べてゆくと、何処と何処が似ていて、またその構造が違っているのかが薄く分かったような気になってゆく。
 例えば「無罪推定」という論を張った人たちがオウム・地下鉄サリン事件の時にもいたが、そのことごとくは論破されていた。
 今ネットでその記録の一部は読むことができる。
 確かロッキード事件の際も同じだった。阿諛する。
 先日私は「夜と女と毛沢東」(吉本隆明:辺見庸:文春文庫)という本を、壊れかけたソファの上でめくっていたのだが、なんだかとても困った印象が残ったことを覚えている。飲む酒がなくなって、安いフランス製のグラスにラムを入れて嘗めていた。
 
 
 
■ ライブドア的な心性というのが、私は世の中に蔓延していると思っている。
 それは、例えばゲームの裏技を知っているともてはやされる小学生の世界にも似ていて、何処かに現実味がない。
 カルト経済の一変形だということもできるが、背後にはグローバリズムという時には大きな暴力を伴う世界の構造があって、ゆきつもどりつしながら歴史は動いているように思える。
 
 

2006年02月13日

「緑色の坂の道」vol.3636

 
       実務について 3.
 
 
 
 
■ 文章は、PCの上ではエディタで書く訳だが、つまりそれは横書きの原稿用紙にも似ていて、例えばキーボードはかつての万年筆に変わるものかも知れない。
 自分だけの原稿用紙を作るモノカキがいたが、今はそれぞれエディタであったり日本語変換ソフト、更にはマウスなどを含めた入力装置にこだわりを見せたりもする。
 
 
 
■ なんにせよ、48手の半分でもこなしてみないと、基本の良さというものが分かりづらい。
 私はここ10年近く、数字を入力するところが右端についていないキーボードを使っている。
 それは机の廻りにあれこれと資料を置くことが多いからだと気がついた。
 横を見ると、桜材の机が別にあって、そこにも余白がない。
 灰皿と煙草。吸いかけの葉巻とライターが四つ。記録メディアが積んであって、ウィスキーの瓶の横には、濡れたおしぼりというか、とあるホテルから盗んできたタオルが置いてある。
 掃除をするつもりでいるらしい。
 埋もれたところに、マウスとキーボードがあって、今これを書くのに使っている訳ではない液晶のディスプレイのひとつは、どういう訳か絨毯の上で空を見上げていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3635

 
       実務について 2.
 
 
 
 
■ 例えばとある電化製品のマニュアルを書いているとする。
 私は元々がコピーライターなので、そういった仕事はうんざりする程並べていて、いかにして個性をなくして入り込むかというのが勝負であった。
 ただ問題は、日本語の読解力をどの程度に見積もるべきかということで、想定しているユーザと、実際とが異なっていることが度々あった。
 
 
 
■「厄介」と「按配」
 そして、「ま、そこは流れで」
 というのが、緑坂を貫くテーマのひとつであろうか。
 基本的な姿勢は、1993年以降変わっていないつもりである。
 例えばライブドア事件に関しても、読む人が読めば分かるだろうが、検索エンジンにはひっかからないような書き方をしていた。
 省いたものが随分とあって、それをいちいち説明してゆくのは野暮であったりもする。 
 

「緑色の坂の道」vol.3634

 
       実務について。
 
 
 
 
■ 緑坂ばかりを読んでいると、いけない大人になるのだと10数年前に言われた。
「人生ブラザーズ」とかいう言い方もあって、これは当時学生だった甘木君のことであるという。
 彼は日本で一番長いという商店街の傍に住んでいたが、電子的に会話している最中に不意に腹が減り、自転車で近くにあるファミレスに出かけるのが常だった。
 三回に二回は職質にあう。
 誰もが問い正したい、深夜の後姿であろうか。
 
 
 
■ 青春とは愚かなものであるが、30を過ぎ、40の声を聞いても基本になるところは変わらない。
 変わるのは外側だけであって、例えば商業文の書き方が旨くなる。
 ハアハアナルホド、サヨデッカ。
 など、相槌が打てるようにもなってゆく。
 直球を投げる程若くもないし、この試合だけに全力を使い果たす訳にはゆかない。
 いわゆる夜の厄介でのペース配分にも似たような社会生活を営むことになってゆく。
 手抜きという声もあるが、人生は楽ありゃ苦もあるんではなかろうか。
 
 

2006年02月11日

「緑色の坂の道」vol.3633

 
       使いすぎた時に出るシルシ。
 
 
 
 
■ 風が吹いてもぴくりともしない。
 というのが正しい大人のあり方であると、英国の作家が書いていた。
 そういうものを見せられても困るんだよな、という按配であろうか。
 10何年かぶりに数人目を御懐妊であるという権田原方面の方がいて、祝砲を撃つべきだと思うのだが、だとすれば九段の坂からであるに違いない。
 やることやってんだなあ、と、暫く遠い目をしていた男たちが新橋界隈に7人いたという話が流れてきたが、街宣の車の音でかきけされていた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3632

 
       使いすぎた時に出る印。
 
 
 
 
■ 赤い玉。
 
 というのは男の場合である。
 そこには何かが書いてあるという説があって、それは何だということが話題になった。 膨らませないと読めない。ともいう。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3631

 
       ロウレベル・フォーマット。
 
 
 
 
■ だって幸せになりたいんだもん。
 と、書いてきた妙齢が何人かいた。
 一人は専業主婦が夢であり、だってうちのお母さんもそうだったじゃない、と言った。 やや年カサを微かな姐さんは、あれとこれの資格をとってすこし郊外で。
 さっさと子供を作るのよ、と書いていた。
 
 
 
■ そんな男はどこにいるの。
 私は一方のPCを立ち上げ、筐体からコードを伸ばし、フロッピーからHDDを平らにしている。
 気立てのよしあし。
 そう酒を飲むな。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3630

 
       夜の庭。
 
 
 
 
■ 50度あるというウィスキィを嘗めた。
 そう旨いものでもない。
 私は事務所の拭き掃除をして、窓をあけていた。
 黒い茂みに誰かがいるような気がして、池に月の光がある。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3629

 
       すれすれ銀座。
 
 
 
 
■ 夕方は同伴で一杯で、あるいは独りだけでタクシーから降りてゆこうとする。
 女の特徴は、停まってから財布を捜すことであり、後ろにいると厄介である。
 仕方ないな、と思いながら、一分ばかりは待つことになる。
 ところがそこで、ドアを開けながら携帯を耳にあてている妙齢というかなんというかがいて、私は短くクラクションを鳴らした。
 睨まれてもいいんだもんね。
 
 

2006年02月09日

「緑色の坂の道」vol.3628

 
       ファイル レコード セグメント。
 
 
 
 
■ 11425 を削除します。
 
 というメッセージが黒い画面に並んだ。
 半分は詩ではないかという気がしている。
 
 

2006年02月08日

「緑色の坂の道」vol.3627

 
       冬烏。
 
 
 
 
■ 明け方近くまで、システムの再構築をしている。
 マニアしか知らないソフトを数種類使い、どうにか回復しようと試みていた。
 実際は、一から構築しなおした方が圧倒的に速いのであるが、もう駄目だろうと思えるところまでじたばたとする。
 私が中年だからという訳ではなく、リセットするのは最後でいいだろうという気分が何処かに残る。
 ある種の恋と同じで、最後まで付き合わなければ分からないものというのはあるのだと思っている。
 いいかげんにした方がいいんだよな。
 
 
 
■ 庭に見える銀杏の樹が、クリスマスのケーキのような粉を葺いていた。
 雪である。
 綺麗かといえばそうなのだろう。
 時折、冬烏が鳴く。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3626

 
       彼のする恋。
 
 
 
 
■ 夕方のカフェに入った。
 隣の席に若い男がいて、経済新聞を読んでいる。
 足を組み煙草を吸い、新聞は三誌ほど折りたたまれていた。
 200円のコーヒーで、それら全てを網羅するらしい。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3625

 
       男影。
 
 
 
■ が指している、という言い方が少し前にあったという。
 今は使われない。
 それより、何か色が混ざったかのような印象が残ってゆく。
 恋のかたちと、その清算が、自分のためだけだったからだろうが。
 わからないひとには縁のないことだった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3624

 
       彼女の足音。
 
 
 
 
■ だが、そんなロマンチックなものじゃない。
 空気の湿った夜、踵の辺りから近づいてくる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3623

 
       海に降る雪。
 
 
 
 
■ 一日、無精髭を生やしながら仕事をしていた。
 終わらないのである。
 しかも、メインのWSのブートがおかしく、クローンを取っていた別のHDDが認識しないでいる。意味ないじゃないか。
 ま、人生とはそんなものだと、一方で修復をかけながら4台ばかりを立ち上げていた。
 もうじき新聞がくる。
 
 
 
■ 東京は雪になるかという予報だった。
 空気が湿っていたので、確かに降ったことは降ったかのようだ。
 セントラルのダイヤルはバイメタルで、湿度によって設定温度が変わる。
 それもいいかなと、緩い方向に流れていた。
 
 

2006年02月06日

「緑色の坂の道」vol.3622

 
       ひとり、ふたり、夜の凪。
 
 
 
 
■ というコピーの「列島いにしえ探訪」の作品があった。
 最近、小林旭のCDを車の中に入れっぱなしにしていて、一月にはよく聴いた。
 名もない港に 桃の花が咲けど という出だしの奴である。
 男、夢敗れて北へ流れる。
 というのは旭の歌のひとつのモチーフであるが、これが四国であったり大阪でないところに、独特の綾のようなものがある。
 ふりむくと雲があったり、そこで故郷を思い出したり、好きなのだけれども君のためにさよならを言ったりする。
 ワルサーをポケットに、甲高い声でわおーん、と吠えているような曲もある。
 
 
 
■ 昭和30年代の半ば、都会は大卒のサラリーマンと集団就職で上京してきた多くの若者で構成されていた。
 時は高度成長の入り口、農村は解体されつつあった。
 ここには圧倒的な格差というか立場の違いのようなものがあり、例えば中産階級の家には大抵「勝手口」というのがあって、そこでお手伝いさんと御用聞きがふたことみこと言葉を交わしていた。そこから恋に落ちたという話もある。
 昭和天皇の弟だった高松宮邸の近くには、比較的古いマンションがあって何時だったかその間取りを見せてもらった時、入り口傍に四畳半程の部屋があり、そこに古い形式のインターホンが付属していたことを覚えている。
 尋ねると、そこは昔でいう女中部屋、お手伝いさんの住むところだったのだという。
 いわゆる住み込みであろうか。
 そういえば書生という言葉も使われない。
 
 
 
■ 是非はともかく、僅かの間に世間というのは変わる。
 何、アメリカだとて1950年代にはまだ公民権運動の手前であり、「夜の大捜査線」のシドニー・ポアチエが南部で苦労するに違和感はなかった。
 ラストでの列車の俯瞰。レイ・チャールズが歌うテーマ曲には感動した覚えがある。
 そこで何が言いたいかというと、ま、小林旭の曲を聴きながら、千葉の先あたりの名もない港で漠然としてくるのもいいのかな、という按配である。
 これが伊豆だとまた違うものになる。
 
 

2006年02月03日

「緑色の坂の道」vol.3621

 
       浅い夢 4.
 
 
 
 
■ 男の人生というのは、半ば夢から醒めることで始まるようなところがある。
 なるほど、そんなものか。
 と、分かったような思い上がった気分になる。
 ところが物語には先があって、そこからをどうしのぐか。
 ペルノーの水割りと辛いシガー。
 適当に喋るソムリエ。すぐに消えるマッチ。
 ドウシタラヨカローと06年。

 
 

「緑色の坂の道」vol.3620

 
       浅い夢 3.
 
 
 
 
■ だって100人も採るのよ、使い捨てよ。
 と、言った若い女がいた。
 では君はどうなんだ、と尋ねようとしたが、それは酷というものだろう。
 
 
 
■ ひとつのことを長い時間かけて、などということが、なかなか許されない時代になって久しい。という考え方もある。
 対人関係にそれは波及し、相手も変わってゆくのだが、次第に澱のようなものが溜まり、口元が濁っていたりする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3619

 
       浅い夢 2.
 
 
 
 
■ 中間層が痩せてゆく、という時代になって久しい。
 例えばヒルズ界隈で働く妙齢や三十代、あるいはその上の世代は、ほとんど全て中途採用である。どういった雇用形態なのか、ほぼ年間契約に近いものだが、そのうちの八割は何時の間にか社に出てこなくなってしまうという。
 携帯電話を変える、というのはこうした時で、今までの人間関係をリセットしようと試みる。
 
 
 
■ あるとき、そうした彼らと酒を嘗めることがあった。
 話すことは内輪のことだけで、SNSやその他が不可欠のツールである。
「いじられキャラ」などと口にする。
 アクセスの稼げるカリスマをどうやって捜してくるか、などと半ば本気で言うところもあって、なるほどその文法の中にいるのかと納得をした。
 広告の世界、特に制作の現場では、ある日突然いなくなるということは半ば日常的なことである。修行して一人前になる、などという徒弟制度の伝統があるからかも知れない。職人の世界ではそれもまた理解できることだろう。
 ITの世界もそれに近い。
 が、根本的に違うのは、そこで修行をするというような発想がないことで、簡単に言えば使い捨てであることを本人も廻りも薄く自覚している。
 それが若者だけではなく、三十代にも及んでいるのが今という時ではなかろうか。
 そして、例えば名の通ったメーカーやその他でも、基本的にそういった流れは通低してる。大体、持株会社になって以来、帰るところがない。
 
 
 
■ その中で何をすべきかというと、次第にスタンド・プレーが目立つようになる。
 例えばブログを積極的に書いているひとの何割かは、個人の広告塔の役を果たしており、それはそれで問題はない筈なのだが、眺めていると次第に論がオクターブ高くなってゆくのが分かる。
 ほとんど調べもせず、短期的な時間の中だけで何かを言おうとすれば、畢竟分かりやすい二極論にならざるを得ず、それは一定の支持を受ける。
 ブログから本になる、あるいは何処かのサイトに記事を書く。
 これらは、ほぼ人脈でなされるものだが、勉強会やセミナーという名の下で煩雑な名刺交換が繰り返されてゆく。その名刺は一年ほどが有効期間である。来年、彼も彼女もそこにいるかどうかが分からない。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3618

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■パーソナルアドカード 「甘く苦い島 - Insula Dulcamara 」

「緑色の坂の道」vol.3617

 
       ややや、のはなし 2.
 
 
 
■「ややや」というのは、相撲の休場の印である。
 吉行さんに「やややの話」という名随筆があって、やる気があるのかないのかの虚実をやや投げやりにしかも緻密に、日常の中で作品化していた。
 
 
 
■ 年がら年中あれこれするというのも、どうも品のない話で、車なんて少しくらい汚れていた方がいいんだという説に私は組するものである。
 精一杯がんばってしまうと後が続かないものだが、この辺りのメリハリは何度か恥ずかしい思いをして習得するようなところがあって、つまりはまあ、よく使い込まれた道具の世界であろうか。
 なんのことやら。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3616

 
       ややや、のはなし。
 
 
 
■ もしかして緑坂氏は、フランク永井さんの曲を聴いているのではないだろうか。
 と考えた読者は慧眼である。
 暫く雨だったので、ついそのようにしていた。
 
 
 
■ 雨の中を、所要あって浦安方面へ急ぐ。
 港が見える辺りで、一度上昇しそれから右にそれる。
 そのまま直進すれば横浜で、横羽というのは私の世代にとってはある種深夜のテストコースでもあった。
 そちらにゆかず、橋を渡って千葉界隈へ急ぐ。
 急いだからといってどうということもないのだが。
 
 
 
■ 一歩二歩、突っ込んだ場合、暫く様子を眺めるようにしている。
 動かない時は動かないものだし、ここで張っても掛け金がどうなるという計算も腹の下あたりから流れてくる。
 例えばこの1月16、17日あたりからネットの世界では風が変わっているが、そう感じられる人間がどれくらいいるかというといささか心もとない。
 始めて手にした武器が何時までも有効であって欲しいと願っているかのようだ。
 
 

「緑色の坂の道」vol.3615

 
       二月の宵闇 2.
 
 
 
■ となると、首にマフラーを今流行の結び方で巻いていることが億劫にみえる。
 そこまでして、ひとつの方向に走らなくてもいいではないかという気になる。
 銀座の交詢社ビルにあるショップでは、宝石が五割引と書いてあって、それだと有り難味も薄れるだろうなと階段を昇った。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3614

 
       二月の宵闇。
 
 
 
■ 春めく。
 それは風からなのだが、私は歯が痛く、薬を貰うとそのまま眠りたかった。