2004年10月31日

「緑色の坂の道」vol.2818

 
       十一月。
 
 
 
 
■ 草は葉末から枯れはじめている。
 考えるともなくまだ歩く。
 
 
 

2004年10月30日

「緑色の坂の道」vol.2817

 
       赤羽北ラーメン。
 
 
 
 
■ 随分と前、その界隈をうろうろしていたことがあった。
 別に女がいたという訳でもない。
 月賦で服を売るデパートの裏手に、闇市のような一角があって、そこでラーメンを食べた。石油缶でスープを煮たような味だった。
 こんな不味いものがこの値段をする。
 ところが夜更けには、化粧のとれた仕事帰りの女たちが、野菜炒めを食べていたりもする。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.2816

 
       流れ流れて東京の。
 
 
 
 
■ 映画と監督自身の話はともかく、この歌は時折口をつく。
 上等じゃねえか、という眼をしたいときの前奏曲になる。
 私はスクーターの若者に声をかけられた。
 すいませんが、六本木はどっちですか。
 彼は半キャップを被って、練馬から出てきた。
 ここを戻ってすぐだよ、行ってもどうってことないぜ。
 その少年はにやりと笑う。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.2815

 
       文化人ごっこ。
 
 
 
 
■ ある会合というかなんというかに出かけた。
 つかれて帰ってくる訳である。
 花の都、東京に出てきて、思いのほか背伸びをしている姿を眺める。
 私はとぼとぼと、六本木ヒルズ界隈を歩いた。
 ビールに餃子を喰って、タクシーで戻る。
 歩いてられるか。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.2814

 
       あめあめふれふれ。
 
 
 
 
■ 埼玉の、東北高速の脇の道は不思議な感じで夜になると月が奇麗だ。
 途中にトラックの停車場があって、埃だらけの駐車場にゆくとエンジンを掛けっぱなしにした車の中にポスターが見えた。
 今にして思うと油の濃すぎるラーメンを食いながら、八代アキの歌を聴いていたことを覚えている。
 雨の日のその店は、何日か風呂に入れない男達の望郷の思いで窓が曇った。
 
 
 
○昔坂 94_03_07
 

2004年10月28日

「緑色の坂の道」vol.2813

 
        10 MINI CIGARILLOS.
 
 
 
 
■ あるフィルムメーカーの仕事で、アートフォト・ポストカードを販売する。
 デザインが4種類。画像が暫定で70枚ほど。
 先日、工場の若い担当者が見本刷りを持参した。
 雛型のデザインは私が担当し、それ以外は監修という具合になるのだが、見本刷りはぎりぎり許容範囲か、というデザインの仕上がりであった。
 とりあえずブウブウ言う訳だが、この場合見ての通りカタカナである。
 
 
 
■ 今手元に、ダビドフのシガリロのケースがある。
 白い箱に金色でロゴが入っているが、このフォントはデザイナならばご存知、件のヨーロッパ製のものに近い。細めのアバンギャルドも使われている。
 タイポだけでこれだけの緊張感を出すのだから、普通の煙草ワンカートン分の価格でも、つい買ってしまうということになる。
 デザインは商品そのものの質を示唆しているのだ。
 
 
 
■ 一般に次の段階の仕事というのは、手間暇がかかる。
 何度も企画を練りなおし、修正し、社内的に筋が通るようなものに持ってゆく。
 ここで大事なことは、組織というものの理解で、後ろに下がるべきときには大胆に下がる。これは契約内容その他にもいえることで、譲れない部分とそうでないところを峻別する。相手の立場というものも考える。
 以前、どうしてそういうことができるようになったのですか、と若者らしい質問を受けたが、何度も負けたことがあるからだよと答えた。
 どちらも、相対的なものなのだけれども。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.2812

 
        無敵の生理前。
 
 
 
 
■ 暫く前、甘木君と車で日比谷交差点の辺りに停まっていた。
 パンツを履いた若い女性が、赤信号をためらわずまっすぐに渡っている。
「これだもんな」
「はあ」
「無敵なんだな、前とか後ろってのは」
「こーいちさん、そういうこと言っていると仕事なくしますよ」
 後ろ姿は美しい。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2811

 
       ギャバジンの袖。
 
 
 
 
■ いつだったか銀座で時間が空き、男性物の洋品屋に入った。
 イタリア製のブランドがあるが、鞄の値段を聞いて成程と思う。
 ナイロンのものはないのかと尋ねると、そこの店員は横を向いた。
 君は韓国の俳優を意識した眼鏡をかけているのだね。
 どこでもそうだけれども、ショップの門番と説明をする人たちはすこし品がない。
 私も柄が悪いので、そういうことはすぐ分かる。
 
 
 
■ 綿のコートの袖口はすこし長くなっている。
 これは時計ですれたりした場合、折り返して使うからで、その頃にはそのコートもいいよれ具合になってきている。
 色はキャメルか玉虫色、せめて紺だけで、ここ数年はやっている黒色は綿だけの場合には色が出ない。
 ハリス・ツィードがぶら下がっている店で、詰んだ綿のコートを見かけた。普通のものよりも倍くらいの重さがある。
 羽織ってみると欲しくなるので、ハンガーを目の前にぶら下げるだけにした。
 スコットランドの中年の郵便配達と変わりがないようにも見える。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.2810

 
       夜は冷える。
 
 
 
 
■ 目の前に緑色のナンバーのクラウンがいた。
 ひとつ前の型である。私はやや苛々しながら、都心に急いでいる。
 いつものことではあるのだが、既に秋も奥に入っている。
 交差点で携帯を耳にあてたコート姿の女をみた。
 待ち合わせなのか、踊るように信号の前で躯を廻している。
 
 
 
■ こうやって冬を迎える。
 若かった頃の、ひりひりする思いはないけれども。
 別のものが胃袋の辺りにある。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2809

 
       天災と人災と戦争たち。
 
 
 
 
■ これをひとまとめにして歴史と呼ぶのかも知れない。
 いつだったか、六本木のホテルの36階で酒を嘗めた。
 すこし年上の貿易会社の社長さんと一緒だった。
「自殺者がさ、年に三万人もいるんだよね」
「未遂を入れるとその十倍にはなるはず」
 これがどういう意味かは大人ならば分かる筈で、分かっているから我々は高い酒を嘗めてみた。
 夜景が綺麗である。
 この国の中心部もみえる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2808

 
       生も一時の位なり。
 
 
 
 
■ これは、敦盛の謡の一節だと記憶している。
 信長が好んで舞ったのだと、十代の頃、安吾の作品で読んだ。
 一度生を受け、滅せぬもののあるべきか。
 
 
 
■ 数日前の緑坂に私は「廃墟論」という題を用いた。
 観念でそれを言うことと、実際に体験することとは違っていて、何かを表現する際にはその断層に注意しなければならないと考えている。
 
 
 

2004年10月26日

「緑色の坂の道」vol.2807

 
       被災地に雨。
 
 
 
 
■ 避難しているひとが10万人を超えたという。
 時々、この国の自然は酷いことをする。
 被災地に雨。
 
 
 
#衷心よりお見舞い申し上げます。
 

2004年10月23日

「緑色の坂の道」vol.2806

 
       MONTECRISTO.
 
 
 
 
■ カストロが咥えていたのがこれであるか定かでなく、第一どうでもいいことだ。
 キューバ産の葉巻は、濃い土のような香りがする。
 強い酒。
 差し入れる女の舌。
 
 

2004年10月22日

「緑色の坂の道」vol.2805

 
       無限都市、ニューヨーク 3.
 
 
 
 
■ 随分と前、マゾの気配が強い女を連れ、千葉の遊園地の裏手にいった。
 多分朝方に近かっただろうと思う。
 高速を降り、遊園地の脇道をまっすぐ下り、海に近づいてゆく。
 路面には焼かれたガソリンの跡が残る。
 捨てられた車の窓ガラスの破片が綺麗だった。
 ゆるゆると車を走らせ、暫く経つと停める。朝日を浴びているガスタンクが原っぱの真中にある。
 私はトランクから三脚を出して、一枚を撮った。
 女は脇に立ち、今いったような顔をして風景を眺めている。
 
 
 
■ 1911年5月、ドリームランドは焼失する。
「世界の終末」ファザードに出演する悪魔達を照らすライトの配線がショートしたからだが、観客はこれもまた演出のひとつだろうと疑わなかった。
 消防士の活躍を芝居仕立てで見せる、雇われ俳優たちが真っ先に逃げ出す。
 ポンプの水量は追いつかない。
 動物たちは、調教が旨くいっていたおかげで全滅する。象、カバ、キリン、ライオン。炎の中でどうすればいいのかは、鞭と餌は教えなかったのだ。
 三時間後、ドリームランドはその姿を消す。
「DELIRIOUS NEW YORK」(前掲)この39頁の写真は圧巻である。
 くすぶりながら、なおも何処かで美しい。
 これは、マンハッタンの原型が焼け落ちた姿であった。
 
 
04_04_01
 
青瓶 2506 再掲。
 

「緑色の坂の道」vol.2804

 
       無限都市、ニューヨーク 2.
 
 
 
 
■ 音のしない夜だ。
 仕方なくアンプのスイッチを入れ、誰のだか分からないカクテル・ピアノをかけている。
「DELIRIOUS NEW YORK」(「錯乱のニューヨーク」鈴木圭介訳:ちくま学芸文庫)という本がある。レム・コールハースという建築家が書いたものだ。
 冬になろうとする頃合い、明け方近い六本木の書店で背中を丸めながら求めた。
 第一部は「コニーアイランド」
 マンハッタン島と向かい合うこの地域は、19世紀末からの橋の開通と輸送手段の進展によって、大衆にとって身近な場所となる。
 できたばかりのブルックリン・ブリッジ。
 ルナ・パークという一大遊園地がその向こうには広がっている。人工の砂浜。
 
 
 
■ コニー・アイランドがどんな場所であったのか、それを仔細に語るのは煩雑なので省く。
 毎日が万博というような、そこにいつしか、写真家のダイアン・アーバスが撮った異形のひとたちが笑いながら集まり、食事をし、イルミネーションを見上げていた場所。
 近代化への小児的な夢と、人間が持っている根源的ないかがわしさが並立していたところ。とでも想像するしかないのだろうか。
 アーバスは、「ハノイ爆撃」のバッチをつけて戦争賛成のパレードに参加する少年の姿を撮った。少年は笑っているのだが、その笑いの向こうに彼のプア・ホワイトの生活が透けて見える。退職した年金者パーティでの、社交ダンスの王様と女王。
 これらは風景としてどこか切断され、見るものに内的な違和を与える。
 彼らにとっては普通のことなのだが、やはりどこかでグロテスクなのだ。
 アーバスの写真というのはおそらく、こちらの市民社会性、あるいは中産階級の自惚れのようなものを内側から崩そうとするものなのかも知れない。
 
 
 
■ いつだったか、大阪に取材にいったことがある。
 地下鉄で南下して、動物公園駅前で降りる。
 そこから通天閣界隈を撮影し、いつのまにか西成地区、職安の二階に入り込んだ。そこには浮浪者が簡易ベットを並べ雨零をしのいでいた。
 私はカメラバックを持っていた。ニコンをぶら下げてもいた。ただし、ファインダーを覗いてフレーミングすることはできない。腰の位置で広角レンズによる置きピンを試す。
 交番の窓ガラスには金網が張ってある。職安前には、市役所の職員が青テントを強制撤去する作業が進んでいる。廻りに集まる人垣。時折低く入る罵声の声色が、まだ動きはしないだろうことを教えている。つまりは日常なのだろう。
 二時間ほど歩き、フィルムを三本消費し、露天で売っているグンゼの白いブリーフを一枚買い、LじゃないんだMはないのかと言い張った。質屋で売っているようなブリーフだった。
 それからエロビデオの露天販売を数本ひやかし、学園紛争の時にみかけたフォントで描かれた縦看板の横に座り込んで通りを眺めた。
 ここが多分支援団体の事務所であり、最も敏感にカメラを拒絶する場所であろうか。
 取材なのだ、という気分を自分で持たないようにしている。
 隣に男がいて、多分私よりも若い。
 膝を立て、肘の中に顔を埋めている。薄く唸ってもいるようだが、こちらには聴こえない。数日青カンを続けた気配がある。
 私は煙草をアスファルトで消し、二口飲んだペット・ボトルのお茶を男の傍に押しやって、いるかい、と低く尋ねた。断られたら別に無視をするつもりでいた。
 男は顔を上げ、うなづく。
 それも、どうでもいいことだと思う。
 
 
04_04_01
 
青瓶 2505 再掲。
 

「緑色の坂の道」vol.2803

 
       無限都市、ニューヨーク。
 
 
 
 
■ 薄暖かい気もするが、それはセントラルヒーターのせいで、窓からは角のとれた冷気が入りこんでくる。
 昨日からずっと頭痛が続いていて、錠剤の薬を何度かかじった。
 今、「MAXIMUM CITY.THE BIOGRAPHY OF NEW YORK」という本が手元にある。
 マイケル・パイ著。安岡 真 訳。文藝春秋社刊。
 そのカバーのモノクロ写真は、組み立てている最中の摩天楼の鉄骨の上に男たちが並び、シルエットとなっているものである。エンパイアかクライスラーか。
 いずれにせよ大恐慌の直前、男たちが安全帽の代わりにハンチングを被っていた時代である。背後には、中低層のビルの群れが低く広がる。
 元になっている写真を、どこかで見た覚えがあると書棚を捜したが見つからなかった。
 
 
 
■ 写真には鎮静の効果がある、と書いたのは確かスーザン・ソンタグだった。
 彼女の論と用語は難解で、何度か読み返してもまっすぐに胸には落ちてはこない。断片に光るものがあって、それだけは覚えている。
「写真に撮られたものはたいがい、写真に撮られたということで哀愁を帯びる。
(略)朽ちて、いまは存在しないがために、哀愁の対象となるのである」
(「写真論」スーザン・ソンタグ:近藤耕人 訳:昌文社:23頁)
 つまり「写真は全て死を連想させるものである」からだが、ひとはそのことをなかなか意識しようとはしない。
 ソンタグより後年、ロラン・バルトは「明るい部屋」の中で、母を題材としながら独特の甘美ともいえる文体でその立証を試みた。
 
 
 
■ 今日は風が強かったが、夕方から降り始めた。
 仕事場の窓ガラスに水滴がたまっている。
 向かいに広がる庭園には、数本の満開の桜が水銀灯に照らされ、その手前には影になった大きな銀杏の樹がある。
 縦に落ちる水の音。
 私はといえば、自分が撮った写真について、漠然と考えている。
 仮にNYのものだったとしよう。始めはその全てを公開していなかった。
 広告に転用するという要請もあるが、ポジからの選択の際に自然に編集、省いてしまうのだ。ある種自主規制にも似た、分かりやすさとテーマを意識していたのかも知れない。
 ブレッソンや木村伊兵衛は、何枚も撮ったものの中からこれだという一枚を選んだという。写真の姿勢としてその対極にあったと言われる土門拳も、膨大なフィルムを消費した。だがそれは、写真が絵画に対してその芸術性をいささか背伸びして主張しなければならない時代の要請ではなかったかという気もする。
 写真が芸術か、という問いかけが今日妥当かどうか。
 問いかけるまでもなく、写真は万人に開かれてもいるだろう。それはその他の芸術も同じだ。
 いわゆる「グラウンド・ゼロ」以降、私はNYにゆく機会があった。
 ゆくことが可能だったという意味でである。
 仕事絡みでもそうでなくても、ゆくだけならばただの移動だろう。何故かはわからないが私はその機会を見送っていた。
 今も、まだそうではないと感じている部分がある。
 
 
04_03_30
 
青瓶 2504 再掲。
 

「緑色の坂の道」vol.2802

 
       薄い月。
 
 
 
 
■ 青空に月が出ている。
 傾いて、ややうつむいているかのようにみえる。
 子供たちが下校してゆく。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2801

 
       廃墟論 3.
 
 
 
 
■ ウッドワードは「廃墟論」の後記に、以下のように書いている。
 
 私は本書を、ひとりの真面目な建築史家として書きはじめた。しかしやがて、建築家はその考え方において、画家のあとを二○年ほど遅れて歩いていることに気がついた。そした画家はまた画家で、彼らのアイディアを作家から得ているのではないかと思った。
(「廃墟論」青土社:クリストファー・ウッドワード著:森夏樹訳:364頁)
 
 この指摘が、当を得たものであるかはともかく、いくつかのジャンルがいずれ符合してゆくということは、人間の歴史やその上澄みである意識が緩やかに流れるものである以上、ある意味で当たり前のことかも知れない。
 
 
 
■ 私は、拙作「甘く苦い島」をもう一度眺めてみた。
 9.11 以前の、まだ世界の構造が変わらなかった時代のNYではあるのだが、薄い予兆のようなものを感じていたことを覚えている。それは微妙な違和感に似ていた。
 分かりやすく言えば、華やかだと言われている都会の、もうひとつの部分だろうか。
 被写体として掘り下げるまでもなく、そこには薄っすらとした哀しみのようなものがある。
 そしてそれは、今東京の都心にいて、毎日眺めているものへの視線と、そう変わりがないものだという気もしている。
 
 

2004年10月21日

「緑色の坂の道」vol.2800

 
       廃墟論 2.
 
 
 
 
■ 村田珠光の言葉にこんなものがある。

  月も雲間になきは いやに候。

 珠光は茶人である。秋の月は綺麗なものだけれども、空になんの翳りもなく月だけが煌々と光っているのはすこし困る。時折雲に遮られているような頃合いのものが美しいと。
 これは何処か不完全なところに美を感じる、という意識であるが、果たしてそれが何処からきているかについては別の機会に。
 
 
 
■ 昨日の野分の後、空には雲がない。
 そこに半月が傾いているが、これがもし満月だったとすれば、どうもやり過ぎの感じがする。
 これからでも、この後でも。
 全て傾いているものが美しいのではないかと私は時々考えている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2799

 
       廃墟論。
 
 
 
 
■ 太いなるものが過ぎ行く野分かな (虚子)
 と、こんな俳句を思い出したりしていた。
 いかにも虚子らしい句である。
 空は、今は半月になっている。
 
 
 
■ 比較的長い時間がかかった仕事がひと段落して、後は廻すだけになっている。
 私とその作品についての紹介文を書けという依頼がきて、数日すこし悩んだ。
 なるべくあっさりと、媒体の特性なども考える。
 
 
 
■ クリストファー・ウッドワードの「廃墟論」(青土社:森夏樹訳)をぱらぱらと捲っていた。題名に惹かれて手にとった訳だが、なかなか難解で、精読は難しい。
 原題を「IN RUINS」という。訳者の森氏のあとがきが優れていて、西洋における廃墟というのはつまり「裁きの日」に向かって一直線に向かう過程にある幻視なのだという指摘はその通りである。ただしこれはキリスト教以後の価値観であるが。
 ひるがえって日本はどうかというと、そう簡単なものではない。
 ここで鈴木大拙などの禅や、あるいは茶の本などをごそごそひっぱりだしたくなるのだが、不完全なものに美を見出す心理が私たちにあるのだとすれば、そこまでするのは野暮だということにもなる。
 
 
 

2004年10月20日

「緑色の坂の道」vol.2798

 
       野分 2.
 
 
 
 
■ 漱石は、台風の日に蟷螂の句を詠んでいる。
 薄く細く腹だけが目立つ蟷螂も、風に飛ばされて窓ガラスにへばりつく。
 雨を避け、鳥が寝ている。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.2797

 
       野分。
 
 
 
 
■ のわき、とは台風の別名である。
 草原がいくつにも割れる様から来たのだという話もあるが、本当のことは分からない。
 私は水銀灯に煙る雨の筋をみていた。
 基本的には縦に降るものだが、時折それが揺れるのだ。
 
 
 
■ なんということもなく、季節が移るのだなという感じがしている。
 そういったときはどうも体調が優れず、別の事をして半日遊んだ。
 
 
 

2004年10月19日

「緑色の坂の道」vol.2796

 
       雨ふたたび 5.
 
 
 
 
■ 微熱が下がらず、一方のPCに作業をさせながら資料を読んでいた。
 雨空にクレーンが伸びていて、あれは高輪界隈に建つ高層マンションの影である。
 薄く窓を開けていると、とぎれとぎれのピアノの音が聴こえてきて、誰かが練習をしているようだった。夕方にはやむ。そして台風も近い。
 雨足がつよくなる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2795

 
       そういってよ。
 
 
 
■ 男なんて信じられない。
 思ってからベットに入る。
 ちがうんだよ、と誰も言ってくれない。

  

「緑色の坂の道」vol.2794

 
       雨ふたたび 4.
 
 
 
 
■ 日本でのJAZZメンは喰えない。
 僅かな例外もあるけれども、ライブが終わって駐車代を払うと、手元にはビールの請求書しか残らないという話を何度も聞いた。
 カクテル・ピアノというジャンルがある。
 ホテルやラウンジで、一杯を嘗めながら背後に流れているというような音を指す。
 BGMじゃないか、と言われればその通りだが、軽く流して聴くに耐えるピアノ弾きというのもまた少ないんですね。
 
 
 
■ 仕事場から隣接したホテルでは、時々軽いライブをやっているという。
 夜になって、ライトアップされた庭園を背後に、妙齢を口説くには捨てたものでもない。首尾よく成就した翌朝、彼女が窓を開けると、徹夜明けの私と眼があったりする。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2793

 
       雨ふたたび 3.
 
 
 
 
■ アル・ヘイグのピアノを聴きながら、いやいや仕事をしている。
 つまり二日酔いでもあって、誰か代わりにやってくれないかなと資料の山を脇にそらす。 
 

「緑色の坂の道」vol.2792

 
       雨ふたたび 2.
 
 
 
 
■ バブル盛りの頃「ボーダー」という漫画が流行った。
 私も好きでまだ全巻を持っているが、原作者の描くその後の作品世界は、その後急速に失速してしまった。
 深層心理や集合的無意識、いわば神秘主義の方向に流れてしまったからだろうと私は踏んでいる。名前は控えるが、ラジカルな言説で売っていた作家の何人かも、そのように穴の中から世界を呪ったり語ったりするようになり、こちらの胸に言葉は届かなくなってしまった。
 
 
 
■ 無理したカリスマというのがもし居るのだとして、彼は自分の人生を演技化する。
 物語に擬する訳だが、物語に飢えた一部の女性達には受けがいい。
 人生も歴史も、あるいは文化そのものも、決して物語の世界に収束できるものではないと知った中年男たちは、たいしたものだよねと言いながら、旨い焼き鳥で一杯の方を選んでいる。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2791

 
       雨ふたたび。
 
 
 
■ 薄い風邪が躯に入り、熱っぽい。
 昨日は銀座から虎ノ門に移り、シガレロとスコッチでいい気なものだを演じた。
 数人で動く場合、長い地下鉄の階段を降りるよりも車の方が早い。
 時間にもよるのだが。
 
 
 
■ バーでシガレロを買う訳だが、今ふと考えると私の履いている黒いパンツよりも高い。最近私の格好は、よくあるチェーンの店で一本を買い、それが白くなった頃に捨て、また出かけていって求める、ということを繰り返していた。
 ガスの乾燥機をかけると、そう何本も要らないのである。
 仕事上の会合などを除けば、それでどこへでも行っているのだが、果たしてこれでいいのかなという気もしないでもない。
 
 
 

2004年10月17日

「緑色の坂の道」vol.2790

 
       三十路の恋。
 
 
 
 
■ わたしは正しいと、誰か認めて。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.2789

 
       浮動クラス。
 
 
 
■ 日曜の夜、ひとり車を走らせて所用から戻った。
 交差点で停まると、空が狭くなっている。何時の間にかここに高層マンションが建つのだ。
 多摩ナンバーのランチア・ワゴンが目の前にいた。窓から出ている腕にはブルガリの時計がはめてあり、そこまでやるのかと少し白けた。その紳士は、一足六万はする靴を履いていることだろう。日系おとなのおふ。連れがよろこぶ露天風呂。
 
 
 
■ 青瓶のところに甘木君が、階級について考えることが多いと書いていた。
 全くその通りで、麻布にあるスタジオの前にはメルセデスのSLKの大きなものが停まっていて、その横で男が弁当を食べていた。夜の八時過ぎであるから、彼の夕食なのだろう。
 それにしても、最近車の名前はどうでもいい。とりわけメルセデスはだ。
 かつて、世の中がまだここまで進む以前、といってもほんの数年前だが、私は「夜の魚」の三部に階級のことを書いた。階級と言えば、階層というよりも更にえげつない響きがある。
 いわゆる戦後の民主主義社会を支えてきた中産階級が次第に崩壊し、浮動的な二極分化が急速に進んできている。
 つい昨日までWeb制作やサーバー屋だった会社が社会の表舞台で一時は踊り、その代表者はNYスタイルのブランド物を身につけ、有名人が集まるというスポーツ・ジムに通う。そのすぐ隣のスーパーに、私は時々酒を買いにゆく。
 いくらでも取り替えの効く周囲の信奉者たちは、あたかも100円で本を売るチェーン店の店員のように、暇さえあれば気合いを入れていた。
 それは擬似体育会系か宗教系であって、彼らは潜在的に洗脳を望んでいる。
 見方を変えれば、文化大革命の際の上海のようでもあった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2788

 
       騙されてもいいか。
 
 
 
■ 時々、そんな気分になることがある。
 ここでこうなって、これがこうして、とカラクリが皆見えてしまったかのような、そんな段階もあったのだけれども。
 そればかりでは、なにひとつ無駄なことができなくなっていった。
 ここは負けておいてもいいのかな。
 
 
 
■ 都心の古いホテルのシガー・ルームに入った。
 ダビドフの葉巻を一本買う。
 吸い口をやや深めにカットしてもらい、セロファンの中にしまった。
 いつ吸うのか分からないでいる。
 
 

2004年10月16日

「緑色の坂の道」vol.2787

 
      秋のせいかしら。
 
 
 
■ ジョー・スタフォードという歌うたいがいる。
 声だけを聴いていると、ヒッチコックの映画のヒロインのように、どこか金髪でそして品があるという。
 確かに彼女は腹から声を出すことはしていない。
 
 
 
■ 女優の品のあるなしというのは、その二の腕を眺めていると俄かには信じられない。 かといって、細ければいいというものでもない。
 若い頃のヘップバーンの顔が新築高層マンションの広告に使われているのを眺めると、私はバス・ストップで前夫とやりとりをしたときのコート姿と僅かな皺を思い出す。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2786

 
    あばよ、いい男に逢ったらパンツ二枚履いてゆくんだぜ。
 
 
 
 
■ 日活映画の台詞を今風に直したものである。
 脱ぐのは簡単。
 君はすうすうしないか。
 
 
 

2004年10月15日

「緑色の坂の道」vol.2785

 
       恋売ります。
 
 
 
■ コール・ポーターを聴いていた。
 背の高い銀杏の樹の枝先が、僅かに色が変わっている。
 豊穣でもない、まだ退廃でもない、彼女のそんな年頃。
 
 

2004年10月13日

「緑色の坂の道」vol.2784

 
       粉かける女。
 
 
 
■ と、甘え。
 地球は女の数だけ廻るもの。
 丸い氷が流行った頃、年上の誰かに聞いた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2783

 
       鳥たち。
 
 
 
■ 背の高い木のところで、白い鳥が数羽、舞っているのをみた。
 彼らは話さないが、雨の気配を知っている。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2782

 
       灰色秋。
 
 
 
■ きみの瞳。
 片言の異国の言葉。
 薄く酔った新しいメトロのホーム。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2781

 
       恋ににたもの。
 
 
 
■ ではないかと思うことがある。
 かといって、本当のものを探ろうとするのはすでに飽きた。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2780

 
       濡れたコンクリの壁。
 
 
 
■ にある、枯れ葉。
 まだ赤く、これは風の後なのだ。
 
 

2004年10月12日

「緑色の坂の道」vol.2779

 
       雨の名前。
 
 
 
■ を、いくつ言える。
 と、聞いてきた女がいた。
 傘を忘れた午後。
 
 

2004年10月09日

「緑色の坂の道」vol.2778

 
       風の吹く丘。
 
 
 
■ 黒雲が近づく。
 こころ乱れることはあるが、そのかたちを楽しむよう潜り込んでしまえよ。
 女が髪をほどいた。
 
 

2004年10月05日

「緑色の坂の道」vol.2777

 
       東京雨あがり 2.
 
 
 
■ 霧が出ている。
 代々木公園の辺りは、ぼんやりと深夜まで白い。
 
 
 
■ 私はポケットにダビドフの葉巻を入れていた。
 その一番軽い奴だ。
 車から外に出て、それを吸おうかと思ったがやめにする。
 黒い蝙蝠傘の男。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2776

 
       東京雨あがり。
 
 
 
■ 革の底の靴を、雨の日に履くというのは無駄である。
 水を吸って削れてゆくからだ。
 昨日の会合は、文化人や大臣がきていた。
 大臣が若い頃、馴染んだという置き屋の女将と並ぶ。
 何も無かったからこうしていられるんだよ、と酔いながら笑う。
 今の芸者は踊りも何も。と、昔から繰り返された言葉を聞いた。
 私は小型のデジカメでそれを撮ったが、ここに載せる野暮はしない。
 
 
 
■ 一日経って、靴をしまう。
 木製のシューズ・キーパーを入れ、かたちを整える。
 昨日の受賞作家さんの話はつまらなかったな。
 文化文化と、結局は自分のことを言っているんだな。
 こういうところで繋がって、広義の営業を試みている訳だが、なにそれはデザイナも同じである。
 やっと雨があがった。
 
 

「緑色の坂の道」vol.2775

 
       雨の革底。
 
 
 
■ 十月になって雨が続く。
 昨日会合にゆくため、夏の上着を羽織って外に出たら寒かった。
 相物というのか、紺色のそれにとりかえに戻る。
 下駄箱の中から、暫く履いていない革底の靴を選んだ。
 
 
 
■ 小雨降る坂道を下りながら、深町丈太郎の台詞を思い出していた。
「蝙蝠傘を買いたくなったら探偵をやめよう」
 私も傘が嫌いである。
 理由はよく分からないでいる。
 
 

2004年10月03日

「緑色の坂の道」vol.2774

 
       夜の噂。
 
 
 
■ 無駄なことをして数日を過ごしていた。
 なんらメリットはない。
 と、斜に構えるのはそれが嘘だと知ってのことで、ひとつのことがどこに繋がっているかを肌で感じるには、あちこちとじたばたをする。
 どうせ死ぬんだ。
 しれたことではないですか。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.2773

 
       十月は三つある。
 
 
 
■ ふたつまでは数えられる。
 もうひとつ、その奥にある変わり目。