2005年05月31日

「夜の魚」一部 vol.88

 
 
 
 
■ 眼が醒めると早い時間でないことがわかった。
 ドアの向こうで音がする。暫くうなってから起き上がる。晃子がコーヒーを入れている。
「なんだかうなされていたわよ。その後イビキ」
 口紅をしていない。
「呑み込まれる夢をみたんだ」
「あら、そう」
 シャワーを浴び髭を剃った。剃刀が錆びている。すこし顎を切った。
 私は何をしているんだろう。これから何をするんだ。
 晃子に、吉川と連絡をとるように言った。奥山の力も借りるように。
「あなたはどうするの」
「わからない」
 溜め息をついている。
 
「ちっとも変わらないわね。昨日、わたし危険日だったのよ」
「うん」
「銃は持ってるの」
「いや」
 後ろの頭が薄く痛かった。晃子は生理が重く、中の一日はほとんど寝てばかりいたことを覚えている。コーヒーで薬を飲んだ。
「懐かしいって訳でもないわね」
「そんなに緩かったかな」
「なによ、下手な癖に」
 私は上着を着て外に出た。
 冬の空は明るく、すこし目眩がした。
 上着のポケットからサングラスを出し、階段を降りた。
 低い屋根が続いている。
 十年前と同じ眺めだ。交差点で車を待っていると、ふたつ向こうの路地に晃子が住んでいたモルタルのアパートがあったことを思いだした。
 
 
 

「夜の魚」一部 vol.87

 
 
 
 
■ そこからの自分の行動を私は旨く説明することができない。
 椅子から立ち上がり浴室に入った。
 するすると下着を脱ぎ捨てると、熱いシャワーを長いこと浴びた。
 ポンプ式のシャンプーで頭から躯を洗った。
 垢すりのタオルが柔らかすぎる。ドアを開け、上着のポケットから煙草を取り出した。風呂の椅子に座って漠然と吸っている。
 晃子が覗いた。
 何も言わないで眺めている。浴室から出ると、新しい下着があった。
 晃子のベットの脇に布団を敷いてもらう。
 髪は濡れているが、乾くのを待つ訳でもない。
 恐らく、今夜は北沢からの連絡はない。葉子の実家に電話をしてもほとんど意味もないだろう。さらわれた葉子がどのように扱われるのか、北沢の声で判断がつく。それに対抗する手段がほとんどないこともわかっている。
 酒のグラスと灰皿を傍によせ、布団の上にあぐらをかいた。
 
「ともかく、寝よう」
 暫くして晃子が寝室に入った。灯りが消される。
 胸とその下の下腹に指を滑らせ、くぼんだものをかき分けた。
 あらかじめ湿度ある沼のような重さが指に伝わる。
 緩いものの中に入ってゆき、ただ動いた。まわすこともせず。
 押さえた声が高くなる。脇の下から薄い匂いが昇っている。
 懐かしいのかどうかわからず、暫くして眠りについた。
 悪い夢をいくつかみた。
 
 若い時の自分が、同じような過ちを繰り返している。
 その傍に今の自分が立っている。
 夢が醒めるとまた夢に入った。
 それが夢なのだということはわかっている。
 眠っている自分の布団から長い髪の毛が細くはい出してきて、かけてある毛布を持ち上げてゆく。
 それを鋏で切ってゆくおかっぱ頭の女の子がいる。
 その子の眼はあいているが見えず、赤い着物を着ていた。
 
 
 

「夜の魚」一部 vol.86

 
 
 
 
■ ロシア革命の時のテロリストは、逡巡しながら人を殺したのだという。
 詩人の魂とテロリズムが両立できた時代もあったのだ。
 ポーランドにあった工業的人種廃絶の強制収容所に、カポと呼ばれる囚人頭がいたことを私はふと思いだした。
 彼等は仲間を統制するために選ばれ、時には本当の看守よりも残忍な手腕で同じ国の人々を進んで殺していった。そうでなければ自分の身が危うくなったのだ。
 北沢がカポであると思っていた訳ではない。
 溶剤を使い、顔もわからなくする方法があることを何処かで聞いたことがある。残った骨は粉砕器にかけるとただの粉になるのだそうだ。そうした方法が実際に可能かどうか、私にはわからなかった。けれども、拉致されて国外に連れ去られればそれで事は済んでしまう。
 北沢はそういって脅す。
 日常的なもの言いになっているところが不気味だった。
 奴は生っ粋のサディストなのだろうか。どうでもいいことだ。
 恐らく葉子は拉致された。フロッピーには何が入っている。
 二杯目を注ごうとした時、晃子が遮った。
 座っている私の傍に立ち、腕を廻して頭を抱いた。
 私は柔らかいセーターの胸に顔を埋め、声を出さずに言葉を発した。
 誰が何を試そうというのだ。
 
 
 

2005年05月30日

「緑色の坂の道」vol.3122

 
        八階の薔薇。
 
 
 
 
■ 常緑樹が花をつけている。
 その廻りに、なにか白いものが無数に飛んでいた。
 蝶なのか、呼び名は蛾なのか、にわかに判別がつかないでいる。
 通路に三脚を立て、この庭を望遠でとも思ったが、野暮に思えてきた。
 
 
 

「夜の魚」一部 vol.85

 
 
 
 
■「はじめまして。いつぞやは連れが大変失礼しました」
 北沢の声だ。
 テロリストと話したことは一度もない。
 声には知性が出ると、ある写真家が言っていたことを覚えている。
 北沢の声にはある程度の教養が滲んでいるかのようにも思える。
 錯覚だ。
 一度に酔いが醒めてゆく。
 カーテンの影から下を覗こうとした。
 通りの向こう側、僅かに離れたところにスモールを付けた車が一台停まっている。
「そう、車の中からなんですよ。あなたとは始めてですねえ。これからそこに泊まるんですか、いや、彼女はいい女ですよ」
 何を言っているのか、女のことだ。
「それで、何の用だ」
「いや別に、唯の挨拶ですよ。ああ、そうそう、葉子が大変お世話になったそうで、これから連れて帰りますから」
「なんだって」
「わたしの元に戻りたいというものですからね、今傍にいるんですよ」
 北沢の声は低い。ゆっくりと、そして深い。
 その深さの中に濁ったものが混ざっている。
「ところで、明日お時間ありますか。あなたの持っているフロッピーを持ってきてくださいよ。葉子の顔が薬で溶けてしまったのをみるのはあなたも嫌でしょう。場所はまた電話します」
 そこでプツリと電話が切れた。
 窓を開けベランダに出るとハイビームにした車が加速するのが見えた。
 奴はその中にいたのだ。
 恐らく葉子がさらわれた。
 藤沢の外れの実家には母親だけがいると葉子は言っていた。
 その番号は手元に無い。フロッピーだって。なんのことかわからない。
 私は椅子に座り、ウィスキーをグラスに注いだ。
 窓から風が入り、髪を乱した晃子が立っていた。
 
 
 

「夜の魚」一部 vol.84

 
       二一 湿度ある沼
 
 
 
 
■ 晃子はワインを半分以上あけていた。次第に酔いが廻ってくるのがわかる。結局、まともなことはなにひとつ話さなかった。
 葉子のこと、奥山のこと、フィリピン共産党の武装集団、遠く連なっている赤軍やそれと結びついている様々なボランティア組織のこと。北沢とは何者なのか。ひとつひとつは別々なのだが、それらは細い糸で繋がっている。
「泊まってく」
 晃子が唐突に尋ねた。時計をみると十二時に近い。
 寝ましょうか、と聞かれているのかと思った。
「ベット、ひとつしかないんだろう」
「どうかしら」
 すこしだけ心が乱れた。振幅が顔に出たかも知れない。
「やめとくよ」
「彼女に悪いから」
 そうじゃない。別に悪いとも思わない。その気がない訳でもない。ただ、なんだかモラルに反するような気がするのだ。そんなことを口にするのが嫌なので、黙っていた。
 
 その時、電話が鳴った。晃子が椅子から立ち上がり受話器を取る。
 晃子の顔色が変わる。カーテンを開けて外を見ようとする。
「北沢がきてるわ」
 黒い瞳が大きく見開かれている。
 私は受話器を晃子から受け取った。耳にあてると低い声が笑った。
 
 
 

2005年05月27日

「緑色の坂の道」vol.3121

 
        磯の鵜の鳥や。
 
 
 
 
■ 日暮れにゃかえる。
 雨の気配のする港が好きだ。
 何故かは分からないが、その頃、必ず遠出をする。
 水の匂いがして、身体に近くそれがあり、すこし頭が重くなる。
 女の腹の冷たさをおもう。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3120

 
        お月さんこんばんわ。
 
 
 
 
■ 厄介なメールを何本かやりとりして、その後に歌を流す。
 歌というのは、単純なものだったりする。
 昨日、低い月がでていた。
 赤く、丸く。
 おう、月だなと脇にいる若い男に言って飯を食べた。
 
 
 

2005年05月26日

「緑色の坂の道」vol.3119

 
        ドリームランド 2.
 
 
 
 
■ 夜の遊園地で、低い台の上に上り、何事かを叫んでる男がいる。
 彼はマーケティングを専門とする50代の後半。
 隣には40代の勤め人がいる。
 やや若手の30代の彼は、懸命にビラを配ってから演説をする。
 対人関係に神経を配るのが得意だというシナリオライターの40男もいた。
 笑うことの効用で、痩せた身体を隙間にもぐらせる。
 
 
 
■ 彼らはニューヨークから地下鉄に乗ってやってくる。
 傍には人工の海があり、15セントのホットドックをほうばってから今日の演説の準備をする。
 演説の後の一杯が彼らの楽しみである。
 今日のはよかった、観客が何人いた。最近は動員数が減っている。
 モンローに似せた化粧の女が傍によってささやく。
 あなたは新聞記者になるといいわ。
 あなたの誠実さは、今の社会には決定的に足りないものだわ。
 ママ、僕は褒められた。
 ママ、僕はハリウッドから呼ばれている。
 
 
 
■ 夜の遊園地で。
 そこでは誰もが、なにものかになれる。
 向こうで燃えているのは、芝居小屋への付け火の跡だ。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3118

 
        ドリームランド。
 
 
 
 
■ お手数だが、緑坂の3046~3048あたりを再読していただきたい。
 検索機能で「ドリームランド」と入れられてもよい。
「無限都市、ニューヨーク」と題する青瓶も、前章としてその範疇に入る。
 
 
 
■ 表面上ではかたちがついたことになっているのだが、社会やネットのあらゆる側面で、これに似たことが頻繁に起きるようになっている。
 それについて漠然と考えながら、怖い顔をしているよと言われた。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3117

 
        1000枚的日常。
 
 
 
 
■ というキャッチを、昔デジタルカメラPRサイトで使ったことがある。
 現実に千枚撮ることはほぼないのだが、これが仕事となると300や400枚はあっという間である。
 いつぞやの指揮者、井上さんと大友さんの撮影(緑坂 3103)は、ADの方からOKが出た。
 ポジがややアンダー気味だったというが、恐らくストロボにつけたルミ・クエストがh光量を奪ったのだろう。現場でのストロボ撮影というのは厄介である。
 
 
 
■ 一眼デジカメの底部に、引越し作業などで使うテープを貼る。
 前は白く透明なものがあったのだが、今は水色である。
 格好は悪くなるが、私はカメラの底にはどれもそれを施している。
 あ、ライカだけは違うか。F2も。
 これはリハビリ用のカメラですね。あるいは茶器のようなものか。
 とりあえず結果を出さねばならない道具の場合には、あまり見た目は拘らない。
 三脚の穴をカッターで開けていたりした。
 
 
 

2005年05月25日

「緑色の坂の道」vol.3116

 
        わかりやすい正義と私。
 
 
 
 
■ 緑坂というのは校舎裏でしゃがみこんで煙草を吸っているようなものだから、声の大きな、わたしが正義という類型は苦手である。
 昨日は雨で、腹を減らしていた。
 謀議のために、都心部のファミレスで「ドリンクバー・トモダチ」をしていたのだが、大の大人が何をしているのか不思議だった。
 
 
 
■ B5タイプの新型ノートと、一眼デジカメで武装する。
 隣の席には、妙齢が携帯に電池式の充電器をさしこみ、何か本を読んでいる。
 霞町の夜。
 
 
 

2005年05月23日

「緑色の坂の道」vol.3115

 
        タイ式フィルムの箱。
 
 
 
 
■ デジタル一眼を交代させた。
 私はニコンのそれを使っているのだが、先日の撮影仕事でやはり便利だったものだから、思いつき、新しいものに変更する。
 最高機種ではなく、プロが一般に使っているものである。
 必要な画素数は、それほど多くはないからである。
 高解像度では、まだポジにかなわない。
 
 
 
■ 問題はレンズなのだが、銀塩との互換性を持たせるか、デジタル専用にするかで再び悩んだ。結局、今まで通り銀塩用レンズでゆくことにして暫く模索する。
 広角広角と今は言うけれども、広角を使いこなすことは案外に難しく、対象にどれだけ寄ってゆけるかによる。寄ったからといって、その構成はどちらかというと絵画やデザインの領域である。
 もちろんレンズは明るいに越したことはない。
 明るいのはどうしてこう高いんだろうな。
 
 
 
■ てろてろ、っという按配で銀塩カメラに安いネガを詰め、実売4000円程度の中古ズームをつけて適当に撮る。
 そんなことをしていたこともあった。
 写真というのはいくつもの顔を持っているものだから、作品にすべきかどうかで使う機材は違ってくる。
 しかしまあ、裏蓋の辺りに、これはタイ国で作ったんだよと書かれていると、言ってはいけないことなのだが、すこし力が抜けてしまう。
 大井町工場ならいいかというと、また微妙なんですけれどもね。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3114

 
        ブログ選民主義。
 
 
 
 
■ ブログをことさらに持ち上げる傾向が暫く続いていて、つまらんもんだよなあと思っている。
 ブログの人口が何万人になればひとつのメディアとして認知される。
 などと、ホンキになって言っているのだからどうしたものか。
 匿名と実名の問題なども、延々とくりかえされている。
 
 
 
■ ブログとは極めて敷居の低いWebサイト構築ツールである。
 テキストと画像がメインで、そこにTBというリンクを貼る。
 コメント欄はかつての掲示板である。
 と、解説を書き始めたのだが、うんざりしてきたのでやめにする。
 ヒット数を誇ったりPVを競ったりする背後に、大きな資本のシステムが働いていて、その掌の中で遊んでいる側面を、見ないようにして今の時代がある。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3113

 
        切れ味。
 
 
 
 
■ 羽のように触れる指先が湿っていることがあって、すこしうっとうしい。
 指先に神経が集まっているからだが、技を誇示するような処もある。
 本当に旨いひとというのは、いいかげんクタビレていて、ま、なんでもいいやと斜めに思っているのではなかろうか。
 知らんけど。
 
 
○昔坂 vol.403 93年11月
 
 

2005年05月21日

「夜の魚」一部 vol.83

 
 
 
 
■ 手くらい洗うだろう、と思ったが黙っていた。
「白いセダンを買ったわ、あなたの嫌いな小さなベンツ。それで買い物にゆくのよ」
 
 今のように世の中が変わりそれに馴れてしまう前、私たちは何か夢のようなものが目の前にあるのだと思っていた。
 それは小奇麗なマンションだったり、女子大を出た妻であったり、イタリアのダブルのスーツであったりした。
 様々なものが膨らみ、私の仕事もそのお零れに預かっていたのだ。
 膨らみきった後、内蔵のようなものがはみ出し始めている。
「ある時ね、高いスーパーの喫茶店でお茶を飲んでいたのよ。隣に同じ歳くらいの奥さんが何人かいて、話しているのが聞こえたわ」
 霜降りの牛肉は旨い。
 遠くから外車に乗ってその店に買い物にゆくのが結婚に成功した女の証のように思われていた時がすこし前まであった。
 駐車場には守衛がいて、車を値踏みしながら丁寧にお辞儀した。
「帰りに車をぶつけて、二週間入院したわ。退院してから、隣の病室に入っていた若い営業マンに誘われたという訳」
 
 
 

「夜の魚」一部 vol.82

 
 
 
 
■ 女ふたり、男のことを話す以外に何がある。
 あのとき私は吉川と倉庫の階段に腰掛けていた。
 小さなステンレスのカップでウィスキーを飲み、吉川の話を聞いていた。はじめ、葉子は晃子に会うことを嫌がった。
「彼女は他人の心が読めるようだわ」
 晃子が三杯目を注いだ。
「どうして別れたんだ」
「だから、わたしが浮気をしたのよ」
「シャクだから傍にいた男と寝たの」
 
 シャク、という言葉を今日はよく聞く。
 便利な言葉のような気もする。恨みがある訳でも流しているのでもない、その合間を縫ってサラリと言う。
「気持よかったか」
「すこしね」
 晃子の前の夫は真面目な勤め人だった。
 杉並に部屋を買い、週に一度は夫の実家に戻って食事をするのが習いだった。
「べつにね、マザコンって訳でもないの。大事にしてくれたしね」
 小さな灰皿を机の脇に置き、晃子が細い煙草を吸った。
「寝室があってね、そりゃ新婚だから。彼が念入りに手を洗っているの、済んだ後でね」 
 
 

「夜の魚」一部 vol.81

 
 
 
 
■「すこし飲みましょうか」
 晃子が棚から背の高いグラスを取り出した。
 バカラではなく、国産の最も硬質な種類のグラスだった。脚に色がついていないところが晃子らしい。
 麻のコースターを引きその上にグラスを置いた。
 手際よくコルクを抜き、白いワインを注いだ。
「あなたはウィスキーの方がいいのよね」
 小さなグラスを取り出してその横に置く。後は自分でやれというのだ。
「このコースター、自分で作ったのよ。接着剤で張り付けたの」
 女ってのは面白いもんだな、と私は思っていた。どれが本当の姿なのか簡単でもない。
「倉庫に寝てた時ね、彼女がいたでしょ。話してみると案外素直なのよ」
 吉川が撃たれた夜のことだ。
 晃子と葉子はビジネスホテルのような倉庫の管理人室で眠ることになった。
「どういう関係なんです、って聞かれたから正直に答えたわ。遠い昔の男、って言ったの」
「遠い、ね」
「十年も前のことだわ」
「するとね、今でも好きなんですか、とこっちを向いて言うの。その眼がね、挑戦的という訳でもないのよ」
 
 
 

2005年05月20日

「緑色の坂の道」vol.3112

 
        水の車。
 
 
 
 
■ ゆるやかに身体が重い。
 きたるべき季節が内側に篭っているように思われる。
 
 
 

2005年05月18日

「緑色の坂の道」vol.3111

 
        水車。
 
 
 
 
■ 水の底でなければ息ができない女がいる。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3110

 
        六月を待つ 2.
 
 
 
 
■ 白と茶の入ったスカート。
 塗られた指。
 ボッサの後ろにある貧困。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3109

 
        六月を待つ。
 
 
 
 
■ 半月。
 雨が近いのか。
 電解質が含まれるという水を飲みながら、酒を嘗めている。
 人生は案外に短いものだ。
 
 
 

2005年05月17日

「緑色の坂の道」vol.3108

 
        眠りたくなるもの。
 
 
 
 
■ 夜の庭で。
 鳥が騒ぐ。
 私は疲れ、矩形から外をうかがう。
 
 
 

2005年05月16日

「夜の魚」一部 vol.80

 
 
 
 
■ 晃子の部屋の玄関には小さな額縁が飾ってあった。
 幾何学的な模様が灰色の下地に何本も重なっている。
 私は部屋に入った。ソファの上に鈍い赤色の布が被さっている。全体をくるむように、その色は三十を過ぎた女の部屋には強すぎる印のようにみえた。
 晃子の唇が動いた。
「この上だったのよ」
 冷ややかに見下ろしている。
「わたしは眼を開けてソファの模様を見ていた。ナイフでなぞられるまではね」
 おそらく、そういう姿勢を取らされたのだろう。晃子の下唇には二本の深い筋がついている。決して小さいとは言えないが感情のこもったかたちをしている。
 
「買いかえるのもシャクだから、布を被せたの」
 それが赤い布であるところがしたたかさというものだろう。
 私たちはコーヒーを飲んだ。向かい合っていると懐かしい気配もしたが、それが錯覚であることはわかっている。
「すこし整理をしようか」
 私はその時、晃子も同じ次元にいるのだと考えていた。何か知らないものに巻き込まれているのだと思っている。
「あの葉子って娘は、どんな子なの」
 珍しく晃子が直裁に聞いてきた。
「寝てるから恋人って訳でもないだろう」
「ライターの癖にツマラナイことを言うのね」
 晃子はまだ苛立っている。
 私は医局の友人から送られた文献の話をした。見事に切断されたいくつもの断片があって、それを目まぐるしく替えてゆく。
 どうしたらその場に一番適応できるのか、現状を認識する能力は基本的に高い。けれども、そうできるのは内部が見事に空白だからであって、本人はその空白に何処かで気付いている。であるから、長期的には適応も底の浅いものになってしまう。揺れながら異性や薬物に依存することもある。
 旨くは説明できなかった。
「でも、それってわたしたちだって同じじゃない。ひとをモノや部分のように扱うことはあるわ」
 私は、そもそもどれが本当の姿なのか掴み難いのだと言った。
「そこが魅力なのね」
 晃子はコーヒーを飲む。大きな黒い瞳である。
「そうかも知れない。なんだか理詰めで考えても無駄のような気がするんだ」
「歳をとったのよ」
 晃子が小さなステレオに手を伸ばした。スイッチを入れるとほんの僅かに音のずれたピアノが小さく聴こえた。
 
「エバンスは甘いわね」
 外が暗くなった。自分のことを言われたのかと思った。
 
 
 

「夜の魚」一部 vol.79

 
       二〇 一月
 
 
 
■ 一月は乾いた空と時折の雨で始まった。
 入院していたせいで仕事が溜まっている。私は誰もいない事務所で二つのディスプレイを眺めていた。灰皿がいくつか山になった。通りが静かになって夜が過ぎ、気付かないまま新年になっていた。
 雨は思いだしたように降り、すこし経つとすぐにあがった。空気は乾いたままだ。
 連休の前日、私は同じように深夜まで画面を眺めていた。
 すこし歩き、車を拾って部屋に戻った。あれ以来、自分の車にはほとんど乗らなくなった。ヒーターがうなるのを待ち、薄いコーヒーを入れようとした時、電話が鳴った。
「あら、いたのね」
 晃子だった。
「去年のイブの夜ね、北沢から電話があったわ」
 微かに躯がこわばるのがわかった。
「近いうちにまた顔をみせてくれ、って言うの」
 北沢は生きていた。サーブは北沢のものだが、運転していた男の肌は褐色だった。
「声を覚えているのか」
「そりゃね」
「彼女、葉子さんは今どこにいるの」
「今は実家だろう、住所まで聞いた訳じゃないが」
「どうしてあなたって誰にでも一定の距離をとろうとするの」
 晃子はすこし苛立っている。時計をみると午前三時に近い。
「眠れないのか」
「そう。また無言電話があったのよ」
 私は冷たいベットに腰掛け、晃子の話を一時間程きいた。
 イブの夜は、退院した吉川が銀座の外れで食事を奢ったのだという。吉川はまだ酒が飲めず、晃子がなにやら高いワインを一本飲み干した。
「送らせて欲しい、って真面目な顔して言うのよ」
 ドアの前の情景が目に浮かぶ。帰る姿も。
「部屋に戻って着替えていたら電話が鳴ったの」
 それが北沢だったのだ。
「わかったよ、午後になったらゆくから」
 そう言うと、上着だけを脱いで眠りに落ちた。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3107

 
        交差する緑の庭 2.
 
 
 
 
■ 明日のMTGのための資料を眺めながら漠然としている。
 世の中にはいわゆる「大企業病」というものがあるらしく、それを目の当たりにすることが今まで何度かあった。
 肩書きを取ってしまえばなんということもない勤め人なのだが、ある時にそれを忘れる。それで全て押してこられるのは、すこし勘弁して欲しいなと。
 
 
 
■ 柔らかく書いている訳だが、それを決断するまでには当然のように揺れる。
 ある意味でこれで損をしてもいいだろうと決めないと、次にゆけない。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3106

 
        交差する緑の庭。
 
 
 
 
■ 暫く落ち着いて緑坂を書けなかった。
 落ち着いて書くものかというと、そうでもないのだが、つまり漠然とする余裕がなかったということなのだろう。
 
 
 
■ 何時だったか高速を深夜に戻る。
 昔、朝潮君からもらったレーダー探知機をボックスから取り出して付けてみるが、旨くゆかないでいた。壊れたらしいので、捨てることにする。
 知った道では何処に探知機があるかは覚えている。
 地元の車がとたんにゆっくり走り始めると、その界隈である。
 メルセデスのCクラスが結構な速度で流していて、彼と暫く並んで過ごした。
 短い間飛ばすことは簡単だが、それを一時間二時間続けることは難しい。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3105

 
       看板や北澤。
 
 
 
 
■ 雷が鳴って、とたんに雨になった。
 車を出してしばらくゆくと、西の空が明るい。
 季節が変わるのだろう。
 
 
 
■ 都内某所にあるBARの看板は、一度やりなおした。
 インクジェットで出力すると背景の白がグレーに近くなり、色が出ないからである。
 定番のフィルムを使って再構築する。なに、元々はフィルム用のデザインであるから、微細な色決めだけで済んだ。職人さんと座りこんであれこれをする。
 
 
 
■ ビルの屋上に駐車場があって、エレベータでそこへあがる。
 車のエレベーターは、慣れるまで結構怖いものであった。
 眼をこらすと銀座の町並みが見える。
 風も吹いていたりして、そういえば夏祭りも近い。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3104

 
       指揮者の横顔 2.
 
 
 
 
■ 実をいうと私は、人物撮影というのがあまり得意ではない。
 女性を綺麗に撮ろうというモチベーションが乏しいことが発端だが、では男性はどうかというと、分かりやすい格好よさというものが未だに理解できないところもある。
 
 
 
■ そんな私に依頼がきたのは、単に人がいなかったからなのだが、かつて世話になったADの方に頼まれると、そこは仁義を通すのがこの世界の筋である。
 私は前日に洗車をしておいたが、そうなると雨になった。
 
 
 
■ 井上さんがご自分の若かった頃の写真を見せ、大友さんと笑っている。
 この時は長髪でね、と、そのまま当時の平凡パンチに載っていてもおかしくはない格好の良さであった。しかるに大友さんも、よく磨かれたコードバンの先の細い靴を履き、既にして大家の風貌を呈している。
 私は離れたところにあるソファに両肘をつき、お二方の横顔を狙った。
 二時間ばかりで300~400枚というのは多いような気もするが、ISO800であっても1/8程のシャッター速度であるから、中には流れているのものが多くある。
 ポジは結構厳しいだろう。
 後でADの方にぶうぶう言われないことを祈っている。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3103

 
       指揮者の横顔。
 
 
 
 
■ 先日、指揮者の井上道義さんと大友直人さんの対談の撮影を頼まれ、都内某所にある井上さんの隠れ家にお邪魔した。
 井上さんは新日本フィルの音楽監督などを歴任。大友さんは22歳でN響を指揮してデビューした後、現在は東京交響楽団正指揮者、京都市交響楽団常任指揮者。
 46年と58年生まれと、ちょうど一回り違う先輩と後輩の間柄である。
 
 
 
■ 私は東京駅前で編集者を拾い、そのまま首都高に乗った。
 下道もいいのだが、渋滞がない場合には上の方が確実である。
 前の日に周囲を下見していたので、車を入れるならばここ、という按配なのだが、隠れ家のマンション前には矩形のスペースがあり、そこに入れされていただく。
 撮影は銀塩とデジタル。
 デジタルもAD(アート・ディレクター)の指示で、sRGBに設定する。
 シャープさもやや緩め。色のモードも比較的鮮やかな方を選ぶ。
 ストロボを横に配置して、白いライトボックスをつけ、段階露出で幾枚も撮るのだが、ポジを一種類しか持たないことが失敗であったと気がつく。
 F2.8の80-200で背後をぼかし、アップで撮ろうとするとシャッターが降りないのである。停まっているものならばいいが、人物ではそうもゆかない。
 カメラを三脚から外し、後はデジタルに切り替えた。800と400のISO。
 質を量でこなそうという腹つもり。
 
 
 
■ その世界で一流と呼ばれる方の話は、脇で聞いていても魅力的である。
 また、人に見られることが仕事であるから、その立ち居振る舞いにも不思議な華があった。その華と支える影を、どれだけ写しこめたかというと甚だ心もとない。
 何時の間にか私は、お二人が話されているソファの前にしゃがみこみ、24ミリを覗きながらにじり寄ったりしていた。
 井上さんに「北澤さん何撮っているの」と聞かれる。
「いえ、下から迫力を」などと答えていたのだが、今考えると極めて赤面ものである。
 その絵は、没だろうなあ。
 
 
 

2005年05月12日

「緑色の坂の道」vol.3102

 
       オランダ人の妻。
 
 
 
 
■ 前回の「夜の魚」には歴史的事実として誤りがある。
 厳密には誤りではないが、誤解を招きやすい部分が残る。
 実際、旧軍はオランダ人の捕虜を慰安婦として扱ったことがあった。
 
 
 
■ それにしても、こういったデリケートな問題を、10年近く前の読売新聞社 yominetで掲載していたのだから驚く。
 今だとすこし書けないかもしれない。
 赤軍もその他に関しても、その後大きく時代は動き、今書けばまた違った記載になるのだろうが、そのままにしてある。
 
 
 

「夜の魚」一部 vol.78

 
 
 
 
■「ねえ、わたしが中国人だったらどうする」
 葉子が唐突に尋ねた。
「じゃ、韓国籍だったら、寝れる」
「どうしてそんなことをきくんだ」
「あのね、若い男が寄ってくると、韓国籍だと言って追い払うのよ」
 私は手を伸ばして灰皿を探した。正直言って、考えたこともなかった。
「若い男はどうするんだ」
「急におとなしくなって、そのまま帰るわ」
「そうだろうな」
 と、答えてから自分の言葉に驚いている。
「川向こう、っていうんだってね」
「あなたなら、どう」
「多分、最後のところでためらうだろう。…きちんとできないような気もする。自信はないよ」
「正直なひとね。でも、遊びならできるのよ」
 葉子が起き上がった。煙草を一本抜き取り、安いライターで火をつけた。
「セックスって、やっぱり政治的なものだわ」
「七十年代の文化人みたいなことをいうんだな」
「そうじゃないのよ、慰安婦問題だってね、相手がもし欧米人主体だったならすぐに謝っている筈じゃない」
 第一、白人を慰安婦にする発想はない、と答えようとした。当たっているので黙っていた。水平に動くエスカレーターのある街で、そこにそびえている新しいホテルの中で、およそクリスマスには相応しくないことを話題にしている。しかも裸だ。
 葉子の背中はくびれていた。手足は長く伸び、顎の線は鋭角で無駄なものがなかった。切れ長の瞳は、手入れをしていないと見せた眉毛の下で、大陸系であるかとも思われる。肌のきめは細かい。
 
 いつぞや、周辺性について調べていると面白い記述があった。マージナル・マンと定義されていたナチスの指導者達を、旧ドイツの財界人は、「川向こうの奴等」と呼んでいたのだという。旨く利用するつもりだったのだろう。
 私は葉子について考えた。子供のような横顔を見せたかと思うと、簡単には答えられない質問をしてくる。それは本質を抉っているかのようにも思える。
 北沢と寝たのはそのせいか、と尋ねようとしたが思いとどまった。
 暫くぼんやりし、眠ることにした。
「先に寝てて」
 葉子はそう言う。何かを考えているようでもある。
 葉子の肩口に毛布を掛け、背中を向けたところで隣のベットに移った。いつの間にか眠りに入る。
 
 
 

「夜の魚」一部 vol.77

 
       十九 対岸
 
 
 
 
■ 私たちはホテルに戻った。
 イブの東京湾は思いの他静かだった。軽くシャワーを浴び、酔いを醒ます。石鹸で頭を洗うと、キシキシして何本も毛が抜けた。
「どうするの」
 葉子はシーツを被っている。
「まあ、いいんじゃないか」
 私は煙草を吸った。決まりみたいなものだ。
 寝よう、と直裁に言ってあれこれ理屈をつける女を私は信用しない。
 若い女ならともかく、一定の経験を積んだ女性がもったいぶる姿をみると、上着を抱え取ってかえすことにしている。かといって、すべてを解放してゆくのもいかがなもので、性の底には明らかな暗さも怖さもある。避ける訳にはゆかない。その上で自分と相手の欲望を認め、素直に受け入れる姿勢を示す女性を好ましいと思っている。葉子は直裁に反応した。
 わかったわ、何処、と芝浦で答えた。ホテルに戻ることにしたのだ。
「マゾっ気があることはわかった。今日は普通にゆこう」
 私はシーツに潜り込んだ。半ば眼が醒めたような姿勢のまま、形の上では外側に終わることにした。葉子は唇を使わなかった。そうしようという気配を押しとどめた。背中を抱いている。葉子は足首を絡めている。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3101

 
       ブログと選民。
 
 
 
 
■ ブロガーという言い方があるが、大抵は自らのことをそう呼ぶ。
 そこでは一定のルールのようなものがあるらしく、疑問をはさんだりすると荒らしなどと糾弾される。
 つまりは、かつての草の根ネットでのバトルを拡散し個別化したものである。
 道具は変わっていても、やっていることはたいして変わりがない。
 
 
 
■ ところがですな、自分が使っている道具が一番だと思っているひとが案外に多いことに驚く。先月始めて自分でPCを買ったんだと。携帯のデジカメで全てが撮れるのだと。
 極めて低い技術的敷居の上に、結構なモノイイが載せられているのが今の時代で、編集者のレベルというかなんというかも、以前とは異なってきているのだと思って眺めていなければならない。
 どうでもいいことではあるのだが。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3100

 
       朝早い職人。
 
 
 
 
■ バーの外装というか看板をデザインしていて、フィルムメーカーの営業のひとにお世話になった。
 イラストレーター用のスオッチやプラグインを密かに送ってくれたりする。
 それで指示書を書けることになるのだが、当方は平面のデザインなのでパイの印などが分からないでいた。なくてもいいのであるけれども。
 
 
 
■ 現場で光線を確認しないと色が出ず、職人さんと打ち合わせをする。
 文章を読むのが苦手らしく、メールで確認書をまとめても読んでくれない。
 代わりに、朝8時くらいから電話が鳴る。
 データができたのが朝の5時であるから何かと辛い訳だが、現場というのはそういうものであるのだなと、ベットの中から返事をした。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3099

 
       短いたびの日。
 
 
 
 
■ 旅という字を漢字にしないとおかしなもので。
 暫くあれこれをしていた。
 あれこれとは、場所の移動と〆切と、ネット上での放浪なども含まれる。
 分かったことはすぐに言葉にならないが、自分は不思議なスタンスにいるのだということの再確認である。