2005年11月30日

「緑色の坂の道」vol.3533

 
      - BREAKFAST AT TIFFANY'S -
       ホリー・ゴライトリー、トラベリング。
 
 
 
 
■「ティファニーで朝食を」の映画が封切られた1961年は、J・Fケネディが大統領に就任した年である。
 映画にも小説にも直接関係はないが、どんな時代だったをすこし書いてみる。
 61年4月、CIAが組織した亡命武装ゲリラ1400名がキューバのビックス湾に上陸。
 首都ハバナから90マイルのところにある入江である。
 そこからゲリラ戦を行いカストロ政権を転覆しようとするが、失敗。
 三日で鎮圧される。
 当時ケネディは、キューバに侵攻する計画をマスコミの協力の下、国民には知らせていなかった。
 東西冷戦最大の危機、全面核戦争の手前までいった、いわゆる「キューバ危機」は翌62年10月。このビックス湾事件は、その前哨戦としての位置づけになる。
 
 
 
■ 話は飛ぶが、ヒッチコックの「北北西へ進路を取れ」も、冷戦構造を前提とした映画であった。ヒッチコックにはダブル・スパイのブロンド美人という設定が多い。
 しかも敵方の情婦であるという、いささか屈折した役柄が与えられ、大人というのは一筋縄ではいかないと私などは思っていたが、後から考えるにこれは、ヒッチコック特有の資質、ないしは嗜虐であるともいえる。
 今微妙に思い出すのは、個室付の寝台特急で、ケーリー・グラントがヒロイン、エバァ・マリー・セイントの鞄を点検する。
 すると無駄毛の手入れ用の小さな剃刀が出てきて、グラントがふむふむと唸る。
 場面が展開して、翌朝グラントがそれで髭を剃っているという按配。
 駅の洗面台で、周りの男たちに白い目で見られるというところがあった。
 ユーモアと言えばそうなのだが、どうも底意地の悪いところもある。
 
 
 
■ ところで、映画の中のオードリーは、ジヴァンシーがデザインした衣装を効果的に着こなす。
 ブロードウェイ五番街にあるテイファニー本店の前で、クロワッサンを朝食にするシーンでは、長い手袋と大きめのサングラス。そして黒いイブニングドレスである。
 髪はアップに上げている。
 確か冒頭のシーンなのだが、この意表をついた洒脱さは、さすがに「ピンク・パンサー」で手馴れた感触であり、NYの朝の気配を微妙に映し出していた。
 意外に思われるかも知れないが、NYというのは静かな街である。
 ブロードウェイの喧騒はすさまじいものがあるけれども、そこからブロックをひとつ隔てると、誰もいない空間があったりする。そこに立っていると、ふっと背中を撫でられたような気がすることがあって、振り向いても誰もいない。
 明け方のブロードウェイを歩いたことがあるが、これで薄い霧が出ていると、ほぼこの映画の通りであった。
 
 
 

「緑色の坂の道」vol.3532

 
      - BREAKFAST AT TIFFANY'S -
       トイレで50ドル。
 
 
 
 
■「ティファニーで朝食を」のヒロイン、ホリーは高級娼婦である。
 マリリン・モンローのエージェントが当初その役を断ったのは、そのせいであるという話もある。
 確か当時のモンローは、今までのセクシーな役柄から脱皮しようと暗中模索の段階だったと記憶している。正確な年数はすぐ出てこないが、アクターズ・スタジオで演技の勉強を始めたりしていた。
 
 
 
■ 数年前だったろうか。マリリンの始めの頃の夫が撮影したという写真の版権をどうにかしたいという話が私のところにきた。
 浮世の付き合い、麻布界隈の事務所に出向き話を聞いた。
 結局、エージェントのまたエージェント、その営業の打診という意味合いが強かったのだが、その後で広尾界隈を歩く。
 マリリンには女性のファンが少ないよね。比べてヘプバーンは、どういう訳か女性に好かれる。
 そんな話を、国際交流基金とキャリア組の官舎がある路地を歩きながらした覚えがある。
 白金にできるだろう高層マンション、その工事中の壁面にも若い日のヘプバーンの写真が使われていて、「麗しのサブリナ」の頃のスチールだっただろうか。
 眉毛の形が濃く、すこし太めにカットされているものだった。
 
 
 
■ アメリカのトイレはチップ制のところがあり、女の子がゆこうとすると同伴の紳士は小銭を渡す。
 
 そのくらいのお金だったら、お化粧室に行けばできるからね。ちょっとシックな殿方だったら、50ドル札くらい出してくれるわ。それにわたしはいつもタクシー代も請求するのよ。それであとの50ドルができるし(前掲:40頁)。
 
 ホリーはそういう。
 映画の中でもそんな台詞があったが、ジヴァンシーの黒いドレスに紛れ、あるいは長いシガレットパイプの優雅さに惑わされ、意味するものを考える暇もなくお伽話に飲み込まれてゆく。
 ヘプバーンのすこし頬骨の張った、どちらかといえばセクシーさとは無縁のストイックな体躯が、老人の世話をして対価を貰うなどということの具体性を忘れさせてしまう。
 監督はブレーク・エドワーズ。
「ピンク・パンサー」のシリーズを手かけた、都会的な感性の職人である。
 
 
 

2005年11月29日

「緑色の坂の道」vol.3531

 
      - BREAKFAST AT TIFFANY'S -
       太陽に暖められた石。
 
 
 
■ カポーティの「ティファニーで朝食を」(新潮文庫版:龍口直太郎訳)を、ぱらぱらと読み返している。
 確か17くらいの頃、サガンか何かと並んで一度読み、それ以来忘れていた。
 大人ぶっていたとしても、思春期の少年にはまだ早かったのかも知れない。
 映画を観たのは劇場ではなくて、深夜のテレビだった。
 なすすべもなく週末を送る、20代後半の夜だったような覚えもある。
 
 1943年10月のあの月曜日。鳥の軽々と舞うにも似た美しい日。皮切りに、私たちはジョー・ベルの店でマンハッタンを飲んだ。それからジョー・ベルは私の幸運を聞かされるとシャンパンをおごってくれた(前掲:78頁)。
 
 
 
■ こう書き写していても、リズムがあり分かりやすく、情景が浮かぶかのような文章である。つまり、いい訳だということなのだが、これは主人公の売れない作家の原稿が、始めて活字になった際、ホリーとお祝いのデートをする場面である。
 映画は、ホリー・ゴライトリーに、オードリー・ヘップバーン。
 小説の「私」こと作家の卵、ポール・バージャックに、ジョージ・ペパード。
 1961年、オードリーが32歳の時の作品であった。
 
 
 
■ 実をいうと、ここで映画を軸に語るべきか原作の小説にすべきか、私は少し迷うところがある。というのは、カポーティの原作は結構ハードで、苦いものを含んでもいるからだった。
 通常の仕事であると、ここで映画のビデオやDVDなどを入手し目を通すものであろう。
 なぜだか分からないが、今回それをする気にはなれず、漠然とした記憶だけで書こうと思っている。
 つまりそれは、この作品がある種の古典になっているからかも知れず、オードリーも既にこの世の人ではない。
 原作の設定は第二次大戦の最中。
 映画自体も、当初マリリン・モンローにホリーの役がきて、モンローのエージェントがそれを断ったという経緯があるくらいだから、指折るとほぼ半世紀近く前の、そしてNYが舞台なのである。