2005年07月31日

「緑色の坂の道」vol.3209

 
       日ごろのオコナイ。
 
 
 
 
■ と、冷ややかに言われることが何度もある。
 こちらが女性関係などでムゴーイ目にあっている時だが、誰も同情してくれない。
 のみならず、因果応報だわよ、見る目がないのよ、バチよ、ザマミロなど、矢継ぎばやに鋭い言葉が続き、店の払いはこちらということがまま、ある。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.26

 
 
 
 
■ 聞き覚えのある声と言葉だ。上海語である。
「よお、どうしたんだ。こんな時間に」
「今ね、オオサカのホテルにいるの。コウベの知り合いはみつからなかった」
 江菫の声だ。そんなことだろう、と私は思った。
 もともと、神戸・三宮界隈の南京街には、中国人をはじめとする外国人が沢山住みついていた。裏通りは「ドロボー横町」などの名称がつき、怪しげな日本語を話す外国人が夜になると露店を開いていた。南京街は神戸のカスバと呼ばれ、小高い丘の上に立つと、波止場に停泊する香港からの貨物船が何時もみえていたのだという。
 経済成長とともに地下街ができ、「タウン」などと呼ばれる。波止場はポートピアと名前を変えた。路地が消え、街全体からいかがわしい部分が急速に消え失せる。その事情はどの港町も同じだ。
 
 いかがわしさのない国際都市なんてのは、パンツを二枚履いた若い女のようだ。清潔そうにみえるが奧が臭い。
「明後日ね、トウキョウにゆくわ。よかったら電話してもいいかしら」
「君のビザは短期か」
「え、そう」
 留守番電話に吹き込む方法を教え、私は電話を切った。
 江菫がくるのか。困りもしないが、それで良いという訳でもない。
 江菫は来日の目的をはっきり言わなかった。おそらく、短期滞在ビザで働くつもりでいるのだろう。
 短期ビザは、最長百八十日までの滞在を許可している。現在の日本には、常時二万五千人余の英国領香港籍を含む中国系の人々が短期滞在していると言われる。その全てが観光であるとも思えないが、この数字を多いとみるかは微妙なところだ。
 働くつもりなら吉川に聞いてみるか。
 考えが流れ始め、私は奥山がベットの上で渡したメモのことを思い出した。メモにある番号は、おそらく女だろうと思った。
 ようやく立ち上がった画面を消し、もう一台の電源も落とすと、私は事務所を出ることにした。明日、連絡をしてみるつもりになっている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.25

 
 
 
 
■ 午前二時を廻った。
 私はハード・ディスクにMOからデーターを移していた。
 その夜、私はとある容器メーカーのコピーを考えていた。プラスチック容器専門の会社である。その会社は、一リットルのペットボトルから、ポンプ式の様々な容器まで、およそ生活に関与するプラスチック製の容器ならそのほとんどを製造していた。上海にゆく前から、何か適当なものがあったら社内用のポスターに幾つかを考えてみてくれ、と担当者に言われていたのだ。
 素案の文面を幾つもベタ打ちし、手持ちの写真と組み合わせてイメージを作る。片一方の機械は懸命にデーターを移している。光磁気ディスクの回転音はかなり耳に触るものだ。
 
 私は上海の東方明珠広播電視塔の夜景を使うことにした。
 電視塔は高さ四百六十数メートル、二十一世紀にむけ中国開放政策の拠点となる浦東新区総合開発地域のシンボルである。
 旧租界地帯に並ぶ一九二○年代の建築物に照明があたっている。向こうに電視塔がみえている。当時の短い狂乱と今の時代とが奇妙にシンクロしているようにも思われる。
 通りには沢山の人が歩いていたが、写真には映らない。シャッターを開放して撮ってみたのだ。ピントも甘くあまり出来が良いものとは言えないが、どこか泥臭い近未来の都市の風景がそこにはあるように私には思えた。
 写真を加工するソフトで、画面の一番手前に一本のペットボトルを置いてみる。透明なボトルで、三分の二程水が入っている。これは昔スタジオで撮ったものだ。ボトルの中で水が僅かに波打っている。
 重ねてみると、光の具合が背後の写真と異なっていた。ボトルだけが浮いてしまっている。ボトルだけのデーターを取り出し、触っていたら機械が突然ハングした。メモリが不足したようだ。仕方なくリセットする。フォントを登録しすぎたのか、立ち上がるのに時間がかかる。
 私は煙草を吸うことにした。今日二箱目を開けた。
 実撮影しなければ無理なのかも知れない。どの場所で撮るべきか、私はぼんやりと記憶を辿った。
 電話が鳴る。ファクスかと思うと、そうではなかった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.24

 
       十 梅雨寒
 
 
 
 
■ 薄い風邪が躯に入り込み、なかなか抜けなかった。
 翌々日、私はのろのろと自分の部屋を片づけ、下北沢の晃子のマンションに車をとりにいくことにした。あの夜、晃子は私だけを降ろし、吉川とともに坂を降りていったのだ。
 ぽつぽつ雨の降る午後、学生ばかりが歩く街を抜け、私は駐車場に歩いた。近頃、空き地に時間制の駐車場ができている。車は晃子のマンションから五十メートル程離れたところにあった。
 私は傘を持たなかった。頭がすこし濡れた。
 フェンダーの裏に、磁石で張り付いたキー・ボックスがある筈だ。晃子にそこに鍵を入れておくよう言った覚えがある。
 捜したが、四隅にはない。右手が泥で真っ黒になった。
 
 これだから女ってのは、と煙草を取り出し呆れることにした。
 一本を吸っていると雨が本格的になった。躯をかがめ、真剣に捜すことにした。リアのバンパーの下、マフラーが出ている鉄板の折り返しにキー・ボックスはあった。なんのつもりか、と一人で腹を立てていると、ボディと磁石の間に紙が挟んである。
「バチよ」
 と、女文字で書いてあった。
 なんのバチなのか心あたりはない。
 しかし、そう言われるとそうなのかという気分も浮かんでくる。ファンを廻し、車の中で頭を乾かした。また風邪をひくんだ。
 私は世田谷の細い道を、代々木上原の坂道にむかってのろのろ進んだ。
 表参道の終点で信号を待っていると、通りに向かい並んでお茶を飲ませる店がある。若者やそうでもない者が脚を組み、信号待ちをしている車の列を眺めている。彼らは楽しいのだろうか、よくわからない。
 私は自分の事務所に寄ることにした。同じ港区でも山手線の外側は雰囲気が全く異なる。事務所のあるマンションは古いアパートを取り壊して建てられたもので、ほとんどがワンルームである。築二年と聞いているが三分の一程が空いたままだった。
 裏手の駐車場にサンクを駐め、私は事務所に入った。溜まった郵便を整理して過ごすことにした。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3208

 
       ドブ板あたり。
 
 
 
 
■「夜の魚 外灘」を続けて掲載している。
 この辺りにきて思い出したのだが、当時私は半ば楽しみながら本作を書いていた。
 出てくる小道具がそのようである。
 ルノーの5(サンク)などは、今ほとんど見ることができないが、この当時であっても数十万程で買えただろう。バカラという内装がすこし上品なものもあった。
 主人公が乗る車に、あまり高級なものは出てこない。
 作者の生活レベルがその辺りだったからである。
 
 
 
■ 先ほど、有楽町に向かうため、交差点で待っていると、シトロエンのDSが天現寺方面からのったりと曲がってきた。
 グレーであるから、前に銀座界隈でみかけたそれかも知れない。
 下腹の辺りが、雨の跳ねた泥で汚れ、まあこんなものだよなというヤレ具合であった。 持ち主が自宅でモノクロの裕次郎を見ているような奴だったら、出来すぎである。
 そういえば、「北北西」のエバ・マリー・セイントは綺麗だった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.23

 
 
 
 
■ 奥山が狙撃されたのは一ヶ月ほど前のことだった。
 臨海副都心に乱立する高層ビルの工事現場で、中国ルートの覚醒剤が取引されているという情報をつかんだ。夜になると外資埠頭から小型の船が入り、外国人の乗った車が閉鎖された現場に入ってゆくのをみた者がいるという。奥山は晃子に連絡をした。なにか接触のようなものはないか、ということである。
 
「なんだか奇妙な気分がしたことを覚えているわ」
「出来過ぎているということだな、今時そういった目立つやり方で粉を入れる奴はいない」
 吉川が補足した。
 奥山は埠頭に張り込んだが、結局小型の船らしきものは入ってこなかった。朝になり、二十五歳の相棒を車において奥山が小便に立った。相棒がエンジンをかけようとすると爆発が起こった。
「駆け寄った奥山が背後から撃たれたんだ」
 張り込んでいた車はずっと見張られていたらしい。狙撃地点は七十メートル程離れたところにある四階建て倉庫の二階からだった。吸い殻とハンバーガーの包み紙が残っていたという。
「麻取も舐められたものさ、わざわざそんなものを残してゆく。だいたい、車に爆薬を仕掛けられても気付かなかったんだからな」
 
「罠か」
 私は吸っていた煙草を灰皿に捻った。
「罠だ」
 
 吉川が繰り返す。これは復讐だろう。誰の、と言えば北沢に決まっている。私は奥山の震える右手を思い出していた。
「手術はかなり難しかった。右肺が完全に潰れていたんだからな。これくらいの穴が開いていたんだとよ」
 吉川は右手の拳を握ってみせる。指は太い。
 私は胸のポケットに仕舞ったメモのことを思った。奥山が渡した奴だ。
 私は三杯、吉川は五杯、ギムレットばかりを飲んだ。奥山が好きなのかどうかは知らない。晃子はジン・リッキーを半分だけ口にし、氷の溶けるままにしている。
 店を出るとき足下がよろけた。吉川は入り口のドアにぶつかった。
 
 古いルノー・サンクで横須賀横浜道路を上る。横浜新道から第三京浜に入ろうとする。時計をみると午前一時を廻っている。夜の雲がいくつにも流れ、その後ろから細い月が時折みえては隠れた。
 私は何も考えなかった。
 晃子は黙ってハンドルを触っている。すこし窓を開け、ラジオをつけた。アルト・サックスの音がする。
 細くて明るい。ソニー・クリスだろう。「サニー」と私は口の中で言ってみた。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.22

 
 
 
 
■ 事件の後、暫くのあいだ奥山は晃子の身辺を護衛していた。
 携帯電話を一台持たせ、その短縮番号が奥山直通になっていたという。
「勿論、捜査の必要からそうしていたのよ。北沢やその仲間から、接触があるかも知れないじゃない」
 それはそうだ。しかし晃子は肝心なことを省いている。
「それだけじゃないだろう」
 私は尋ねてみた。
 
 晃子が黙る。私は吉川の顔をみた。持ち上げた彼のグラスが暫く止まった。吉川は残った酒を頭を後ろに傾け、一度に飲んだ。
「苦い酒だな」
 吉川が口にする。彼はもう一杯をバーテンに頼んだ。
「まあ、気持ちの面ではね、それ以上じゃないわ」
 晃子がぽつりと言う。なるほど、と思った。 晃子は奥山に好意を持ったのだ。
 吉川は三杯目を飲んでいる。私も続けて貰うことにした。
「奥山とは十年来のつきあいだ。大学の後輩にあたる。だが、奴は途中でやめ、別の大学の薬学部に入り直した。なんで麻取になったのか、そう言えば聞いたこともなかったな」 吉川が話し始めた。
 
 
 

2005年07月30日

「夜の魚 外灘」 vol.21

 
 
 
 
■ 晃子は高速神奈川三号狩場線に入った。
 道は比較的空いていて、晃子は時折百二十程を出した。三人乗っているとこの辺りが限界なのだろう。
 ミシュランの細いタイヤはコーナーの度に捻れ、路面からのノイズを遠慮なく室内にまき散らした。路面のワダチを越えると、メーターのあたりからミシミシと軋む音がする。ストロークの長いサスペンションは、二度ほど揺れて車体を収める。フランス車の乗り心地はなんだか不思議なものだ。頼りないくせに芯がある。
 
 晃子は横須賀の方角に曲がった。通称ドブ板通りの路地にサンクを駐め、〈北北西〉と書かれたネオンの店に入ろうとする。
「汚ねえ店だな」
 吉川がひとことを挟む。
「あら、いやなら帰ってもいいのよ」
 私たちはドアの中に入った。ほの暗い店の中にはカウンターとスツールだけがあって、酒の瓶が背後の棚に幾列も並んでいる。
 カウンターの真ん中に私たちは座った。
 ひび割れた壁に、額に入ったケーリー・グラントの写真があった。彼は真剣に走っている。その隣にはモノクロの裕次郎が酒場のカウンターの中にいる写真があった。痩せていて若い。
「俺は待ってるぜ、だな」
 吉川が説明する。飾ってある写真はそれだけだった。
「わたしはジン・リッキー。ふたりは、そうねギムレットでも貰おうかしら」
 晃子が蝶ネクタイをしたバーテンに注文する。
 煙草を一本吸っていると、グラスが目の前に置かれる。コースターに書かれた文字を読むと、〈YOKOHAMA〉とある。もともと馬車道に店があったらしい。グラスに口をつけた。甘くもない。
 私は晃子に尋ねることにした。
「随分くわしいじゃないか。何があったんだ」
「ええ」
 晃子は話し始める。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.20

 
       九 サニー
 
 
 
 
■ 歩道で煙草を一本吸った。
 水銀灯の下で奥山の渡したメモを眺めた。電話番号が書いてある。ここに掛けろということか。私はメモをたたみ、胸のポケットに仕舞った。
 晃子と吉川がビルから出てくる。
「ハメただろ」
 私は晃子に言った。
「ま、そういうこと」
「説明してくれんだろうな」
 晃子はすこし笑う。サンクの鍵をじゃらつかせる。
「ドライブでもしましょうか、これで」
 指さしてドアを開け、エンジンをかける。吉川が後ろに乗り込み、私も晃子の脇に座った。シートをもっと前に出せと吉川がうるさい。
「でぶなのよ」
 晃子が言う。
「これでも三キロ痩せたんだ」
 吉川は言い訳をしている。
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.19

 
 
 
 
■ 昨年の事件の後、私は水上警察の四階にある取り調べ室で、数十人の写真をみせられていた。この中に北沢がいるかどうか、特定することが目的である。終いには端末のある部屋に招かれ、本庁のコンピューターから送られてくる画像データーを確認することになった。画面の下半分に氏名や所属、前科の有無などが記載されていて、担当官は「失礼」と言ってからその部分を紙で隠し、セロテープでとめ、私にはみえないようにしていた。
 まる一日付き合ったが北沢の顔は残っていない。
「公安は持ってないらしいな」
 そんなことを担当官が話していたことを覚えている。
 私は電話の男に言った。
「北沢が絡んでいる訳ですね」
「そう、奴は今上海にいるという情報が入っている。あなたもこの頃むこうに渡っているらしいし、葉子さんもそうですね」
「葉子のことも調べたのですか」
「北沢は彼女に接近をはかるだろう」
 私は、この男はさすがにプロだと思った。ひとの気持の微妙な部分を巧くついてくる。それも、こちらが自発的に動くように仕向ける。
「私はただの広告屋にすぎない」
 私は反論をしてみた。電話口で男が薄く笑う気配がする。暫くの間があり、初老の男は言う。
 
「しかし、あなたは横浜港に飛び込んだではないですか」
「警察に協力をしたつもりはないんだ」
「まあ、後日再度連絡をします。ぜひ協力をして戴きたい。では」
 二秒たって電話は切れた。指先でフックを押したのだろう、音がしなかった。
 私は正面にある端末の画面をみつめた。どう考えるべきか、すこし時間が必要なのかも知れない。キー・ボードのエンターキーを押し、プロンプトをひとつ増やす。ドアを開け、奥山のいる部屋に戻った。
 晃子と吉川が私をみる。私は奥山のベットの傍に寄った。彼の左手を握る。
「頼みます」
 奥山が言う。右手で、私に一枚のメモを渡そうとする。
 私は胸の中に奇妙な感情が沸いてくるのがわかった。メモを受け取る。
「生きていてよかった。今度酒を飲もう」
 そう言って彼の傍を離れた。入り口の方に歩き、ドアを開け外に出た。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3207

 
       縄。
 
 
 
 
■ で、女を縛ったことのある読者は、相当数いるものだろうと思われる。
 しかし、綿密にやるひとは少ないような気もする。
 
 
 
■ 東京は運河というか水路がいくつもあって、車で走っていると橋のたもとから屋形船が見えたりする。
 私はカメラを持っていて、確かにそういう季節なのだが、停めてまで撮ろうという気にはならない。
 女は縛られながら、外を見ている。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3206

 
       ウラブレてやる。
 
 
 
 
■ 片仮名で書くと実感はない。
 つまりは落ち目とか、都落ちとか、伝統的に言われているようなことである。
 一度のぼったのであればそうともいえる。
 
 
 
■ 若い頃、草柳大蔵さんの本を読んでいた。
 女性向けに書かれた、膨大な女性論である。
 お説教くささと、今にして思えば分かりやすい縦縞のシャツに抵抗があったのだが、草柳さんは根っからの編集者であった。
 それも、本質的には女が嫌いな女性論者である。
 そこで紹介されている作品やその他を、私は何時の間にか買い集めるようになる。
 消えてゆくものも、何時までも残るものもあったように覚えている。
 例えば幸田露伴の娘、文さんの小説を私が知ったのは、草柳さんの書いたものからだった。東横線沿線の古本屋で買う。
 
 
 
■ 大宅門下であった草柳さんは、いわゆる日々消費される媒体の中であれこれを試みる。心情としては、トップ屋であった梶山さんと同じような位置にいたのかも知れない。
 当時は学閥というものが根強く、また、週刊誌であっても新聞社系とそうでないものの間には明白な格差があった。
 今考えると俄かに想像はつかないのだが、例えば山口瞳さんが「男性自身」の中で、自らの作品が直木賞ではなく芥川だったらと半ば真剣に愚痴っていたことを、なんとはなしに覚えてもいる。
 実はネットも同じことで、私は何度か、北澤さん、写真集とか小説の著作はあるんですかと尋ねられた。私は薄く笑っていることにしている。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3205

 
       君の胸の先の音 2.
 
 
 
 
■ この緑坂は、数年前、EPSONの広告で使った。
 担当だった彼とは暫く会っていないが、また髭を生やしたのだと聞いた。
 そろそろ次にいっていることだろう。
 
 
 
■ 上海の工場で食べた食事には、蒸した豚肉がついている。
 脂身の外側には歯ブラシのような毛が残っていて、これを食べねば失礼にあたるのかと暫く考えた。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3204

 
       君の胸の先の音。
 
 
 
 
■ 緑坂には眼に星シリーズというものがある。
 いい歳をしてヨクこんなものが書けるな、という代物である。
 嘘つきは広告屋のはじまり、という言葉があるが、結局は引き出しの中から引っ張り出してくるに過ぎない。
 本当にそう思っていた頃は言語化できなかったのである。
 
 
 
■ 環七を下っていると、隣に大型のトレーラが並ぶ。
 車線は狭くなって、思わずにアクセルを放しそうになる。
 トレーラ左にある、軽油タンクの辺りをちらりと眺めながら、まるきり別のことを考えている。
 コンフォートのタクシーの運転が下手だ。
 
 
 

2005年07月29日

「夜の魚 外灘」 vol.18

 
 
 
 
■ 私はこのふたりが随分詳しく知っていることに気付いた。
 いぶかしい気分をどうあらわすか考えていると、背の高い婦警が私に近づいてきた。奥の部屋に入れと私を促す。私は吉川と晃子の顔を一瞬眺め、戸惑いながら婦警に従うことにした。
 部屋にはスチールの机があり、古い端末が一台乗っている。端末に電源が入っていて、どこかに繋がっているらしい。画面には緑色のプロンプトが出ている。その脇にビジネス・ホンがあって保留のランプが点滅していた。
「二番です」
 婦警はそう言ってドアを閉めた。私はそっと受話器を取り上げた。
「突然で失礼ですが」
 私の名が呼ばれた。初老の男の声だ。
「わたしは麻薬に関係する所轄官庁の者です。今は名乗れません。唐突ですが、あなたに協力して貰いたい」
 低いが、意志のある声が聞こえる。頭だけで渡ってきたキャリアには出せない種類の声だ。キャリアと付き合いがある訳でもないのだが、そう思えた。何度か修羅場をくぐった者だけが持つ不思議な迫力が声にはあった。
 私は黙っていた。男は続ける。
 
「昨年の横浜港での事件はほんの一端だったんです。今も中国や香港から、大量の覚醒剤や大麻が日本に流れてきています。それに伴い、多くの武器も持ち込まれています。拳銃だけではない。今回奥山狙撃に使われたライフルはスナイパーが使う特殊なものでした。プラスチック爆弾は主に米軍が使っているものです。多国籍なんですね」
「それがどうしたっていうんですか」
 私は男に尋ねた。
「どうもしません。この一年の間に日本はとっても物騒な国になった。様々なツケが廻ってきたんでしょう」
「警察は何をしているんですかね」
 
「皮肉はともかく、あなたは彼の顔を間近でみている」
「え」
「北沢と呼ばれる男ですよ。彼の顔を知っているのはあなたと葉子さんだけだ」
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.17

 
 
 
 
■ 看護婦が会話を制止した。奥山が横になる。
 制服を着た婦人警官はドアの前に立っている。その奥にはもうひとつ部屋がある。婦警は百七十センチ程あるだろうか。横を向いた腰のあたりが硬そうだ。普通、婦警は拳銃を持たないが、バックルにニューナンブを装着し、肩の脇から吊っていた。婦警ではないのかも知れない。
「奥山さんは死んだことになっているの。そう発表されたわ。勿論身分は隠されていたけど」
 晃子が説明する。それでこのビルに移送されたのだろう。
「車が爆破されたのは外資定期船埠頭の入り口だった。長いこと開発に躍起になっていただろう、例の臨海副都心のすこし先にある埠頭だ。奥山と若い相棒は、中国からの覚醒剤ルートを追っていた」
 吉川が言う。
「巧妙な仕掛けだった。イグニッションを廻しエンジンをかける回数をカウントする。一定の回数になると起爆するセンサーが付いていたんだ。勿論、プラスチック爆弾だ。相棒は腰から上がなくなっていたらしいぜ」
「素人じゃないわ」
 晃子がのめり込むように言った。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3203

 
       中国の豚 2.
 
 
 
 
■ 少年がそのまま大人になることは難しいが、同様に青年から中年期に入ることもまたいくつかで厄介である。
 中年期には見えない節目のようなものがあって、壁に向かって話しかけていてだけいいものでもなかった。
 あるとき、私は世を拗ね、眠狂四郎無頼控をぱらぱら捲っていた。
 大菩薩峠との決定的な違いは、十五年戦争の後という自意識である。
 
 
 
■ いずれにしても、男たちが屈折しているあいだ、女の産んだ子は育つ。
 その子は二十歳を過ぎて、遊ぼうかと尋ねると、いいわよと小さい鼻を鳴らす。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3202

 
       中国の豚。
 
 
 
 
■ 空港で、青銅製の猪か豚を買ってきた。
 香炉になっているのだろうが、実際には使わない。
 王宮の周囲に配置される、狛犬のようなものなのか分からないが、仕事場の机のガラスの上に置いてある。
 尻のあたりの丸みと、香炉の蓋になっている鳥。
 豚の上に乗った小さな鳥の姿を眺めていた。
 
 
 
■ 白金の界隈には、昔から古美術の店がいくつかあって、立原正秋さんの小説の中にもそれを転売することで利益を得る稼業の人物が出てくる。
 帯師、というのは芸者さんの着付けをするひと。
 こちらからあちらへ、品物を移動することで利を得る、いわゆるブローカーのようなものだ。
 戦時中の小林秀雄も似たようなことをしていたという話もあったが、誰が書いたものか今確認する気力はない。
 ここ数日、気鬱というか薄く不機嫌だったのは、すなわち同世代の男たちの姿を見てである。余所の財布を覗き、あるいは自意識がそのまま屈折になってゆく。
 学歴であるとか職歴・離婚歴など、不思議に歴というものがつきまとう。
「したいことはできなくて」という短編が色川さんにあったが、その中の編集者はまだ可愛い方であったのかも知れない。
 40を過ぎると顔に出る、というけれども、残念ながらそのようである。
 彼が無惨だということは、こちらのもうひとつの可能性もそうだったということに近く、考えすぎてはいけないが、考えないこともまた詰まらない。
 
 
 
■ 男の人生が残酷なのは、結局彼が独りだからである。
 いくつかの甲羅を被せなければ、頭が薄くなったただの中年男でしかないからでもある。
 胸の肉は落ち、胃の辺りが僅かに膨らむ。
 時に女性はその本質を見ていて、爬虫類みたいなものよ、と吐き捨てるように言う。
 それは六本木のブルースバーのカウンターだったが、彼女が仕事を辞め、不安定な時に口説いたものらしい。口説き方が安く、またいくらでも逃げ道のあるものだったのだ。
 これらは皆自分に還ってくることだが、そうは言っても今更修正の利かない地点までそろそろと来ている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.16

 
 
 
 
■「ホローポイントだったらしいぜ」
 吉川が口を挟んだ。私がふりむくと吉川は続けた。
「フルメタルジャケットというのが完全に包装された銃弾だ。先を包んでいる合金を剥がし、鉛を露出させる。そうしてガーバーナイフでその先端を一定部分平らにし、さらに十文字に溝をつける」
 吉川は説明する。
「狙撃物にぶつかると銃弾の先端にある柔らかい鉛は口を開く。醜い薔薇の花のようにな。内部組織を完全に破壊し、体内にとどまる」
 晃子が補足した。
「あまりに残虐なので、国際条約で使用が禁止されているものなの。すこし前まで大型の動物を殺すためだけに使われていたわ」
 奥山は黙っている。何かを噛みしめているようでもある。私は舌が渇いてゆくのに気付いた。喉を鳴らそうとするが旨くはゆかなかった。
「麻取としてはこれで終わりです。片一方の肺が潰れたんですから」
 奥山が口を開いた。
 
「でもね、奴、爆破されて形のなくなったあいつ。あいつはまだ二十五だったんですよ。こないだ結婚したばかりだった。麻取にきてまだ一年経たなかった。奴の肉片がわたしの頬に張り付いていたんです」
 奥山の右手が震えている。
 上着の下、麻のシャツの背中の処を、冷たい汗が一本伝わるのが私にははっきりとわかった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.15

 
       八 偽装
 
 
 
 
■ 厚いコンクリの手すりのある階段を昇ると灰色の鉄製のドアがある。
 晃子がブザーを鳴らした。覗き窓が開けられ、チェーンの外れる音がする。ドアが開いた。制服を着た婦人警官と看護婦、それから看護士のような若い男が中にいた。
 二十畳ぐらいの部屋だ。奥にもうひとつ部屋がある。
 遮光カーテンが閉められ、部屋の脇にベットがあった。奥山が寝ている。廻りにはいくつもの医療器具が並んでいて、太い電源コードが何本も床を這っていた。
「気分はどうかしら」
 晃子が奥山に尋ねる。
 彼は肘を使いベットの上に起きようとした。右肘から肩にかけて三角巾が厚く巻かれている。看護婦が手を貸す。五十歳くらいだろうか、婦長クラスなのだろう、看護婦は表情をみせなかった。
 奥山は眼鏡を外していた。顔色は古くなった土に似て、もともと色白の肌に唇だけが紫色に目立っている。死線をさまようとこのような表情になるのだろうか。彼の眼はすこしのあいだ遠くをみつめ、それから脇の棚に置いた眼鏡を手に取った。
「まあまあですね」
 私は黙っていた。吉川も後ろにいる。
 
「奥山さんはね、右肺をライフルで撃たれたの。車が爆破されて、先に乗ろうとした同僚は死んだわ。すこし遅れた奥山さんは助かったのだけど後ろから狙撃され、十時間近くかかった手術で一命をとりとめたの」
 晃子が低い声で言う。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3201

 
       サマー。
 
 
 
 
■ 前の彼がどうだった、と話す女がいる。
 やさしかった、素敵だった、羽振りがよかった。
 そうではなく、わたしはこれだけ振り回された。
 
 
 
■ 彼女は別のことを言いたい。
 それは内側にあって、歯の生えた子宮にも似ている。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3200

 
       THE MAN I LOVE.
 
 
 
 
■ 彼と寝たのはさみしかったから。
 雨の日にハンカチを出してくれたから。
 
 
 
■ 安い女にみられたくない。
 だから電話もしなかった。
 布団に顔を埋めているとなんだか涙がでる。
 恨み言をいいたくて手帳を捲ると、彼の名前も塗り潰されている。
 
 
○昔坂 vol.970 94年6月
「目に星シリーズ」
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.14

 
 
 
 
■ 車のバッテリーがあがっていた。
 私は通りまで歩き、タクシーを拾い、千円で電気を借りることにした。
 サンクのトランクからブースターケーブルを取り出して繋ぐ。
「小さいねえこれ、どこの軽なんだい」
 運転手がそういう。
「フランスの軽だよ」
 エンジンがかかった。暖まるまでタペットがうるさい。
「じゃあ、気をつけて」
 ワイシャツのボタンをふたつ外した運転手が忠告する。そのとおりなんだろうと私も思った。
 
 私はサンクのエンジンをふかし、セカンドレンジのまま目黒通りを第三京浜に向かうことにした。
 第三京浜はそう込んでもいなかった。僅かな時間で大分違う。
 九○キロで内側の車線を走った。ドアの脇から風が入る。ゴムが取れかかっているのだろう。この時間、空はまだ明るい。
 国道に出ると混雑してきた。スモールを点けながら関内に急いだ。一本角を曲がった路地に車を駐めた。
 関内の駅、階段を降りたところに晃子が立っていた。隣に吉川もいる。
「また会ったな」
 吉川はすこし太っていた。珍しく綿のパンツを履いている。
「なんであんたがいるんだよ」
 私はすこし呆れた声で聞いた。
「馬鹿いえ、護衛じゃねえか」
「いいから、車どこに置いたの」
 晃子が促して歩くことにした。晃子は前よりもすこし細くなったようだ。金をかけ節制しているのだろう。
 サンクを前にして吉川は、どこに乗れってんだ、と毒づく。
「わたしが運転するわ」
 晃子がさっさと乗り込み、吉川が後部座席に横になった。
 晃子はハンドルの左についたウィンカーを間違えることもなく、勢いよく加速した。ライトを点け始めた車の流れを自在に泳いでいる。吉川は狭い後部座席でなにやら唸っている。
 警察病院にゆくのかと思ったが、そうではなかった。大通りを何度か曲がり細い路地に入ってゆく。黄金町だ。灰色の低い建物が並んでいる。四階建ての古いビルがあり、その前で止まる。
「ここよ」
 と、晃子は言った。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.13

 
       七 粉
 
 
 
 
■ 私は自分の部屋に戻ることにした。
 一ヶ月閉め切った部屋は薄い黴の匂いがした。
 台所に立ち、蛇口を捻って暫く水を出す。
 浄水器に切り替え、お湯を沸かすことにした。冷蔵庫の上に置いたコーヒーの缶を開ける。鼻を近づけるとなんだかいけるようだ。
 ぼんやりとお湯の沸くのを待っていた。
 
 奥山の顔はよく覚えている。
 危なげない運転をする男で、背はそれ程高くもないが、がっしりした腰つきをしていた。
 彼は厚生省所属の麻薬取締捜査官だった。全国に五つあるというブロックの、関東甲信越を管轄する分室に所属していた。場所が何処なのかは知らない。
 昨年、私は葉子とともに真冬の横浜港に飛び込んだ。
 フィリピン共産党CPPの武装集団NPAが、武器調達資金獲得のため日本に覚醒剤を密輸していたのだ。ルートの元締めが北沢という男で、彼は冷酷なテロリストだった。葉子が拉致され、誘いに乗った私は本牧の突堤にでかけた。
 神奈川県警と合同の捜査だったらしい。ありったけの車両が配置されたようだ。普段、第三京浜を縄張りとしている交通機動隊のGTRまでみかけた時は些か驚いた。GTRで追うつもりだったのだろうか。
 
 松葉杖をつけるようになると、大桟橋近くの水上警察の四階で、私は何度か事情聴取を受けた。囮にしておきながら参考人ということらしい。奥山も同席した。
 奥山は煙草を吸わなかった。煙草は麻薬と同じ人類の敵だと考えているようだった。その彼が撃たれたのだという。
 私は北沢のことを思った。奴は夜の海を傷ついた鮫のように泳ぎ、逃げ切った。北沢は薄い唇をしていた。奥山の狙撃には北沢が絡んでいるに違いない。どんなかたちであれ、許すような男ではないのだ。
 エアコンのスイッチを入れ、すこし窓を開けた。
 溜まった郵便のほとんどを屑籠に入れ、コーヒーを飲みながらテープの巻き切った留守番電話を再生してみた。これといったものは入っていない。ぬるい風呂に入り、下着を取り替え、夕方近く私は部屋を出た。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3199

 
       サニー。
 
 
 
 
■ 古いポップスの中にある。
 夏のゆえか、薄い頭痛がして暫く横になった。
 このソファもそろそろ限界か、と思っている。
 ほぼ、こんな日。
 自分がどちらを向こうとするのか、足踏みをしろという。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3198

 
       紅色
       新聞兵。
 
 
 
 
■ 何故かは知らぬが、最近、文革と朝鮮戦争の本を眺めている。
「李 振盛(リー・チェンション)」という写真家の記録を集めた同書は、文化大革命の様相をあますところなく伝え、その数枚を眺めただけで胸が重くなってくる(発行:ファイドン株式会社)。
「Red-Color News Soldier」
 というのは、1966年、李氏ら造反派グループが活動を始めた際に腕に巻いていた腕章を英訳したものである。
 
 
 
■ 土砂降りだったということもあり、上海の印象は、映画「ブレードランナー」そのままに近かった。
 中国にしばらくいると、人生観が変わるよ。
 と誰だかに言われたが、確かにその通りかも知れない。
 水を得た魚のようになる人間もいれば、その後日本社会との微妙な相違に苦しむひともいる。
 この辺りは、かなり相対化して眺めなければならないのだが、私は歴史家ではなくまた経営者でもないので、感じたものをかたちにしてゆけばいいのだと思っている。
 ほぼ10年前に書いた「夜の魚 外灘」は、上海がこれから急速に進展してゆこうとする直前の作品である。
 荒唐無稽な話になってゆくところもあるが、何、その都市自体がそういう場所であるという感触を確かめた部分もあった。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.12

 
 
 
 
■ 長崎から百分ほどで羽田につく。
 エスカレーターを幾つか降り、モノレールで都心に戻ることにした。
 制服を脱いだパーサーが膝を曲げ、吊革につかまっている。遠くまでのフライトだったのだろう。塗った白粉は斑になり、残ったプライドだけでヒールを履いているようにみえた。
 
 途中、運河沿いに建っている高層ビルの中にある駅で私は降りた。ここから車を拾い、まずは事務所にゆくべきかをすこし考えた。
 昨年、私は五年間勤めていた小さな広告代理店を辞めた。きっかけは葉子と会い、事件に巻き込まれたことである。横浜港でグロックというプラスチック製の精密な拳銃で肩口を撃たれ、暫く警察病院に入院していた。
 上海にゆくすこし前、港の傍に小さな事務所を借りた。ワンルームでしかないが、一応コーヒーは飲めることになっている。
 折り畳みの簡易ベットも入れた。必要な機械、中古のコピーと二十一インチのナナオ、すこし古い十七インチを入れると机は一杯になった。
 バイトの事務員を雇う余裕などない。おそらく郵便受けはダイレクトメールで溢れていることだろう。
 すこし考え、一階にあるスタンドでコーヒーを飲んだ。時計を眺め、晃子に電話することにした。社にいるだろう。
 通信社の受付にしては愛想が良い。会議中だというが、粘って呼び出して貰った。その時は気付かなかったが、私は自分の国に戻ってホッとしていたのだ。
 暫くして晃子が電話に出る。
「よお、今帰ったんだ。飯でもくおうか」
 
「あなた、何寝ぼけたこと言ってんの」
「え」
「奥山さんが撃たれて重傷なのよ。彼の相棒は死んだわ」
「なんだって」
「今晩七時、関内にきて。車でくるのよ」
 電話が切れた
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.11

 
 
 
 
■ カーキー色の戦闘服を着た兵士がトラックの荷台に並んでいる。
 私は車を運転していて、その背後についている。彼らは鉄兜の下から私の方を注視していた。
 戦闘が始まる。
 丸い砲塔の戦車と六輪の装甲車が轟音と共にアスファルトを削り、そのまま民家を押し潰す。ところどころ火の手があがっている。兵士が市民に焼かれ鉄柱に吊されているようだ。
 匂いがする。
 ここは何処なのか。背後にはみたこともない高層ビルがスポットを浴びていくつも並んでいる。ホストを守れという声が聞こえる。
 
 知ったことではない。
 そう呟くと目の前が反転し別のものになった。白い布が横切る。
 ズボンに煙草の灰を落とした。慌てて眺めていると、パーサーがおしぼりを持ってきて笑った。
 私は狭い国内線のシートの上で短い夢のようなものを反芻していた。昨夜、熱にうなされながら視たものの断片のようだった。
「ぼんやりしていては駄目ですよ」
 その通りなので黙っていた。膝のところに小さな穴が開いた。買ったばかりなのに。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.10

 
       六 眼鏡橋
 
 
 
 
■ アーケードの中を歩いていたら洋服屋があった。
 私は自分の上着が汗でくしゃくしゃになっていることに気付いた。暫く洗濯もしていない。
 店に入ると安売をしている。黒いポロシャツと薄い青の混じったコードレーンの上下を買った。コードレーンなんか港町でないと着る気がしない。古くなった綿の上着は捨てて貰う。
「お客さん、東京からですか」
「いや、上海」
 
 縮れた髪を脇に垂らした妙齢の店員がきく。港町の女はどこか似ている。明るくて忘れっぽく、胸元が海に向かって開かれている。
 その店は女ものも売っていて、店員に頼み江菫にスカートを一枚見立てて貰うことにした。店員は不思議そうな顔でちらりとみる。
「世話になったんだよ」
「そうなんですか、かわいいひとですね」
 江菫にはすこしだけ長めのスカートが選ばれた。紺色である。派手なヒールとは合わないが、仕方ないだろうと思った。
「シェシェノン」
 江菫が礼を言う。笑顔を眺めていると、なんだか年を取った気分だ。
 店を出て眼鏡橋まで歩いた。この辺で別れることにした。
 これからどこにゆくんだ、と江菫に尋ねると、神戸の方に知り合いがいると言った。ひっかかるものがあったが黙っていた。
 私は自分の事務所のアドレスを渡し、じゃあ、と手を振って歩き出した。
 すこしたって振り返ると、江菫の立っていた眼鏡橋の周りには誰もいなくなっていた。路面電車に乗り、繁華街にあるバスターミナルまで出た。空港までバスでゆき、私はそのまま東京に戻ることにした。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3197

 
       外形標準課税。
 
 
 
 
■ 男同士の厄介というのは実は湿っていて、どこにいるとか車がなんであるかなどで概ね決まる。
 こんなのはカラクリがあるに決まっているのだが、それが見えていない場合もあって、あ、彼は本気なのだと知ると少し困る。
 
 
 

2005年07月26日

「夜の魚 外灘」 vol.9

 
 
 
 
■ 西風の成功を黙って眺めている上海人ではない。
 人民公園の脇には中国資本の店が並ぶことになった。そこでは炒飯がセットで出されている。
 もともと南京路にあったレストランが「鶏」の名前をつけ、西洋資本に対抗し成功を収めていた。今では北京にまで支店を拡大しているという。
 私はそんなことを思い出していた。
 
 上海に渡ってすぐの頃、葉子とともに街をすこし歩いた。
 中国には標準語として北京語が使われているが、その読みは共通でも、その発音が上海では全く異なる。たとえば「私」のことを北京語では「ウオ」と発音するが、上海では「アラ」。「あなた」は「ニー」に対して「ノン」といった按配だ。
 まして上海人はプライドが独特に高く、北京のことを「バッツ」と軽視する。「田舎者」という意味だ。上海以外の土地を、上海人はすべて田舎だと信じ込んでいた。それに対抗するには金の力を誇示する以外にはない。私は、些かうんざりした気分が甦ってくるのを感じた。
 
「熱が下がってよかったね」
 江菫が笑っている。
「昨日はどこで薬を買ったんだ」
「チャイナタウン、小さいのね。何軒か廻ると店のひとが教えてくれたの。奥の薬屋さん」
「あれは漢方薬なのかな」
「ミミズと食用鼠の睾丸を干して混ぜたもの」
 そんなことでいちいち驚かなくなっている。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.8

 
 
 
 
■ 眼が覚めると、空気が新しくなっている。頭痛はとれたようだ。
 私は丸一日眠っていたらしい。時計をみると午前九時をすこし廻ったところだった。ツインの片方のベットには江菫が背中を向けて丸まっていた。毛布をかけず、カバーの上に直接寝ている。
 私はシャワーを浴びることにした。歯を磨いたが吐き気はなかった。
 
 小便がたくさん出て、それはみたこともない色をしている。
 江菫を促し、身支度をさせた。彼女は自分の鞄を浴室に持ってゆき、そこで着替えた。若い娘だから案外時間はかからない。
 ホテルを出ると、日差しがきつかった。長崎の街の空気はどこかのんびりしている。車輪のついたスーツケースを引きずって、私たちはアーケードのある長い商店街を歩いていった。
「あ、フライドチキンだわ」
 江菫が指さす。どこにでもあるファーストフードの店だ。
「人民公園の傍にあるでしょ、並ばないと入れないのよ」
 入ることにした。私はコーヒーを頼む。
 江菫は鶏の脚を瞬く間に三つ食べた。
「同じ味がするね」
 上海にこの店のチェーンが初めて出店したのは八九年だと言われる。
 本店の売り上げは、二百席で月に約三十万元(六百万円)。上海の労働者の表むきの平均月収が四百~五百元(八千円~一万円)だとされる中で、この数字は驚異的なものだと言われていた。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3196

 
       恋に似たもの 2.
 
 
 
 
■ うちの旦那はシングルモルトに詳しくて。
 と、言った妙齢本格派がいたとする。
 普段それを嘗めているんですか。
 
 
 
■ なにが言いたいかというと、そのような薀蓄も楽しいものだが、それを取り巻く設定や状況次第で味は変わるということだ。
 数えてみると十人目。
 いや、暗くすればわからない。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3195

 
       恋に似たもの。
 
 
 
 
■ と、いうコピーで、暫くは続けることができる。
 会いたいからいいじゃないの。
 と答えた彼女は、排卵日であることを後から認めた。
 個人差があります。
 と、私は答えた。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3194

 
       雨だれ 2.
 
 
 
 
■ 縦に降るようになった。
 風はまだないようだ。
 今、僅かに背中が痛むのだが、おかしな格好をして寝室の中に潜り込んでいたからかも知れない。
 
 
 
■ あるとき、都心のあるホテルのシガーバーというところにゆく。
 下にあるバーには酒瓶を入れているが、ここではキープをすることができない。
 ほぼ虚しく、ぺルノーの水割りなどを頼んだりした。
 その時は、梅雨だったからである。
 
 
 
■ 葉巻をくるんでいる、帯ようなものを捨てることができないでいる。
 財布というか小銭入れの中に突っ込み、後から眺めたりする。
 このフォントはいいもんだな。色使いもそういうことかしら。
 そうこうしていると、背中を叩かれる。
 帽子を被った妙齢が、六本木の奥まった仮住まいからかけつけてきたのだ。
 夜の腰は細くみえる。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3193

 
       雨だれ。
 
 
 
 
■ 台風が近いのだという。
 近いというよりも、そこに来ているのだと聞いた。
 私は、昨日車を洗車してもらい、わずか6時間しかもたなかった。
 雨が近づくと洗いたくなる。
 
 
 
■ 最近の五木寛之さんのものをほとんど読んでいないが、五木さんには車にまつわる随筆や短編が多くある。
 矢作さんほどマニアックになる手前、車を女や仕事と絡めて描くのが旨かった。
 一時私は、サーブの9-3を物色していたことがあって、西武が輸入していた頃の五木さんのCGの広告などを思い出していた。
 9-3は、ナイン・スリーと読む。
 そう読んで貰いたいらしく、屈折したスノッブの具合が今だかつて継続しているのが面白く思える。
 
 
 
■ あるとき、高速のパーキングに入る。
 ラップの格好をした自分ではヒスパニックであると考えている確かに日本人の若者が、四人、紺色のサーブから降りてきた。
 これは低圧ターボの方だろうか。アルミで年式が分かる。00か01ほど。
 9-3で四人というのはややキツイ。
 彼らは車を買った後のドライブであろうかと思われた。
 私が9-3を物色していたのは昨年夏頃だった。
 今までアウディのA4や6を扱っていた店がそちらに乗り換える。試乗すると、欧州車の常で出足の数十メートルは遅い。
 そんなことを思い出しながら、あっという間に消費されてしまうのだなと、その時に突っ込まなくて良かったと考えていた。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3192

 
       乾いている 2.
 
 
 
 
■ つまり何が言いたいかというと。
 四十男の屈折には付き合っていられないな。
 ということである。

 
 

「緑色の坂の道」vol.3191

 
       乾いている。
 
 
 
 
■ 欠乏しているのは若者の特権ではない。
 今あるものを捨てながら、躯と精神のバランスをとろうと試みる。
 私は強い酒を嘗めた。
 自分を笑えない奴に、他人が笑えるのだろうか。
「自己規定がたりねえんだよ」
 七年浪人をして、今は大きな病院の院長になっている友人が言う。
「おまえ、何飲んでんだよ」
「まあなあ」
 
 
○昔坂 vol.923 94年6月
 
 

「緑色の坂の道」vol.3190

 
       上海の女たち。
 
 
 
 
■ について仔細を書こうと思ったが、あちこちが煩いのでやめにする。
 悪いことをしたんでしょっ。
 オキャクサン、ワタシ何もしていないアルヨ。
 アイヤー。
 これは何語か。
 やーれんそーらん そーらん はいはい。
 
 
 

「夜の魚 外灘」 vol.7

 
       五 ザボン
 
 
 
 
■ 中華街の傍のホテルにタクシーをつけた。
 オレンジ色のスカートが近づいてきて、ハンカチで始末をしてくれたのだ。
 私は、船酔いと過労から熱がでたようだった。
 江菫は私をタクシーに乗せ、身振り手振りでホテルを捜した。荷物を持って私を促す。廊下を髪の妙に黒々としたホテルマンがついてくる。眉も濃い。
 ホテルマンから部屋の鍵を受け取り、決まり切った説明を受けると、私はベットに横になった。べっとりと汗をかいている。
 江菫は私の上着と靴下を脱がせた。その辺りまでは覚えがある。
 
「アスピリン」
 と、江菫は言う。
 中国の標準語がすこしは通じるところを捜すと、長崎ではリトル・チャイナになる。露店のある通りを抜けると、ほんの十軒程が密集しながら別枠をつくっている。江菫は薬を捜してくると言った。
 不思議に警戒する気持ちが起きなかった。
 江菫に紙幣を何枚か渡し、暫くの間私は眠ることにした。カーテンを閉めて貰ったが、細い光が入って眩しい。
 どれくらい過ぎたのだろう。江菫が私の肩をゆすった。頭の奥が鈍く痛む。唸りながら起きると、江菫は何か赤い紙に包まれたものを出す。飲めというのだ。赤い紙には薄茶色の粉が入っていて、薬ではあるようだ。
 
「熱がさがるよ」
 江菫は真剣な顔をしている。私は飲むことにした。口を開くと、江菫は赤い紙を私の唇にあててゆっくり傾ける。
 古くなった蟹の脳味噌のような味がした。
「これも」
 江菫は、こんどは白い紙の中から錠剤を取り出した。指でつまんで私に含ませる。
「ネタ方がいいよ」
「ああ」
「昨日、ネテないんだから疲れたんだよ」
 そればかりでもないだろう。私は湿った枕に頭をつけ、眼を閉じた。
 次第に曖昧になってゆく。断続的にいくつも夢を視る。夢がとぎれたところで闇に入った。